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2005年12月 2日 (金)

天皇家の男系を守る方法

「男系を守れ」との声が案外と多いのには驚いた。ならばその方法を具体的に考えてみよう。
ただし関係する人物の人権を考慮しないとの前提を付しておく。なぜならばどうしても人権侵害になるからである。もっとも人権侵害を前提にしないと男系を保てないということは男系を主張する者にはいっておく。したがって私の本意ではないことも。
なお皇室典範の改正部分は最低限で解釈によってはより広範囲の改正が必要になる点もご理解いただきたい。

1)戦後に皇籍離脱をした男系男子を皇太子殿下の次世代の皇太子とする

皇室典範9条と15条を改正して養子として迎える。最大の問題はそれで「国民の総意」が得られるかだ。現に皇族として生まれ育った内親王が何人もいるなかでの行いである。
しかも1人の男系男子を皇太子にしても解決にはならない。内親王の宮家設立を認めない現行の皇室典範のままだとしたら皇族は天皇家だけになってしまうから後が心配すぎる。といって12条を改正して内親王に宮家を継がせたからといって男系が維持できるわけでもない。
単に問題を先送りするだけだ。先送りの方法としてはドラスチックすぎるともいえよう。といいつつ、やるなら今すぐでないといけないとの矛盾がある。該当する男子は現在3人ほど。幼ないうちに皇族に復帰すればまだ何とかなる。

2)愛子内親王の結婚相手(皇婿)を戦後に皇籍離脱をした男系男子とする

皇室典範1条を改正して愛子内親王が女帝として即位し、その男子で皇統を継ごうというアイデアの持ち主が唱えそうだ。
ただ内親王の宮家設立を認めなければ皇族は天皇家だけになるとの問題からは逃れられない。愛子内親王と皇婿の間に男子が生まれなければアウトである。12条を改正して内親王の宮家を認めても女系になるという点は1)と同じ。
皇婿を皇族とするならば5条以下も手直しする必要があろう。

3)愛子内親王以外の内親王と戦後に皇籍離脱をした男系男子を結婚させて宮家とする

皇室典範12条を変える。戦後多くの宮家が皇籍を離脱させられたが、それでも天皇家以外に秩父、高松、常陸、三笠、秋篠、高円、桂の7宮家(順不同)が通算して存在したか存在している。数は決して少なくはない。それでも現在の皇太子殿下の次世代に当たる男子は生まれなかった。
何か原因があるのか単なる偶然かはわからない。だが戦後の通算7宮家と天皇家の8家をもってしてもかなわなかった男系の跡継ぎを望むならば現在の内親王すべてに3)のような手法を用いても決してやりすぎではない。むろんその部分の皇室典範は改正しなければならない。
問題はそう都合よく運ぶのかである。現在の内親王のご年齢と皇籍離脱をした男系男子の年齢とを付け合わせていくと(さすがに具体名は勘弁。いくら人権には配慮しないといってもとても書けない)かなりの無理がある。
仮にできたとしても問題は残る。そこで男子が誕生したとしても現在の皇太子殿下の次の次の世代ということになる。すると皇太子殿下の次は誰にするかがわからない。それとも幼帝を認めるか。

4)側室制度を認める
皇室典範の「嫡出」をどうとらえるか。ここでも戦後8家もありながら男系男子が続かなかったとの問題を無視できない。具体的には皇太子殿下に側室を認めたとしても、それで男子が授かるとは限らないから1)と2)のところで紹介したのと同じような問題先送りの方法にすぎない。
男系維持の方法としては3)よりも確率が低い。いくら男は何歳でも子どもを作る能力があり得るといっても現在の皇族で現実的なのは皇太子殿下を除けば秋篠宮殿下しかいない。
だったらお2人に側室を何人もつけるしかない。それこそ「国民の総意」を得るのは、ある意味1)よりも難しかろう。

1)から4)までをいろいろと組み合わせる
何が何だかわからなくなる。

1)を除くと原則的に現在の皇族を最大限尊重した方法である。それがかなわないならばいっそのこと皇室典範をガラッと変えて戦後に皇籍を離脱した宮家自体を復活させるしかあるまい。

伏見、閑院、山階、北白川、梨本、久邇、東伏見、竹田、賀陽、朝香、東久邇の旧11宮家で現在まで男系の当主が残っているのは伏見、北白川、梨本、久邇、竹田、賀陽、朝香、東久邇の8宮家。
さらに旧宮家からの男系の養子を迎えないと断絶しそうな前3家を除いた久邇、竹田、賀陽、朝香、東久邇の5宮家を復活させる。すべて伏見宮の系統であるから宗家は養子を得ても残す必要があるというならば6宮家である。

伏見宮の歴史は古い。南北朝時代の1348年に北朝3代として即位した崇光天皇を祖とし、第1皇子栄仁親王を初代とする宮家だ。約650年前にさかのぼる淵源をたどって「古すぎる」という批判がまず大きい。そこまでして男系を見つけてきてどうする、とね。
ただし伏見宮家からは15世紀初頭に102代後花園天皇が即位していて、以後118代後桃園天皇まで続いた。しかも119代光格天皇から今上天皇まで続く系統も閑院宮すなわち伏見宮系統なので102代以降125代の今上まで広い意味では伏見宮系ともいえなくもない。
何といっても伏見宮系のたくましさが頼りになる気もする。奈良時代の称徳天皇の薨去後に後を継いだ天智系と同じ役割が期待できる。
閑院宮系は光格帝即位以来、現在まで225年続いてきたわけだから私の生きているうちに「政権交代」を見てもみたい。なかには一度も皇族にならないまま人生を終えた方もいるから追号のようなことも考えなくては。祭祀の継承も難問だ。近いところでは有栖川宮廃絶の際の・・・・

・・・・って私は何でこんなマニアックなことを書いているのだ。何だか「伏見宮家を復活させよ」みたいなタイトルの文章になってしまっているぞ。系図やら史料やらを引っ張り出すと史学科生の時分に戻ってしまう。でもせっかく書いたからアップしちゃおう。おしまい。

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