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2006年6月

2006年6月30日 (金)

■『記録』7月号発売!

こちらがラインナップを紹介するページです。http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/link/test7.html

今月の特集は「待ったナシ! ~駐車違反取締りの新ルール施行~」。

6月1日、とうとう駐車違反取り締まりに関する新しい制度が施行された。警察庁の言い分としては「良俗な駐車秩序」の形成のためにはある程度の締め付けも辞さずといったところだろうが、施行初日、街では至るところで悲鳴が上がっていた。重点路線区域で民間監視員、配送業者の1日を追ったルポ。

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2006年6月29日 (木)

「落ちた偶像~光クラブ事件」でアクセス殺到

本日のアクセス解析を見てみたら「誰も見ないはずだ」をモットーとしている当ブログにあるまじき殺到をみせている。1時間(1日ではない!)に1500アクセスを越えている。もしや新手のテロではないかとココログの「記事ごとランキング」を開くと私が1月18日 に書いた「堀江貴文と『光クラブ』の山崎晃嗣」http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2006/01/post_f40e.htmlが17%も集めている。

何?何? 何で今日(28日)になって突然山崎晃嗣が来てるのか。命日か・・・・などと不審に思いつつ可能性を探ってみたら話は簡単だった。日本テレビで午後9時から「落ちた偶像~光クラブ事件」というドラマをやっていたのだね。
私は民放地上波から学ぶものは何もないとの信念があって見もしないので気づかなかった。当然ドラマも見なかった。見て新たにわかる真実なぞあろうはずがないからね。でも民放地上波の威力はかいま見た思いである。
すでに出版界ではホリエモンと山崎の関連本が結構売れている。私もかなり以前からの光クラブファンで資料も多数持っていたのだがライブドア事件まで一部を除いて忘れられた存在になっていた。山崎の自著も絶版になっていたし。だからつくづくとテレビとは後追いパクリメディアなんだなと痛感もしている。それが最大の影響力を持っているのはわが国の不幸であろう。

だから光クラブに関する書籍を書き下ろしてみようかとも考えた。何しろ私は版元であるから自ら出そうと決めれば出せる。ただどうしても決められない事情があった。保阪正康さんが『真説 光クラブ事件 ―東大生はなぜヤミ金融屋になったのか―』(角川書店)という決定版を出しているからだ。もう脱帽!というほどの濃い内容である。
そういえば山崎著の『私は偽悪者』も今年4月に牧野出版から再刊された。このことは牧野出版さんから贈呈を受けて知った。なるほどこういう方法もあるのかと感じ入っていたら添えられていたお手紙に巻末解説「堀江は現代の山崎晃嗣か」にこのブログでの私の記載の一部を引用した御礼とあった。確かに載っている。読んでくれている人はやはり御同業なのかとわかっていたことが改めてわかった次第である。

どんなドラマの内容なのか知らないが山崎晃嗣はタダの地上波ドラマを見て納得できるほど簡単ではない。というかつまらなくはない。この際、上記出版物を手にとって読まれたらいかがであろう。何にせよ出版界にとっては良い結果を生む。

なんて視聴者に期待しているようなそぶりをみせたが実のところ全然である。当ブログとしては多いアクセス数を記録したもののコメントもトラバもゼロという実態があるからだ。
要するにドラマで面白そうだから調べてみようとグーグル検索をかけたら最初の方に私の記事が引っかかるのでクリックしてみた。そうしたら長たらしくてねちっこくてディープな文章がダラダラ続いているので2・3行読んでもうやーめたってところのはずだ。アクセスしてくれた方で最後まで読んでくれたのは5人ぐらいに違いない。そういう文章を書いている自信だけはあるのだ。

アクセス数に関しては面白い話がもう1つ。実はホリエモンと同じくらいの相当な本数を私は村上世彰前「村上ファンド」代表に割いているが今日まで「村上」「村上世彰」「村上ファンド」といったキーワード検索で当ブログにアクセスする人がほとんどいない。その点でアクセスが途切れない「堀江貴文」と対照的である。ホリエモンどころか「山崎晃嗣」「山崎」にも遠く及ばない。
村上某よ。あなたは要するにその程度なのだ。好き嫌い以前に関心も持たれていないのだ。私の小さなこのブログでさえわかってしまったのだよ。もう消えなさいという助言以前に世間の耳目は事件の当事者になっている最中でさえホリエモンの比でなかった。ずっと前に死んだ山崎にも及ばない。なぜか。たぶんドラマもロマンもあなたから感じないからだ。(編集長)

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2006年6月28日 (水)

チベットのモーツァルトでもうダメポ

 いや~、本を読む暇すらない……。その理由は前日編集長が示したのと同じ。毎日、毎日、靖国神社の原稿が襲ってくる。もう止めて~と言いたいが、言ったら出版できん。
 というわけで2週間ほどカバンで眠っている読みかけの本を書評したい。何が面白いのかではなく、どうしてページを読む手が進まないのかをグチャグチャ書くのだ。
 へへへへ。寝てないオイラって、ちょっとワイルドです。

Photo_24  まずは『チベットのモーツァルト』(中沢新一/講談社学術文庫)。以前かなり話題になった本だし、それなりに評価も高い。でもね、バカは読まなくていいって彼の文章が叫んでる。
「ではスカ(楽)はどこにあるのか。それは現前と遅延の『間』、死と死の経済である生との「間」、もしこういう言い方ができるとするならば遅延の形成性の場、つまりデリダが「差延」という言葉でしめそうとする絶妙な運動にあるのだ」
 なんだ~、それなんなんだ~??? 
 この文章を読んでいて、デリダの朗読会に呼ばれたことを思い出した。読んでもわからんのに、それ朗読ッスよ……。眼テンなのでした。でも、知人の主催者は僕にも感想を求めるわけです。「さっぱり分かりません」とも言えず、「なぜか爆発するようなエネルギーがありました」とか答えてみた(笑) 
 哲学オタクの友人は「中沢新一はわかる人だけを対象に書いてあるからズルイ」って言ってましたが、どこらへんから「わかる人用」なのか、それもわからねぇー。
 てなわけで電車で座って読もうものなら速攻で寝ちまう。ただ挫折するのも悔しいんだよね。デリダを読めないのはあきらめがつく。でも中沢新一はどうよ? 結局、くだらないプライドと眠気に闘いつつ読み進めているわけです。

Photo_25  もう1冊は『「できる人」はどこがちがうのか』(斎藤孝/ちくま新書)。
 あー、こんな本を読んでいること自体公表するのが恥ずかしいッス。「できる人」に憧れているだけでもどうかと思うのに、その本が読み進めないなん……。
 この本のツラさは読めば読むほど「できる人」と自分が違うことなのだ。「どこ」が違うかって全部違うじゃん! いや、生活の一部を矯正するなら可能でしょうとも。でも、37歳になって生活すべてを改善って、どうするよ。
 いや、そもそもこの発想こそがダメ人間なのかもしれない。「そうか全部矯正すればいいんじゃん」って思えれば、きっと私はあんな人になり、こんなこともしちゃって、そんでもってアレだって手に入れて、スッゲー大変なそれだって楽々手に入れちゃうのだよ、君!
 で、全部矯正を受け入れられない自分はこう思うのだ。
「まあ、僕に本が合ってないんだな。もう少しだけ楽に『できる人』になる方法もあるんじゃない」って。
 しかし編集者も頭いいよな。「『できる人』は全部ちがう」だったら絶対に買わなかったのに……。
 というわけで靖国神社の原稿に戻ります!
 発売8月上旬です。よろしくお願いします。

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2006年6月27日 (火)

誰も知らない靖国神社

来る日も来る日も原稿に次ぐ原稿また原稿である。これが嫌々選んだ道ならば「これは本来のオレの仕事じゃない」とオダをあげるも可能だが好きでやっている(はずだ)から逃げ道はない。取材・執筆・編集みな大好物だ。それが来る日も来る日も・・・・である。ならば幸福なはずだ。人は幸福を追求する。したがって概念上幸福の域にある私が、その状況を否定する論理がない。

とはいえ実際問題として死ぬる思いなのである。夢に見る。書きかけの原稿が目が覚めたら誰かが書き上げてくれていたとか38ページまで終えていた編集が朝起きたら256ページまで進んでいたとか・・・・。でも夢は夢。すなわち決してかなわない。サッカーW杯の日本対ブラジル戦で「奇跡を起こせ」とメディアが絶叫していたのをあざけった自分がいる。「起きないから奇跡なのだよ」とね。だが自分の問題となると「奇跡を起こせ」とどこかで願っている気がする。老いたか。

で、目下もっとも苦しんでいるのは来月下旬にも出版しようともくろんでいる小誌連載の「靖国神社」単行本だ。連載の時々に問題点は片づけていたはずなのだが改めてゲラにするとああだこうだと問題噴出。それのリミットがどう考えても明日(27日)いっぱい。なので他を退けて取り組んでいるが、それで退けた他が消えるわけではない。

で「靖国神社」であるが元の動機は二〇〇一年八月、小泉純一郎首相の公式参拝によって、靖国神社が揺れに揺れたことにある。最初「八月一五日にいかなる批判があろうとも必ずする」と語っていた首相は、一三日に前倒しして参拝。公式参拝だったのかどうかを明らかにすることもなく、うやむやにコトを収めた。しかし中国や韓国は、以後この参拝に強く抗議し続けた。
そこで素朴な疑問が浮かんだ。そんなにまでして首相が行きたがる靖国神社が、どんなところか知っているかと。私も何回か行ったことはあったがなぜ行ったのかさえ思い出せない程度。ましてや多くの国民は、あのバカでかい大鳥居をくぐった経験がある人は実は案外と少ないのではあるまいか。首相参拝以降の騒動は予想以上に大きかったので私が編集部員に「靖国に行けば何か書くことあんだろ。近いんだから行ってこい」という指令を下し、取りあえず来年(〇二年)の首相参拝の下準備として『記録』誌上で「靖国神社」と銘打って〇一年秋から連載を開始したのだ。軽い気持ちだった。
 ところが小泉政権は予想以上に続き、首相の参拝も途切れず、結果として五年ほど靖国神社に通い詰める羽目になった。五年もやっていると首相の参拝だけでは到底引っ張れない。そこでみやげ物を分析したり、霊能師の先生に霊視してもらったり、二四時間張り込んだりとバカを承知のあれこれをこれでもかと思いついては続けてきた。こうなると結晶として単行本にまとめてみたくなるものだ。

取材班は二〇代女性で、それまで靖国に何らの興味もなかった奥津裕美を中心に、三〇代の大畑太郎、奥津よりも年下の宮崎太郎で構成し分担執筆している。他に一本だけ奥津と同世代の木村ひとみの文がある。筆者によって個性が違うために記事の最後に名を付すとした。

この本で一番紹介したいのはイデオロギーや抽象概念で語る靖国ではなく「見て、聞いて、感じた」あるがままの姿である。夏ともなれば大村益次郎像のもとで浴衣の女の子たちが盆踊り大会を繰り広げ、「ガンバレ純ちゃん好景気まんじゅう」をはじめとする奇妙な土産が売られ、絵馬に「英検合格」が祈願され、「みたままつり」ではつのだひろのメリージェーンが響き渡る。
かと思えば福引きやら奉納相撲やらイベントが用意され、世界中の戦死者を祀っている物凄い社がひっそりとあり、「東京ドームツアーバス」が駐車場を使用し、テーマパークとしてある意味楽しめる「遊就館」がある。
また「同期の桜」こと靖国の桜は東京の桜の開花基準になっているがその理由を追ってみると意外な真実がわかった。「九段の母」を一日中探し回ったりもした。六〇〇羽いるはずの白鳩がなかなか見つからない理由にも挑戦した。靖国のおみくじを他社と比較してもみた。すると一番の効能はどうやら病気快癒であるらしい。さよう靖国神社とはミステリースポットでもあった。

この際、むつかしい話は抜きとしよう。近隣外交をも揺さぶる靖国神社の等身大の姿とは何か。右も左もノンポリさんも皆まとめて彼の不思議な空間をどうか楽しんでもらいたい・・・・と苦しみつつ願う。ここまで書いてみて改めてわかったのは記事を書くことを思いついたのも命じたのも続けたのも単行本化を決めたのも全部私自身だということ。前述のようにそれを終えても強烈な量の残稿があって私のカバンに眠っている。
我ながらアホだと思うのだが残稿をどこか空いた時間で始末しようと念じているので常に持ち歩いて家と会社を往復しているのだ。少なくとも明日までは手が出せないとわかっていても、だ。カバンの中で原稿が人格を持ち私への嘲笑が密やかに響く。 King Lear の一節が浮かぶ。Nothing can come of nothing(編集長)

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2006年6月26日 (月)

なぜか「ビバヒル」。その後、彼らはどうなった?

アメリカのFOX Networkで製作され、日本でも90年間から00年にかけて放送され大ヒットしたテレビドラマ、ビバリーヒルズ高校白書(『Beverly Hills 90210』が原題。「ビバリーヒルズ高校白書」は第1~3シーズン、「ビバリーヒルズ青春白書」が4~10シーズン)。
当時、私の友人にも「前のビバヒル見た?」と言い合うやつがたくさんいた。テレビドラマといえば木村拓哉と山口智子の出演していた『ロングバケーション』(フジテレビ)くらいは見てたがそんなに熱心なドラマ視聴者ではなかったから、日本のものならともかく海外のドラマに没頭する心境が分からなかった。分からなかったけどあまりにも周りの人たちがビバヒルを話題にするから、その人気ぶりだけははっきりと覚えている。先の週末、チャンネルを回しているとビバヒルの主役の2人、ブランドンとブレンダのパロディをやっていた。今でも笑いのネタにできるくらいだからその影響力は決して小さいものではない。

さて、放送が終了して6年が経つが、「ビバヒル」の役者たちは今も活躍できているんだろうか? 
「ビバヒル」のメンバーの中で今いちばん輝いているのは間違いなくヒラリー・スワンクだ。99年『ボーイズ・ドント・クライ』(キンバリー・ピアース監督)、05年には記憶に新しい『ミリオンダラー・ベイビー』(クリント・イーストウッド監督)で2度アカデミー主演女優賞を獲得という活躍ぶり。ビバヒルでは出演はたった1シーズンのみの出演だったのだが。
では、主要メンバーたちの現在はどうか。
主役兄妹の兄、ブランドンを演じたジェイソン・プリーストリーはビバヒル出演中にも『ラブ&デス』(リチャード・クウィートニオスキー監督/97年 主演でない)に映画出演などしていたが、02年に自動車事故で重症を負う。療養後どんな活躍をしているかは不明……かと思われたが、04年から『トゥルー・コーリング』というテレビドラマに出演していた。しかし日本でも放送されていたこのドラマはなんと、05年に低予算のため打ち切りになっていた。そしてその後のジェイソン・プリーストリーについては分かっていない。
双子の妹ブレンダ役を演じたのはシャナン・ドハーティー。10歳でテレビ出演を果たしたシャナンはビバヒル終了後、同じくビバヒル手がけたアーロン・スペリングが制作総指揮を担当する「チャームド/魔女三姉妹」(テレビドラマ)に出演。02年には『ジェイ&サイレント・ボブ 帝国への逆襲』(ケヴィン・スミス監督/01年)なるコメディに出演しているが、主役ではなかった。
こうして見るとビバヒルのフィーバーぶりからは程遠いその後になっているが、他のメンバーたちはどうなのか。これはまた次回。(宮崎)

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2006年6月25日 (日)

日曜ミニコミ誌! そばへの情熱が封入された一冊!

Soba 会社に近くミニコミ誌を多く取り扱う書店『書肆アクセス』をぶらぶらしていたところ、『信州そば通信』を発見した。簡潔なタイトル、飾り気のない表紙にビビビときて思わず手に取った。出会いは常にビビビなのである。表紙をめくり、1ページ目に目次。始めの項目はタイトルよりさらに簡潔な「そば通信」。さっそく見てみると見出しに「本格手打ち用ミックス粉『信州二八そば』を発売」とあり、「信州二八そば」の商品情報が紹介されている。
「本品はそば粉『八割』400グラムとつなぎ粉『二割』100グラムをミックスした手打ちそば専用粉で、そば粉は信州産100%の石臼引き粉。(中略)昔から、そば粉とつなぎ粉をミックスしたものを『木鉢下』といい、そば店ではそば粉の風味を劣化させない保存方法であったが、本品はこの手法を取り入れるとともに、脱酸素剤を封入して挽きたての新鮮さと風味を保つ工夫が施されている」。
うーん、勉強になるなぁ。そばといえば立ち食いそばで、ただ足早に通り過ぎるだけの私には新鮮な内容だ。他の項には長野の新しいそば屋、優良そば屋の紹介記事、また知られざる(ホントに知られざる)そば屋の苦悩をドキュメンタリータッチで綴る『そばの細道』と題された連載モノがあり、それらの記事からは十分に信州そば、というかそば全般に対する編集者の愛情が伺えるのだが、最もその愛が炸裂しているのが大西利光氏の講演を収録した記事。タイトルも「いま、そば屋の姿勢が問われている!」と一段高いテンション。長野の山あいで妻と野菜を作り、そばを作り、街並み保存の運動にも参加するそば打ち人がそば界の現状を語る。押し寄せるコンビニやファミレスの潮流に流されそうだと訴えるそば屋に対してのコメントが「これはそば屋が負けているのではなく、自分たちのやっている姿勢が負けているのではないか」。これは、カッコイイのか何なのかイマイチ判然としなかったが、ではそば屋はどうすればいいのか、という部分になると「メニューを増やす」「どのような客層を狙うのか」ということについて具体的な方策を述べている。
「私が上田に参りまして14年が経ちますが、14年前は天ぷらと鴨料理が中心でした。ところが最近はどうやらお客の四分の一はベジタリアンで肉や魚を食べない。」
そこで大西さんは野菜をメニューに加えたところ、原価が安いにも関わらず同じ値段のえびの10倍が今では出るようになっているという。(なんだか腹が減ってきた…)
全32ページを楽しく読ませていただいたが、なんと発行している川辺書林さんにお話を聞くと、『信州そば通信』はもう発行していないということだった。ここまで読んで買ってみようと思った方、怒らないでください。そば関係の書籍を出版している同社が県内の書店やそば屋に置いていたが、「財政的に苦しくなって」これ以上続けることが困難になったとのこと。ミニコミ誌には広告収入がない。だから売り上げのみが発行者の財源になるが、売り上げ以前に大きな広告を打つこともできないミニコミ誌は認知度を高めることも至難のわざだ。面白いだけじゃ続けることはできない、それが現実なのだ……などと考えつつそば屋へ。(宮崎)

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2006年6月23日 (金)

ナース服でも、ダンス場面でも、人妻でも逮捕だってよ!

Photo_23  月刊『記録』7月号で風俗案内条例が施行された当日の案内所の様子や、警察がこの法律で何を取り締まりたかったのかを、案内所に勤めるソープ☆吉原氏が暴いている(詳細は本誌を買ってね!)。
 この原稿を編集するために風俗案内条例を調べたが、いや、ひどいひどい。
 表現の自由なんて全く気にも留めてない。警察は風俗店への入り口となる案内所を潰す気らしく、お決まり「青少年のため」という理由で店内の写真や文字のがんじがらめに規制したのだ。おかげで案内所は店内にあるすべの広告パネルを取り外さざるを得なくなった。だいたい風俗店の近くにあるのが風俗案内所なのに、そんな場所を訪れるエッチ大好き「青少年」の健全な成長を法律で応援してどうする!

 あまりにむかついたので、具体的にどんなものが禁止されているのか書き連ねてみたい。
 写真や絵で禁止されているのは9項目だ。
 例えば「歓楽的雰囲気を醸し出す方法により客をもてなす行為を表すもの」は禁止。具体的には「男女がダンスをしているもの」、「男女がマイクを持って歌を歌っているもの」がダメらしい。つまり案内所に社交ダンスの専門誌『ダンスファン』の広告を貼ったら店員が逮捕されるわけだ。
「歓楽的雰囲気を醸し出す方法により異性の客をもてなす業務に従事している者若しくは従事していた者を表すもの又はこれらのものであると人を誤認させるようなもの」もアウトらしい。具体例な禁止事項としてあがっているのが、「キャバクラのパネルに女性の顔写真」「『当店No.1ホスト』と記された男性」。つまりなんだ、今人気のセレブの皆さんが派手めドレスを着て写っている写真を案内所に掲げていたら、罰金ってことになるのか。彼女たちの服と笑顔は、十分に「誤認させるようなもの」だ。
「シャワーを浴びている女性の後ろ姿」も「全裸又は半裸の人の姿態(衣服等が透けた状態を含む。)を表すもの」として禁止だという。エビちゃんのシャワーシーンが話題になった資生堂CMも、ポスターにして案内所に貼り付けたら罰金決定だな。
 ついでに「水着又は条例第2条各号に掲げる営業に用いられる衣装を着用した人の姿態を表すもの」、つまり「セーラー服姿、ナース服姿、レースクィーン姿」の写真や絵も許されない。もう、日本赤十字の戴帽式の写真を掲げたら大変だよ。手に持ったロウソクは「性具その他の性的な行為の用に供する物品を表すもの」の1つとも疑えるし、服装はナース服! それが数十人写っているんだから、もう絶対逮捕です。

 こうした写真や絵の規制も十分トンデモないが、これが文字となるともっとスゴイ。「下着姿を表す」から「Tバック」「ランジェリー姿」「ブラジャー姿」という言葉が禁止。「陰部、胸部又はでん部を表すもので、卑猥な感じを与える」から「巨乳」「美尻」もダメ。「人を表すもので、事業所に表示し、又は表示したものを提出し、若しくは配置することにより、卑猥な感じを与える」というわけの分からない理由で「痴女」「人妻」「お姉さま専門」もアウト~! しまいには「前各号に掲げるもののほか、卑猥な表現であるもの」もダメで、「淫乱」や「エッチ学園」でも逮捕するらしい。

 おいおい、本気か?
「彼女はその街で暮らすのが嫌ではなかった。ソープランドが立ち並ぶ猥雑な街並みも、シースルーの服で巨乳を誇らしげに振って歩く外国人の姿も、ラッシュ時に痴漢が出没するような満員電車も。
 ただ、その街で人妻であることを除けば……」
 意味不明ではあるが、こんな文章を掲げたらピンクの単語が条例違反となり即刻逮捕である。

 風俗案内所だから取り締まっちまえ、という人もいるだろう。でも、こんな規制を出版社に当てはめることだってできなくはないのだ。
 実際、鹿砦社という出版社はジャニーズ関連書籍やパチンコ会社の本など5冊が出版差し止めになり、2005年7月には名誉棄損の罪で社長が逮捕され半年以上拘留された。
 弱小出版の本を規制しても、その編集者を逮捕しても、さして騒ぎにはならない。そんな時代に生きていることを、やっぱり僕は多くの人に知ってもらいたいのだ。
「お触り」と表示して逮捕される社会なんてクソだ。「青少年」が健全に育つはずないだろう、やっぱり。(大畑)

●写真は、酒を握りしめて「歓楽的雰囲気を醸し出し」、パンツに手を入れて「人の陰部を強調し」、背景に禁止されている文言例をあらん限り並べた。紹介所で提示したら一発逮捕です!

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2006年6月22日 (木)

山口・母子殺害事件最判と応報感情

1審の無期懲役判決が下った後に妻子を失った被害男性は「私がこの手で殺す」と発言し賛否両論を受けた。最高裁判決は1・2審の無期懲役判決を破棄して高裁に差し戻した。自判こそしなかったが事実上の死刑判決である。
江戸時代にも国家的公刑罰権は幕藩体制下である程度確立していたと考えていい。そこには現在は許されていない殺人(殺意をもって人を殺す)の形態があった。切捨御免と敵討ち(仇討ち)である。敵討ちは国家的公刑罰権を補完する意味合いもあったが要するに目上の親族が殺害された場合に手続きを取って(場合によっては手続きなしでも)「不倶戴天」の加害者を自ら殺害しても罪に問わないとの制度である。
敵討ちは支配階級であった武士にのみ許されていたわけではなく町娘が果たした例も記録にある。ただし封建秩序を前提にして考えると山口・母子殺害事件の被害男性は敵討ちを認められない。なぜならば妻子は目下と分類されるからだ。
よく子を殺害された親が「敵討ち」を口にすることはあるが同様の理由で江戸時代でさえ公許されていない事案ではある。
ただこの点を追究せずに単に愛する者が理不尽に殺された時に残された親族が公刑罰権の例外として「敵討ち」をしてなぜいけないのかという命題に絞って吟味すると明快な解答はいまだ出ていないというのが現実である。平たくいえば「敵討ちの何が悪いのか」だ。

それは言い換えれば応報感情を汲むべきか、汲むとしてどこまでかという問題だ。罪刑法定主義の下でも被害者の応報感情は一定の影響を司法に与える。より細かくいえば応報感情をも織り込んで量刑などは定められている。
だが応報感情は殺された相手への想いが強いほど大きくなる。したがって交通事故での業務上過失致死で愛する者を失った被害者遺族は法廷で「この業務上過失致死犯!」とは叫ばない(叫んではいけないが)。あるとすれば殺人罪で起訴された被告と同様に「この人殺し!」である。

数年前に私はある出版社の依頼で江戸時代の司法制度を調べて原稿にした。そこでは上記のような現代との違いの他に重罪主義が貫かれている。そのためか特に江戸市中(町方の場合)は江戸全体で100万人を超す人口を要していながら治安維持組織に属する人数はビックリするほど少なかった。
だが現在は法の下の平等における罪刑法定主義なので「この人殺し!」ならば皆が皆死刑とはならない。

国家的公刑罰権による統治原則から「人をなぜ殺してはならないか」を推察すると「殺されない権利を確保するため」とはならないか。つまり応報感情も含めて殺していい例外をもうけたり、さらに広げて原則として殺してもいいとまですると自分が殺せる権利を有する半面で、いつ殺されても罰せられない社会となる。これでは法治も統治もなくなるので罪と罰の処断を国家に委ねるとした、と。
だがいくら理屈を吐いても故なき理不尽で愛する者を失えば応報感情は自然とわく。死には死をという論理には十分な説得力があるので「私がこの手で殺す」と妻子を失った男性が叫んだとしても十分に理解できる。ただ、だからといって応報感情をよりストレートに裁判に持ちこむと罪刑法定主義の原則をも揺るがしかねない。非常に差配の難しい問題である。

さらにつらいのは殺人事件の場合に応報感情を持つのは被害者本人ではあり得ないという点だ。なぜならば被害者は殺されているから。すると被害者の感情を法廷で反映させるとしても被害者の親族となるのが一般的であろう。親族の思いが常に一定とは限らない。すると親族の思いの軽重が量刑などに反映されてくる恐れが出てくる。
もう1つある。今回の山口・母子殺害事件のように死刑制度の是非や応報感情の反映といった問題を考えるテーマの大半は被害者および親族があまりにも気の毒で第三者の位置にいる私でさえ「死刑でも物足りない」と憤ってしまうようなものであることだ。だが被害者やその遺族が裁判の過程に参加するかどうか、どう参加するかをルール化して実行する場合には「あまりにも気の毒」な事案ばかりとは限らない。
こうした論点は結局は専門誌や専門書でしか見出せない。マスコミもネットもまだまだである。(編集長)

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2006年6月21日 (水)

これが現実! 原発・驚愕の実態

先の日曜日に取り上げたミニコミ誌『人間家族』では青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場、静岡県浜岡原発の危険性を訴える記事が掲載されていた。このところ続いている金融・証券界のハデなニュースとは注目度という点で比較にならないが、今までの生活が成り立たなくなるという点ではこちらの方がはるかに深刻だ。
Hou 世界中に約430機ある原発の中で、プレート境界地震の震源域上にあるものは浜岡原発ただひとつである。『放射能で首都圏消滅』(古長谷 稔・三五館)は静岡県で生まれ、衆議院議員の公設秘書時代に同原発の実情を知った著者が、その危険性、震災時に想定される被害規模、事故で放射能が爆散したときの対策を切実に訴える一冊だ。
「原発事故は恐ろしい」とは何となく思うけれど、事故がどんな被害をもたらすのかについて私たちはあまりにも無知ではないだろうか。チェルノブイリをリアルタイムで体験していない世代は特にそうだろう。例えば事故による放射能汚染が「現場から近い場所がひどい=遠ざかると軽度になる」という単純な図ではなく、事故後に雨が降った地域がより汚染されるという特徴も、この本を読んで私は初めて知った。これは86年のチェルノブイリ原発事故後の調査で明らかになったことだ。
本書について一貫しているのは、行政を基本的に信頼していない姿勢だ。
「これまでに原発で事故が起こった時は、いつも発表は時間がたってからでした。一部の専門家がマスコミで指摘し、それから長い会議を開いてやっと公表するのが過去のパターンです」。
政府や電力会社からの情報を待つだけではダメ、ではどうすれば被害をより少なく食い止めることができるのか? いくつかの具体的な対策が紹介されているが、私が今まで半信半疑だった「トロロ昆布で放射能対策」も載っていた(本当だったのか…)。放射性ヨウ素が体内に入ると甲状腺に蓄積しガンを引き起こす。体内には一定量を超えるヨウ素は蓄積されないので、先にヨウ素を含む食料を取って飽和状態にするというのがそのメカニズムだ。ヨウ素を多く含む食べ物、それがトロロ昆布や乾燥昆布なのである(直接ヨウ素剤を飲むのがベストだが)。
本書が迫力あるものになっているのは3人の浜岡原発設計・建設者の内部告発が紹介されているからではないだろうか。顔写真付きの勇気ある告発内容には絶句した。このうちの1人の談。浜岡にもアメリカのBWR型原発が導入されているが、「もともと地震のあるところに建てないアメリカ製なので、地震対策が詳細に検討されていない」という。
30年以内に87%の確率で起こるといわれる東海地震。大きな原発事故につながれば静岡から首都圏までが崩壊する。もちろんフィクションなんかではない。

Gen 『原発列島を行く』(鎌田慧・集英社新書)では原発問題を別の視点から捉える。それは原発を取り巻く「政府と自治体」「政府と財界」の構図だ。『原発列島を行く』の各章では文字通り日本中に連なった原発各所を取り上げ、原発建設を進める電力会社とそれに反対する住民たちの姿を書き取っている。また、被曝した労働者の記録も克明に綴っている。福島県富岡町の原発で被曝後、急性白血病で亡くなったHさんの母親が語っている。
「自分で自分の身体が自由になれながった。10日も15日も苦しんで、水も飲まれながった。口の中も真っ黒になっていだんだ」。
日本の豊かな暮らしの底で、労災認定すらされないまま命を落としていく事実はほとんど知られない。聞かれることなく葬られてゆく弱者の声を自らの丹念に追った一冊でもある。
『放射能で首都圏消滅』のあとがきにあったが、電力会社に「(原発の安全性について)大丈夫なの?」と聞くと、あっさりと「絶対安全です」と言い切られるらしい。そんなに自信があるなら、電力会社社長宅の隣に原発を作ればいいと思うんですが、どうですかね。(宮崎)

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2006年6月20日 (火)

教員免許更新制度-文部科学省ビジネスに手を貸すな

教員免許の更新制を導入するとの報が再度流れている。これを現職教員に適用して問題教師をなくせるだの意味がないなどの議論が盛んだが私は当初消極的だった文部科学省(文科省)が姿勢を一転したのは金もうけのにおいを嗅ぎつけたからだと信じて疑わない。
問題教師云々は多分アリバイ作りである。そのあたりの議論に国民を注目させておいて最終的にはやるにせよやらぬにせよどうでもいいと文科省役人は考えているに違いない。

真の狙いはずばりペーパー教員である。

中央教育審議会の議事録・配付資料によると実際には教壇に立っていないペーパー教員の扱いに関して「現に免許状を有する者も対象とする場合」は「仮に免許を更新しなくても、免許状が必要となった際に免許更新講習と同様の講習を受講・修了しさえすれば、いつでも再授与の申請は可能」として全体の20%ほどをイメージしている。それでも現職の約2倍の20万人弱が更新を希望し、そうした状況はペーパー教員が漸減しながらも30年近く続くという。
それが「新規の免許状取得者から適用する場合」はペーパー教員×20%の数は現職とほぼ同じか若干多くなる程度のイメージで数も5年後から4万人程度でスタートだ。
つまり「新規の免許状取得者から適用する場合」よりも「現に免許状を有する者も対象とする場合」の方がペーパー教員の免許を更新させられる数が圧倒的に多い。「これはおいしい!」と「現に免許状を・・・・」に方針転換しようとしているのが文科省の本心であろう。
一応「免許状が必要となった際に」とやさしげだが、これはあくまでイメージ。「現に免許状を・・・・」をぶち上げれば締め付けたい教育行政の当事者と反発しまくる日教組というお祭り騒ぎで注目もそこに来る。その陰で「免許状が必要となった際に」プラス「または取得後○年を過ぎた者は」あたりの文言をそっと差し込んできそうだ。そうすれば瞬く間に更新ビジネスの出来上がりである。

私はペーパー教員である。大学で中学社会・高校地歴公民の1種免許を取得した。それなりの時間と手間と能力を費やした結果得た資格であるから失効させたくはない。使いはしないが失効は嫌だという私のような人は多かろう。そこにン万円の更新機会が必要となれば内容によってはやるかとなる。
しかも世間は大して騒がないが現在、教員大不足時代に突入しているのをご存じだろうか。文科省の怠惰によって長ければ10年以上は続く需給逼迫状態にある。すると今の職から教員への転職を考えるペーパー教員も多く出るに違いない。墓穴一転してビジネスチャンスまさに到来なのだ。
だが待ってほしい。私が免許を取った時は一度得れば永久との前提だった。加えてこの免許は実際に任用されなければただの紙切れである。それさえあれば運転できる自動車免許とは訳が違う。そこに自動車免許更新と同じようなビジネスモデルを作り上げるとしたらぼったくりだ。断じて許せない。

文科省ビジネスはいくつもある。1979年に導入した共通一次試験は受験生の負担を減らすとの美名で始まったが何ら役立たず有害無益であった。では消えたかというとそうではない。猫の目とまで評された制度改革を経て現在は大学入試センターとして生き残っている。主催は独立行政法人大学入試センター。要は文科省役人の天下り先だ。
大学入試センターは昨年からリスニングテストを開始した。一回きりのICレコーダーを使った上で故障続出とムダ満タンでのスタートである。いずれ何かの形で太らせて独立行政法人何やらを作るに決まっている。
サッカーくじは旧文部省の特殊法人「日本体育・学校健康センター」(現在の独立行政法人日本スポーツ振興センター)が運営。総売上の15%が運営経費、12%が国庫納付金と胴元が3割を懐にするという893の賭場開帳者も真っ青な賭博師ぶりで知っての通り風前の灯火となっている。
この法人が傘下に持つ国立競技場はネーミングライツまでたくらんでいるという。孫正義氏あたりが興味を示しそう。「ソフトバンク国立競技場」なんてね。先生!その言葉は変です。
かと思えば小学生から英語を習わせるという新たな金もうけの種も模索中。ICレコーダーあたりとくっつけてきて「独立行政法人児童英語・リスニング振興センター」なんてどうよ。国立競技場と学校給食をくっつけ「運動すれば腹が減る」と言い放って旧「日本体育・学校健康センター」を作って恥じなかった文科省ならばできるはずだ。
「愛国心」云々が問題になるのも元を正せば1991年の指導要録の改悪に行き着く。「自ら学ぶ意欲」「関心や態度」「表現の工夫」まで評価対象として追加した。成績がよくても「関心や態度」が悪いと減点されるのだ。「行動の評価」では「向上心」「思いやり」「自然愛護」まで評価項目となった。「思いやり」「自然愛護」あたりが匂う。愛国心に関して内面の評価をしないだって!よく言うよ。15年前から堂々とやってるじゃないか。

せっせせっせと要らない仕事を作り出してはこなして働いたフリをする。その結果税金を食べる。それでも「ひもじいー」とばかりに独立行政法人なぞをでっち上げて寺銭やら免許更新料やら何やらやらをふんだくる魂胆は丸見えだ。(編集長)

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2006年6月19日 (月)

駅名がおかしい!? 二子玉川編

二子玉川園の前身・玉川第二遊園地は今から80年以上前の1922に開園した。開園当初は玉川電気鉄道の経営だったが、1939年に読売新聞と提携し名称も読売遊園に変わる。1944年に理由は定かではないが一時閉園(国内状況が遊園地どころではなかったことは容易に想像できるが)。さらにその後1954年には東急不動産の手により二子玉川園として再スタートを切った。
二子玉川園は1985年に閉園。92年からナムコ・ワンダーエッグとして50ヵ月の期間限定で開園するが、この二子玉川東地区の再開発計画が大幅に遅れたこともあり、結局2000年いっぱいまで営業は続けられた。
さて、二子玉川園の閉園後の2000年8月にようやく、二子玉川園がすでに閉園となっているとの理由から駅名が「二子玉川園」→「二子玉川」と改称された。閉園から改称までの15年間は何だったんだと思わないでもないが、とにかく駅名は変更された。(この腰の重さからすると、02年に閉園した小田急線・向ヶ丘遊園駅の改称は2017年ということになるのだろうか…。)
17日に二子玉川駅を訪れたが、駅の周りを少し歩いただけでかなり寂しい印象を受けた。理由は分かっている。数年前から計画はあったが実行されていなかった再開発がとうとう始められようとしているのだ。駅から歩いて1分の東急ハンズ入り口には大きく書かれてあった。
「この度、東急ハンズ二子玉川店は、二子玉川東地区再開発計画に伴い、6月30日を持ちまして一旦閉店させていただくことになりました」。
駅の周りの商店に聞いてまわると、ほとんどの店が6月か7月中に店じまいするという。午後6時ですでに閉店している店も多い。開発事業予定区域を示した地図があると教えてもらい、それを見て驚いたのは、あまりにも再開発区域が広かったからだ。二子玉川駅はもちろん、もと二子玉川園があった場所まですっぽりと区域を示す赤い線に含まれている。
「この辺りの建物はみんな取り壊されます。いくらか補助金が出るので、それをもらってどこかで商売を続ける、という人は多いですね」と話すのはある商店の男性店主。もしかすると駅名が変わっちゃうかも知れませんね、というと「それはイヤです。もともとの『二子玉川園』が『二子玉川』に変わっちゃったのだけでもさみしかったのに…」。やはりそうか。どこの駅に住む人にでも名前に愛着がある、というのが私の中では一般論化されつつあるのだった。(東急電鉄に問い合わせると、駅名の変更はないとのこと)
再開発区域の85%は東急電鉄が所有する土地である。しかし、残された15%は民間の地権者であり、その中には開発に反対の人ももちろんいた。「東急系の店はそりゃ、さっさと閉めるかもしれませんけど、それ以外の商店は簡単にそうはいかない。保証金が出るっていっても完全にそれで補えるわけじゃないだろうし、この年で他に移るのは想像以上に大変なんでしょうね」と商店女性店主は呟いた。出てけ、と言われても簡単に出て行く気はないそうだ。
駅の建物も含めて「ニコタマ」の風景はこれから一変する。かつてこの地域に深く根ざしていた二子玉川園跡もピカピカのビルに変わるのだろう。(宮崎)

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2006年6月18日 (日)

日曜ミニコミ誌!(第1回) 核燃料再処理反対! 7世代先を見据えるミニコミ誌

Ninngenn いま現在、日本にどれくらいの数のミニコミ誌が存在するのかは正確には知られていない。そもそもミニコミの定義や規模について自信を持って答えることができる人が稀だろう。
毎週日曜にはそんなミニコミ界の今について迫り、数あるミニコミの中からひとつだけを選んで紹介させていただく。

今回選んだ『人間家族』は「7世代先を考える」をテーマにしている。月1度の発行で、今月号(5月号)52ページの内容は「アイヌ民族の長老」萱野茂さんの追悼記事、青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場に対する申し立て記事が中心となっている。
六ヶ所村の核燃料再処理施設は大きな話題になることもなく今年3月31日にアクティブ試運転が開始された。「試運転」とはいえ実際に使用済み核燃料が使われた運転である。
『人間家族』ではこの再処理施設の運転が近隣だけでなく三陸の海までも放射能で汚すと訴え、施設の推進派、反対派の意見なども紹介している。
現在の編集長、大築さんは3代目だ。80年代、大築さんは印刷業とデザイン業を仕事としながら、当時は珍しかった有機野菜の八百屋のグループを運営し、有機野菜の契約農家を探す広報部門の一員だった。
その八百屋グループの精神的リーダーが『人間家族』の初代編集長で、代替わりを経て大築さんの手にバトンが渡った。80年の終わりごろから都市開発が活発になり、住んでいた国立も空き地がどんどん減っていき、「ここでは子どもを育てたくない」と静岡県賀茂郡に引っ越したのは12年前。現在も出版業を営みながらブルーベリー農園を共同経営もしている。
今はなんとすべての編集作業を1人でこなしている。1人でこなしているので毎号の内容も「ほぼ独断ですね(笑)」とのこと。「先代編集長の頃はほとんど有機野菜オンリーの内容でした。」なんという変わりようだ。この身軽さがミニコミである! 「イージーワード」で文章の割り付けと簡単なデザインをし、印刷も自宅でできるから後は製本を製本屋に頼むだけ。ただ、全てのミニコミ発行者の悩みであるのは流通だ。なんと地元静岡では扱っている書店はなく、販売用のほとんど東京に送っている。主力は全国にまたがる定期購読者、中には十数年の方々もいるという。
『人間家族』の後半あたりにはいきなり「チャイナ・ランダムジャーニー」なる旅行の連載モノが入る。
「昨日の夕方、敦煌(トンコウ)からフラリ乗ってしまった寝台バスのサスペンションは、トラックであったままの固さだった……」
中国のゴルムドからチベットのラサにバスで向かうあたりが今月号の内容だ。大築さんによると『チャイナ~』の著者・澤村浩行さんは現在60歳半ば。毎月エンピツ書きの原稿をどんどん旅先から送ってくるのでストックがたまりまくっているそうだ。
「アイヌの長老」「原発」「中国旅行記」。内容を見るだけでミニコミ特有の野生ぶりを余すところなく体現しているように思える。チェルノブイリ以前から原発には反対だったという大築さんの精神があまりにもダイレクトに誌面に反映されていた。次回も乞うご期待!(宮崎)

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2006年6月17日 (土)

元 靖国ライター その5

久々の東京は静かだった。なぜ静かだというと、香港はウルサイから。お互いに怒鳴り合っているとしか思えない会話。そんなに大声でしゃべらなくてもわかるよ。
電話の時も大声でしゃべるもんだから、電話機を耳に付けずトランシーバーみたいな話し方になっているし。
私も大きな声で怒鳴りながら話さなければならないのか・・・。どんどん性格が変わっていく香港ライフ。(奥津裕美)

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2006年6月16日 (金)

ヤバイのはプリンス福井・日銀総裁だけじゃない

 経済に強い友人の1人は株を買わない理由について、彼女が証券会社の法人担当で「ウマイ話」が個人よりも企業に流れていくことを知っているからだ、と話していた。別の友人は村上ファンドが買った株の値動きを追っていると、2~3回不可解な値上がりが見つかると話し、「誰かが大もうけしたんだろうな」とこぼしていた。

 残念ながら私は株に詳しくない。正直、さっぱり分からん。だから上記の話が真偽を判定できない。ただ情報が命運を分ける世界であるなら、一般人よりVIPに有利な情報が集まるのは世の常だろうとも思う。
 そうした有利な情報に日々触れることのできる福井俊彦日銀総裁が疑惑の渦中にある村上ファンドに1000万円を投資したうえに、「利殖のためにやっているわけではない」「勇気ある青年を激励するために」(ともに『朝日新聞』06年6月14日)投資したとコメントしたから驚いた。おいおい! だったら売れないノンフィクション分野でヒット書籍を作ろうとしている「勇気ある」小社に投資してほしいもんだ。

 しかーし、もっと驚愕の事実を私は知った。福井って、「日銀のプリンス」と呼ばれていたの!? まさか紫のスーツ着て、アメリカンバイクまたがっているわけじゃないよな、と疑ってしまった。名前を訳の分からない記号にして、元フクと呼ばれていたりとかね。
 てなわけで、今日はほかの原稿が忙しいことだし、過去に「プリンス」と呼ばれた面々をクイズ形式で並べてパッパッと終わりにしたいと思う。

で、
【第1問】「角界のプリンス」といえば誰?
 チッチッチッチッ、はい、正解!
 ちょっと簡単すぎたかもしれない。答は昨年亡くなった貴ノ花。驚異的な粘りと強い足腰で絶大な人気を誇り、優勝を決めた1975年の春場所千秋楽では視聴率50.6%という驚異的な数字を記録した。
 しかし晩年、プリンスは輝きを失う。妻の不倫と離婚、息子たちの兄弟闘争に加え財産の問題まで浮上。週刊誌では兄弟の不仲に父・貴ノ花の教育方針が強く影響したと叩かれてもいた。そうした心労がこたえたのか、がんと闘い、55歳という若さでこの世を去る。
 う~ん、全盛期を考えると寂しい晩年だ。

【第2問】「東証のプリンス」といえば誰?
 これは少し難しいか。答は04年に東証の社長に就任した鶴島琢夫だ。前社長の急死で白羽の矢が立ち、旧大蔵省事務次官経験者が社長に座るという6代続いた慣習を打ち破った東証生え抜きの社長としても注目された。
 しかし昨年11月システム障害により取り引きが1日全面ストップという大事件を東証が引き起こし、「多大な迷惑と心配をお掛けした。同様な問題が生じないよう、万全の対策を講じたい」と謝罪した。ところが東証のトラブルは止まらない。翌月にはみずほ証券の誤発注を東証のシステムが受け付けず、膨大な損害が発生。当初、自社に非がないと強気の姿勢を示したが、3日後にはシステムの欠陥が明らかになり釣島氏は辞任を発表した。
 社長就任時に語った「制度整備を重ね、地道な王道を歩みたい」(『毎日新聞』04年4月2日)というコメントが悲しい。地道な王道を歩いている間に、現状にシステムが追いつかなくなったということか。

【第3問】「政界のプリンス」といえば誰?
 これはけっこういるようだが、中でも有名な人物を2人紹介する。船田元と加藤紘一だ。
 船田議員から。79年に祖父の地盤を引き継いで25歳で初当選。竹下派分裂では羽田・小沢陣営で嫌み大王の橋本龍太郎に一歩も引かず対決して名をあげたという。92年12月の宮沢喜一改造内閣では経済企画庁長官に就任した。
 と、ここまではプリンスらしい活躍だ。ところが、その後に噴出したのが「政界失楽園」。糟糠の妻を追い出し、1ヵ月後の99年5月に不倫相手の畑恵議員と結婚。この不倫が響いて、選挙では絶対の強さを誇っていた船田は落選した(ちなみに妻となった畑恵も落選)。3年間の浪人生活を過ごし03年の総選挙では国政に復帰したが、すでにかつての勢いはない。女でつまずいたプリンスの代表格といえる。
 山拓と違って愛人との関係が「遊び」で終わらないところが「プリンス」といえば「プリンス」らしいのだが……。

 加藤紘一も毛並みはいい。父を国会議員にもち、東大から外務省に入省。91年には内閣官房長官に就任。また山崎拓と小泉純一郎との朋友関係を誇り、次世代を担う「YKK」と評されたこともあった。しかしペテン師・小泉と変態・山拓とタッグを組んでいたというのだから、やっぱり保守本流の論客といわれるプリンスも変わり者なのかもしれん……。
 しかーし、プリンスたるものようようと日の当たる道だけを歩んでいけるわけではないのだ。2000年には「加藤の乱」を起こすが、分裂工作に遭い涙を流して決起を断念。このとき森内閣の不信任案採決に賛成票を投じに行こうとする加藤を、派閥議員が「駄目です、ここにとどまって下さい」と涙を流して止めるシーンが全国に放送された。ナルシシズム満載の茶番劇を世にさらしたことで、保守本流のプリンスは完全に失墜した。
 さらに03年には政治資金約9000万円を南青山にある自宅マンションの家賃などに充てていた疑惑が浮上し、秘書が逮捕されて本人も議員辞職。プリンスは地元でお詫び行脚することになるのだ。
 すでに何の影響力を持たず小泉批判をメディアなどで繰り返すだけのプリンスと、加藤の乱で一緒に決起したのち変態行為まで暴かれたのにポスト小泉の1人だと勝手に勘違いできる山拓。善し悪しは別にして面の皮の厚さが違う。やっぱりプリンスは政治家に向いてないのかも。

【第4問】「建設族のプリンス」といえば誰?
 これは思いつかないかもしれない。なんと中村喜四郎。76年に初当選。地盤どころか父親の名前まで受け継いだ。一説には選挙民が「中村喜四郎」としか書けないからとも言われた。92年には建設大臣にまで上り詰めたものの、94年には大臣時代のゼネコン汚職事件により斡旋収賄罪容疑で逮捕される。97年に東京地裁で実刑判決を受けるも議員辞職せず、2000年には無所属での当選を果たした。03年にやっと実刑が確定したが、翌年に仮釈放されると05年の選挙では当選。
 刑務所にぶち込まれようがお構いなし。とにかく選挙には強い。茨城7区の選挙民は投票用紙を見ると自動的に「中村喜四郎」と書いてしまうのかもしれない。この異様な「カリスマ性(?)」はプリンスらしいといえば、らしいのか??

 あー、プリンスのクイズを出していたら、どんどん長くなってしまった。
 上記のほかにも「球界のプリンス」岩隈久志やら、「社会党のプリンス」横路孝弘、「橋本派のプリンス」額賀福志郎、「宏池会のプリンス」谷垣禎一など、こりゃダメだぜプリンスという話を書き連ねたいと思ったがパワーが尽きた。
 とにかく「プリンス」などと呼ばれるようになったらヤバイことは確かだ。用心しなければなるまい。まあ、中年乾燥肌の貧乏ライターである私が「プリンス」と呼ばれる心配もないのだが……。(大畑)

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2006年6月15日 (木)

ジーコジャパンと小泉政権はソックリだ

小泉純一郎首相の在任とジーコ監督のそれはほぼ重なり合う。そして生み出した集団の性格や結果もまたよく似ている。

1)プレーヤー任せの古いスタイル
小泉首相の「民間にできることは民間で」とジーコ監督の「選手の自主性を尊重」がまず似ているという話。このキャッチフレーズは聞こえはいいし間違ってもいない。しかし指導者がフレーズ通りに振る舞うと無策と同義になる。
政府が民間任せでいいならば政府は要らない。私が小泉首相を無政府主義者と呼ぶゆえんである。いわゆるレッセフェールは大昔に否定された古くさい概念だ。競争に勝った者だけが報われる社会を作れば結局は社会全体が弱体化する。そこを再分配などで一定程度コントロールするのが指導者の役割のはずだ。首相は徹底的にそれをしなかったばかりか嫌悪してきた。
ジーコ監督の場合も競争に勝った者だけをメンバーにした。こちらは勝つか負けるかが集団の目的なので小泉無策ほどの罪はないが、その結果として集まった者でチームを作って戦術を後回しにすると村上某とホリエモンと竹中平蔵が同じピッチに立つような妙な具合になる。ある程度の戦術が先行して、それに当てはまる選手を選ぶのが監督の役割だがジーコ監督はしなかった。
「選手の自主性を尊重」もまた突き詰めれば監督不要論になる。彼のイメージに自分の現役時代のテレ・サンターナがあるのは確実だが、そのスタイルはどう引っ張っても1990年代前半には終わっている古い代物だ。
さて問題。小泉首相やジーコ監督が唱えた上記キャッチフレーズは積極的信念に基づくのか。案外と無策を隠すためだったりしないか

2)決定力不足
日本は産業立国であるから景気回復の決定力は残念ながら輸出産業を中心とした企業群のオリジナリティーに求めざるを得ない。一方サッカーの決定力は主にFWに問われる「一人で局面を打開する」能力だ。
この不足をジーコのせいにするのは気の毒かもしれない。釜本邦茂と一時期の三浦知良を除いてずっといなかったのだから。
だからといって努力をしなくていいとはならない。今の高原・柳沢に「一人で局面を打開する」イメージが持てないのはスポーツ記者仲間では公然の秘密と聞いた。だがこの2人に鈴木を加えた3人に最後まで妄執したのはジーコの責任だ。
小泉政権はどうだろう。彼の政権時で産業立国の象徴的存在だったのはトヨタ自動車である。利益1兆円を続け、奥田の爺さまが政権に容喙してはばからなかった。この爺さまが経済財政諮問会議員の退任前の5月19日「自動車産業なんて人まねみたいな話」と本音を吐いた。トヨタウェーだの何だのとウザいうんちくを垂れている会社はその程度である。
奥田会長は本気で「人まねみたいな話」と思っているのだろう。だがそれは豊田佐吉や喜一郎の信念とは180度異なるのだ。「一人で局面を打開する」どころか「人まね」会社が幅を利かせている。産業界も決定力不足である。

3)何の意味があるのかわからない中盤の充実
産業界に精度の高い球を供給して得点をサポートし、ピンチの時には体を張って守る。その役割は主に銀行に求められよう。小泉-竹中ラインはメガバンクという中盤の巨人を作りはした。三菱東京UFJ、三井住友、みずほである。ではこの図体はでかい中盤の巨人が役立っているかというとサッパリだ。
貸さないは貸しはがすはバカ高い手数料を取るは(サービス業=手数である)サラ金まがいを始めるは庶民をコケにした利息しか払わないはと悪行三昧の末にトヨタに匹敵する利益を上げている。中盤がどんなに儲けても得点には結びつかないんだよ。
ジーコがめざした黄金の中盤も同じ。特に中田英寿への偏愛はチームを歪めているといって過言ではなかろう。いったいに日本人には清原和博や亀田兄弟のようなヤクザまがいを持ち上げるバカな手合いがいるが自己中心を絵に描いたようなヒデもそのお仲間。まあ亀田兄弟はテレビにやらされているのあろうから見逃してもいいが清原やヒデのような要するに世界では通用しないデカイ顔をのさばらせては勝てる試合も勝てなかろうよ。

4)ディフェンスの弱体化
小泉政権になって各種控除の廃止、「自立支援」の名の下の弱者切り捨て、果ては生活保護の見直しまで言及される始末だ。国家のディフェンスといえるセーフティーネットを寸断して悦に入っている姿は死神を彷彿とさせる。事実として自殺者は毎年約3万人のペースが続く。
ジーコ監督は就任4年でついに4バックか3バックかを決めかねた。前者ならば攻撃的、後者ならば守備的になる。そこが決まらないから最終ラインはいつも戸惑う。もちろんオーストラリアのヒディンク監督のように4バックでも3バックでも対応できるチーム作りをしてきたならばいい。そうじゃなくって単に決めかねたまま本大会に突入してしまった。
ジーコ采配を見ていると「守備的な4バック」という概念もあるようだ。それ自体はアリだろうが結局どうするのかわからないままでは出来ることも出来なくなる。

5)「ポスト」の不在
ある意味でこれが最悪であろう。ポスト小泉で挙がっている誰に政権を託せば安心かとなると頭を抱えてしまう。ジーコ後継に至ってはいまだ打診の段階だ。後は野となれ山となれでは無責任すぎないか(編集長)

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2006年6月14日 (水)

今こそサッカー日本代表に読ませたい本

「地下鉄の入り口の屋根に登っている君、降りなさい。そこは君が演説する場所ではありません」
 12日の夜、渋谷駅に向かって歩いていると警官が拡声器で叫んでいた。たしかに屋根の上に登った若者が「ニッポン、ニッポン」と叫んでいる。
 さてはW杯で日本チームが勝って盛り上がっているなと思い、自宅に帰ってテレビを付けたらボロ負け! 試合結果以上に驚いた。負けても元気ッス、若人は。

 てなわけで、昨晩から日本を覆っている陰鬱な雰囲気を振り払い、18日のクロアチア戦を迎えるために考えましたよ。今こそ「SAMURAI 日本」に読ませたい本は、コレだ!

 まず、日本対オーストラリア戦の敗因は何か? 
 新聞などの戦況分析を読むと、失点は残り10分での3点。しかも同点にされたところで集中が切れて、一気に試合を持って行かれたようだ。つまり必要だったのは集中力ではないのか。
 自慢じゃないが、私は集中力が弱い。拡散する集中力(?)にはかなり自信がある。そういう人間の常として本棚には集中力を高めるHOW TO本があるわけ。その蔵書から最新刊を紹介しよう。
Photo_19  『5分間集中力トレーニング』(須崎恭彦/ダイヤモンド社)。読みやすくてデカイ文字に、空いた行間。何よりジーコ監督かと思うほど大ざっぱなトレーニング解説が、私にも「SAMURAI」にもピッタリだと思うが、どうだろう? 
 なかでも第4章「集中力を持続させるには」は今回のケースに最適だ。本の解説によれば集中力が持続しないのは、苦手意識とも関係しているそうで、「自信をつけるトレーニング」や「リセットイメージを作る方法」「プラスのイメージを持つためのトレーニング」などを紹介してくれている。ちなみに生活全般に集中力を欠く、つまり生活全般に「苦手意識」のある私はけっこうハードトレーニングになります。
 さて、気になる「効能」ですが、皆さんのトレーニング予想通りトレーニングを続けることに集中力を発揮できませんでした……。

 あの悪夢の得点シーンを何度かテレビで見たが「SAMURAI」の動きが止まっていた。やはり暑かったのだろう。底をついた体力で、いかついオーストラリア代表を止めるのは難しい。あと10分身体が動けば、と多くの日本人は思ったに違いない。
Photo_22   そこで『ヨーガバイブル―決定版 ヨーガのポーズ集』(クリスティーナ ブラウン/産調出版)! 
 近年はやりのヨガは持久力のみならず、新陳代謝も高めてくれる。疲労物質が試合中に流れだすなら、もう疲れ知らずでしょ。なんなら選手交代や、フリーキック前のわずかな時間にみんなでヨガのポーズを取るのもいいかも。怖いぞ、相手。みんなで「はとのポーズ」(ググってみてください)とかな。この本は170種類以上のポーズが掲載されているので、自分の好みのポーズを探すのにも役立つはずだ。
 で、私への「効能」だが、正直腰痛くした……。メチャクチャ堅い中年の体を我流のヨガでって……。新陳代謝をあげるどころじゃないよ、うん。というわけでヨガからは撤退したのでした。

 集中力や持久力と日本代表の弱点を分析してきたわけだが、もっと本質的な問題もやはり論じなければならない。それは身長。今回、高さで点を取られたわけではないようだが、やはり背の高い相手にパワープレイをされるときつい。
Photo_21  で、『ツボ刺激&ストレッチで、背はまだまだ伸びる!―1日たったの5分』(福辻鋭記/三笠書房)。本来ならここから本の紹介を書くべきなのだが、じつはこの本を読んでない。読まずに書評というのもなんだが、アマゾンで「背 伸びる」と検索すると、これが一番売れていたのだ。
 私も十分に背が低い。公式発表が168センチだが、本当は166.8センチしかない。だからといって37歳にもなると気にならなくなった。おかげ「SAMURAI」には勧めたいが買う気が起きないのだ。
 とりあえず川口君にどうだろう、と書いて「SAMURAI」へのエールを終わりとする。(大畑)

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2006年6月13日 (火)

「右は反中で左は反米」は逆である

素朴な疑問である。
今の右の人はひまさえあれば中国の悪口を言っている。でもさあ。右のイデオロギーが国内で示される時には靖国神社首相参拝万歳とか東京裁判は無効だなんてパターンだよね。要するに先の大戦は悪くて自衛戦争、もしや欧米列強からのアジア解放戦争で、だから当時の指導者も祀られる靖国に首相は行くべきだし、東京裁判なぞデタラメだというわけですよね。
だったら先の大戦で右の人が「ここと戦った」と痛感しているアメリカこそ目下の敵であるべきではないか。東京裁判やサ条約がアメリカ主導だったのは間違いないのだから。
逆に中国は解放してやったんだからよかったじゃない。確かに同国は1949年から共産党による独裁体制だ。右の敵が共産主義であると知らないはずもないが今の中国は「社会主義市場経済」「貧富の差が増すばかりの平等社会」という、センテンス自体がギャグ化している、要するに「まともな共産主義」でない国家であるのも自明である。だったら敵にあらずとどうしてならないのかな。

右は「中国は北朝鮮の味方だから嫌いだ」ともいう。確かに中国が最終的には北朝鮮を救う側に立つのは歴史的経緯を考えれば正しかろう。だけどね。東アジアのあっちこっちに共産政権ができたのも元を正せば当地に影響力をもっていた我が大日本帝国をアメリカが駆逐した結果でもある。
それに中国と同じく、いや中国以上に北朝鮮を「共産主義国家」「人民民主主義共和国」と信じている人物が金正日総書記を含めて?世界で何人いるのか。昔はともかく2006年の今日に、だ。吉田康彦先生と井上周八先生(ご存命・ご健勝でいらっしゃいますか)の2人しか思い浮かばない。もしかしてこの御2人様でさえ変わっているかも(調べてないけど)。
あそこは「王国」「帝国」あたりが適当な封建国家と見なすのがどう考えても正しい。そして中国共産党はギャグであるからイデオロギー部分で右の敵ではないのではないか。

近代における「日本・右」のイデオロギーとは西郷隆盛など維新の志士あたりを源流とするというのが史学界では多数派である。それは民族主義であり、外形的には外国からの侵略への対抗意識や危機感に発する。
その外国とは中国ではない。むしろ中国を叩いていたイギリスなど欧米列強である。あの如くに蚕食されては堪らんとの危機感が幕藩体制への不信感へつながった。でないと攘夷が開国・討幕に変換した解が求められない。

維新以降、その危機感は中国や朝鮮半島を押さえて自らを強国として列強に立ち向かうとの方向になった。むろん中国人やコリアンにとっては日本の手前勝手な理屈だが民族主義とは端から手前勝手なものである。それを最終的に挫いたのが先の大戦のアメリカである。だから右本来の敵はアメリカであるべきだ。
もっといえば右は中国に恩義さえある。右が恍惚と物語れるドラマとは日清戦争、日露戦争の勝利であったり、「十五年戦争」の前半だったりする。その相手ないしは舞台は中国ではないか。これがないと右右右と集まっての酒席は決して盛り上がらないはずだ。

逆に左は反米を唱えているが、実はアメリカに恩義がある。戦前に左は弾圧された。その弾圧当事者や仕組みを叩きつぶしてくれたのはアメリカであるのは厳然たる事実だ。
確かにアメリカはもともと資本主義の塊かつ総本山であるから共産主義のライバルではある。だが左のイデオロギーは右よりは単純だ。というか左という概念自体がイデオロギーそのものだ。
その点から今の中国のイデオロギーを観察すると先に述べたように「まともな共産主義」ではなくなっている。アメリカが元からの敵だとしても中国の現状は左の人にとっては裏切り者であろう。アメリカナイズされた共産主義・・・・ワハハハハ。

マルクスだ科学的だ空想だ共産主義だ社会主義だ修正云々だ労農派だ社会民主主義だ反スタだ何とかだと左でない私には一緒に見えても左の人達にとっては大事な違いがあるのは気配として知っているが、そんなこんなが一緒になっても(と書いて怒らないくらいの度量がほしい)「社会主義市場経済」「貧富の差が増すばかりの平等社会」は裏切りでしょう。
元よりの敵と裏切り者。先に始末すべきは後者であると昔から相場は決まっているはずだ。

しかもだ。今日の左の頽勢はモデルとなる国家を失ったのが大きい。ソ連と東欧はとうの昔に消え去った。一応共産主義だと自称している国家で最大なのは中国である。ヴェトナムやキューバを例示して「ああなりたい」「こうあるべきだ」と説いても若者・・・・どころか高齢者に至るまでついてこない。どうしても「共産主義といえば中国」(北朝鮮は論外なので)とのイメージになる。
だが上記のように中国はギャグコミュニズムという新たな地平を切り開いてしまった。つまり左がいくら「社会的科学主義とは何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何だ」と長ーい説明(極左を取材すると30分は聞かされる)をしても大半の人は「要するによくて中国みたいになるってことでしょ」と聞く耳を持たないに決まっている。
これは痛い。右が一応アメリカというキラーコンテンツ?を持つ(本稿はそれを誤りだと主張しているが)に対して弱すぎる。中国が「何何何何何何何何何・・・・」を実現している国家に生まれ変わってもらわなければ左はいつまでもショーウインドーを持ち得ない。単に裏切り者に対する復讐だけではなく啓蒙そのものにギャグコミュニズムは害をなすのだ

要するに本来の姿は

「右こそ反米、左こそ反中」

のはずなのだ。

そこにどうして気づかないのか。「目覚めなさい」とのテレビドラマの決め台詞を贈りたい。
ところで誰の台詞だっけ。釈由美子だったかな? さっそく「釈由美子 決め台詞」でグーグル検索してみよう・・・・違った。「お逝きなさい」だった。右も左も逝っては気の毒だ。
だったらどうすれば・・・・ってオレもバカだな。「目覚めなさい 決め台詞」で検索すればいいのだ。あったあった。「女王の教室」で天海祐希演じる鬼教師の「いい加減目覚めなさい」だった。すいません。全然ドラマなど見ないので。(編集長)

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2006年6月12日 (月)

駅名がおかしい!? 都立大学編

Toritu 今回は東急東横線の「都立大学」駅である。1949年に開学した東京都立大学が現在の八王子南大沢にキャンパスを移したのは91年(最寄り駅は京王相模原線の南大沢駅)。移転の理由としては大学の敷地が手狭になってきたこと、建物の老朽化が進んだことがあるが、決定的だったのは多摩ニュータウンの構想上に大学の存在があったことだ。移転前、都立大はもうひとつの候補地として東京都立川市の昭和記念公園周辺を考えていたが、住居、商業、福祉、学業を含む複合都市を計画していた多摩ニュータウンとの話がうまくまとまり、最終的に新しいキャンパスを八王子に置くことにした。立川の候補地だった場所にはいまだに広大な土地が手つかずで残されているという。
さて、都立大学が移転した後も駅名の「都立大学」は変更されなかった。99年には東急電鉄が駅名変更の是非を問うアンケートを行なっている。駅に投票箱を置き、変更に賛成か反対かのいずれかを住民に投票してもらう形式で、全体の3分の2以上が「変更に賛成」の場合には変えるとされたが、「駅名変更」派は3分の2にはわずかに満たない59%で都立大学の名前はそのまま残された。
そして05年には都立の4大学を統合した「首都大学東京」が開学した。現在都立大学に在学中の学生だけでなく留学・留年などさまざまなケースがあるため2010年までは「東京都立大学」の名は残されるが、それ以降は大学名自体がなくなることになっている。
さあ、「都立大学」駅の人々はどうだろうか。都立大学がなくなっても駅名は残してほしい、そういうものなのだろうか? 前回の学芸大学の場合は、大学名は変わることなく、学芸大学駅には付属高校も残されていたから、まだ学芸大学の名が残されていても分かる部分はあった。しかし、都立大学の場合はこれから大学名がなくなり、付属高校も「桜修館」という名に変わる。(桜修館は今年開学、中高一貫教育で今の中学部1年生が高校3年になった時点で都立大学付属高校の名前はなくなる。)
都立大学に関する名前と施設があと5年で完全になくなってしまうが、住民の「駅名は変更されるべき」という声は驚くほど少なかった。地域や地元といった概念に関心のなさそうな(勝手に思っていただけだが)男子高校生からして「このままでいいと思います。いちおう馴染みがあるんで」という具合。八百屋のおじさんは「大学があろうとなかろうと住んでる人には関係ねえんだよォ」と笑う。中にはこんな視点からの意見もあった。「これからどんどんお年寄りが増えていくでしょ? 駅の名前が変わったりなんかしたら大変よ、すぐには覚えられない人もいるだろうから、迷子だらけになっちゃう」と商店店員の女性は言う。それでも、大学に関するすべてがなくなるのに名前だけ残るというのはどうなのか、ときくと「馴染みがあるとかそういうことだけではなくて、生活に障害が出ちゃまずいんじゃないかしら」と答えた。
女子高生2人組は突然のインタビューに戸惑いながらこう答えてくれた。「バス停の名前とか、お店の名前とか、そういうことを考えたら変えなくてもいい気がする。駅名を変えるといろんなことにお金がかかる、ということを学校で聞いたことがあります。」そんなに強くでもないとはいえ高校生が自治体の心配までしているのは意外だったが、「駅名が変わるとめんどくさい」という意見も含めてやはり「生活の利便性>駅名の整合性」と表すことができそうだ。複雑なところである。(宮崎)

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2006年6月11日 (日)

出て行けスパムトラバ

今週から曜日日曜の連載を始めると編集部で決まった。滅多にないことだが私の命令ではなく編集部員から「やりましょう」と言ってきた。社歴10年を越える中で(よくぞ生き残っている)「下意上達」は多分3回目ぐらいだ。もしかして始めてか。
ところが!期待して午前2時を過ぎてもアップがない。やはり小社は私の独裁(異常に独裁範囲が狭いのが笑えるが)でないとだめなのか。お前ら働け!

というわけで怒りと気高き読者へのご注意も含めて本稿を書いている。

それは土曜日に主に集中するスパムトラバだ。エロいところに誘い込む系が大半である。読者にご迷惑をかけるので見つけ次第抹殺しているがタイムラグがあるので行ってしまった方もおられよう。
当ブログの「最近の記事」一覧を一瞥あれ。こんなゴリゴリの内容(「編集部の女の子」を除く)にエロのスパムを掛けて意味があるかと常々疑問だが絶えないんだな。

ココログから送られてくるので着信拒否もできない。だいたいこうした反社会的内容はプロバイダが始末すべきである。現に私が何度も嫌な思いをした大メンテナンスの目標の大きな要素にスパム対策があったと説明された。対策して実現しないのを対策したとは呼ばない。

人集めしようとの魂胆がまるでない当ブログだが、というかそうした行為に背を向けてやろうと反骨・・・・いやひねくれで展開しているのだが、それでも1000を越えるアクセスが1日にあったりするから上記タイムラグに変な物をみせられた気高き読者には申し訳ない。

エロのスパマー?に告ぐ。あなた方はエロの風上にも置けない。アトランダムにばらまくんじゃない。内輪で盛り上がれ。こっちはゴリゴリゆえに営利を追っていない。いや多少しか追っていない・・・・うーん。追ってはいるが控え目であるつもりだ。一次欲求を満たす試みをすべき場所ではないのだ。
でなけりゃ特上の情報(美女が無料で私を愛してくれるという話。セックスではなく純愛)をメールで私宛に送れ。私個人のメルアドは非公開だがプロならば割ってみせよ。と最後はオチのつもりだったが本気に取られる恐れがある。なぜならば本気だからだ。

いずれにせよランダムなスパムはごめんだ。あんまりやると取材して追及して全部さらすぞ。バカらしいからやっていないが私の元々の生業はそれなのだから。別件だが反社会的との理由で廃業にまで追い込んだこともある。もちろん反社会的行為に限ってだ。

これでトサカに来れば意外と自称凄腕なんだぜ。宣戦布告。さあ来いスパム・・・・じゃない。さあ防げココログ!(編集長)

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2006年6月10日 (土)

憧れの千疋屋

Dvc00001 実は今こんなにぐだぐだ生活しているのに、社会人になれるのだろうかと非常に不安なのです。
しかし、私以上にぐだぐだ生活していた先輩たちがきちんと社会人やっている姿を見て安心したり、やっぱりすごいなぁと思ったりしました。
その中の一人とは大好きなフルーツパーラーに行ってきました。
憧れの千疋屋!!
私はスコーンセットを頼んだのですが、この写真何かおかしいと思いませんか?
そうバナナが変なところにあるのです。
先輩がバナナが嫌いということで私に渡そうとしたら、手が滑ってバターの上に!
まああまり味は変わらなかったです。(S)

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2006年6月 9日 (金)

2ちゃん系ブログ閉鎖と金儲けアレルギー

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 5月末から6月初旬にかけて、いくつもの人気ブログが相次いで閉鎖された。ネットの巨大掲示板である「2ちゃんねる」の傑作な文章や絵だけをまとめたブログだった。とにかく2ちゃんねるは掲示板の数が多い。また、面白いものほどレスが多くつき読めなくなってしまう。それだけにエキスだけを抽出したブログは人気だった。実際、わたしもいくつかのブログを回り、腹を抱えて笑っていた。

 で、何でこれらのブログが一斉に閉鎖されたのかだ。

 いろいろと七面倒臭い問題点はあげられている。主催者のインタビュー記事にむかついた、投稿した個人に著作権があるのに勝手に使用しているのが許せない、不正にカウントを稼いでいるブログがみつかったなどなど。しかし今回、かなりの多くの人が怒り、激しい抗議が吹き荒れたのは主催者が金を儲けているという点だった。一説には月300万円儲けていたとの話も。
 一度、ネット上で火がつけば、あとはいつものパターンだ。開設している掲示板に抗議が殺到し、個人情報がネット上に公開され、自宅まで押しかけるやからが現れ、こうしたリンチに耐えられなくなった主催者が掲示板を閉じる、と。こうしたネットのリンチについては絶対許せん思っているが、とりあえず今回の本題ではない。
 
 問題はなぜ2ちゃんねるの読者、というよりネットの「住民」が、金儲けに拒絶反応を示すかである。
 1つの大きなポイントは、ネットに公開された情報を公共財と考えている人が多いことだろう。
 ホームページ用の写真素材を扱っているサイトをのぞくと、「ネットで探したら無料に写真がなかったので、私が撮影して公開しました」というような記述に出会うことがある。金儲けにつながらなくとも手間暇をかけて無料公開すること自体、ネット空間では珍しいくない。
 ネットの黎明期、まだウィンドーズ98や2000が標準だった時代に、ネットの情報は消費するだけはダメだ、自分が発信して情報を提供してネット空間を豊かにしていこう、とよく言われていた。個人が情報を少しずつ無償で発信することで、企業や金儲けにも無縁な自由な空間が広がるという希望をネット空間は担っていたのだ。
 この試みは当初、非常にうまくいった。
 美味しいレストランを自腹で訪問して点数を付けたジバランは、評論家や出版社が店の評価に手心を加えているのではないかという疑惑を抱いていた人々に熱狂的に受け入れられた。金儲けのための紹介ではない、という視点が多くの信用を勝ち取ったといえる。
 また、7~8年前の大手広告代理店の営業マンは「ネット広告は単価が安くて代理店として扱えない」とこぼしていた。テレビやラジオのように流せるCMの拠点が限られていれば放送料も上がっていくが、拠点を誰でも作れるネット広告にうまみはないない。そう判断したのだろう。
 だが、時代は大きく変わった。すでに個人に情報発信を促す時代は過ぎさった。情報量は多くなりすぎ、その情報をどう検索できるかが大きな問題点となっているのだから。またアフリエイトなどで儲けている人も増えた。結果として、金儲けのために記事内容に手心が加えられているケースもあることだろう。

 つまり現状のネット空間は当初の希望と商業の論理が入り乱れ、どれが宣伝で、どいつが金儲けで、何が善意のサイトなのかを分からなくなっている。だからこそネットでは善意見まがう形、あるいは善意を利用した金儲けが嫌われる。
 しかし、そもそも善意でのネット運営はどこまで続くのだろうか? 例えば2ちゃんねるのまとめブログにアフリエイトを貼らないで、いつまで続けられるだろう? 1日に何度もサイトをチェックし必要な部分だけを抜き出し、面白い部分の色を変えてアップする。こんなことタダ働きで毎日やってたら死ぬぜ、マジで!
 
 かつてNGOや市民運動団体を小誌紙面で取り上げていたことがある。会の趣旨や運動を主催者に書いてもらったのだ。ある人は社会に怒り、ある人は弱者を助けようと必死になっていた。みんな立派な人だったと思う。でも、10年後に続いている団体は少なかった。活動すれば金もかかる。応援してくれる人はいても、現実はなかなか変わってくれない。結局、潤沢な資金を持つ団体が残っていった。

 私は極端な民営化論者ではないが、ネットで金儲けできる環境が重要だと感じている。多くの人が飽きずに継続的に情報を配信するためには、理想や支援、希望だけでは弱い。小さくとも商いに展開する必要があろう。
 事実、面白い書き込みで喝采を浴びた2ちゃんねるの投稿者も、ほとんどは消えていった。ただ2ちゃんねるによって年収1億とも報じられた主催者は2ちゃんの維持に全力を傾けている。その違いは小さくない。(大畑)

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追記:村上世彰にはわからない生き方

昨日書こうとして忘れた件があったので申し上げておきたい。本当は付け足し変更をしようとしたのだがココログの大メンテナンスに阻まれてしまったのだ(頼むよココログ)。
私が取材をきっかけに知ったいくつかの年商数十億円から100億円を越える程度の中堅企業の経営者は「あえて上場しない」との選択をしている。経営権を村上某みたいな人間に脅かされたくないとの動機もある。創業者やその一族が大株主の場合は同族経営を続けたいからとの意向の場合もある。
それを閉鎖的と批判するのはたやすいが、面白いのはそうした企業の同族経営者はほぼ例外なく猛烈に働いているのだ。それでものすごく豪勢な暮らしをしているわけでもない。
不思議である。年商数十億円から100億円を越える規模ならばタイミングにもよるが上場は十分に可能であり、ばく大な創業者利益を得られる。
該当するある会社を取材した時に意地悪ながら推計を出して示してみた。仮に全株を放出したら現在の役員報酬の20年以上の現金を手にできる。堅く運用すれば一生遊んで暮らせるのだ。その方が猛烈に働いて経営権にしがみつくより余程いいのではと聞いたのである。
するとその経営者は驚いていた。そんなことは考えたことはないと。上場の検討はしたにはしたが、そこで得られる利益で遊んで暮らそうとの発想自体がなかったと。なぜですかとの重ねての問いにも「うーん」とうなるばかり。
村上某よ。「汗水たらして」にはそうした人も少なからずいるのだ。あなたにはわかるまい。実は私にもわからない。でも私の方が理解に至るスピードは速い気はする。

もう1つ。某が「株主価値の向上」の対象としたような企業の株主は本当に不幸せなのかである。なるほど一等地を遊ばせておく企業なぞ零細な私には考えられない。しかし反対から考えればすさまじい資産を遊ばせていられる企業は幸福である。
そしてそうした会社の、某からみれば「低い株価」で満足している株主もまた幸福である。経営者も株主も幸福・・・・そうした幸福は断じてあっていい。老荘思想的な発想かもしれないけれどもアリだ。

それにしてもマスコミは連日よくもまあ相も変わらず検察情報をたれ流すものだ。段々と某が冷徹で本格的な悪の体現者みたいになってきた。私は「聞いちゃった」を信じるよ。でも今回ばかりは特捜のトリミングをあしざまに書く気になれない。某の不徳の致すところであろう。

と同時に市場が萎縮しては困る旨もチョコチョコっと報道されているが冗談ではない。かつて日本の市場は閉鎖的だった。そこに緩和をかぶせたから混乱が生じ、そこに某のような目ざとい者がつけいった・・・・事実はそれだけである。弥生時代みたいな暮らしをしている人をいきなり現代に連れてきたのと同じ。
「アメリカ並み」にするどころかアメリカよりある意味はるかに某系が大暴れしやすい自由な状態だったのであって、「アメリカ並み」は原因ではなく今後の目標である。

いや、きれいごとはよそう。もっとハッキリ書くべきだね。「市場のルール」とはルールである。「市場」そのものはジャングルである。したがって「市場のルール」とは「ジャングルのルール」という本来的に矛盾を抱えた言葉でしか表現できない。
本当は何のルールもなく騙し騙されの最低人間同士の汚れ合いというのが「市場」本来の姿であるがセックスと同じで本能のおもむくままを白昼にさらすと全員が最低人間になるので猥褻罪のような意味合いででっち上げたのが「市場のルール」なのだ。イチジクの葉っぱ程度の元々たいした代物ではないのだよガリガリ亡者諸君。(編集長)

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2006年6月 8日 (木)

『最後の相場師』と村上世彰

福祉に用いる資金はいちおう得ましたが、闘いはやめません。それは金が敵だからです。私はいまでも、いばりかえっている金持ちがきらいです。それは私の父母が金持ちに見下げられて生き、死んでいったからです。私は株式投資をおそらく、死ぬまで続けるでしょう。死ぬまでに全財産すべてを福祉基金にかえておきます。そうすれば、私は自分なりに生きたいがままの人生を送ったことになるのです[津本陽著『最後の相場師』(角川文庫)321ページより引用]

この世界に7年前にきて、どんな言い方をされようとこの株式市場で全うにして生きていこうと思っていた。その私が証券取引法を犯してしまった以上、この世界に私が引き続きいるのはおかしいということで、私はこの世界から身を引きます。(中略)頑張って税金をいっぱい払った人をほめたたえることはあるべきではないですか。(自分が嫌われるのは)儲けたからと。確かにめちゃくちゃ儲けましたよ。しかしそれの何が悪いのですか(6月5日村上世彰会見要旨。文章は主にロイター電に拠る)

上記『最後の相場師』は実在した是川銀蔵(是銀)という相場師をモデルにしたとされる。一方の村上某は日本では少なくとも形の上では本格的な「最初の行動型ファンド」であろう。
『最後の相場師』の主人公である佐久間平蔵は架空の人物でむろん是銀とイコールではない。だが冒頭のようなセリフを吐いてもおかしくない相場師がかつていたとすれば、下の村上会見との落差にあぜんとするばかりだ。

村上某が決定的に間違っているのは「めちゃくちゃ儲け」たの「何が悪いのですか」と問いかけている姿勢自体にある。もちろん商人は「めちゃくちゃ儲け」ていいのだ。私は代々商人の家柄だから儲けを悪いとは微塵も思ってはいない。ただやり方があろうとのことだ。
商業がいやしいとされていた江戸時代に石田梅岩は敢然と商業の正当性と商人の存在意義を説いた。ただ同時に守るべき徳目もあげた。倹約・堪忍・正直などである。その1つでも某にあったかという話なのだ。
某よ。あなたはそんな簡単なこともわからないのか。

あなたがいけないのは「めちゃくちゃ儲け」たからではなく「めちゃくちゃ儲け」るのが目的だったにも関わらず「株主にとっての企業価値の向上」が目的だったと叫び続けたからだ。
もう少していねいに述べよう。徳目も何もなく「めちゃくちゃ儲け」ることだけを目的とした商売さえ私はどうしても悪いとまではしない。ただそうだったら黙ってろということだ。お天道様の当たるところに出てくるな、ベラベラしゃべるな、黙って儲けて「いい生活」とやらを送っていろって。
それを某は「企業価値の向上」なるご立派な徳目を掲げた。『最後の相場師』の「福祉基金」に相当する。最初からそうだとわかっていたから私はあなたのファーストネームさえ書きたくないのだよ。

「頑張って税金をいっぱい払った人をほめたたえることはあるべきではないですか」も似たようなものだ。それはオレだと。こうした評価は自分でするものではない。自分の結婚を「ご成婚」と、妊娠を「懐妊」と唱えるような恥ずかしさだ。
まあそれはいいとして確かに村上ファンドは「税金をいっぱい払った」であろう。だがそれは底値で仕入れて高値で売り抜けた「儲け」の結果だ。某がそうやって「税金をいっぱい払」えたということは高値づかみで大損をした投資家も同時にいると同義である。
そうした投資家を間抜けとするは正しい。だが大損した投資家が本来払えた税金を某が払ったともいえなくもない。むろん両者の額がイコールでないのは承知の上で書いている。単に某の「頑張」りとはそうした程度だと言いたいのだ。
間抜けな投資家は某が信奉する「市場ルール」とやらで退場すればいいとのたまうかも知れぬ。確かにそうだが間抜けな投資家がいなくなると誰も高値づかみはしなくなる。そうすると高値で売り抜けることもまた出来なくなるという「市場ルール」はどう説明するんだ。あなたは間抜けがいたからこそ「税金をいっぱい払」えたのだよ。それのどこをどう解釈すると「ほめたたえること」ができるのだ。
あえて私は某のインサイダー取引は許す。引っかかった方が間抜けと見なしてもいい。でも、だからといって間抜けのお陰で儲けたという事実は揺るがない。

『最後の相場師』の「金が敵」「金持ちがきらい」を眉唾としても同書の主人公のセリフに某は勝てない。なぜならば『最後の相場師』は「闘いはやめません」「死ぬまで続けるでしょう」と断じているから。眉唾な建て前だとしても、そのために「闘いはやめ」ないというならば一つの生き方として評価もできる。
しかし某は「どんな言い方をされようとこの株式市場で全うにして生きていこう」と佐久間平蔵と同じ人生を賭けた決意を自ら語った。ならば「私はこの世界から身を引きます」という結論を導き出してはならない。

理由は2つ。1つは「この世界から身を引」くかどうかはアンタが決めることではなくて「市場ルール」とやらが決めるはずだという点。まだ当事者能力があると思っているのが高慢である。もう1つは「この世界から身を引」くとした時点で、いかなる理由があったとしても某が唱えていた「企業価値の向上」など嘘っぱちだったと満天下に公言したに等しいという点だ。度し難いのはそのことを気づいていない鈍感さである。
羊頭狗肉を羊頭狗肉だったと白状していけないとはいわないが、それは某の羊頭の方を信じていた無邪気な投資家に対する最終的な裏切りである。「オレを信じたお前がバカだった」と客に言い放つのは商道徳の基本中の基本を外している。

なお是銀が晩年住んだ地の最寄りは大阪狭山駅。村上某の出身地の最寄りは恐らく難波。南海電鉄高野線急行で40分。阪神でも阪急でもない。(編集長)

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2006年6月 7日 (水)

これが現場だ! 舞台の裏側をエグるブックガイド

Kyo 組織の中枢にいた者にしか書けないものがある。どんなに外から取材したとしても、組織ナンバー4として政策委員長を務めた著者の、共産党バクロ本と言っても過言ではない本書『日本共産党』(筆坂秀世・新潮社)のあまりにもリアルな幹部間のやり取りは描くことができない。
1955年に結党・再統合された自民党・社会党(現社民党)を遥かにしのぐ84年の歴史(1922年創立)を持つ共産党だが、内情はがんじがらめの党内序列と立ち行かなくなりつつある財政、ハリボテもいいところの言説が満場の拍手をもって迎えられる世にもいびつな組織だった。
共産党を離党する前は決して許されなかっただろう、実質トップの座である不破哲三への批判は驚くほど痛烈。「野党外交」を技とする不破氏に対し、
「まるで日本共産党の新綱領が世界の公理になったかのような文脈で書かれているが、世界の公理を綱領に書き込んだだけのことである。何でも自分たちに都合よく解釈するというのは共産党の得意技であるが、「野党外交」はその極致と言えるかもしれない。」と斬りつける。
幹部だけでなく、「赤旗」を何部も買い込まざるをえない党員の苦境、鉄の規則の嘘実に焦点を当て、06年現在の日本共産党の姿を浮き彫りにしている。

He やっぱり面白いなぁ。『「噂の眞相」25年戦記』(集英社新書)の続編のような『編集長を出せ! ~「噂の眞相」クレーム対応の舞台裏』(岡留安則・ソフトバンク新書)にも、文字通り舞台裏事情が山積みだ。「黒字休刊」という羨ましくも腹立たしい休刊に踏み切るまでの25年間、実に実に様々な事件が。
「クレーム対応の舞台裏」部分はあるものの、やはり醍醐味は裏で起こっていたトラブルの数々。猪瀬直樹、渡辺淳一、川島なお美、右翼団体、同業者、様々な相手との攻防がここに収められている。新聞ばかり読んでちゃダメですよ、真相はまた別の場所にあるんですから。

Ama アマゾンの本ってすげェでかい倉庫があって、そこでバイトが必死に走り回って集めて送ってるんだぜ、ということをはじめて聞いたとき、私は、「んなアホな」と笑った。
本当だった。『アマゾン・ドット・コムの光と影』(横田増生・情報センター出版局)では著者が実際に物流センターのバイトとして、本やCDのピッキング作業を行っている。それまでにも数え切れないほどの物流センターを見てきた著者だったが、アマゾンの物流センターは他とは「どこかが違う」と感じる。それはいったいなにか。「たかが自給900円である。なぜこんなに(バイトたちが)懸命に働いているのだろう。」
そして著者は違和感の原因を知る。物流現場によくあるけだるい雰囲気が全くなかったのだ。そして担当者は言った。
「ここでは、1分間に3冊の本をピッキングしてもらうことになっています。できるだけ早く達成できるようにがんばってください。それとみなさんの作業はすべてコンピュータに記録させてもらいます。」
リストを受け取り、名前とパスワードを入力する。そして商品が保管されている場所に移動し、買い物カゴに入れる。この作業の繰り返し。一区切りついたと思った途端、コンピュータにこう表示された。「今回のスピード 1.2冊/分」。失格だ。物流センターを支配していたのは機械による徹底した人間の管理だった。働く人々の描写、日本におけるアマゾンという存在の特異さ、そしてなぜ日本でアマゾンが成功したのかを分析する。(宮崎)

※編集長追記

アップされた原稿を読んでこれ書いています。上記3冊はいずれも「ある視点」から見て面白いとはいえますが宮崎編集の文章だと「これが裏の真実じゃ!」と決めているようにも読めますよね。読めるんだよ宮崎!

といって書き直させるのも言論弾圧みたいで言論の自由原理主義者の私が何が悲しくて手前のブログで言論弾圧しなきゃならんのかとの理由により(ああ回りくどい)ママとします。その上で気高き読者諸賢には「ある視点」の紹介と読んでいただければ幸いです

念のため申し上げておきますが私は何かを恐れてこんなことを書いているのではありません。あえて恐れる理由があれば1冊の「ある視点」で全部がわかった気になっているような風に読める文章を書いて推奨する編集者が小社にいるというのを隠しておきたいということかな・・・・ってバラしてるじゃないかって? むむむ

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2006年6月 6日 (火)

村上世彰逮捕に三度タイガースを想う

村上世彰。ついに姓名ともに書いた。私の記事なぞ物の数ではないが、それでさえフルネームを書くのは汚れるとずっと「村上某」としてきた。ファーストネームを記したは彼が逮捕された記念である。東京地検特捜部も嫌いだが今回はその名を刻して長く栄誉をたたえたい。
それにしてもだ。特捜の任意での事情聴取を当初拒んだり、シンガポールにフライトしたり、聴取応諾後の出国を示唆したりと、そういうことをやると及び腰の特捜もにわかにトサカにきて一族郎党一網打尽にパクってくるとの常識を私でさえ知っているのに、東大→旧通産官僚→物言う株主(笑)のエリートコースを歩んだ某が知らなかったとわな、
しかも聴取自体ではインサイダー取引をあっさり歌っているんだから世話はない。その上に妙な記者会見まで開いてさ。ほらほらトサカがどんどん赤くなっていく。

その某に関しては後に感想を略記するとして私がつくづく感心したのは以前の記事(http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2006/05/post_fadc.html)に書いた阪神電鉄の「不動の経営」「進化しないという進化」がついに某の切っ先を免れたという事実である。電鉄幹部はほっと胸をなで下ろしているだろう。慶賀に堪えない。
・・・・おっとっと。あやうく「不動の経営」のレトリックにはまるところだった。某云々を除いて事実関係だけを書くと以下の通り

100年来の敵である阪急に買収されて子会社になるのが決定的になった

こっ、これって大失態だよね。「ほっと胸をなで下ろ」すどころか経営者一同切腹ものの事態なのだ。地下に眠る○○が聞いたら化けて出てきて経営陣を憑き殺してもおかしくない。
で、またもや「すごい」話だが、阪神電鉄100年有余で上記の「○○」に該当する人名がどうしても出てこない。阪急の小林一三みたいに。だからホッとしたりできるのだ。脈々と続く「進化しないという進化」経営は「まあ阪神の名前が残るならいいか」である。よくないんだって!本当は。

そもそも阪神タイガースの前身である大阪タイガースは1935年の日本職業(プロ)野球スタート時からの生き残りであるが読売の正力松太郎はいわずもがな、阪急の小林一三、死人の雁首を取るのに遺影を拝借したとの逸話もある国民新聞敏腕記者出身の鈴木龍二、「有馬記念」で有名な有馬頼寧伯爵、「田村駒」の愛称で知られる田村駒治郎など経営側にきら星のごとき名前が並ぶ中で阪神電鉄の経営者の名前は、この時代を最も深く描写している大和球士の著作にもほとんで出てこない。
戦後も大映の永田雅一など名物オーナーが情熱を注ぐ例があるが阪神には見当たらない。あったとすれば一種の日和見である。阪神電鉄は戦前の1リーグ時代、巨人よりも小林一三の阪急球団を目の敵にしていたが巨人戦が人気を博したので次第にそちらにウエートをかけた。
1949年からくすぶり出して50年に実現するセパ2リーグ制でも阪神電鉄は日和見を決め込み、味方と勘違いしていた毎日新聞を最後は裏切り・・・・といっても電鉄幹部には裏切ったという当事者意識もなかったであろうが、頭に来た毎日球団にタイガースの主力がゴッソリ引き抜かれる失態も演じている。

対する阪急HDは某と水際立ったケンカをした。まず某の阪神電鉄株買い付け価格1200円というあり得ない高価に対して800円と、これまたあり得ない安価を示した。まずはお互いに思い切り殴り合ってケンカは始めるものだ。一方で様子を見てTOBを市場価格すれすれの930円に置いた。
市場はここを叩き台に900円台後半まで阪急HDは譲り、さらに阪神の特別配当を加えれば某の顔が立つとみていたが捜査の進展をみて一転「びた一文譲らない」と来た。阪神には決してできない芸当である。

ある意味で某は「進化しないという進化」とは対極の「進化が止まらず過剰適応」で自滅したといえよう。1億9000万株(非常識)もの電鉄株を買い集め、1000億円(非常識)47%(非常識)まで買い向かい、村上ファンドが買うから株価が上がるという自作自演(非常識)をもってし、それを実勢として1200円の買い付け価格(非常識)を要求する。
しかも資金はこのゼロ金利下で2割・3割の利潤を投資家に約束(非常識)してかき集めた他人の金(非常識)である。その過程ですぐウソとわかる「私はタイガースファン」と公言(非常識)したりとごまかし、ハッタリの限りを尽くして何だかだといって仕入れ値より230円ほど高い、つまり大もうけをTOBで果たすは果たす(非常識)のである。

長々と書いた某の非常識に対して阪神電鉄の対応は「無」の一字で終わり。やっぱすごいわ。

過剰適応というのは某が5日の無意味な会見で「それ行け、やれ行け、ニッポン放送だというのを聞いてしまったと。聞いたと言われれば聞いてしまっている」と語ったのは真実だと確信するから。非常識が常識になっていた某は「聞いてしまっている」のに売ってしまった。激しく環境に適応した生命体は、それゆえに次のわずかな環境の変化で滅びるという。聞いたらインサイダーでしょうよと某は頭でわかっていた。でも、もうどうにも止まらないのだ。
逆に阪神電鉄は何かしないといけないと頭でわかっていた。でも、もうどうにも止まるのだ。相性悪すぎたね村上さん。

いずれにせよ某が経営者になっていればリストラだ経営改善だなどとできもしない題目を振りかざして電鉄社員は大混乱。挙げ句の果てに大事故を起こして横井英樹と同じく縄付きになっていただろう。どっちにせよ某は塀の内に落ちるわけで死者が出なかっただけ奇貨であったにせよ電鉄は助かった・・・・と最後にまた「不動の経営」のレトリックにはまるところだった。恐るべし「不動の経営」。(編集長)

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2006年6月 5日 (月)

駅名がおかしい!? 学芸大学編

前回取り上げたのは02年に閉鎖した向ヶ丘遊園の名前をそのまま使い続ける向ヶ丘遊園駅だったが、今回は40年以上も前に別の場所に移転している大学名がそのまま使われている「学芸大学」駅だ。
東急東横線の開通は1927年。当駅ははじめこの地域名の「碑文谷」という名前だったが、学芸大の前身である「青山師範」がその後駅名となり、52年から「学芸大学」となっている。学芸大は64年に武蔵小金井に移転した。
「学芸大がないのにこの名前なのは紛らわしい」という声を受け、99年には東急電鉄が地元目黒区の住民を対象に駅名変更の是非を問うアンケートを行ったが、住民の選択は「残す」だった。
「別に変えなくてもいいよ。変えてほしいっていうんじゃなくて別に変えなくていい」「まあ、やっぱり馴染みがあるからこのままでいい」学芸大学前の商店街で聞くと、大半はこのような「柔らかい肯定派」がほとんどだ。
それでも、たまには強烈な「支持派」もいる。不動産屋の女性は「名前は変えてほしくないです。だって、ずっと馴染んできた名前だし。学芸大学がここにはないのにおかしくないかって? いや、学芸大の付属高校はそのままあるから全然おかしくないわよ。子どものころから「青山師範」「第一師範(同じく学芸大学の前身名)」と名前が変わってきたけど、響きもいいし、いまの「学芸大学」がいちばん気に入ってるわ。」
では、現在学芸大学のある武蔵小金井駅では駅名についてどのような意見があるのか。武蔵小金井で聞いてみた。
「エ? 学芸大学駅に学芸大学ないんですか? 知らなかった。武蔵小金井が学芸大学に変われば、ちょっとおしゃれな感じにはなりますよね」中にはこんな意見もあったが、やはり「慣れた駅名なのでこのままでいい」「学芸大学駅はインテリくさくて嫌ですね」など、「このままでいい派」がほとんど。
実は、学芸大学駅の駅名については、東急鉄道が行なったアンケート以外に自治体によるアンケートも行なわれている。こんな頻繁にアンケートが行なわれているのは驚きだが、自治体によるアンケートでも圧倒的に「変更しない」が多かった。
台所用品店の男性は言う。「駅名を変えようなんてハナシはちょくちょくあるけど、まず面倒くさいですよ。このままでいいでしょう。それでも、いまだに「学芸大学はどこですか?」と聞かれることはあるんですけどね。」
学芸大学がないのに「学芸大学」。たしかに紛らわしいが、1952年から使われているこの名前は人々の生活にあまりにもしっかりと根付いてしまっているのだ。(宮崎)

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2006年6月 4日 (日)

■『記録』6月号について

こちらがラインナップを紹介するページです。http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/link/test6.html

今月の特集は「満員電車に物申す! ~自称利用客代表 中年サラリーマンの訴え~」だ。満員電車で揺られて出勤すると腹の立つことばかり。すし詰め状態の車内に響く不愉快な車内放送。大音量のヘッドホンステレオで周りに騒音をまき散らす若者たち。そんな状況に鉄道各社がどのような対応策を講じているのかを取材。

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2006年6月 3日 (土)

元 靖国ライター その4

香港でも寿司が人気で、連夜大盛況。よく行く回転寿司屋は日曜なんて70組待ちはザラ。
基本的には待たないけど、どうしても寿司!という日はまちます。
こっちもくるくる寿司が回ってますが、私は、オーダーシートが各席にあるので、それを
使ってます。
日本では高いウニは、めちゃ安で敷居が低いです。ネタも、特に高級店はさまざまなとこ
ろから取り寄せているため、東京で言えば築地並のクォリティがあります。
まぁでも、特筆すべきはワサビの量。並じゃないよ。寿司を醤油でなく、ワサビで食べて
いるよ彼らは。
ワサビ8に対して、醤油は2くらい。さらにネタにもワサビついてますから。これがまた
かなり効くんですよ。なのに、寿司じゃなくワサビを食べている彼らが、「ツーンと来た
表情」をしたところは見たことありません。

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2006年6月 2日 (金)

待ったナシ! 駐車違反取り締まりの新ルール施行初日ルポ

6月1日、ついに駐車違反の取り締まりについての新ルールが施行された。これまでと大きく異なる点は2つ。1つは、これまで駐車が発見されてから30程度の猶予があったが、これからは10分、早くて5分で取り締まりを受けてしまうこと。もう1つは監視が民間の手によって行われることだ。
民間の駐車監視員はすべての道路を対象としているわけではなく、警察庁により指定された「重点路線」区域を2人1組で回ることになっている。重点路線は警察庁のサイトで確認することができる。例えば『記録』編集部がある千代田区の重点路線はhttp://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotu/c_gaid/1/kanda.pdf となっている。
編集部から歩いて5分の靖国通りは「最重点路線」に指定されている。駐車違反の取り締まりが初めて民間に委ねられる初日、街中の様子を取材した。
Chu 靖国通り神保町の古本街で取り締まりを受けている場面だ。監視員の手順は、重点路線を回り違反車両を見つける→デジカメで車両を撮影→コンピューター端末に日時・車種・場所等を打ち込む→角からの距離をメジャーで測る→コンピューター端末に図を作成する→2人で内容を読み合わせて確認する、そして最後に確認標章(違反ステッカー)を貼るという流れだ。まだ端末の操作に不慣れなようで20分ほど要しているが、慣れれば10分以内にステッカーが貼られるようになるだろう。
靖国通りの古本店「ブンケン・ロック・サイド」の店員さんは焦りと戸惑いを隠さない。「いや、打撃ですよ! 車を横付けして店に来てくれるお客さんは足が遠のいてしまうかもしれない…。お客さんだけじゃなく、この辺りに配送に来る古本を専門に取り扱う業者さんも近くに停めることができないから、重い荷物を遠くから運んでくるしかない。今までより仕事に負担がかかってしまう」
対策としてはパーキングに停めるしかないが、最も近い「Times」は15分で200円かかる。ニュースでは無料のサービスを始めるパーキングが紹介されていたが、もちろんそんなものはごくわずかでしかない。
Saka 大手の運送会社ならば取り締まりを受けないように人員を1人増やして車に残すという対策がとれるかもしれないが、商店規模の酒屋にとって人員増加は経営を直撃する。
「ずっとひとりでやるんだから、これからは常に監視員が来ていないか確認しながらやるしかない。それで摘発されたら……もうどうしようもないっすよ。どうしようもない」
汗ダクでビールケースを運びながら本当にどうしようもない表情で、ある酒屋さんは言う。彼によると、この日は取り締まりを警戒して「日曜並み」の駐車の少なさだったという。
「おい、いたよ! あそこに」と監視員を遠巻きに見る大手飲料メーカーの配送員2人。ホンネを聞くと、「たまったもんじゃねぇよ」と苦々しく呟いた。

警察庁の言う「良俗な駐車秩序」の形成のためにはある程度の締め付けも辞さずといったところか。「たまったもんじゃねぇよ」が「ふざけんな」に達することもあろうが、監視員は「みなし公務員」である、詰め寄れば公務執行妨害に問われる可能性もある。「図らずも民業を圧迫することになった」なんていう言い分は許されない。果たしてこの新ルールは必要だったのだろうか?
油断することなかれ、やつらが来るぞ。運転者にとってのパノプティコンがこの日に形成されたのだ。(宮崎)

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2006年6月 1日 (木)

18歳で愛する彼をがんで失った女の子のその後

ブログで自分の体験を綴っている(http://takakoworld.blog66.fc2.com/)takakoさんから電話があったのはもう2ヶ月以上前のこと。私(編集長)が電話に出た。ちなみに小誌編集部への電話の多くは編集長が取る。なぜならば他の部員がいないことしばしばだからだ。何をやってるだか。
内容は本の売り込みだった。仕事柄多く受ける用件ではある。ともかく会って草稿があればみせてくれと申し入れ期日を決めて対面した。これもよくあること。

その本人はブログで写真を公開しているので見ていただければわかるが美しい31歳の女性だった。草稿にざっと目を通す。するとその内容が眼前にある楚々とした女性の告白なのかとにわかには信じがたいほど衝撃の連続だった。恋愛が縦軸に貫かれているのは変わらないが、ざっと述べると次のような話が出てくる

1)中学時代の反抗・シンナー依存
2)高校中退
2)18歳で大好きだった「彼氏」と両想いになってわずか数ヵ月で彼氏のがん発覚
3)がん闘病と空しく迎えた死
4)引きこもり
5)脅迫的な宗教の勧誘
6)新しい彼の覚せい剤使用
7)キャバクラでナンバーワン
8)結婚とセックスレスと離婚
9)レイプ
10)買い物依存症

これでも一部である。おおよそ15歳から約15年間に実際に出会ったジェットコースターのような内容に圧倒される。悲しかったりつらかったり腹立たしかったりの連続なのだが半面で家族愛、友人愛、姉妹愛がtakakoさんを支える温かい環境もまた存在するのである。

愛する人をティーンで失うなどいくつかの点で星野夏著『あおぞら』(ポプラ社刊)に似るが、星野さんと違ってtakakoさんは30歳を越えている。いわば『あおぞら』で紹介されたような体験を味わった女性が、その後どうなるのかを身をもって解説しているような面白さがある。
takakoさんは今、同じような体験をして苦しんでいる人のために自分も一緒に考えていきたいと活動している。指導や助言といった高みからの行為ではなく伴走者の役を望んでいる。そのためには実名、顔出しもいとわない。本を出版するのもその一環であり内容は個人情報を守るために自分以外の登場人物は仮名とするが他は事実のみを記載している。

さて出せるのか。私は自分のところで出してみたい。ただし草稿段階の原稿ではいうまでもなく読者に提供できないので大幅なリライトが必要だ。また現時点でtakakoさんは有名人ではないので、このままの状態で書店営業をしても、また取次様へのパターン配本に乗せても大した部数は出ないのが近年の常識である。ないしは返品のヤマとなろう。
したがって編集者としてできることは私の精一杯をするがtakakoさんへの一層の支持が不可欠であるというのが商人でもある私のいつわらざる心境である。「場合によっては自費出版もあり、ですか」と問うたらtakakoさんはうつむいてしまった。気の毒な質問であるのはわかっている。だが小社とて損を承知のボランティアはできない。

ともあれ気高き当ブログ読者様にお願いしたいのはtakakoさんのブログ(http://takakoworld.blog66.fc2.com/)を一度だけでもいいから訪ねていただいてコメントをつけるなり小社に感想をいただくなりをしていただけないか。

別の取材でわかったことだが現在この国ではtakakoさんが陥った状況にある若者は多数いるということだ。彼ら彼女らは無軌道とも感じられる言動で取材者である私でさえ驚かす。しかし心の内には悲しみや虚ろさを抱え込んでもいる。それが犯罪や自殺の導火線になるのもしばしばだ。正直を申せば若者の犯罪や自殺を調べているうちに上記のような状況が広く存在すると知ったのである。
そこには「地元」という濃密な環境がある。高校→大学→就職といったステップを踏み切れなかった若者がこぼれ落ちていく残酷な構図がある。若くしての病死や事故死もびっくりするほど多い。同じ境遇で恋愛という形で支え合おうと男女が身を寄り添っても「残酷な構図」が彼ら彼女らのナイーブな心のひだをかき乱して混乱を生じさせる。
失礼を承知でいえばそこに無理解や無知がしばしば見受けられるが、そうした若者は解決する糸口や方法を見出したり知ることもできない。そこに付け入る「大人」のあこぎが追い打ちをかけてくる。

小誌は「弱者・少数者の側に立つ」を編集方針としており、上記のような追いつめられている若者の実態も取り上げてきたつもりだがtakakoさんの草稿を読んで改めて見逃している弱者・少数者が悲しく固まっていると再認識した。大学進学を境に上京して以来、田舎とは没交渉。運よく就職を果たして後にドロップアウトしたものの好き勝手をやって生きてはいる私では見えない。ぜひ一読をお願いしたい。(編集長)

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