堀江貴文と鮎川義介
鮎川義介などは、まさに私がやっていることをそのままやっているようなものです。(中略)日産コンツェルンを築き上げ、満州にも乗り出していった。それが仇になって彼の事業は挫折しますが、それは鮎川が悪かったわけではなく、戦争に負けただけの話ですよ。日本政府のやり方がまずかったわけです(『文藝春秋』05年5月号)
冒頭は堀江貴文ライブドア社長(当時)の言葉である。これを読んだ時に私は奇妙な人だなと思った。自らを結果的には「挫折」した経営者である鮎川義介に擬する堀江社長の精神に、である。
普通は縁起でもないと避けるであろう。まして「私がやっていることをそのまま」とまで重ね合わせたら末路まで妙な想像が働くではないか。
などと思いつつ忘れそうになっていた頃にホリエモン逮捕の報に接し、改めて両者を重ね合わせてみようとの気になった。
鮎川の出発点は1909年の戸畑鋳物(現在の日立金属)創業から始まる。東京帝国大学で工学を学び、渡米して鍛造の新技術を学んでいた彼は29歳にして日本初のマルブル品(継ぎ手など)を世に送り出す。同じ東大に属しウェブデザインという新技術で20代にして「オン・ザ・エッヂ」を創業した堀江とスタートがまず似ている。最初は技術屋さんだったわけだ。
鮎川が広く知られるのは1928年に義弟の久原房之助が資金調達に行き詰まって投げ出した久原鉱業を引き受けて以降だ。
当時の金融恐慌のあおりで「久原財閥」も危機に瀕していた。とりあえずの借金返済をした後に鮎川は日本産業という持ち株会社を作って久原鉱業の鉱山製錬事業を日本鉱業という事業会社として虎の子の戸畑鋳物とともにぶら下げた上で日本産業の株式を公開する。
戦前に持ち株会社の例は財閥を中心に多く見られるが財閥家族が閉鎖的に株券を保有して、いわばその使用人が運営に当たるという形が大半だった。持ち株会社は金融恐慌後に大再編された5大銀行と密接不可分であり、各事業会社は持ち株会社=本社に経営権を握られ、銀行から融資を受けていた。
久原財閥のような新興財閥は第一次世界大戦による「大戦景気」で巨額の借り入れを銀行から行って対抗したが、この方法だと台湾銀行の7割の融資を受けた鈴木商店が倒産したように「親ガメこけたら」形式で恐慌時に激しく淘汰されていった。
鮎川はそのどちらも選ばず持ち株会社の公開という当時ではアッと驚く奇手に打って出た。三井・三菱などの従来の財閥が持ち株を公開するのは1931年の金輸出再禁止をにらんで悪どい為替差益を稼いで世間の大ブーイングを浴びた結果のアリバイ作りに過ぎない。
この金輸出再禁止以降の高橋財政による経済再建と同年の満州事変が鮎川にとって一挙に追い風となる。彼は日本産業傘下の事業会社の株式を続々と公開して資金を獲得し、そのお金を元手に企業の買収や自動車産業への進出など新規計画をぶち上げ、それがさらに日本産業の株高を呼び、株式交換でさらなる企業買収を進めてはリストラやら統合やらを駆使して優良企業に仕立て直して上場し・・・・というビジネスモデルを確立した。
世にいう「日産コンツェルン」の誕生で、現在の日産自動車や日立製作所を抱える財閥に急成長する。
無料プロバイダという当時は画期的発想で100万人以上の会員を集めたもののプロバイダ料金の急低下と広告料でまかなうとの戦略が陳腐化して民事再生法を申請して破綻したライブドアを受け継いだ堀江のその後と確かに似ている。
どちらも特定の金融機関からの間接融資に頼らず市場から直接調達して急成長した。既存の大企業がブーイングを浴びている点や金輸出再禁止という金融緩和局面にあったことなど時代背景にも共通項が大きい。
さて問題はその後である。日産は戦後に財閥解体の憂き目をみた。他の旧財閥は後に再度グループ化したが日産だけはバラバラになってしまった。鮎川自身も戦争犯罪人の容疑で巣鴨の拘置所に2年近く拘置された。出所後は国会議員を務めたり中小企業の振興に力を注いだ。
ホリエモンの「日本政府のやり方がまずかったわけです」の「日本政府」を検察に置き換えれば(検察は紛れもなく日本政府の一部)「鮎川が悪かったわけではなく」も同様に「堀江が悪かったわけではな」いとなろう。
鮎川も堀江も拘置所に放り込まれた。鮎川の場合はバラバラになる日産コンツェルンを惜しんで多くが戦後の再起を望んだが一説には「一度やったことはやりたくない」といって慈善家のようになっていった。堀江およびライブドアも同じ道をたどるのか。もしそうだとすれば冒頭の堀江発言は自己の破滅をも予感した恐るべき洞察ということになる。
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コメント
鮎川と堀江は別次元の人間で、鮎川は国家的罪で牢屋にはいったが、堀江はあくまでも自己責任。時代背景が違うせいか、愛する日本のためにという言葉ではなくファンのためにやっているという姿勢が決定的差異だったかもしれない。
投稿: モクモン | 2008年6月10日 (火) 23時53分