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2006年4月10日 (月)

「あの事件を追いかけて」第1回 「タマちゃんにまつわるエトセトラ」

Tama2_4  2002年8月に東京と神奈川の県境を流れる多摩川に突如現れた、アゴヒゲアザラシの「タマちゃん」。
 報道されてからは丸子橋付近に連日数百人の見物人が集まるほどのフィーバーぶりだったが、8月下旬には横浜、川崎両市を流れる鶴見川に移動。さらに翌9月には、横浜市西区の帷子(かたびら)川で目撃され、タマちゃんはしばらくこの場所に住み着くことになる。

 帷子川に住み始めてから5ヵ月が経った頃から、これだけ長く住んでいればもう区民だとの声が多数寄せられるようになり、西区は特別にタマちゃんの住民票を発行した。しかしその後、2003年の5月頃からは埼玉県朝霞市の荒川で目撃されるようになる。

 住民票を発行されたのであれば、移転をするときにはタダシイ区民の義務として転出届けを出すという手続きが取られたはずだが、実際のところはどうだったのだろうか。
 西区の職員にたずねた。
「タマちゃんの住民票の場合、転入届の手続きは行いましたが、転出については特に手続きを行っていません」。
 それではタダシイ区民とはいえないのではないだろうか。
「タマちゃん用に発行した住民票は宣伝用のものなので、書式だけは整っていますが正式なものではないんです。ですから、始めから終わりまで通常の手続きをすることもないだろうということになったんです」。
 たしかに、タマちゃんの住民票は正規のものよりやや大きい。登録の氏名「ニシタマオ」、住所は「横浜市西区西平沼町 帷子川護岸」。ここまではいいが、本籍地は「ベーリング海」、生年月日に至っては「不詳」だ。

 住民票を発行すると発表した後、「タマちゃんの住民票がほしい」という問い合わせが殺到。住民登録した日には住民票のコピー1000枚があっという間になくなった。現在でも住民票を手に入れることはできるのだろうか。
「タマちゃんの住民票のコピーは、西区役所にお越しいただければ現在でもお渡しすることができます」。

 ただ、タマちゃんの住民票を発行した頃の戸籍課の職員は現在では他の課に移ってしまい、当時の盛り上がりを知る職員はもういないという。そしてタマちゃんはいつしか行方知れずとなった。
 万物は流転する。住処を転々とするのはアザラシだけではないようだ。(宮崎)

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