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2006年5月30日 (火)

若者の希望を搾取に変える小泉マジック

とにかく不思議なのは小泉政権の支持がいまだに5割近くあることだ。各種世論調査によると若者と女性の支持が多いという。女性が「小泉という時代」を支持するとかわいいわが子を戦場に送って誉れの家になれてめでたいね、みたいな話を以前書いたので今回は若者の方にしたい。

小泉政権がやったのは大都会出身以外の若者の故郷を廃墟にして住めなくし、地場産業の正社員の道を閉ざし、正社員の代わりに臨時雇いの身分に格下げし、どちらにせよ「成果主義」「実力主義」の名の下に働きづめに働かせ、一握りの成功者を金の亡者にして大多数の敗者を低賃金生活者に陥れる「人類ジャングル化計画」である。なのに若者は支持する。なぜだろう。
実は10年ほど前から10代後半から20代前半の若者に対して「終身雇用」「年功序列」と「成果主義」「実力主義」のどちらがいいかと質問し続けてきた。その結果は圧倒的に後者の支持だった。秀才ばかりを取材したわけではない。フリーターなどにも万遍なく聞いた結果だ。

実に不可解である。「成果主義」「実力主義」になると一握りの成功者以外は「終身雇用」「年功序列」よりも損をするのは明白である。だとしたら自分はその一握りになれると思っているのかというと3年ぐらい前からハイと答えるのもまた一握りとなり、多くが沈黙するようになった。だが「いいえ」は皆無に近い。
この沈黙してしまう大多数の背景には素朴な「希望」があるらしいのだ。つまり今は主観的にも客観的な数値でもパッとしないが必ず逆転してみせるという願いである。では「ハイ」と答えればいいはずだが、そこまでの自信はない。
「成果主義」「実力主義」に賛同する若者は10年前から圧倒的だった。ただし10年前はかなりの数がハイと答えた。若者らしい無謀さや無垢を率直に反映していたのだ。だが今ではそうでもない。「希望的観測の希望」に変わってきているようなのである。

小泉純一郎という人物は、「ハイ」と言えない若者に代わって散々連呼してきたといえよう。ハイの代弁者だ。まず自分を多数の敵に囲まれた辛抱立ち役に擬する。ワンフレーズだ政策の中身がない、人の意見を聞かないなどの批判も「頭が悪い」「成績がちょっと振るわない」「協調性に欠ける」と沈黙する若者が散々浴びせられている否定的な言葉のアナロジーと受け止める。
要するにテレビや他の報道からイメージするコイズミは沈黙する若者が置かれている立場・状況とよく似ているのだ。似せているといった方が正しいかな。
それでも小泉首相は立ち向かう。多数決で敗北した郵政民営化関連法案の失敗を認めない。回りはライバルだらけで実は自分はさほどではないのではないかと自問する若者はその勇気に自分を重ね合わせる。彼のように私もできるとの希望を与えるわけだ。だから支持する・・・・という分析は粗雑だろうか。

だが本当は違うのである。小泉魔術は自らを「弱者と認めない弱者」になぞらえる。すると「弱者と認めない弱者」が賛同する。ならば「弱者と認めない弱者」を多数作り出す社会を作ればいい。それは弱肉強食である。
本来は沈黙しなくてすむ社会を作るべきなのに「ぶっ壊し」て沈黙せざるを得ないところに若者を追い込む。いたぶればいたぶるほど「弱者と認めない弱者」を大量生産できる。
その半面でいたぶって搾取できる強者は小泉首相の辛抱立ち役的サル芝居をサル芝居と指摘しない。なぜならば得をしているからである。そして彼らも支持する。うまいものだ。殴って殴って殴って抱きしめると単に抱きしめるより効果的なわけだ。

私が許せないのは本来は無垢である若者の希望をこうした形で吸い込むカルト的仕組みにある。希望は希望としてかなえてあげようと考えるのが政治のはずだ。
現実は厳しい・・・・などと私のようなオッサンが言い聞かせても無意味であるのもコイズミは知っている。確かにそうであろう。現に私が若者だった時にそう説教されても「あんたが無能だからだろ」と馬耳東風だったに違いない。
「いいえ」の人集まれ・・・・みたいな共産・社民両党の訴えも同様に少数にしか響かない。私も若い頃は「いいえ」とはいえなかった。今ならば声を大にしていえるのだが。
「終身雇用」「年功序列」という言葉に深くしみ込んだ「怠惰なオッサンの方が頑張る若者よりも給料が高い」といった悪いイメージはもはや払拭できまい。事実としてそうした部分もあったし「成果主義」「実力主義」導入によって「怠惰なオッサン」が叩き出されるの図を見れば若者は拍手喝采したくなる。実はそれが自分の親父だったりもするのだが・・・・。

したがって小泉という時代(小泉首相退陣とイコールでないのにご注意を)を終わらせるには「ハイ」「いいえ」のどちらも言えない若者を振り向かせる新たな魔術か真っ向微塵の明確な政策を示す必要があろう。
私は終身雇用の復活に尽きると考えている。ただし「終身雇用の復活」という言葉ではダメだ。先述の悪印象が強すぎるから。
これは識者の多くが指摘しているがそもそもわが国で終身雇用などなかったのである。例えば小社は終身雇用だ。それで社員は一応安心する。だが小社自身が風前の代物だから幻想に過ぎない。社勢も伸びない。でもそれでいいのである。

もう1つ。小泉政権は従来の組織人間的組織における「終身雇用」「年功序列」から非常に不安定なフリーター的雇用に置き換えていった。その間がないのである。おそらく「ハイ」「いいえ」と言えない若者にとって居心地のいいのは「その間」の正社員に違いない。ビジネスなどと大層で冷酷な響きではない何か。私たち大人は説教の代わりに、その「何か」を示す必要がある。
それは業種や職種でさまざまであろう。小社の場合は「売れない分野の本で当てる」だ。当たった試しはないが、だからこそ面白い。社勢は低迷し続けようが売れている類書の後追いするよりよほど笑える。ドン引きでさえ楽しい。取次様には大変申し訳ないが「当てる」意欲と努力は満々なので可能性を信じていただけるとありがたい(切実)。それでもダメになったらその時に考えればいい。
つまり一言でいうならば「何か」とは遊び半分である。それでいけないのかなあ。(編集長)

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