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2006年2月10日 (金)

堀江貴文と「光クラブ」山崎晃嗣の当局との戦い

堀江貴文容疑者が容疑を否認している。この行為は商人としては妙だと1月26日に書いた。それはいまだに続いている。となると1月18日に半ば思いつきのように述べた山崎晃嗣との比較をもう少しした方がよさそうだ。
周知のように山崎は東大での全優をめざして時間と内容を徹底的に分類した「山崎日記」を作った。そこには「○ 総有益」「◎ 睡眠」「△ 女色」といった記号および①から⑥までの「有益時間」の等級を割り振った「時間用途表」が付されている。
これがコンピュータのプログラミングにそっくりなのだ。多分山崎が今日あればコンピュータを駆使するであろう。その点で東大在学中にプログラマーとしてスタートした堀江容疑者とよく似ている。

さて問題は物価統制令違反容疑などで逮捕され、不起訴になるまでの山崎の戦いぶりである。『私は偽悪者』など自著で能弁に語る山崎が、この間についてはほとんど述べていないが法律知識を駆使しての弁明はおおむね想像できる。
物価統制令はいわゆるポツダム勅令の1つで「終戦後ノ事態ニ対処シ物価ノ安定ヲ確保」するのが目的である。その10条に「何人ト雖モ暴利ト為ルベキ価格等ヲ得ベキ契約ヲ為シ又ハ暴利ト為ルベキ価格等ヲ受領スルコトヲ得ズ」とあるが何を暴利とするかは明白でない。
となると臨時金利調整法で定められた金利に違反するとなろうが同法は「光クラブ」のような業態を「金融機関」と認めていない上に、仮に援用したとしても当時の金利は旧大蔵省の行政指導を参照しているだけで法文化されていない。まさに堀江容疑者がいったとされる「脱法だが違法ではない」である。
「光クラブ」事件は1949年に起きた。貸金業法(後の出資法)は同年に制定されていて逮捕時点で容疑を問えるか実に微妙であった。つまり「違法」というにはギリギリの線だったのである。
それがなぜ摘発されたかというとド派手な広告戦略で目立っていた「光クラブ」を全国に蔓延していた多数のヤミ金融を牽制するための「一罰百戒」で目を付けたのであろう。ここもライブドアと似る。

さらに「光クラブ」摘発には山崎が管理していたいわゆる「二重大福」を当局にリークした、山崎側に立てば「スパイ」が社内にいたのも大きい。ライブドア事件では全容はまだわからないが特級の情報を当局に流した内部告発者がいたと考えてまず間違いないから、その点もソックリだ。「ユダ」の存在である。

もう少し広い目で外部環境を比較するのも面白い。現在でいう「ヤミ金融」は出資法の上限を超えて貸し出す違法行為だが、違法は圧倒的な遵法との社会状態があって初めて意味をなす。だが「光クラブ」の時代は経済そのものがヤミで成立していてヤミ経済のヤミ金融はいわば常識であった。物価統制令なぞ守っていたら死ぬばかりである。
ライブドアの場合も偽計や風説の流布に類した方法を使う企業はいまだに多いと推測される。「公認会計士の仕事とは決算の粉飾である」という冗談が笑えない状態はつい最近まであった。
「光クラブ」もライブドアも経済政策の転換点でグレーゾーンを走っていた。これを意図的に走ったとすれば犯罪だが時代そのものがグレーだったとなれば堀江容疑者の否認も彼の側に立てばわからなくはない。

「光クラブ」が成立し得たのは金余りと金詰まりが存在して既存の金融機関で両者をマッチングできなかったからである。金余りはヤミで大もうけした人々である。金詰まりは1948年の経済安定九原則の決定と翌年からのドッジ・ラインの実施で急速なデフレ状態に陥って資金繰りが苦しくなった中小企業が主だ。「光クラブ」はまさにその時期に急拡大し、同時に摘発された。
この構図も現代と非常に似ている。株式バブルで巨万の富を得て運用先を探している人と資金繰りが苦しい中小企業は多数ある。「光クラブ」とライブドアの違いは「運用先を探している人」が他人ではなくライブドア自体であり、「資金繰りが苦しい中小企業」にカネを貸すのではなく買収する点だ。

山崎の当局との戦いは実態にそぐわない法律や明文化されていない行政指導で摘発されるのは不可解である。なぜならば自分は現実的に生きているし皆も似たようにしている。ただ目立っただけで罪に問われるのはおかしいという点だ。ホリエモンの否認もおそらく近い心象であろう。一言でいえば「何でオレだけ?」である。
だが警察や法曹の立場は違う。現実が現行法を無視ないし否定しているという事実が仮にあったとしても、それを認めたら司法の自己否定になるからだ。東京地裁の山口良忠裁判官は1947年にヤミ米を食べるわけにはいかないとして餓死した。そうした精神を本来的に要請される仕事なのだ。
堀江容疑者は、もしかしたら本気で山崎のように勝利を得るつもりなのかもしれない。だが自由の身となったはずの山崎を待っていたのは信用の失墜と行き詰まりであった。堀江容疑者もまた容疑を認めて保釈されたとしても行き場はすでにないと悟っての戦いである可能性もある。だったら徹底抗戦だと。いずれにせよある種の悲劇である。

なお山崎には裏社会とつながりもあった。ライブドア事件でもチラホラ裏社会の名が挙がっているがまだ確かではない。いったん裏社会を論じるとなると相当な覚悟がいるので証拠がもう少しそろってから比較してみようと考えている。

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