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2006年4月11日 (火)

小沢一郎の決起と原敬

鋭いカミソリでヒゲを剃った直後のような面立ちであった前原誠司民主党前代表は残念ながら鋭いカミソリのような頭の持ち主ではなかったようだ。代わりに小沢一郎氏が新代表に就いた。
小沢代表といえば真っ先に思いつくのは以前にも書いたが異様に長い賞味期限である。彼が頂点に限りなく近づいたのは1989年の第1次海部俊樹内閣時で自民党幹事長に就任してからだ。以来実に16年余。何度となく政党・政派の創設と破壊を繰り返しながら、いまだに「小沢首相ありかも」との期待を持たせている。

小沢代表自身が尊敬する人物と述べている同郷の原敬と比較すると楽しい。小沢氏の1989年を原が1900年に結成された立憲政友会結成の幹事長になった時期に重ねると、原が政権を取る勝利を収めるのは17年後だから似てはいる。原首相誕生は62歳。小沢代表現在63歳。年齢的にも似通っている。
先ほどさりげなく「政党・政派の創設と破壊を繰り返しながら」と書いたが戦前・戦後の立憲政治史上、こんな繰り返しを行った人物を私は知らない。床次竹二郎のように遊泳しながら出世をねらうタイプはいる。その結果としての混乱で政党・政派が破壊されることもある。だが自ら築いた集団を破壊する、しかも一再ならずとなると別だ。

彼はまず権力の絶頂にあった自民党竹下派の有力幹部として肥大化を進めながら壊した。自ら率いた新生党も加わった細川護煕非自民連立政権を作って古巣の自民党を野に追った。ところがこの非自民連立政権から社会党を追い出して精神に異常をきたした社会党が自民と組むという集団ヒステリーを決行したため政権を奪回された。
それでも巨大野党の新進党を結成して党首も務めたが最後は旧公明などの党内派閥解消の合い口を突きつけて空中分解した。自らは自由党を率いて今度は自民党と手を組むが最後には「オレらも解散するから自民党も解散して新党を作ろう」などと誰が考えても飲めない要求を自民に突きつけて案の定のゼロ回答。ここで自由党は政権残留グループ(後の保守党)と袂を分かつ。事実上の破壊だ。
この自由党残党を率いつつ2003年に民主党と合併してできたのが今の民主党である。

長くなった。だが驚くのはこうした経歴が長く書けるという事実そのものにある。ぶっちゃけていえば何が面白くてそんなことしたの? の連続なのだ。だから民主党もぶっ壊すに違いないと不安がよぎって当然だ。

だが。きわめて逆説めくが今の民主党には小沢代表の破壊エネルギーが正の作用をもたらす可能性がある。なぜならば既にして民主党はぶっ壊れているからだ。小泉純一郎首相が自民党がぶっ壊れかかっていた時に登場して「自民党をぶっ壊す」と叫んで再生したようにマイナスのマイナスからプラスを生むのだ。

民主党の中堅・若手には「逆杞憂」があると以前書いた。政権を取る前から取った後の心配をしている点だ。彼らの多くは小沢代表に警戒したに違いない。何しろ「我らが代表」前原氏の後を襲ったのだから。オレらを疎外したら目にもの見せてくれると執行部人事発表まで変なテンションで盛り上がっていた? に間違いないのだ。だから居抜き人事には仰天したろう。何もなくていいのかと怒るわけにもいかないしね。

体育会系の自由党とは体質が違うとの中堅・若手の声もチラホラ聞くが小誌の取材体験では案外と似通っていると感じる。
党の基本政策の説明を求めてたらい回しにされてなかなか答えてくれなかった党が2つだけあった。一つが小沢自由党で、もう一つが岡田民主党だった。自由党は最後の最後に答えてくれたが民主党はいまだ回答なしである。

靖国問題でも小沢新代表の発言はうまい。首相は靖国に参拝すべきだしA級戦犯という言葉は戦勝国が勝手に作ったから認めないと、ここまでは右のイデオロギーである。この国は右というか保守のメンタリティーがないと多数派になれない。だからいいとする。その上で「戦争を指導した人たちは靖国に本来祀られるべきではない」ともいう。日本国民に対して責任があるからだ、と。その通りであって靖国問題は詰まるところ東条問題なのだ。だから分祀論争になるわけだが小沢代表は具体的方策について「政権を取ったらすぐやる。その時教える」と具体策を示さなかった。
ご本人が謙遜するほどこの人は寡黙ではないとわかる。首相の靖国参拝もできるし中国との関係も改善できる方法を小沢代表は知っていて「政権を取ったらすぐやる」というならばやらせてみようと有権者を誘引するしたたかさ。「逆杞憂」には陥らずに権力奪取を最優先にした言い回しだ。実際には「昭和殉難者神社」の新設といったショボイ案かもしれないが、そうであるかどうかも政権を取らせてあげないとわからないのだ。
考えてみれば靖国問題はある意味、小泉首相のいう通りの心の問題だ。だから「こう思える」という装置があれば(またはなければ)解決する。

小沢代表を称して「剛腕」「壊し屋」が一般的だが「バカ」に類する否定的なネーミングを冠されたことは一度もない。道化のような振る舞いはかつてあったがシェークスピア劇などで見られる道化は愚かではない。頭の中身を疑わずにすむトップを失ってこの国は何年たつか。出てくる人が出てきたという感がある(編集長)

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