村上の時間 阪神の時間
アロワナ、ハイギョ、シーラカンスといった魚類の生態を調べていると「進化しないという進化」があるのだとつくづく感心する。武田信玄の「風林火山」の「山」しかない。一芸の取得やマイナーチェンジぐらいはするのだが根本的な進化はない。それが強みになって生き残るのである。
もっとも大半の生物はそんなようでは絶滅する。さまざまな要因が重なって起きる奇跡といえよう。
タイトルはむろん「ゾウの時間 ネズミの時間」をもじっている。村上某の村上ファンドが阪神電気鉄道株を約3割から4割買い占めていたと相次いでわかったのは05年9月末から10月上旬にかけて。それから8ヶ月たった本稿執筆時点の06年5月末に至っても決着がついていない。「物言う村上某」は阪神の資産をはき出させることも株の売り抜けもできないままだ。そろそろ某へ投資したガリガリ亡者の心にもさざ波が立っていよう。
買い占め判明から今日まで阪神がしたことはまさに「山」であった。何週間とか、よくて2・3ヶ月の時間を生きる某と1899年の創立以来、目立った進化を何一つしないまま100年以上の社歴を重ねた「不動の経営」に流れる時間はまったく違っていたというわけだ。
その「動かざること山の如し」経営を傘下の阪神タイガースで見てみよう。タイガースは甲子園阪神パークという遊園地に隣接した甲子園球場をホームとした戦前からの職業野球チームだ。鉄道が旅客誘致施設として遊園地と球団を持つというのは阪急の小林一三が1911年に宝塚新温泉(後の宝塚ファミリーランド)と阪急職業野球団(35年)を設立したのを嚆矢とする古いビジネスモデルである。同じように関西では南海がさやま遊園とホークス、近鉄が玉手山遊園地・あやめ池遊園地とバファローズを経営した。
何しろ20世紀初頭のモデルであるから今を生きている方がおかしい。現に阪神以外の球団はすべて他企業に譲渡ないしは合併で消滅、遊園地に至っては全滅である。
ところがタイガースだけは冒頭の魚類のように生き残る。どころか今や日本一の人気球団である。古いビジネスモデルが元気いっぱいなのだ。
なぜか。通常考えられるのは親会社の阪神電鉄が他の親会社と比較にならないほど努力した結果との答えだが現実はまったく違う。むしろ「他の親会社と比較にならないほど努力」しなかったというのが実態だ。ために長い低迷を味わった。
その低迷が今日の人気の秘訣というのだからすごい。電鉄が走る関西の元は労働者が多く住んでいた地帯と東京の山の手イメージの強い読売球団との対比が鮮烈で巨人阪神戦は関東と関西、資本家と労働者の対決の縮図となった。
この縮図は「結局は負ける」でいいのであるから低迷でも阪神ファンは離れない。むしろそれで安心するのである。勝てばそれに越したことはないから大いに喜ぶ。喜びつつも「こんな風に勝ち続けるはずがない」と確信を持っている、心理学でいう「期待不安」の状態だからダメ虎に舞い戻っても大丈夫。かくして村上某が信じる経済合理性とは別世界を築きあげる。
今日の好調も野村克也・星野仙一といった名監督を外部から招くという「他の親会社」ならば通常の「努力」を何もしないはずの親会社がしたから、通常ではありえないほどの衝撃を選手に与えた結果であろう。
村上某による電鉄株買収でも進化を求めない「不動の経営」が遺憾なく発揮されている。そもそも東証1部上場企業ともあろうものが株式の3割・4割を買い占められていることに気づかなかったというのがすごい。
私は零細企業経営者だから偉そうなことは言わぬつもりだが、その私でさえ阪神の経営者だったら事前に気づくとの確信がある。これが大口を叩いているのではなく謙遜しても謙遜しても確信が持てるからすごさが際立つのである。
そんな経営者だから村上某に手もなくひねられると予想していた。事実私が経営者だったらあらゆる可能性を吟味して先手を打とうと策を練る。それを某も待っていたに違いない。相手が策を弄せば、それを上回る一撃を食らわせて手仕舞おうと手ぐすね引いていたはずだ。
だが、ここからまたすごい点だが電鉄経営陣は無策に徹した。ヤドカリのようにカラにこもってしまったのである。某が堪らず攻勢を仕掛けてもナシのつぶて。
だが一芸はあるのが「進化しないという進化」の怖ろしさである。06年4月13日の記者発表資料「一部報道について」までは否定とも取れるリリースを出しておきながら28日に阪急ホールディングスとの関係強化を発表してしまった。一部報道によると阪急との経営統合は村上某社の提案だったという。身動き取れなくなるまで閉じこもり埒が明かなくなると敵の提案を自分の提案のようにして逆襲する。
す・・・・すごすぎる。ここまで本稿は「すごい」の連発だ。どうしていいかわからず何の逆襲もできないのを普通は無能と呼ぶが、この戦法は無能ゆえの逆襲だ。変な言葉使いになったが他に表現のしようがない。
このままいくと大変なことになる。阪急は阪神電鉄とは比較にならぬほどの凄腕だから某のボロもうけになるようなTOB価格に容易には応じるまい。となると某は阪神電鉄の株主総会で・・・・何と実業家になってしまう。それこそ某の最も恐れるシナリオのはずだ。ファンドとは虚業である。某は虚業家でこそ力を発揮する。「物言う株主」であればこその某なのに物を言われる経営者になってどうする。
こんな戦い方を私は知らない。経営権という玉座を指さして「嫌だったらどうぞ」と脅す?経営者が後にも先にもいたであろうか。しかもその脅しが効果的だから驚く。
・・・・なんて私は阪神電鉄の経営陣をほめたのであろうか。けなしたのか。やっぱりけなしたかなあ。某が公共性の高い企業の経営権を握るとする。横井英樹がホテルニュージャパンの経営者になったに似る。その結果どうなったか。たしかに横井は断罪されたが企業も信用を失墜した。阪神電鉄が同じ轍を踏んだら元も子もない。
ただそれでもなおハッキリしていることが1つ。何がどうなろうがタイガースファンは離れぬという点だ。ここは敬服する。最近はめっきり興味を失った巨人ファンの一人として心から頭を下げる。あなた方は良心である。(編集長)
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コメント
初めまして。
時折、覗いている1ファンです。
出だしはどういうストーリーが始まるのか全く予想できず。
やっと村上某の話とわかりましたが、話の展開がおもしろすぎる。
編集長も自ら書かれている通り、「阪神電鉄の経営陣をほめたのであろうか。けなしたのか」?
絶対に誉めていますって。
阪神ファンはこのような経営陣を誇るべきです。(貴重な絶滅種生存の例として)
この件についてこのような凡人の発想を超えた見方を教えて頂き、感謝。
定点観測させてもらいます。
投稿: タートル | 2006年5月28日 (日) 20時12分
タートルさん。コメントありがとうございます
でも、ほめられすぎです
阪神電鉄が・・・・ではありません
私が、です
念のため
投稿: 月刊「記録」編集長 | 2006年5月28日 (日) 23時40分