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2006年1月17日 (火)

「靖国は総裁選の争点か」とは下らない

小泉首相が1月11日に述べた今年9月の自民党総裁選についての感想が非常に引っかかる。まず総理総裁の地位にある者の靖国神社参拝は「靖国は心の問題だ」と争点化を否定するような発言を記者団に示した。
その本命と目されている安倍晋三官房長官も記者団や報道ステーションなどのテレビ出演で「議論を深めていくのが本当にいいのか」といった発言を繰り返す。これは卑怯ではないのか。

まず靖国参拝が争点かどうかという設問自体がナンセンスである。争点に決まっているでしょう。本来はどうでもよかった話を小泉首相自身が01年の総裁選で争点に掲げて、以後今に至るまで知っての通りの大騒動になっているのだから。いいとか悪いとかではなくて問題としてある以上は問題なのである。騒ぎの火付け役が争点化を否定するのは後ろめたいからでしょう。
「心の問題」とは何だ。総理総裁の「心の問題」は争点そのものである。何をどう考えている人物か知らないで何を基準に選ぶわけ?
本当は「プライバシーだ」と言いたいのだろうが首相の靖国にかける想いはそれでよくても「参拝」は公人としての行動(つまり心の問題ではない)だからプライバシーであるはずもない。

自分で散々あおっておいて、今さら争点化に消極的というのはなぜか。
首相はまた「(靖国参拝を)批判される方も、靖国参拝自体がいけないのか、中国、韓国がいけないからいけないのか、今後はっきりして頂きたい」と捨てぜりふを吐いている。
上手なすり替えである。でもすり替えにすぎない。なぜそうかというと以下の通り。

「靖国参拝自体がいけないのか」・・・・これを「そうだ」というと「日本のために命を落とした英霊に対して何と冷たい」との反論ができる。
だがそもそも「靖国参拝自体がいけない」などという命題を立てている日本人はほとんどいない。存在せぬものにケンカを売ってケンカをしているように見せかけているだけの言葉だ。

「中国、韓国がいけないからいけないのか」は「そうだ」という人もいよう。だが「靖国参拝自体がいけないのか、中国、韓国がいけないからいけないのか」との二分法が成立するかというと別である。
中国、韓国がいけないと言っているのは靖国にA級戦犯が合祀されているからだというのはもはや常識であろう。この点に引っかかっている日本人も数多くいる。本来は「A級戦犯が合祀されているからいけないのか」という選択肢を入れて始めて意味をなす。
そこを故意に落とした上で戦没者の一部に過ぎない英霊を戦没者一般にすり替えて「心」というあいまいな概念で逃げようとしているだけだ。

「中国、韓国がいけないからいけないのか」と言い放つと、外国からの内政干渉に屈してもいいのかという響きとなる。そのレベルまで下げると腹が立つ人が多いに違いない。
さて、そこで問題である。この言い方だと「中国、韓国がいけないからいけない」でいいのかと小泉首相は挑発している。だったら俺は違うという実績がなければならない。当の小泉首相自身が「中国、韓国がいけないからいけない」という態度であったならば笑い話にもならないはずだ。本来は。
そこで01年以来の首相の靖国参拝を追っておくと、嗤うべし、彼自身が「中国、韓国がいけないからいけない」と「はっきりし」た行動を取っているのだ。
前述の01年の総裁選の公約は「8月15日に参拝する」だった。それを01年から04年までは避けた。8月15日以前に参拝して争点からそらした。その理由は何だ。「中国、韓国がいけないからいけない」以外の何があるのだ。
05年だけは8月14日まで参拝しなかったから15日はあり得た。だから小誌は24時間張り込んだのだ。世界で唯一、アンタの公約が果たされる瞬間を見るために24時間待ったんだぜ。そして来なかった。
最大の理由は9月11日投開票の総選挙を前に国民の関心を「郵政民営化賛成か反対か」に釘付けにしたかったからであろう。そこに靖国が絡むと面倒になる。ああ面倒くさ・・・・。この態度のどこに英霊への真摯な想いがあるのか。
「今後はっきりして頂きたい」のはこっちのセリフである。幸いにして首相の任期切れ前に8月15日はやってくる。「中国、韓国がいけないからいけない」のではないのならば参拝しに来いよ。小誌は待ってるぜ。安倍官房長官も当然来なきゃね。彼は05年も来たのだから総裁選に手を挙げておきながら今年は見送りなんて話はないよね。

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