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2006年3月 6日 (月)

団塊の世代をほめよう

・・・・というタイトルで文章を書こうと実は1週間ぐらい考えていたのだが全然思いつかない。「けなそう」ならばいくらでも書ける。本1冊分も難しくはない。だがほめるとなると異様な難問なのだ。
もちろん団塊の当事者を中心にした自画自賛を引くことはできるが突っ込みどころ満載なんだな。

・戦後の食糧難を生き抜いた・・・・でも物心ついた頃には一段落していたよ
・受験が激烈だった・・・・その分だけ就職は高度成長のお陰で楽だった
・学生運動で権力にNOを突きつけた気概があった・・・・でも負けたじゃん
・猛烈に働いて高度成長を支えた・・・・世にそれをエコノミックアニマルという
・子を生んで少子化にさせなかった・・・・元の数が多いのだから当たり前
・バブルの後始末をした・・・・一方でバブルを生み出した

という具合に。

団塊の後の1950年代から60年当たりの世代は団塊を宿敵と感じている人が多い。「頭の上にへばりつきやがって」と。その次が私も属する1960年代生まれの「新人類」で会社や学校で団塊の威張り振りを散々見てきたから嫌いだ。さらに続く団塊ジュニアつまり第二次ベビーブーマーの場合、親世代が団塊のせいで受験も大変だった上にバブルに踊れぬまま就職氷河期を味わった。
したがって1962年生まれの私は5つから7つ程度年上の世代から団塊ジュニアまで広範囲で「団塊が諸悪の根源」という話で盛り上がれる。さらに団塊を飛び越えた昭和1ケタから戦中派までとも同意見である。
ちなみに団塊ジュニア以降の世代は上記のように皆が皆団塊を嫌っている世代を親に持つからいい印象をもつわけがない。事実20代の若者から結構多く「私たちの年金は団塊に消えるのね」との怨み節を聞いている。

ではなぜ「団塊の世代をほめよう」とのもくろみをしたかというと原理的に団塊だけ人品骨柄が悪い人間が集まるはずがないからだ。この世代が他と明らかに違うのは人数が多いというだけである。しかも大量の定年を迎えて我々は彼らを支える側にならねばならない。ならば彼らのいいところの1つも見つけておかないとやりきれないではないか。
でも見つからない。本当にない。この世代を「団塊」と名づけたのは堺屋太一氏だから堺屋氏が必要以上に有名にしてしまったといえぬでもないが、だったら我々「新人類」も当時相当にはやった。確か命名者は筑紫哲也氏だったと記憶する(違ったらごめんなさい)。
でも今日に我が世代を「新人類の世代」として抜き出されることはほとんどないし、当事者が自分は新人類と呼ばれていたことすら忘れつつある。

逆に団塊は団塊だとの認識を少なくとも回りは強固に抱いている。
今年に入って「団塊はどこへいく」といった連載が各新聞で目立って掲載された。菅直人民主党元代表@事務所の郵便ポストがあふれている、は「団塊党」を標榜していて驚いたことに、というかあきれたことに、というか結構好評であるらしい。どうやら団塊世代は団塊という記号で一体化しうる主体的な何かを持っているのだ。

ということは唯一ここだけがほめられるのかもしれない。つまり前後の世代に嫌われながら同世代だというだけで結束し、作家が付けてくれた「団塊」という言葉を乃木希典の軍旗のごとくに掲げて常に何事かを叫び行動する。
つまり嫌われ役を一手に買って出て前後の世代間の闘争が起きないようにしている。余命はまだ20年はあるから20年間「団塊が諸悪の根源」と言われ続けてもらって日本民族の他の世代同士の裂け目を相対的に目立たないようにしてくれている・・・・わけだ。わけか?

多分団塊の世代以前に、その役割を果たしていたとすれば「東条の世代」であろう。明治維新から営々と積み上げてきた発展をボロ負け戦争でスッてしまった上に占領下で豹変した、東条英機あたりを年齢的には最上級生とする世代である。
東条英機1884年生まれ。岸信介1896年生まれ。近衛文麿1891年生まれ。だいたい1890年代に生まれて敗戦時に概ね50代。A級戦犯の死刑執行は1948年で団塊が生まれ出した最中である。一方で東条とほぼ同世代の吉田茂、鳩山一郎らは55年体制成立まで覇を競った。その間に団塊の世代の出生は終わる。
つまり団塊の世代は「東条の世代」の終焉の期間に誕生し、早い者は物心をつけた。以降の世代はボロ負け戦争をした当事者のうち長命だったわずかを残して責任を問う対象がなくなった。そこを引き受けたとはいえるのではないか。
ということで幕。ほめたことになったかなあ。

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