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2006年1月28日 (土)

鈴木宗男の個人情報保護法改正論(上

鈴木宗男の個人情報保護法改正論(上)

月刊『記録』06年1月号に鈴木宗男衆議院議員の「私が個人情報保護法改正を訴える理由」を掲載した。今回から2回にわけて転載する。
鈴木議員は北海道の地域政党「新党大地」を結成して05年9月11日の衆議院議員総選挙で当選、国会議員に復活した。それ以来「個人情報保護法から国会議員と指定職の公務員を除外すべき」など同法に対する批判的な意見を述べている。

【以下本文】
●公権力が結託して作り上げた悪法
 そもそも、個人情報保護法は個人情報の流出を防ぐため、いわば国民を守るためにできた法律であるはずなのです。全国の自治体をネットワークで結ぶ改正住民基本台帳法が成立し、社会全体が「高度情報化」といわれる中で、個人情報の利用機会が以前とは比べものにならないほど拡大し、それを法律で守ることが必要になった・・・・との論理でした。
 ところが現状では、国会議員やいわゆる高級官僚など国民に対して説明責任を負うべき立場にある人が、説明どころか都合の悪い情報を外に知られないようにするという目的でこの法律を悪用しようとしています。
 私は国会議員に加えて指定職の公務員もまたこの法律から除外せよとこれまでにもメディアなどで訴えています。「指定職の公務員」とは国家公務員の中でも事務次官や外局、試験所、研究所の局長といったエリート中のエリートで、彼らは国会議員と同じく権限があり説明責任を負っている。だから除外せよというわけです。
 国会議員は唯一の立法機関である国会で法律を作るという国権の最高機関を担う立場にあり、指定職以上の公務員は議員内閣制では彼らの上司に当たる大臣や長官のほとんどが与党の国会議員から選ばれるという意味で政府と一体ですから、お互い権力を握るもの同士で自己保身を図る、という魂胆がミエミエなんですね。

 私は平成14(2002)年に皆様ご承知のようにマスコミから激しいバッシングを受けました。もしあの時に個人情報保護法があれば私はあれほどまでには叩かれなかったでしょう。
 したがって平成17(05)年から再び議員として活動するにあたっても、同法があるということは自分を守るということだけを考えれば便利な法律であることは確かで、本来ならば「さらに強化したい」という立場であって当然だと国民の皆様はお考えでしょう。なのになぜ鈴木宗男は反対するのかと不思議にお思いになるかもしれません。
 しかし、そうした経験があるからこそ私は反対するのです。平成14年当時のいわれなき報道やバッシングに遭って、ご存じのように収賄罪で逮捕・起訴されて拘置所に保釈もかなわず長い間入れられ、私はつくづく考えました。
 それは「マスコミ、メディアも結果的には権力に使われていたのだ」ということです。外務省は改ざん文書、たとえば平成13(01)年3月にロシアのロシュコフ外務次官に私が歯舞、色丹の二島先行返還論を非公式に打診していたということまで、省内で恣意的に事実を捻じ曲げてリークし、マスコミはそれを鵜呑みにして報道しました。
 権力の立場にある者(私の場合は外務官僚)が情報を誘導してマスコミが利用され、さらにそれに検察などの捜査当局までが加わり、「鈴木をやるぞ、やるぞ」とヒートアップしていく。そして次第に何がもともとの争点だったのかさえもわからず仕舞いのままに、ただ単に「鈴木排除」だけで盛り上がっていってしまいました。
 すべて外務省、検察を始めとする公権力にある立場が情報を勝手気ままに自分たちの都合のいいように操作したからなのです。

 個人情報保護法がある現在では私が受けたそうした情報操作がさらに容易になったといえます。だから危険なのです。そういう意味ではまったく国民が守られない法律ともいえます。権力が説明責任から逃れられるわけですから国民の「知る権利」が侵され、日本が権力の座にある者の思うままに動かされてしまうということですから。
 日本国憲法の第43条には「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」とあります。国民を代表して国政を進める立場である国会議員が、自分たちの都合のいいように法律を作り、都合が悪いことがあっても個人情報保護法を盾に自分たちの身の安全をはかるという構造はとても健全とはいえません。
 国民の代表、つまり公人中の公人であるからこそ、一般の方では国民に知らせる必要のない言動でも公人ゆえに知られなければいけないこともあるはずというのが真っ当な国会議員のあり方であるはずなのに、むしろ現実ではその逆の道をたどりつつあります。

 個人情報保護法の法案はまず平成14(02)年に提出されましたが激しい反対があって廃案となりました。にもかかわらず翌年3月に再提出されて可決されるわけです。
 この時期の私は議員ではありませんでしたが、法案を冷静に読んでいくうちに、経験則からこの法律が公権力を守り、国民にとってはプラスにならないと判断しました。ですから、私がいつから個人情報保護法に反対なのかといえば、法案を知ったときから批判的だったということになります。
 また、この法律では新聞社や報道機関、政治団体などは適用から除外されることになっていますが、出版社はその中に含まれていないという点も大問題です。週刊誌に散々叩かれた私が言うのだから間違いありません。
 つまり大新聞はそれなりに守られてはいるけれど、週刊誌や少人数で作っているミニコミ誌などはすぐに潰されてしまう危険性もあるわけですよ。身近な週刊誌などを排除して国民にはわかりにくい形で言論を密かに制限しようとしている意図が見え見えです。ここにも権力の立場にある者が自らを守るという構図がありますよね。
 だから、逆に出版社などに聞きたいのは、なぜもっと法律が成立するまでに本気で反対の声をあげなかったのか、ということですよね。もっと本気になっていれば変わっていた部分もあるかもしれません。

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