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2005年12月

2005年12月25日 (日)

鈴木宗男が個人情報保護法改正を訴える理由

小誌新年(06年)1月号に「私が個人情報保護法改正を訴える理由」と題して鈴木宗男衆議院議員の見解が掲載される。
以前にも紹介した通り彼の主張は「個人情報保護法から国会議員と指定職の公務員を除外すべき」という実に真っ当な内容である。

天下の悪法を小泉内閣が通して以来、その改正や廃止を求める声が徐々に小さくなっていった。今ではほとんど聞こえない。事業会社は今年4月の施行に合わせて「ああだこうだ」と対応に追われたが法自体には羊のように従順である。
小誌は断固として個人情報保護法反対である。ぶっつぶすのみである。この1点だけで小泉政権は最低最悪のレッテルを貼って何らおかしいとは思わない。
だが失礼だが「疑惑の総合商社」とまでいわれて逮捕され、いまだ刑事被告人でもある鈴木議員が個人情報保護法改正を訴えるのは当初いささか奇異に感じた。小誌へ見解を寄せてもらいたかったのも私のこうした疑問に端を発したといって過言ではない。

鈴木議員は小誌での記事で
「私は平成14(2002)年に皆様ご承知のようにマスコミから激しいバッシングを受けました。もしあの時に個人情報保護法があれば私はあれほどまでには叩かれなかったでしょう」
と同法が自身に役立つ効用は認めている。しかしここからが並みの展開ではない。「しかし、そうした経験があるからこそ私は反対するのです」と意外な論理を繰り出す。

「いわれなき報道やバッシングに遭って、ご存じのように収賄罪で逮捕・起訴されて拘置所に保釈もかなわず長い間入れられ、私はつくづく考えました。それは『マスコミ、メディアも結果的には権力に使われていたのだ』ということです」(小誌06年1月号より)
拘置所で権力の座にあった者が通常「つくづく考」えるのは一刻も早く暖房も冷房もない檻から脱出することであろう。傲然と構えていた政治家も大半は検察官の前にひれ伏すものだ。だが鈴木議員は別のことを考えていた。大した胆力だと驚かざるを得ない。

その結果、次のような結論に達する。
「権力の立場にある者(私の場合は外務官僚)が情報を誘導してマスコミが利用され、さらにそれに検察などの捜査当局までが加わり、『鈴木をやるぞ、やるぞ』とヒートアップしていく。そして次第に何がもともとの争点だったのかさえもわからず仕舞いのままに、ただ単に『鈴木排除』だけで盛り上がっていってしまいました」(同)
当時のムネオ騒動に情報操作があったのは今では公然の秘密である。与党の国会議員であるだけでなく、当時の鈴木議員は旧橋本派の要職にあって場合によっては総理総裁の目もあった有力者であった。
それほどの位置にあっても「やるぞ、やるぞ」のムードには抗しがたく「盛り上がってい」った結果を鈴木宗男本人は保釈さえ許されぬ拘置所のなかにいる自分というヒリヒリするような実存によって痛感した。
ありうることではある。だが奇跡的な邂逅でもある。

見解には私の方が「痛い」指摘もある。
「この法律では新聞社や報道機関、政治団体などは適用から除外されることになっていますが、出版社はその中に含まれていないという点も大問題です。週刊誌に散々叩かれた私が言うのだから間違いありません」
「逆に出版社などに聞きたいのは、なぜもっと法律が成立するまでに本気で反対の声をあげなかったのか、ということですよね。もっと本気になっていれば変わっていた部分もあるかもしれません」(同)
形なしである。自分を「やるぞ、やるぞ」の尻馬に乗って散々叩いた週刊誌などの出版メディアを彼は守るために戦うというのだ。そういう自由がなくてはならないと主張する。挙げ句の果てに出版社は何やっていたんだと疑問視される我らが体たらくは恥じ入るばかりである。

鈴木宗男は本気である。個人情報保護法を「法律をかくれみのとして使い、情報隠しや操作で国民をだまし、陥れようとする悪法」と切り捨てている。小誌のようなミニコミにまで意見を発信してくれた。
彼が問われている罪は罪であろう。しかし論告求刑通りの判決が仮に確定したとしても、その罪よりも今に至るも個人情報保護法改正を訴える功に比べれば小さいというのが私の思いだ。だから明け透けに応援する。頑張れ!鈴木宗男。

【お知らせ】
明日より6日間、休載の予定です。何とか年越しのメドを立てて年末年始に再開したく存じます。気高き読者の皆様。申し訳ありません

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2005年12月24日 (土)

アニマル浜口・浅田真央・ディープインパクト

アニマル浜口と娘の京子の二人三脚は美談なのだろうか。京子の心境はともかくアニマルの場合はあの「気合いだー」連呼を聞くだにルサンチマンを感じて仕方がない。
大半の人は「アニマル浜口は元プロレスラー」との認識しかない。それも道理で彼のレスラーとしての人生の大半はマイナーであった。
馬場の全日本、猪木の新日本が2大勢力をなしていた時代に国際プロレスという第三の団体に加入して苦労を重ね、国プロが経営危機に陥ると国プロの存続をかけるという名目(プロレスの名目はほぼ文字通り名目にすぎない)でラッシャー木村らとはぐれ国際軍団を結成して新日に挑むという形で立て直しをはかるも失敗。
その後は長州力らとジャパンプロレスを結成して今度は全日を相手に団体を維持しようとしたが失敗した。
国プロ時代から引退まで常に弱小団体に位置し、その団体でさえ主役を張るほどの実力はなく、あえていえば外連が売りの色物であった。「気合いだー」も国プロ時代からのくさいパフォーマンスの域を出ておらず、本来ならば見られた代物ではないのである。

結局は娘・京子がメジャーに扱っていいスポーツで(プロレスは違う)活躍し始めた際に調子に乗って現役の頃のようなパフォーマンスをしたら意外に受けたというのが真相だろう。
ほどほどの知名度というのも幸いした。仮に猪木の娘が京子の位置にいて猪木が「ダッー」を連発したら「また商売かよ」とさすがに取り上げなかろう。
ただしアニマル浜口は他にもプロレスラーを育てた名伯楽ではある。名伯楽にはルサンチマンの持ち主が多いというのは私の見解でもある。
ある高校野球の名伯楽(監督)は甲子園で歴史に残る大逆転劇で勝ったチームの主将だったことを自慢していた。しかしよく調べてみるとその試合でその監督は大逆転劇の回に代打を出されている。そのことは絶対に口にしない。ルサンチマンは育成での復讐を可能にする原動力になる。
だからアニマルがルサンチマンを抱いていること自体はプラスでさえあるといえるが、それが憶面もなくテレビ画面で流れ、それをストレートによしとする風潮はやはりゆがんでいる。

フィギュアスケートの浅田真央が年齢制限からトリノ五輪に出られないことであれこれ言われているが私にはすべて偽善に聞こえる。
医学的見地もルールは曲げられないとの意見もすべてデタラメである。医学的見地からダメならば五輪以外の大会やジュニアの大会を開くこと自体おかしいし、欧米を生誕地とする近代スポーツでアジア勢が活躍すると欧米人に有利なルール変更をするのは日常茶飯事だから気にすることはない。
となると浅田真央の出場に賛成かというとそうではない。賛成派のきれいごとの裏には「マオを出せば金メダルかも」との島国根性があるからだ。マオをダシにいい気分になろうとの卑しさが透けて見える。
もっと重要なのは15歳未満で全盛期を迎えているとしたら、そもそもそれはスポーツかとの疑問だ。身体が成熟するとトリプルアクセルが今のように簡単に飛べなくなるとの説をしたりと唱える輩がいる。語るに落ちたとはこのことで、ガキだからできる技を技術だ芸術だと持ち上げるルールにスポーツを名乗る資格はあるまい。

今やスポーツ番組もスポーツ紙も競馬の有馬記念一色である。注目はもちろんディープインパクト。でも競馬ってスポーツだったっけ。あれは単なるギャンブルでしょう。
東京三菱銀行の支店で顧客の口座から約10億円を横領していた元派遣会社の女性の夫(共犯で逮捕)は日に数百万円を競馬に突っ込んでいたという。基本的に社会悪なのだ。それを美々しく飾り立てる。偽善のにおいがプンプンする。
浅田真央の出場・不出場で生きるの死ぬのはないが有馬記念の結果として夜逃げや首つりをする人が出る可能性はあるのだ。それをシレッと報道してプロレスはスポーツじゃないと報道しない姿勢もまた偽善である。

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2005年12月23日 (金)

男に髪の毛は不要だ

姉歯秀次元1級建築士の喚問をみていてしみじみと想った。彼の髪の毛は真実はともかく見た目は「偽装」としか思えない。姉歯証言を流用すれば「これ以上は無理です」「これ以上はできません」という髪の偽装を「暗黙の中で」「理解してい」るとなる。
からかっているように読めたらごめんなさい。言いたいことは正反対で一体そこまでして何で髪の毛にこだわるのかが知りたいのだ。

私は「男に友人と髪の毛は不要だ」との信念を持っている。アホな信念だな。でも髪の毛が何に役立つのかと聞いて納得できる答えを得た試しがないのだ。
「ハゲ」というのも男の弱点を突いた「いじめ語句」であると流布されているが私はどうも納得できない。

そもそもヒト科は毛を極端に持たないのが一大特長である。
ダーウィンの自然淘汰説を信じるならば不要または有害だから去ったのであろう。陰毛はそこに生殖に不可欠な器官が存在するランドマークの役割を果たすといえる。多少は防衛力もありそうだ。男にあって女にない胸毛は、これまた性衝動に欠かせない女性の胸部を毛で覆うのは有害だからであろう。
しかし髪の毛は何だ。
人体の司令塔たる頭部を守るためと一応位置づけたにしても髪の毛が外部からの衝撃に有効な役割を果たすとは思えない。他の役割も考えられない。
髪の毛の歴史を調べると大半が象徴的意味しかない。それもタブーの方向性にあったかと思うと生命力のシンボリックな意味合いを込めたりとマチマチである。つまり人類が共通して維持すべき価値観があるというわけではない。

男性芸能人にはいわゆる「黒い疑惑」の持ち主がいる。生え際は年齢とともに後退するのが自然だが時折前進してくる方がいる。この点に関しては芸能人の「ハゲ」は商売道具であるイケメンからの転落を防ぐ必然性があると推察されよう。
ということはイケメンにおける頭髪の不存在はその概念の中核をなす「若さ」の喪失を意味すると解釈できる。だから彼らは熱心に隠すわけだ。
しかしそれは元イケメンにしか通じない、つまり男性の1割程度しかカバーしない論理でもある。イケメンでなくモテない男は若くてフサフサでもモテないわけだから髪がなくなったからどうともあるまい。ゼロに何を掛けたってゼロである。

私はモテない男の方だから髪の毛がジャマで仕方がない。そこで何ミリという程度まで理髪店に行くたびに刈り上げている。本当はスキンヘッドにしたいぐらいだが、それこそアナキストに見られるか、逆に「頭を剃り上げ鋼の拳」などと謳うネオナチと勘違いされるのでやめている。
正確にいえばどう思われても構わないのだが取次様に怪しまれて「あいつはヤバいから減数しよう」などとご決断なさる材料になるのだけは恐いので残してあるにすぎない。

超短髪は快適である。シャンプーはわずかしか消費しないし、アッという間に洗髪は終わるし、乾燥させたり調髪する手間もない。基本的に清潔でもある。
問題は勝手に伸びてくることだ。私の場合は髪の毛が耳にかかるぐらいになるともう堪えられない。それでもたまには伸びた姿を鏡で見る。別に魅力や若さが増したとは感じない。かえってオタクっぽさに磨きがかかるような。髪質がベタアとしているのでこのまま伸ばすとカツラに見えるやも知れぬ。地毛なのにカツラと疑われて見場も悪くなるなら切るに越したことはない。さっそく理髪店に直行だ。
こうした感想が言えるのは私がまだハゲていないせいなのか。しかし私は生えてこない、つまりうざったい髪の毛とおさらばできている人がむしろうらやましい。いったんその兆候が出るや今度こそ思うさまにスキンヘッドにできる。取次様にも「いやあハゲまして」と申し上げればお許し願えよう。
だがハゲてもいないのに「いやあハゲまして」とは言えない。うそをつくことになるし、何しろハゲる経験をしていないのにそう言う心境を自分では許せない。手に入れていない状況をあるようには言いたくない。

なぜ私はハゲないのだろうか。超短髪にしていて毎日ガシガシと洗髪(というか洗頭に近い)しているから頭皮は清潔かつ刺激的。そのお陰だったりして。とことん能書きがつく。面倒この上ない。

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2005年12月20日 (火)

芸能人の「学校と芸能活動の両立」

何とか時間が取れたので更新します。

タレント、アイドル、俳優などとさまざまに呼ばれる「芸能人」は情報化社会において大きな影響を与える。最近では芸能人がお勧めというだけで本が売れる時代だ。まことに嘆かわしいが現実がそうだから仕方がない。
小泉首相は目ざとく、そうした傾向を見抜いた。自ら「何てったってアイドル」のキョンキョンをもじり、アイドル性の高い候補者を立て、くさい芝居仕立ての「小泉劇場」を演出する。テレビの効用を初めてフルに利用した首相といえるかもしれない。

芸能人を通して人は何かを理解しようとする。芸能人の子育ては一般人の子育てとは違わない。芸能人だからいきなり20歳の子どもが生まれるわけではなく赤ちゃんは赤ちゃんだ。
なのに「芸能人○○さんの子育て」との講演を打つと特に田舎では人が集まるのである。
闘病記も夫婦関係も似たようなもので一般人のそれと変わりようがないはずだ。ガン細胞は芸能人だから攻撃的になるとか手加減するといった判断はしない。なのに人々はありがたがる。バカげた話だが彼ら彼女らが象徴的存在になっているのは間違いない。

だとすると芸能人の側に立てば「普通のことをしているだけなのに特別視される」となる。これが商売上有効に働くのだから、そうではない人が気の毒がる道理はないのだが、未成年や大学生ぐらいまでの若者となると無視するわけにもいかない事情があるのを紹介したい。
15歳までは児童福祉法や労働基準法などの法規が芸能活動を制約しているが16歳以上になると事実上無防備になっているのが現実だ。つまり高校生や大学生の芸能人は「学校と芸能活動の両立」という難問を抱えている。

高校・大学に通いながら芸能活動をしている人に話を聞くたびに、彼ら彼女らは「勤労学生」なんだと痛感する。働きながら学校に通っているという点では苦学生と何ら変わりがない。だが苦学生にはあって芸能人にはない問題がいくつもある。
最大のポイントは「勤労学生」と回りが見ないことだろう。下手をすると楽しい仕事をしながら生徒・学生であること自体を疎んじる視線がある。勤労学生の授業中の居眠りには寛容でも芸能人には刺すような視線が注がれる。
他方で芸能人だからと異様に寛容になるとの正反対のベクトルが働いて、それはそれで芸能人当人にとってはつらいらしい。

さて高校と大学は義務教育ではない。したがって「学校と芸能活動の両立」ができなければ学校の方を辞めればいいとなる。それは正論なのだが実際にはどうであろうか。
現実問題としてもはや高校は義務教育に近い。大学・短大も高校生の約4割以上が通う時代である。したがって両立できねば辞めればいいと芸能活動をさせる側が開き直るような時代でもないのである。

16歳以上22歳以下の学校に通う芸能人を大ざっぱに2つにわける。
1つはすでに売れっ子になっている場合だ。その場合は所属事務所にかなりの要求ができる。実際には当人というより親が要求するケースが多い。学業に専念する時間を空けてもらうなどである。
ただ現時点で売れっ子なので仕事をセーブしてもどうしてもはずせない主役級のものはこなすしかない。帯ドラマなどなおさらである。こうした場合の収録はどうしても学校の授業時間に重なる。特に高校の場合は思い切りバッティングする。すると結局は大幅に欠席せざるを得なくなる。
この年齢で売れっ子の芸能人の多くは取材者の立場で厳しく見ても相当な努力家が多い。だからわずかな時間を生かしては必死で高校に通う。だが単位の充当にはなかなか至らない。となると結局は中退したり「特別扱い」で卒業させてもらって白い目で見られる。
もう1つはまだブレーク前の芸能人だ。彼ら彼女らは事務所のいいなりである。事務所も売りたいからドンドン仕事を放り込む。制作側もブレーク前だから容赦がない。とても学校には通えない。

先述のように高校が義務教育化している以上、18歳までの芸能人は法的な仕組みで学業優先にせざるを得ないようにすべきである。その上で芸能活動を優先させる選択をした場合には高校を辞めればよろしい。
民放はともかくNHKまで高校の授業時間帯に仕事を入れるのはとんでもない行為である。

大学の場合は高校よりは自由度が高いが必修科目に仕事がぶつかれば卒業できない点は高校と同じである。
現在、大学3年の途中から就職活動をしなければならぬ風潮が一般的だが、本来は論外である。大学の授業があるとわかっていて会社説明会を開いて恥じない大企業がのさばっているのが我が経済大国の正体なのだ。
まずこうした大企業の姿勢を厳しく取り締まるべきである。明らかにモラルに反している。それができないとせっかく大学に合格しながら通えない「勤労学生」芸能人を救う手だてがない。

該当する芸能人の、とくに真面目な人の多くが悩み、しかして表立って不満を述べる機会も自由もないとの現状を私は知った。ならば代弁しておこうと思った次第である。

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2005年12月19日 (月)

「ウザい」「クサい」「ヤバい」「キモい」攻撃

青少年男子を凶行に走らせるに刃物は要らない。「ウザい」「クサい」「ヤバい」「キモい」との言葉の攻撃を浴びせればいいのである。「ヤバい」にのみ若干いい意味も含まれるがたいていの青少年は傷つく。そして「キレる」との逆襲に転じるのである。

こうした言葉に苦悩している青少年よ。心配するな。私もそうであるが全然気にしていない。それどころか堂々としている。
だから結婚できないんだとか、それ自体が逆ギレだとか、お前がそうであっても全然励ましにならないとの意見もあろう。すべて却下する。

要するに私はブタなのだ。太ってはいないけれども「イメージはブタ」なのである。

ブタが寄ってきたらウザい。ブタのくせに人語をしゃべったり意見を言ってもウザい。それが正論だったり人様に恋をしたりすればキモい。
ブタは本当はきれい好きだがイメージとしてのブタはクサい。そんなこんなを全部ひっくるめてヤバいというわけ。

誰も期待していないだろうがさらに詳細に分析する。
最大の原因は容姿が醜いという点である。見場が悪いから少しでも動くとキモいのだ。それは認める。私の容姿は間が抜けている系だと以前に書いた。ところが口は達者である。
ボサッとした間抜け面から速射砲のような発言がよどみなく続けば正常な人は「あり得べからざる事態」と警戒し、そのずれをキモいで片づける。
ほめてくれる人でさえ「見かけとのギャップが大きいね」という。それがキモさの正体だ。私は水泳が得意であるが「えーっ!泳ぐんですかあ」と以前にバイトの女子大生から驚かれた。確か昔の東京スポーツの見出しに

ジャイアント馬場激怒 俺の趣味が読書でどこがおかしい!

というのがあったとの記憶があるがこれに近い。近くないって?近いのだ!

次にウザいである。これは前述のように「寄るな」ということだ。私の平均の体温は36.5度だ。ところが最近の若者は35度台が主流となっている。
実はこの変化は基本的に衰弱なのだ。体温の高さはウイルスなどへの抵抗を高める。バカ親がインフルエンザにかかった子どもに解熱剤を与えて脳症が続出している。人は体温を高めて戦うのである。
しかし低体温で衰えている者は頭も衰えていて自分より基礎体温が高い生命体が寄ってきたら文字通り暑苦しいとだけ感じてウザいとなる。暑苦しい男は生命力が強いのだ。それをウザいと感じる側は死にかけているのだ。
かてて加えて私は以前は多汗であった。醜悪な容姿の男が汗をかいていると実にウザいらしい。ちなみに美男子の汗は青春の象徴だそうな。もう一つちなみにいうと両者の汗の成分に違いはない。汗が無臭である点も同じであるはずだ。
しかし今は本当に汗をかかなくなった。ただしこの変化は多汗から「老い」に入れ替わっただけである。老いぼれてきたオッサンはウザくて当然だ。

さてクサいである。人は皆くさいのだ。しかし格好悪い男はダイレクトにクサいと嫌われ、美男子はフェロモンとか呼ばれる。同質なのにこの扱いの差は何だ。
クサいに関しては時代の変化も感じる。私が子どもの頃は本当にくさい子がいた。私とて小学校低学年までは銭湯通いの身分であったが、その子らは本気で貧しかった。
家を訪れてビックリした覚えがある。川べりにウナギイヌ夫妻の家のように建っていたり「家と呼べというならば家」と表現するしかない拠点に起臥していた。着るものも銭湯代にも事欠くようで文字通りくさかった。その点でいじめられてもいた。
クサいとはすなわち貧しいの転化である。「手前は貧乏くさい」のクサいである。ならば一向に気にすることはない。資本主義社会は貧富の差を容認するが貧しいから人権を制限されるわけではない。クサいを連発して有卦に入っている者はそれさえわからぬバカである。貧しい方がバカより数段人間としてはマシである。いわせておけばいい。

ヤバいは先述の通り良い意味も含む。私を「アナーキー(無政府主義的)な雰囲気ですね」と称する方がいらっしゃった。これなぞヤバいを遠回しに表現した結果だろう。良い意味も含むならば良い意味だと解釈すれば終わりなのだ。

「ウザい」「クサい」「ヤバい」「キモい」の逆は清潔で透明感があって階調を刻んでマッチョな人物像となる。やなこった。少なくとも私はゴメンである。そういうタイプが敵空母に特攻せよと命じられると迷いなくハイというのだよ。それで死んで英霊になってもつまらない。
「ウザい」「クサい」「ヤバい」「キモい」攻撃に悩む者よ。あなた方はどうなんだ。やっぱりゴメンならば気にする道理がそもそもないから言わせたいだけ言わせればいい。

【お知らせ】
明日から3日間休載させていただきます。毎日読んで下さる一握りの、しかし気高き読者の皆様すいません。書きたいことは山ほどあるのですが年末年始に片づけるべきこともまた山のようになり後者の山を越えないと前者の山に挑戦する前に息絶えてしまうとの切実かつ情けない理由によります。どうかご容赦。

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2005年12月18日 (日)

姉歯vs木村の喚問をネチネチ読み解く

◎刑法246条【詐欺】人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
◎議院証言法4条 証人は、自己又は次に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときは、宣誓、証言又は書類の提出を拒むことができる。
◎同法6条 この法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する。
◎同法7条 正当の理由がなくて、証人が出頭せず、現在場所において証言すべきことの要求を拒み、若しくは要求された書類を提出しないとき、又は証人が宣誓若しくは証言を拒んだときは、一年以下の禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

この辺の計算が姉歯秀次元1級建築士と木村建築、総合経営研究所の証言に如実に表れた証人喚問だった。
13日にも述べたように姉歯元建築士を詐欺罪等の懲役罰でパクるのは非常に難しい。
おそらく証人喚問自体も50万円以下の罰金刑となる建築基準法違反では通常は略式命令程度で終わるので20日+α程度の留置・拘置をするのはどうかとの懸念があったからこそ姉歯元建築士を議院証言法の証言拒否罪または偽証罪で引っ張ろうとの意図でやったのであろう。

当事者の姉歯元建築士には失う物はない。もう1級建築士の資格は失ってしまったし証言を拒否したり偽証してまで守るべき何もないばかりか正直に何もかも言った方が遙かに安全である。だから国会に出てきたし拙劣としかいいようのない質問の連発にも関わらず明確に証言した。
彼にとって正直にすべてを暴露するのが身を守る最良の策である。だから証言内容は信用できる。
となると元建築士の言い分と食い違う木村建設(木村)の主張は偽証の可能性が高いとなる。おそらく当人もわかっていよう。だが偽証で捕まる方が詐欺罪で持って行かれるよりずっとマシだという計算くらい私にもできる。木村は姉歯証言のうち認めると欺罔があったと白状するに等しい部分だけを言い逃れた。
また議院証言法4条の規定で証言を拒めば「刑事訴追を受け」るおそれがあると自ら認識していると、これまた白状するに等しくなる。
喚問が終わるまで捜査当局は本格捜査を行っていない、というか言い逃れさせないためにわざと行わないでいるわけだから「有罪判決を受けるおそれ」を理由にもできない。

【証言要約】
◎姉歯:正規に計算書を作成して提出したが(木村からから)「鉄筋量を減らしてくれ」と。私は「これ以上は無理です」とそのたびに言ってきた。・・・・「これ以上はできません」という言葉の中には(法令違反と)いう意味が含まれているので、(木村は法令違反と)十分に認識があったと思う。暗黙の中でそれは理解していたものと思われる。
◎木村:姉歯氏は構造計算のプロと認識していたので法を犯すとは思わなかった。・・・・法律内で鉄筋を減らすとの問題を経済効果を求めて話したことはあるが強く圧力をかけたとの認識はない。プロの姉歯氏に確認してもらった案件で施工した。

◎姉歯:(木村から)鉄筋量を減らさなければ、仕事を一切出さないということだった。・・・・「これ以上はできません」と言った時に「事務所を変えてもいいんだよ。構造事務所はお前のところだけじゃない」という形で毎回言われる
◎木村:(事務所を変えると)言ったことはあるかと思うが法令順守、法を犯すとの認識はまったくなかった。「変える」ではなく「他にもあるよ」と言ったことがある。

この木村側の証言で最も不可解なのは木村建設は姉歯元建築士を「プロ」として法を守ると信じ切っていたという半面で、その「プロ」が「これ以上は無理です」「これ以上はできません」と答えている鉄筋量減らしができないならば事務所を変えてもいいと押し返している点だ。

小社は出版社として印刷会社などに発注する。一方で資金繰りのために広告などを受注することもある。その感覚でいえば受注側が「これ以上は無理です」と返答するのは本当に「できない」時だけだ。場合によっては赤を覚悟で受注することさえあるから「経済効果を求め」られただけで「無理」とはなかなか言わない。それは木村自身が発注者でもあり受注者でもあるから熟知しているはずだ。
事務所を変えるとか他にもあるという言い方を「無理です」という者にするのも常軌を逸している。

「無理」とまでいう相手の見積もりは2種類ある。
1つは受注側が発注側を素人とみてふっかけている場合だ。だが木村にそれが通じないのは姉歯元建築士には分かり切っているからしないし、木村も数字を乗せているとは考えまい。
となるともう1つの「無理」は無理なんだろうなと納得する場合しかない。そうであれば通常は「他にもある」はずの建築事務所に相見積もりを取って静かにそちらに乗り換える。事務所を変えるなどという言い方は不要だ。それを敢えてしたのはアイミツを取れる建築事務所など木村になかったからだ。そう推察すると経済効果を求めただけという言い分は実に苦しい。
こう推していくと先の不可解の答えはおよそ1つしかない。「プロ」がいう「無理」が「無理」だとわかりつつ、その無理を通せと要求した。なぜならばそれができるのは姉歯しかいないから、である。
したがって「法を犯すとの認識はまったくなかった」など信じられない。だが明白に脱法せよとは言っていないので欺罔の存在をギリギリでかわしたつもりの答弁といえよう。

それにしても姉歯元建築士がもう少しワルだったらな。「事務所を変えてもいいんだよ」と言われた時点で「木村が頼れるのはオレしかいない」と開き直れたはずだ。「どうぞご勝手に」と突き放せば姉歯証言が「木村が下に入っている」といい木村さえ「安くしろといわれることはあった」と認めるヒューザーに今度は木村が泣きつく展開になったであろう。
待てよ。もしかして十分ワルだったりして。その場合「事務所を変えて」法令違反をやってのける建築事務所が自分以外にもあると姉歯自身が確信を持っていたことになる「変えるとすればアソコか」なんてね。となると第二・第三の姉歯がいるとなる。現に今日(17日)の毎日新聞トップは「鉄筋不足は姉歯以外にも13棟」との特ダネを打ってきた。鉄筋不足が耐震性を満たしていないに直結したら事件は底なしだ。

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2005年12月17日 (土)

大連立は憲政党か大政翼賛会か(下)

全政党が解党して大政翼賛会に集結して1国1党となり政党は戦争遂行協賛機関に成り果てた・・・・こうした認識を持たれている方が多いが大政翼賛会とはそうした組織ではない。

兆しは国民の政党不信発生にあった。民政党の浜口雄幸内閣が断行した1930年の金輸出解禁=金本位制復帰の失敗である。
輸入超過分の金流出に合わせて通貨発行を減少させて(兌換保証のため)マネーサプライを引き締めて物価を抑制し、国際競争力を回復しようとの浜口の決断は政策論としては正しいともいえたが不幸にも間が悪かった。前年のウォール街のストック暴落が大方の見立てと相違して世界恐慌として地球規模のデフレに成長したからだ。
適正な物価下落を見越しての金本位制復帰は世界恐慌のバイアスが乗っかって「適正」が「ものすごい」に変化し「適正な物価下落で国際競争力回復」にシナリオは「ものすごい物価下落で企業倒産」に変わった。
政党政治を中核で支えてきた都市の中流層や自作農は「下流」へ追いやられる一方で近づく禁輸出再禁止を見越しての財閥のドル買いによる大もうけが国民の怨嗟を買った。
それを国賊的行為と目の敵とした井上準之助の金輸出解禁死守方針も結果的に意固地となって政策転換の好機を逸した。

中流の没落、財閥の焼け太り、経済的弱者の死活的状況を一挙に生み出した、この「昭和恐慌」は政党の支持を一挙に失わせた。浜口は右翼に狙撃されて翌年死亡、後継の2次若槻は満州事変を止められずに瓦解、犬養は5.15事件で殺害されて政党内閣は終止符を打つ。

といって即刻軍部独裁となったのではない。ただ政党の主導権は回復することなく日本版挙国一致内である斎藤実海軍大将を首班とした内閣を始め、軍部の存在感が強まる中での短命内閣が続いて、その間に日中戦争が始まったこともあって、より強力な政治体制が希求されるようになった。
この当たりはバブル崩壊以後の日本に似ていなくもない。

政党が最初に目指したのは政友会と民政党の2大保守の「大連立」であったが親軍的メンタリティーの議員と飽くまでも議会制民主主義の伝統を守ろうとするオールドリベラリストの歩調が合わずウダウダしているうちに一層国民の支持を失う悪循環となった。
そんな時に近衛文麿が新体制運動を始める。「誰の言うことも聞いて決断しない」近衛らしく優柔不断の態度を取っていたが1940年6月に「新体制確立のために微力を捧げる」声明を出したのを機に政党は片端から解党して近衛新体制への参加を熱望する。
ところが10月の発会式で近衛は「本運動の綱領は大政翼賛の臣道実践に尽きる」「これ以外に綱領も宣言もない」と言ってのけ、のっけから意味不明の団体となった。合流して主導権を握るつもりだった旧政党は議会局という一局に閉じこめられて腹を立て、さっそく翼賛会攻撃を始める始末だった。
翼賛会自体も「1国1党」を左翼思想と非難する観念右翼におびえて単なる「公事結社」で政治活動は禁止となった。

つまり大政翼賛会は最初から政党ではなく途中から政党的機能さえ失っていたのである。左翼とさえ攻撃された存在だ。だから政党同士の「大連立」と比較する対象では本来ない。

むしろ大政翼賛会を「1国1党」イメージにしているのは翼賛選挙の存在だろうが、翼賛選挙と大政翼賛会に直接のつながりはない。翼賛会に大不満の旧政党は41年に翼賛議員同盟を結成した。
翌年に近衛の後を襲った東条英機内閣が翼賛政治体制協議会を結成して、この協議会を隠れ蓑に自分の都合のいい議員だけを推薦する選挙を画した。翼賛議員同盟は協議会に強力に働きかけて相当数の推薦を確保し選挙の結果、協議会の推薦候補が8割以上当選した。
これが翼賛選挙で協議会推薦候補の圧勝とそれを中核とした翼賛政治会の結成をもって東条独裁の元での「1国1党」がなったといえよう。「翼賛選挙」の「翼賛」は大政翼賛会のそれではなく翼賛政治体制協議会からの命名なのだ。
まとめると大政翼賛会は結成時点で機能不全であり、「1国1党」の翼賛政治会も結成後から内紛が絶えなかった。翼賛政治会と大政翼賛会は終始いがみ合っていた。それらも敗戦で、つまりわずか数年で瓦解する。

要するに大連立は口で言うほど簡単ではなく「1国1党」を東条のような独裁者でもクリアに成立させるのは難しかった。大連立とは当然のことながらライバル同士の寄り合いだから足の引っ張り合いが生じやすい。
マクドナルド内閣もまた切り捨てた形の労働党に総選挙で敗北して崩壊する。イスラエルの大連立も「コアビタシオン」も十分な成果があったかというと首を傾げざるを得ない。

とはいえ懸念も大きい。政党政治に対する不信が既存政党の存立意義を危うくし、それに危機感を持った政党が自らの存在再定義のために近衛が作るらしい新体制なる何物かさえわからぬ集合体に期待して大政翼賛会結成前に解散した。
何かをなすための手段としてのグループ結成ではなく結集自体が目標となる恐れがある。
小沢一郎党首が率いた自由党が自民と連立をはかったは内部から自民を割ってやろうとの明白な目的があった。にも関わらず失敗した。自由党が無勢だったとはいえ小沢氏でさえできなかったことが前原代表にできるかとの疑問も大いにある。

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2005年12月16日 (金)

大連立は憲政党か大政翼賛会か(上)

小泉純一郎首相が民主党との「大連立」を盛んに唱えている。新手のほめ殺しであろうか。何しろ旧経世会を毛虫のように嫌ってきた首相だから同会のボスだった竹下登元首相を窮地に追い込んだ手法をマネしてもおかしくない。
それに対して前原誠司民主党代表は相変わらず不可解な言動に終始。「99.9%ない」って、じゃあ0.1%はあるわけ?何で100%とか、いっそのこと「1000%ない」といわないのかな。最近では優柔不断のイメージが強かった鳩山由紀夫幹事長の方が断固とした物言いをしている。
じゃあ前原代表が優柔不断かというとそうでもない。ただ「そうでもない」部分が見当外れである。中国の軍事力を現実的脅威とし、透明性を確保せよと暗に不透明な形で軍拡を進めていると指摘する。彼の持論であろうが代表になって真っ先にそれを言っちゃあオシマイであろう。

先の大戦で中国は日本に対して戦勝国であると同時に被害者でもある。小泉首相は加害者なのに笑って応じる。それが靖国参拝である。だから中国は怒るのだが首相は中国との関係は「友好」一辺倒で手は出さない。
前原代表は靖国参拝はしないと言いながら中国の最もナイーブな部分(人民解放軍のプレゼンス)に手を突っ込んだ。
つまり首相が「ヘラヘラしているが手は出さない加害者」であるに対して前原代表は「神妙だが殴りかかってくる加害者」なのだ。首相の手口を少しは見習って「靖国に行くか行かないか」だけで取りあえず中国との初顔合わせを済ませればよかったのに。
それで胡錦濤国家主席との対談が実現すればテレビニュースのトップと新聞の1面がゲットできるのに勘が悪いなあ。

こんな民主党に先はないと考えるならばいっそ大連立も手である。先の総選挙で民主党は「政権交代」にNOを突きつけられた。ならば2大政党対立を維持する理由もなくなった。
今の民主党のように未だ政権を握ったことのない野党が責任の一端を担える貴重な体験ができるとも言いうる。民主党で小沢一郎氏や菅直人氏が一定の存在感を保っているのも閣僚や与党幹事長といった地位を経験しているのが大きい。

1898年に登場した大隈重信憲政党内閣(隈板内閣)は初の政党内閣だったが、これはいわば「大連立」であった。そもそも維新後から隈板内閣成立までは薩摩・長州の藩閥が権力者であり政党などクズ扱いであった。
大隈は元は西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允が1870年代の最後に相次いで死去した後に政府の実権を握った長州の伊藤博文と井上馨とともに政府の要職(参議)にあったが国会開設の時期で対立し、さらに同時期に起きた北海道官有物払下事件の涜職を責めたために当事者の薩摩の黒田清隆および盟友の西郷従道とも悪くなり、結果的に薩長連合によって政府から追放された。
同時に叩き出された大隈シンパの官僚らと1882年に立憲改進党を結成、薩長閥からギンギラギンに睨まれることになる。同年創立の東京専門学校(後の早稲田大学)は「謀叛人の養成所」つまり改進党の予備軍育成と見なされて進学希望の若者を無理やり説得して諦めさせるといった弾圧を受けた。

国会開設後も薩長の政権たらい回しは続き大隈の目指す政党政治は困難と思われた。それを一挙に打開したのが立憲改進党が衣替えした進歩党と板垣退助率いる自由党の「大連立」である。最終的には新政党「憲政党」結成となり数の力で藩閥を追い落として日本初の政党内閣を1989年に現出させた。
内閣自体は旧自由党系と旧進歩党系とが仲違いして数ヶ月で瓦解するが、ここでいったん藩閥を押しのけたという実績は大きい。しかも後の政党政治のリーダー(首相経験者など)の顔ぶれをみると憲政党内閣こそが揺りかごだったといい得る。以下にみてみよう。

大隈桂冠後に首相となった山県有朋は長州・陸軍・官僚の非政党グループのボスで強引な政党排除を推し進めて独走を始めた。これに焦った同じ長州閥の伊藤博文は何と仇敵の憲政党と手を握り立憲政友会を結成して4次伊藤内閣を成立させて山県を蹴落とす。
政党内閣は反動の山県内閣を生み、その存在が伊藤と憲政党を結びつけたといえよう。
その4次伊藤内閣の逓信相が原敬で外相が加藤高明。いずれも後に政党内閣の首相となる。

その後政友会をバックにした西園寺公望内閣と山県系の桂太郎が交互に政権を握り大隈系は一時混乱するが2次西園寺内閣が山県の「毒殺」によって葬り去られて3次桂内閣ができた際に世論は沸騰、大隈系は国民党として政友会とともに「閥族打破」の旗印で桂を引きずり降ろす。
次にできた山本権兵衛内閣は政友会がバックだったが蔵相は後の首相の高橋是清だ。面白くない国民党は桂の勢力をも引き込んだ同志会を結成して加藤高明や若槻礼次郎(3次桂内閣の蔵相)が参加、2次大隈内閣を作り上げる。
加藤高明が首相になって以後、若槻、田中義一、浜口雄幸、2次若槻、犬養毅と政党内閣が続く。うち田中義一は陸軍出身だが原敬内閣の陸相として政界デビュー。浜口は加藤内閣の蔵相、犬養は大隈直系で憲政党内閣で文相を務めた。
このように戦前の2大政党は憲政党という「大連立」がビッグバンとなり、責任ある指導者を連鎖的に生み出す源になったといえるのだ。

欧州でも「大連立」の例は多い。現にドイツではメルケル大連立内閣ができたし、イスラエルのシャロン首相が強硬策を続けられたのはリクードと労働党の大連立が支えていたからとの説もある。
フランスも社会党と保守の共和国連合が大統領と内閣を分け合う「コアビタシオン」がミッテラン大統領時代や2002年5月までのシラク大統領政権でみられた。
二大政党の母国とされるイギリスは労働党政権のマクドナルド首相が母体の労働党の一部を切り取って保守・自由の2党と1931年に連立した「挙国一致内閣」が該当しよう。
「大連立」は重大な社会危機に直面した際に期限を切って問題を一挙に処理する時に有効とされる。マクドナルド挙国一致内閣も世界恐慌や金本位制の離脱に伴うポンド危機などが背景にあった。
今の日本が「重大な社会危機に直面」していないとはいわせない。次の総選挙までと期限を定めて大連立してみるのも面白い。

ただし大連立というと必ず思い出すのが大政翼賛会の暗い影だ。ちょっと長くなりすぎたので続きは明日。

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2005年12月15日 (木)

「アイ」と「ウィー」とミキティー

先般電車に乗って席に座っていたら目前で吊革にぶら下がっている20代前半とおぼしき男性が口角泡を吹かせてしゃべっていた。
「ミキティーて言えばよー。藤本美貴に決まってるのにさー。安藤美姫が何でミキティーなんだかチョーむかつくしぃ」とか何とか云々。
もう成人した大の大人が何をくだらないことを・・・・などとくだらない大人である私は無論思わない。きっと藤本美貴のファンなのだね。気持ちはわか・・・・らないけれども言わんとする論理構成?はつかめる。
藤本美貴はピンとしてやっていけるとの見方があったにも関わらず凋落の兆しがようやく顕著になったモーニング娘。のてこ入れのためにプロデューサー(女衒ともいう)のつんくが強引にメンバーにしたとか何とかいわれているアイドルさんである。

以前も書いたように私は芸能ジャーナリズムを圏外とするが「流行り廃りの旬を把握するのは編集者の基本だ」との先輩の言葉をいまだ実践していて旬であったころのモーニング娘。の名前ぐらいは押さえていた。藤本美貴加入はその最後あたりだったかなあ。なぜならば以降のメンバーを覚える努力をしていないから。

愛称は繰り返す。なあんて言葉はないのだが世代によって同じ愛称や芸名でも示す人物が違うことはよくある。それは前任者の人気が陰っていなければ起きない。私が知る限り「ひばり」や「百恵」の芸名を冠するタレントを大手プロダクションが送り込んだ例を知らない。愛称もそれに準じよう。
ただしここでは「山内百恵」の如きアダルトビデオの命名は除く。何まじめに書いてるんだか。でも飯島愛だけは例外か。その名が飯島直子のパロディだったを知る者は今や少ない。そういえば彼女も「アイ」チャンか。・・・・
元に戻そう。ということは件の若者の怒りは藤本美貴の相対的な人気凋落を嘆いてのことであろう。

世代によって思い出し方が違うことはよくある。例えば「アイ」といえば今ではもちろん宮里藍だ。短期間に福原愛から「アイ」を奪還した。でも私の世代の「アイ」は「愛と誠」の早乙女愛だったりする。
「アイ」が来れば「ウィー」となる。今の「ウィー」は当然ミシェル・ウィーである。でも我が世代の「ウィー」はスタン・ハンセンだから驚く。ハンセンの場合のウィーは名前でも愛称でもなく単なる叫び声だから凄いな。

大正-昭和初期の「たまき」といえば何たってソプラノ歌手の三浦環だったようだ。その人気の凄まじさは多くの文豪のエッセーにも残されている。
私より10歳ぐらい上の「たまき」は沢たまきらしい。「プレイガール」のオネエというと今でも血わき肉躍るそうだよ。私が思春期を迎える前に終わった番組だから実感はないが。
逆に私の少し下の世代の「たまき」は安全地帯の玉置浩二となる。
では我が世代はとなると「たまき」ではなく「タモリ」であった。無理矢理だって。いいじゃないか。学生時代から始まって今に至る「笑っていいとも!」の「いいとも!」は当初掛け言葉として流行した。
飲みに行こうかと話が進むと誰かが決まって「飲みに行ってもいいかな」と決まり文句を吐き、多勢が「いいとも」と囃すのだ。今やったら凍りつく光景である。本当はそれを見ていた二十数年前の中高年は既に凍りついていたのかもしれない。
余談だが我が世代のタモリは「笑っていいとも!」ではなく、それ以前のニッポン放送「オールナイトニッポン」のパーソナリティであった。タイプはまったく異なるが「日本のWolfman Jack」といっても誉めすぎではない存在感があった。

さてこのような寒い言葉をいまだに平然と使っているのが新聞である。「イカす」「ヤング」「アベック」「ナウい」との言葉は我が世代にして既に寒かった。正確にいえば「ナウい」は前述のタモリが連発していた「ダサい」の対象語として生で通用していたが後3つは使った記憶がない。

◎毎日新聞01年2月10日
長いタイトルがナウい?「土曜ワイド劇場」や「火曜サスペンス劇場」
・・・・さすがに近頃は見かけなくなった
◎朝日新聞05年3月6日
「ハリポタ」社長、高校生に夢語る 朝日ヤングセッション
・・・・ちなみに「朝日ヤングセッション」は朝日新聞主催だから朝日の言語感覚といっていい
◎読売新聞05年10月22日
スノーボード W杯21日 ハーフパイプ 女子の今井、男子の国母がアベックV
・・・・このように「男女ともに」という意味をスポーツで使う際に新聞は鬼のように「アベック」を使う
◎読売新聞05年5月24日
イカす! パウエル氏、自動車レース・インディ500をPR
・・・・その他では最近、食用の軟体動物である「イカ」にまつわる販売PRなどの話題に「イカす」を使う新聞が多い。イカを食するのが「イカす」のだと

すべて恐ろしいことにタイトルで使われている。本文まで検索すればまだまだあるに違いない。

これらを組み合わせて一文を作ってみよう。少し要素が足りないので、これまた死語であるビフテキを加える。ビフテキとはビーフステーキの略で「銀座・末広」の造語であるとも言われている。一時はオセロゲームやセスナのような商標と同様に一般名称に置き換わるほど普及したが「ステーキ」にやがて押されてBSEでトドメを指された格好だ。

ナウいイカしたヤングのアベックがビフテキを食べに行っていいかな?いいとも!

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2005年12月14日 (水)

少女殺害とイワシと少子化

イワシは「海の米」「海の牧草」「海の草原」「海のビタミン」「海のニンジン」「海の栄養源」などと称される。要するに大変に栄養価の高い魚と言いたいわけだ。一方漢字表記では「鰯」とする。そもそもは採れた後にすぐ痛むために「弱い魚」と当て字されたようだが弱いのは海を回遊している時点でも変わらない。
栄養価が高く弱いから大型魚や海洋ほ乳類の格好のエサになる。基本的に表層回遊魚であり幼魚時は特に沿岸性が強いためにカモメなどの餌食になる。ホバリングで目途をつけて急降下するミサゴなども有名だ。
そこでイワシは大群をなして回遊する。ちょっと考えるとモロに捕食者に見つかる愚挙に思えるが実は危険情報伝達を密にして被害を最小限に食い止める小型魚の知恵であると同時に、いかな大型魚でも躊躇するほどの大群で脅しの効果があるとも、大魚に見せかけているともいわれている。
要するに弱くて小さいのに魅力タップリの存在は群れをなすのが最上という好例だ。

広島や栃木で小学生女子が相次いで殺された。殺害にまで至らずとも子ども特に少女を狙う鬼畜が残念ながら我が国に少なからずいるとの事実は重く受け止めねばならない。
なぜ少女が狙われるかについては幼児性愛や愉快犯などの精神医学や心理学からの分析が盛んであるが、意外と人文・社会科学的なアプローチを怠ってはいないだろうか。

少女は弱く魅力的である。ケバイ風体とフェロモン出しまくりの姉さん(ただし既婚者と風俗はNG)こそ女だと性的興味が専らそちらにしか向かない私の場合は少女など女のオの字も感じない単なる人体であるが、私がそうである以上は逆のベクトルの人がいてもおかしくないともいえる。
もっとも多くは少女の弱さを防御すべき対象と考え、性的魅力を感じたにしても(興味がないのでまったくの想像だが)憧憬や可能性への美意識に昇華されてしかるべきだ。白鳳仏のように。
子どもを称して「食べちゃいたいほどかわいい」「目に入れても痛くない」との表現がある。いずれも自分の身体の一部となっても構わないほど愛おしいとの本能的謂いであろうが、この感覚は危険でもある。だから実際に食べちゃったり目に入れようとしたんだとなれば幼女殺害の動機に十分なりうる。
つまり少女が弱く魅力的である以上、偏愛を生む危険性を完全回避するのは不可能なのだ。性犯罪者の居所がわかるようにせよとの論議もある。人権などの問題を無視すれば有効にも思えるが対象はあくまでも元既遂犯であり上記のごとく偏愛の根が本能に基づく以上は新たなる変質者にまで網をかけるのは難しい。

そこで効果的な予防法としては少女を「弱く魅力的にみせない」がある。といって鎧甲に身を包むわけにもいかぬから「弱い」は致し方ない。
ならば「魅力」の方を隠すといい。実はイスラームの女性がスカーフを目深に被ったり肌の露出を制限されたりするのはそうした女性保護の視点があると取材した多くの教徒から聞いた。「人権の制約や侵害とはまったく正反対の言いがかりだ」とね。
今や子供服の世界はブランド物であふれ返っている。そうした必然性や趣味のない人はデパートの売り場に行ってみればわかるがバカらしいほど力を入れて愛らしさの演出を競っている。これは変質者のハートをわしづかみさせる行為ではないか。

次に弱い者には用心棒をつけるとの発想があろう。オオクチバスは産卵後も卵の回りを親魚がパトロールするから大繁殖するそうな。現在各地でやっている親による送り迎えはそれだ。でも登校はともかく下校時間に仕事を調整して駆けつけるのをいつまでも続けることはできない。
ボランティアの力を借りるのもいいがボランティアに変質者が混じる恐れもある。というかボランティアをやっているうちに「萌え」にスイッチが入ってしまう危険もあろう。

となると一番いいのは冒頭のように大群をなすことである。宅間守の如き「モンスター」には効果が薄いかも知れぬがたいていの変態は本質において大型魚やミサゴのような捕食者特有のどう猛さを持ち合わせないだろうから近づくまい。だがここに少子化という壁が立ちはだかる。群れが構成できないのだ。
2・3年前に都内のある中高一貫女子校からSP(セールスプロモーション)の一環として魅力的な募集パンフを作ってくれとのオファーがあった。そこで内情を聞くと好立地にも関わらず最近は応募者が減少の一途で中学部は何と1学年数人しかいないという。驚いて他の学校の状況を調べてみると似たり寄ったりが多数あるとわかった。都区内の好立地でもそうなのだから他は推して知るべしだ。

私は子どもの頃を地方都市で過ごしたが、それでも同年代はウジャウジャいた。ベビーブーマーのはざまの世代であっても、である。集団登校や群だっての下校なぞ正に阿鼻叫喚の騒音集団であった。変質者どころかチャンとした大人の方が眉をひそめて遠ざかる。「登下校時の子どもの態度」が問題になるほどであった。
むろん子どもが皆安全であったわけではない。私が生まれた翌年には有名な「吉展ちゃん誘拐事件」があったので親の心配はどこも一方ならなかった。ただし身代金目的誘拐は子を見つけた刹那に殺すそれとは動機が大いに異なる。
人さらいもあったが角兵衛獅子の時分からでもあり、さらって殺しては何にもならない点では最近の凶悪犯とは違う。
ちなみに俗耳に入りやすい「昔は地域や近くに住まう親戚などが協力して育児を支えた」論を私は採らない。なぜならば私が生まれた昭和30年代の地方都市でさえ十分にこのような「昔」は消え去っており核家族していたにも関わらず前述のように子どもはウジャウジャいたからだ。

さて少子化は克服できるか。最近私は未婚の20代前後のかなり広範囲に少子化克服方法を尋ねた。「保育所の増設」「育児休業制度の充実」「育児後の女性の企業社会復帰支援」「育児手当の新設ないし増額」「男性(夫)の育児参加」「学童保育の推進」「自治体の補助」など既に出そろっているメニューが並んで新味はない。
そこで再度問うた。「これらがすべて整ったとしてあなたは何人の子どもがほしいか」と。するとたいていは「うーん」としばし考えた末に「1人か2人かな」と答えるのである。未来の少子化解決の担い手が自ら少子化対策に有効と考える手をすべて打っても本人は多数の子を望まないという事実がある以上、解決はありえない。何かが根本で間違っているのである。

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2005年12月13日 (火)

姉歯を建築基準法違反以外でパクれないか

姉歯元1級建築士が建築基準法に違反して構造計算を偽装していた事件で多くの建築士や建設会社は「法律で罰則まで定めている制度を無視した姉歯のような偽装を想定していなかった」と弁明している。
どこかで聞いたセリフだと思い出していたら分かった。住民基本台帳ネットワークを構築する住民基本台帳法改正審議の時に行政側の悪用を指摘した議員に対しての答弁だった。でも社会保険庁の職員はのぞき見していたわけだ。
そもそも「罰則まで定めているから・・・・」という論理は当初から引っくり返っているのだ。それがもし機能するならば犯罪は起きないことになる。だって刑法などで「罰則まで定めているから」ね。罪が防ぎようもないから予め罰を設けておくというのが罪刑法定主義の根幹なわけで、そこを倒錯させる詭弁は止めるがいい。

と、ここまで考えて姉歯元1級建築士を罪に問うのは難しいと気づく。結果的に彼がやったことは死者こそ出ていないがテロに等しい。でも現行法の何が適用できるのか。
真っ先に思い浮かぶのは誰だって刑法246条の詐欺罪だ。まず欺罔の有無であるが姉歯はだますつもりがあったのか。あったとして誰をだましたのか。建築確認を行った機関か。ヒューザーなどの建設主か。
警視庁などの事情聴取に対して姉歯は施工会社の木村建設から「鉄骨を減らすように圧力を受けた」と供述したと伝わる。一方ヒューザーの小嶋進社長は木村建設に姉歯を紹介されたと証言する。これらが事実ならば木村建設に欺罔があって姉歯は脅かされただけでヒューザーは被害者となる。
ところが一方でヒューザーが姉歯を指定してきたとの証言もチラホラ。こうなると一転してヒューザーがマンションを買った人をだました可能性も出てくる。グチャグチャだ。警察も筋の悪さに嘆いているだろうよ。
仮に欺罔と錯誤があったとしても金をもらって何も交付しなかったわけでもない。とんでもない物件をメチャクチャ不当に高い値段で買わされたと主張しても証明は難しい。
実際に今日震度5の地震が襲って案に相違して姉歯物件が無事だったとしたらどうなるんだ。そもそもこの点でヒューザーでなく姉歯への詐欺を問うのは不可能に近い。

一部で公文書偽造でいけないかとの声もあったが姉歯の「作品」は私文書だし姉歯は私人だから無理。私文書偽造罪は「他人の」文書を改ざんしていないとダメ。姉歯が手を入れたのは姉歯本人の文書だから。
いくら過去のThe Beach Boysの曲にそっくりでも作曲がBrian Wilsonならばパクったことにならない。それと同じだ。いや違うか。いずれにせよ手が出ない。

いっそのこと内乱罪はとも思った。「国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱」と言えぬでもない。何しろテロ行為に近いから。でも続く「することを目的として暴動をした者」では明らかにないから無理だ。無理だとはわかっていたが無理だった。でも「暴動」が「暴走」だったら・・・・

破壊活動防止法はどうだろう。「騒擾、放火、殺人、強盗等の暴力主義的破壊活動」では明らかにないな。そもそも造ることで破壊活動をするとの概念がない。いつまで経っても役に立たない法律だ。
もしやとテロ対策特別措置法を読んでみたがサッパリだめ。姉歯のやったテロ的行為に「テロ対策」と冠する法律はまったく見当違いである。

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2005年12月12日 (月)

みずほ証券発注ミスの背景と旭硝子大仕手戦

「犬が人をかんでもニュースではないが人が犬をかんだらニュースだ」は記者ならば誰でも知っているイロハだ。ただ現実社会はそのように単純ではなくズバリと人が犬をかむような話題に出会うことは少ない・・・・などと最近感じていたのだが。
あるんですね。「61万円で1株ならばニュースではないが1円で61万株ならばニュースだ」と。そりゃもうイロハ通りのニュースである。今後も長くジャーナリズムの世界で語り継がれていい大事件だ。

売り注文を出したのは「みずほ証券」という。「何でも1つ」の竹中平蔵プランによって日本の金融グループが3つになったは誰もが知る。三菱東京UFJ、みずほ、三井住友だ。
うち三菱東京UFJは余りにも長い名前が嫌われて・・・・じゃなくて銀行・重工・商事の御三家の専横に恐らくは辟易して日興證券が逃げ出してしまった。しゃあないから長い名前を改めて・・・・じゃなくて独立独歩の野村證券から国際証券を事実上もらい受けて、その他諸々といろしろして三菱証券らしきを作った。三井住友はもとから大和証券と親密である。
で、みずほはどうだったっけと改めて思い出す。

みずほの源流の1つである富士銀行はかつての4大証券の山一のメーンバンクだったが消え去った。よってみずほ証券は2000年に第一勧業証券、富士証券、興銀証券の旧3行の合併によって成る。名前を見ればわかるように20世紀末の金融・証券制度改革法に基づいてできた親銀行100%子会社の証券会社だ。
はて旧一勧には日本勧業角丸(勧角)証券(シェア約3.7%)、旧興銀には新日本証券(同3.5%)と和光証券(同2.7%)という親密な関係の証券会社があったはずだ。旧富士も山一本体は爆発したとはいえ太平洋や内外といった山一系列を間接支配していたともいえよう。これらがどうなったか気になってノートをひっくり返してみた。

勧角と山一系列の大東は01年にみずほインベスターズ証券(全国約60本支店)に、新日本と和光は00年に合併して新光証券(全国約100店舗)になった。要するにみずほFGには

①1990年代設立の銀行子会社が合併した「みずほ証券」
②旧一勧系の「みずほインベスターズ証券」
③旧興銀系の「新光証券」

の3つが脈絡なくぶら下がっているのだ。みずほインベスターズのHPトップには新光へのリンクが新光のそれにはみずほインベスターズのリンクがそれぞれない。切った張ったを兜町で繰り広げてきた古強者は独自のシマを築いて他を寄せ付けないようだ。
問題の「みずほ証券」は1993年に金融・証券制度改革法が施行され銀行と証券が子会社を通じて相互参入していいことになったのを機に同年に興銀証券が、翌年に第一勧業証券と富士証券がそれぞれ設立された。
ただ同法はこうしたた証券子会社は、他の証券会社がメーン業務としていた株式売買の取り次ぎを禁止していた。既存証券が銀行を脅威とみなし、旧大蔵省の護送船団的発想が生んだ結果で手足を縛られたままスタートした。
解禁されるのはいわゆる「金融ビッグバン」で99年からは証券子会社の規制が撤廃されて取り次げるようになった。そして翌年に「みずほ証券」として結集する。
要するに「みずほ証券」には以下のような弱点があった

①もともと3社が合併して5年余りの寄り合い所帯であった
②古くから株券の売買取り次ぎをしていたFG内の2社とは別立てで合併1年前まで禁止されていた。経験不足は否めない
③にも関わらずメガバンク直系によって資金は豊富。2005年3月期の連結経常利益は500億円を達成している

長らく手足を縛られていたせいで93年以来許されていた引き受けやM&Aは得意でも切った張ったは手慣れていない。寄り合いで統一感が薄い上に経験不足の分を親会社が資金面で強力にサポート・・・・となれば自然と無責任状態やヒヤリハットが生じておかしくはない。
そう考えれば信じがたいミスが起きたのも誤入力を取り消せなかったのも、記者会見が異様に遅れて投資家に1日中犯人探しをさせた無責任さも理解できる気がする

場立のいた頃の東証では「61万円で1株」を「1円で61万株」で取引を成立させるわけがない。もういなくなって約20年経つが新光やみずほインベスターズには当時を知る猛者もいよう。だいたい同じFGに3つも証券会社があってどうするんだ。

朝日新聞12月10日付朝刊によると決済の特例措置を発動して現金決済で解け合う方向だという。記事にもチラッと乗っていたが1950年の歴史的仕手戦の旭硝子権利株事件以来の収拾だというから驚く。
旭硝子事件もまたドッジラインというデフレから特需へと景気が上向きかけた時に起きたという意味では今回と似るが思惑が全然違う。
当時業界トップだった山一の相場師、大神一と盟友の佐藤和三郎(獅子文六著『大番』のモデル)の買い進みに日興など東京勢が便乗、売り向かって対抗するは山種証券の創業者で、これまた著名な相場師の山崎種二を先頭に大和や野村證券といった大阪勢が続く。
売り買い交錯の激しい攻防戦によって今回の「みずほ証券」問題のように決済不能の恐れが出たために裁定値での差金決済となった。金額は買い方にやや不利であったが山一は飲んで収拾した。
いったい山一に資金を提供したのは何者かが後々まで話題となる大仕手戦だった。三菱グループによる旭硝子の企業防衛、つまり何者からかの乗っ取りを防いだとの説が有力だ。

なあんてドラマは「みずほ証券」問題にはない。むしろ思惑ゼロの自然災害に近い。1923年の関東大震災に伴う震災手形の発行と、その処理問題の方が参考になりそうだ。法律が変わっているので一概には比較できないが事後の精神構造は興味深い。

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2005年12月11日 (日)

サッカーW杯組み合わせ決定の前日の件で

10日早朝、サッカーW杯ドイツ大会の一次リーグの組み合わせが決まり日本はブラジル、クロアチア、オーストラリアと同組になった。だが本稿の主題はそこにはない。前日の9日付新聞各紙が大きく紙面を割いた島国根性大爆発!の記事である。

メキシコ・チュニジア・スイスなら・・・・朝日新聞
ベストは「メキシコ・アンゴラ・スイス」か・・・・毎日新聞

スポーツ紙を含めてどの紙面も似たり寄ったりの精神構造で書かれている。頭に来た。
何に怒っているかって?できるだけ「やりにくい相手」とは「避けたいところ」で欧州最弱とみなされたスイスならば「望む相手」とする考え方だ。

何とせせこましい発想であろうか。
日本人が好むスポーツ漫画のストーリーはヒーローまたはヒロインの主人公が「これでもか」と難敵に当たる形が多い。「ドカベン」なんて神奈川県予選の初戦から甲子園大会の決勝並みの強豪と戦ってきた。

物語ではそれを望む日本人がいざリアルな戦いを目の前にすると「なるべく弱い相手と組みたい」となる。
こういう建て前と本音の使い分けが私は大嫌いである。「なるべく弱い相手と組みたい」が本音ならば建て前もそれで合わせよ。逆に真のヒーローは難敵を破ってこそと本心から考えるならばマスコミがやる弱い相手選びを「ベスト」として恥じない精神を攻撃するべきだ。「わが日本代表はぜひ『死のリーグ』でやりたい」とね。
でも日本人の本心は「弱い相手とやりたい」なんだろうな。それこそが最大の弱点とも気づかずに。
W杯初出場の時に日本はアルゼンチン・クロアチア・ジャマイカと同組になって喜んだ。クロアチアとジャマイカは日本と同じ初出場だから勝てそう。も・・・もしかしたらアルゼンチンにも?みたいな雰囲気が組み合わせ発表後に我が国を覆い、私は心から恐怖を感じた。
もしかしたら・・・・こんな「空気」が狂気の「大東亜戦争」に駆り立てたのではないかとね。
先の大戦で日本が相手をしていた中国は弱い。も・・・もしかしたらアメリカにも?という発想である。実はその中国にも負けてしまったわけだが。

いいですか。W杯に出場してくるチームにメチャ弱いチームなどない。同じ初出場組といってもクロアチアは旧ユーゴの一部でオシムが率いていた当時のW杯ではアルゼンチンと決勝トーナメントでPK勝負までもつれ込んだ強豪だ。
当時私はそのことを多くの人に言ったが誰も聞いちゃいない。陶然として決勝トーナメントを夢想していた。結果はご存じの通りである。
前回の日韓共催では確かに組み合わせに恵まれ?て決勝トーナメントに進出した。その時に忘れられない記憶がある。トーナメント初戦の相手はブラジルかトルコのどちらかであった。そして多くがトルコと当たるのを希望したのである。
私はがく然とした。せっかく16強まで残れたのだから是非わが国でブラジルとの本気の勝負が観たい・・・・と多くの日本人は考えないのだ。
だがジーコは違っていた。当時は第三者に過ぎず母国というのもあろうが彼はテレビで「ブラジルと当たるのを期待する」とハッキリ言った。その時に自分は日本の多数派よりもブラジル人の方に発想が近いと知って再びがく然としたものである。

こうした精神構造のもっともいけないのは意に反して強豪と当たるとショボンとする半面で「望む相手」になると勝ったような気になる点だ。先に述べた「それこそが最大の弱点」の正体である。
結果として日本はフランスではクロアチアに、日韓共催ではトルコに敗れた。弱いチームなど1つもないはずのW杯で弱い「望む相手」を探すのは無意味と学習したかと思っていたが案外と続いているのだ。
極端かもしれぬが、こうした島国根性がいじめなどを生み出すのではないか。弱い奴をいじめると楽しいとの発想は本質的に倒錯している。強い相手を倒すから世の中は面白いのだ。ジャーナリズムをいまだ「弱きを助け、強きを挫く」に立脚しているべきだと信じている私がバカなのか。それとも日本のメディアはわが国の代表を「弱き」に分類しているのか。

最後に少しだけ今回の組み合わせについて。前述のような経緯から既視感を覚える驚くべき組み合わせである。クロアチアは「フランス大会には得点王シュケルがいたが今回はそれほどでも・・・・」みたいな評論が早くも出回っているが、フランス大会でボクシッチが欠場していたのを知らぬか知ってかネグッている。
そもそも現代表は欧州予選ではスウェーデンを破ってトップで出場を決めたチームなのだ。

オーストラリアは魔将ヒディンクが率いている。20世紀末に国別代表チームでは最もファンタジックなオランダサッカーを現出し、日韓共催では韓国を躍進させた彼がおめおめと予選リーグで敗退するとは思えない。

そしてブラジルだ。最強国との「組み合わせが最後(三戦目)になったのは理想的」と川淵三郎キャプテン(って呼べということだったよね)は言っているがフランス大会の時は「最強のアルゼンチンと初戦で当たるのは理想的」みたいな論評が覆っていた。要するにご都合主義なのである。
ジーコは母国と対戦して感無量だろうが向こうは何とも思っちゃいない。相手がブラジル人監督だからといって感慨にふけるブラジル選手は皆無であろうし、かつて母国の英雄だからといって敵に塩をおくるなど日本人でもすまい。
Jリーグ発足当初、日本サッカーの英雄・釜本邦茂がガンバ大阪の監督を務めていたが誰も遠慮会釈なく叩きのめしたじゃないか。

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2005年12月10日 (土)

姉歯もBSEも鳥インフルも空騒ぎ

姉歯グループの歌

都の全域 姉歯の偽装
聳ゆる甍は 顧客が母屋
われらが日ごろの 抱負を知るや
安売り精神 数値の独走
鉄骨忘れる 久遠の手抜き
かがやくわれらは 震度を見ない
姉歯  姉歯 姉歯  姉歯
姉歯  姉歯 姉歯

①「姉歯物件」が底なしだという。
それがどうした。

②食品安全委員会はアメリカ産牛肉のBSEリスクは非常に小さいとして輸入再開となるという。早くもアメリカに屈した国辱的対応だとの反論があがっている。
だから何だ。

③新型インフルエンザが流行すると大変な死者が出るそうで特効薬タミフルの不足が問題となっている。
どこに騒ぐ理由があるのだ。

①②③ともに大騒ぎになっている割りには国内の死者は事実上ほとんどゼロ。誰も死んでいないのに大騒ぎするを「空騒ぎ」と呼んで不都合はあるまい。

①が問題ならば震度5で倒壊する家屋はすべて建て替えなければならなくなる。「姉歯物件が隣に建っていて怖い」といっているあなた。あなたの家は大丈夫か。阪神大震災や新潟中越地震で倒壊した建物は「姉歯物件」だったとでもいうのか。

②に関しても何の問題があるのかわからない。アメリカにゴリ押しされたは確かに腹立たしい。でもアメリカは特定危険部位は取り除くという。
何か勘違いがあるようだがBSEは牛の病気である。それがヒトに悪影響を与えるとすれば特定危険部位を口にして新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病という死に至る難病に罹る点だ。だが仮にBSE感染牛であったとしても肉や乳から感染するとの因果関係は証明されていない。
だいたい同病の母国であるイギリスでも死者は最終的に数百人で止まるといわれている。数百人を少ないとはいわないが、その程度であるのだ。
吉野家が1日だけ米牛のショートプレート在庫をかき集めて牛丼を復活させた際に行列ができた。危険が深刻ならば誰も寄りつかないはずである。

③はその点で猛烈な死者を予想されるとWHOなどが警告しているが、ある意味でどうしようもないではないか。ニワトリは殺処分できても渡り鳥を撃ちまくるわけにもいくまい。
新型が怖いのは今までの対応では効かないからであろう。ヒトに感染する変異を遂げて飛沫核感染が可能になったら防ぎようがあるまい。だったらタミフルがあるとかないとかは意味のない議論である。

それよりも以下の数字の方がよほど深刻ではないか

・年間の国内交通事故での死者約7000人
・年間の国内自殺者数約3万人で死因の6位

要するに交通事故で毎年阪神大震災以上の死者を出しているのだ。新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の予想総死者数より1年だけでヒトケタ多いといえよう。
現在国内自動車のシェア約4割がトヨタである。死者のうちには二輪や業務車もあろうが単純にトヨタのシェアで考えればトヨタの車で年間2500人以上が死んでいると推計することも可能である。だからトヨタは要らないとなるか。なるまい。

自殺者のうち近年目立っているのは「経済・生活問題」であり1万人をうかがう勢いだ。年齢では60歳以上がトップである。要するに日本は死にたくなるような生活苦を現出すると同時に高齢者の生きる希望を奪っているのだ。
年間3万人だよ!そこそこの球場だったら満杯になるような人間が毎年毎年自らの意思で死んでいく。それが小泉改革の一面なのだ。

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2005年12月 9日 (金)

国際協力銀と国金を混ぜるヤミ鍋

その前に昨日の結末。@niftyより連絡があり。「(私が問い合わせた)時間帯において、緊急メンテナンスを実施していたため、アクセス解析が行えない状況が生じておりました」とのこと。「急なメンテナンスにより、事後報告となりましたことをお詫びいたします」だって。あああ。

さて本題。政府系金融機関の問題を扱うのはこれで3回目。何だか不気味なほど静かに進んでいるが皆がなぜこの暴挙を黙っているのか不思議で不思議で仕方がない。「改革」が不要な機関を温存させて有益な公庫を消し去る可能性大なのだから。これって「改悪」でしょうよ。

11月22日、経済財政諮問会議は8つある政府系金融機関のうち国民生活(国金)、中小企業、農林漁業、沖縄振興開発の4公庫は統合することで大筋合意した。
問題は旧海外経済協力基金(基金)と旧日本輸出入銀行(輸銀)が合併してできた国際協力銀行の扱いだ。経財諮問会議では民間議員を中心に、

1)旧基金の持つ円借款業務を他のODA業務と合わせて首相直属とするか国際協力機構(JICA)と統合する。つまり内閣府のシマか外務省のシマとする
2)旧輸銀の業務は4公庫に合流させる

一方、国際協力銀をシマとしている財務省は当然抵抗し現状のまま温存するを主張している。

私はどちらも反対だ。経財諮問会議案の方は2)が問題である。
そもそも輸銀と基金の合併自体が変であった。もともと基金は輸銀では資金援助困難な案件に借款をしていたのであって合併は「AができないことをするB」のAとBを一緒くたにしたのである。
だから経財諮問会議がABを再分割するのはわかるが旧輸銀を残す理由がわからない。
ハッキリ言おう。もう旧輸銀の機能は要らないのだ。この点では5日に述べた開銀の歴史と同じで当初から業務がバッティングしていた日本興業銀行など長期信用銀行が軒並み姿を消したのでも明らかである。
世界一の債権国に輸出入投資への金融補完専門銀行なぞ要らない。だから潰してしまうに限る。
これを残したらどうなるか。旧輸銀は旧輸銀らしい仕事をしようとするであろう。だが要らない仕事を無理やりやるのだから絶対に民業を圧迫する。しかも仕事柄動く金額が大きいから他の4公庫の融資残高を奪っていくことになろう。無意味どころか有害である。
4公庫に旧輸銀を加えたら「零細と中小と農林漁業と沖縄関連と海外での産業振興を対象とした銀行」となる。要するに何もかもということだ。何もかもに融資をするならば一般銀行である。
だったら政府系をまとめて一般銀行を1つ作っただけ。「1つ」で構造改革をしたつもりでいるようだが一般銀行ならば「1つ」さえ要らない。

一方、中川秀直自民党政調会長は同月20日「中小・零細企業向け、農業などの社会政策的な融資機能は残していかなければいけない」と発言している。ということはこれまで公庫として独立していたのを形だけ1つにして機能は別勘定にするということか。だとしても統合の意味がない点では同じだ。
例えば小社は零細であるので4公庫+旧輸銀が合併した新銀行に融資を依頼する場合に「旧国金部」しか用はない。というか他の公庫とは縁がない。中小企業でもないし農林漁業でもないし・・・・である。「融資機能は残す」とはそういうことだ。
逆に旧公庫の枠組みを外して文字通りの新銀行にするならば零細は真っ先に切り捨てられよう。

以前にも書いたように国金の果たしてきた役割は大きい。最近では都市銀行も国金並みの無担保・無保証ローンを始めてはいるが5~7%から利息制限法の上限までと金利がバカ高い。国金は保証人を取る(そこだけは腹立つ)が金利は2%弱である。
それを大銀行は民業圧迫という。おいおい。どの面下げてそんな偉そうな口を叩けるのか。ゼロ金利で調達したカネを「リスクを取るならばこれくらいの金利が必要」ってか。7%稼ぐのが零細にとってどれだけ大変か知るまい。
最近でも三井住友銀行が不当に金融商品を零細企業に押しつけ販売したとして独禁法違反で排除勧告を受けた。そんなあなた方に民業圧迫などと凄まれる覚えはない。

だいたい「零細=リスク」と憶面もなく言い切れるエリート臭さが許せない。やれ長プラがどうで資本がああで貸し倒れ率がこうでと目の前に経営者がいるのに数字しか並べられないアホらしさ。その経営者のやる気や能力で貸せよ。それが目利きの仕事でしょうが。
大銀行よ。あなた方が苦しんだ1兆円だ2兆円だのの不良債権をこしらえた事業会社に零細はいたか。例の「料亭の女将」以外に。あれだって旧興銀が不見転に貸した結果だろう。
むしろ零細は他に拠り所がないから必死で返すのである。和議法を民事再生法に衣替えした趣旨は何だったか。そもそもは・・・・
・・・・と怒りのあまり話がそれた。このことは別途書くとしよう。

このように大銀行は話にならないが地銀・第二地銀には魅力的な無担保ローンが生まれてきてはいる。でも東京圏はほとんどダメ。出ていってくれ大銀行。

その点で国金は救い主であった。今でもそうであり続ける。中小企業金融公庫は資本金1億円または従業員数300人(小売業・サービス業は1000万円または50人)対象。この規模は零細から見ればお化けである。オーナー経営者ならば豪邸建てて勝ち組にいる規模だからだ。だから国金の対象者とは全然違う。

要するにヤミ鍋なのだ。不可欠な国金と無用な旧輸銀などなどを1つの鍋に放り込んで「さあ食え」といわれてもなあ。
国金は食える食材にあたる。旧輸銀なぞは食えない靴下やゲタと同じだ。結果として靴下の臭いが国金にもしみ込んで食えなくなる。

ちなみに財務省案は論外である。己のシマを外務省や内閣府に持っていかれてなるものかとの根性は山口組の進出を警戒する東京のヤクザさんと同じである。

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2005年12月 8日 (木)

ココログのサポート大丈夫?

05年12月 3日の「ココログが混み合って困ってる」という記事に対して「渡部」さんがご丁寧にコメントを下さったところに行ってみた。
なるほどスパムトラバで重くなっているのか。そしていまも重いわけか。多少同情の余地はあるな・・・・と思っていたら本日(7日)に管理画面の「アクセス解析を見る」が出なくなって何度かトライしているうちに項目こそ出てきたもののクリックすると

問題が発生しました。エラーが発生しました。直前に行った動作(入力やココログの操作)に原因があると思われます

と「お前は挙動不審だ」みたいな表示が出た。むろん私の動作?に問題などない。仕方がなくニフティ株式会社に電話で問い合わせる次第となった。

私は特段にカウンターの数値を気にしているわけではないが何しろ有償サービスであるから直してもらわないと困る。サポートに電話したら長ーーーく待たされた揚げ句にオペレーターがやっと出た。

そこからが噴飯ものである。まず原因はわからず何時復旧できるかもわからないときた。
腹は立ったが故障とはそうしたものでもあるから我慢して直ったら連絡せよと命ずる(カネを払っているから命じてもいいはずだ)と「電話か当社のホームページをご覧いただいて・・・」云々。
いつ直るかもわからないのだから電話を待っているのはゴメンである。同様の理由でHPを頻繁に見るのも嫌だ。

だいたいニフティはプロバイダであるのだから電話をかけて不在ならばメールで教えろよというと「サポートでは電話となっております」と意味不明なことをいう。
お宅の@niftyで知らせるのがそんなに難儀なのかと詰め寄ると上司らしき者と相談した結果「メールで知らせる」と訂正した。そこで「電話をいただいた後にメールでということでいいですね」と確認すると「電話はちょっと・・・・」と言い出す始末。何を言っているのか本人はわかっているのか。
とか何とかやり取りをしているうちに「どうやら復旧したようです。いかがですか」と突然質問するから確認すると全然直っていない。「ダメですよ」というと「そうですか」で終わり。
そうですかも何もないだろう。「そうでっか、そうでんがな」って漫才やってるんじゃないんだから。

そもそも当方のココログを確認した上で話しているのでしょうねと根本的な疑惑が生じたので問うてみると「いいえ」だって。そんなアホな話があるかとにじり寄ると「ではココログのURLを教えて下さい」と聞いてきた。
そっちがわからなくてどうするんだとの言葉を飲み込んでURLをゆっくり告げ、「で、どうですか?」というと「ハア?」といった感触。
私は当然、読み上げたURLを同時に打ち込んで確認しようとしているに違いないと思っていたが向こうは「聞き置く」程度のつもりだったようだ。さすがに声を荒げて「すぐに確認しろよ」と言い放ったら、しばらくして「ありました」だって。そりゃあるさ。

結局、復旧はした。原因は高負荷がかかってつながりにくくなったとのこと。そこで質問した。誰も利用しなくてニフティがつぶれたというならば話はわかるがアクセスが殺到してサービスができないとは資本主義社会にあるまじき返答だと。
相手は私の申す意味がまったくわからなかったらしい。で「メンテナンスということも考えられますね」と話を変えてきた。誰のやったメンテナンスがどうなったから解析画面が出てこないとの結果が考えられるのかをキチンと教えてくれと頼むと沈黙である。

小社とて商売をしているしお客様からクレームが付くこともある。だからその対応がつらいのも知っているので声高に叱責するようなマネをするつもりはなかったが叫ばざるを得なかった。
だいたいこんな記事は書きたくないのだ。実はもっと腹が立つことも言われたが書いていない内容がある。10年以上付き合ってきたニフティ株式会社へのせめてもの情けのつもりだ。しかし徐々に気持ちが離れつつある。読者の皆様。もっと快適なブログのサービスがあったら教えて下さい。考え直すことにします。

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2005年12月 7日 (水)

九段の母を探せ

ココログが相変わらず重い。
さて「九段の母」を小誌では探している。靖国神社で鋭意取材中だが今のところ見つかっていない。

「九段の母」とは石松秋二作詞、佐藤富房作曲による歌である。もう著作権が切れているようなので掲載しよう。ただ一部ひらがな・カタタナを漢字にしたり、その逆があることをお許し願いたい。

【1番】
上野駅から 九段まで
勝手知らない じれったさ
杖を頼りに 一日がかり
せがれ来たぞや 会いにきた

【2番】
空をつくよな 大鳥居
こんな立派な おやしろに
神とまつられ もったいなさよ
母は泣けます うれしさに

【3番】
両手あはせて ひざまずき
拝むはずみの お念仏
はっと気づいて うろたえました
せがれ許せよ 田舎もの

【4番】
トビがタカの子 生んだよで
今じゃ果報が 身にあまる
金鵄勲章が 見せたいばかり
逢いに来たぞや 九段坂

探そうとの思いに駆られた動機は今年の全国戦没者追悼式で英霊の親の参列が式典開始以来初のゼロになったとの報を聞いたからである。
考えれば当然だ。1945年に20歳で死んだ英霊の親が20歳で生んだとしても敗戦時点で40歳。戦後60年経っているから若くても「九段の母」は100歳以上となる。

冒頭の「上野駅から 九段まで」「杖を頼りに 一日がかり」には驚かされる。当時は地下鉄が発達していなかったから途方から出てきた母は上野から歩いてきたわけだ。
確かに昔の人はよく歩いたらしい。私は以前に平凡社の依頼で江戸時代の同心(警察官)が1日どれくらい歩いたかを調べて原稿にしたことがあるが30キロなどザラである。
にしても歌に出てくる「母」は相当な高齢のようだから大変なことであったろう。

だいたい今の最寄り駅である地下鉄九段下駅から歩いていっても九段坂は緩やかだが長い上り坂で結構きつい。靖国神社監修の『ようこそ靖國神社へ』によると1923年の関東大震災までは「大変な急勾配で、むしろ絶壁に近かった」立地だったという。
大震災時の山本権兵衛内閣で内相兼帝都復興院総裁を務めた後藤新平の都市計画は昭和天皇もびっくり仰天させた「大風呂敷」で実現したのはごく一部だったが、その一部に靖国通りの整備があった。その後でも「一日がかり」だったのだ。
何で「絶壁」に英霊を迎えたかと小誌は調べたことがある。当地のそばには陸軍省や参謀本部、憲兵本部などの軍中枢が置かれていたからだとの説が有力らしい。坪内祐三著『靖国』(新潮社)によると大村益次郎が有力候補の上野を嫌ったとも。まあ大村と上野といったら彰義隊を屠った地だから嫌であったろう。

今でも日常の靖国神社は高齢者が多いが、さすがに100歳以上は会ったことがない。九段の母ではなく「九段の兄弟姉妹または友人」が目立つのだ。
ただ平然と九段坂は上ってくるようで「苦しい」「きつい」など聞いたことがない。それは靖国に来る以上吐いてはいけない言葉なのか。それともあの世代は本当に強いのか。

我々が探しているのは無論4番までのシチュエーション通りの「九段の母」ではない。今時上野から歩いてきて念仏唱えて金鵄勲章を持ってくる100歳以上の女性などいるはずがないから(というか戦前戦中はいたのか)。単に英霊となった子に会いに来る母親であればいい。
現地で見つからなければ日本遺族会などに協力をお願いすることになろうが読者諸賢でもしご存じの方であれば教えて下さい。

以前にこんな話を聞いた。靖国神社周辺で老婆を夜間にタクシーが拾った。後部座席の老婆が何やらつぶやく。気になってドライバーが耳を傾けると「うーえーのえきから・・・・」と「九段の母」を歌っていた。「もしや幽霊」と急ブレーキをかけて停車して振り返ると案の定誰も乗っていない。
凍り付いた運転手が次の瞬間に見たものは・・・・急ブレーキの衝撃で座席から転げ落ちてうめいていた老婆だったとさ。

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2005年12月 6日 (火)

男系優位なら熊沢天皇もアリか

「南朝の天子を殺した北朝の天子の子孫を殺すのが大罪か」。1910年末に発生した大逆事件の首謀者に擬せられた幸徳秋水の法廷での喝破は室町時代初期の南北朝を「並立」としていた国定教科書「小学日本歴史」(1903年より制度化)の解釈を動揺させた。
当時の桂太郎首相は改訂に踏み切って「南北朝」は「吉野朝」と改められて北朝初代の光厳、2代光明、3代崇光、4代後光厳、5代後円融を正式の天皇と認めず、逆に「吉野朝」にあった後醍醐天皇の子の後村上天皇、その子の長慶天皇と後亀山天皇を正統とした。
そして北朝6代の後小松天皇に後亀山天皇が神器を渡して譲位し、後小松天皇から南北朝合一がなったとみなした。

こうした史観は時代劇「水戸黄門」の主人公である徳川光圀が『大日本史』でおおよそを規定した南朝正統論を蹈襲する。
それを引き継いだのが江戸幕末の多くの志士である。彼らは北朝を祖とする現皇統に懐疑的だったフシさえうかがえる。孝明天皇と徳川慶喜との交流に志士の多くは不快感を示し、同天皇は不慮の死を遂げた。明治幼帝を志士は「玉(ギョク・タマ)」の隠語で呼んだ。

秋水の「南朝の天子を殺した」発言は後亀山天皇の曾孫に当たる一ノ宮自天王が1457年に殺害されて神璽などを奪われた「長禄の変」を指すであろう。
後亀山天皇は南北朝合一後の条件として両統迭立を約束させたが時の権力者である足利義満が守らなかったために1410年に吉野へ出奔した。以後を後南朝史と呼び、長禄の変は掉尾にある。

志士らが「王政復古」の段階で南朝正統との観念を持っていたのは間違いがない。しかし今の皇統は明らかに北朝だ。さあどうすると「大逆」を問われた社会主義者に喝破されては為政者は身の置きどころもなかったであろう。とくに桂と彼の背後霊(長州・陸軍閥)である山県有朋にとって。
山県を天皇制への絶対的信奉者とするには留保がいる。彼の信奉は南朝正統論だった。だからこそ明治天皇にさえも時折無礼な行いをしたり、迪宮(後の昭和天皇)の婚約に反対したり(宮中某重大事件)と僭越であった。

秋水の指摘はまもなくマスコミに漏れるところとなって冒頭の通りの措置を桂内閣は決断したが、ここで決定的な錯誤を生んでしまう。
南朝正統論はそもそも光圀の独特な発想であって皇統を素直に解釈すればおかしい。南朝初代の後醍醐天皇はともかく2代後村上天皇からは政治的実権はなかった。
機略縦横の戦略家だった北畠親房が足利家の内紛を利用した機知によって形式上の南朝は続くが実態は極めて脆弱だった。後南朝史はさらにそうである。
つまり政治論的には無理筋を押したために北朝天皇が南朝を体現するとの矛盾を抱え込んだのである。それを可能にするためには両統とも元は88代後嵯峨天皇に帰着するとの遠大な引き返しを余儀なくさせられた。自天王からさかのぼって10世繰り上がるのである。
そりゃ変だとの声を封じるために思い切って「万世一系」をイデオロギーの中核に据えた。そうあるべきだとの観念が事実を覆い隠してしまったせいで天皇家に関する史実自体が全時代に渡ってフリーズしてしまったのである。

そこに咲いたあだ花が有名な「熊沢天皇」である。最初は後亀山天皇の玄孫に当たる「信雅王」(存在未確認)から数えて14代目の熊沢大然という人物が名乗り出てきてからである。大逆事件の少し前であった。
その子である寛道は敗戦後の混乱期に「熊沢天皇ブーム」を生んだ。「皇国史観による皇国史観否定」として面白がられたものだが1951年に寛道の提訴した「現天皇不適格確認」が東京地方裁判所に却下されて一挙に下火となった。
男系男子を重んじる人々の多くは万世一系を口にする。だがそのなかには南北朝正閏問題が隠されている。というよりも正閏問題を覆うために万世一系を声高に発したというが正しい。となると寛道の子孫にも天皇になる資格があるとはならないか。
むろん笑い話である。しかし万世一系とやらを真面目な顔で論じるとなると熊沢天皇もまた真剣に考えなければなるまい。
熊沢天皇は昭和天皇が全国行幸などで全国民に多大な影響力を持っているのを実証したから消えた。それは皇族に生まれて皇位に就いた者への敬慕であろう。
以前に書いたように男系を維持するならば皇籍を離れた旧皇族を皇統に戻すしかない。しかし彼らはすべて北朝3代崇光天皇から発する伏見宮系である。万世一系イデオロギーと表裏をなす南朝正統からいうと以ての外となる。それよりは熊沢天皇の子孫の方が論理的には皇位にあるべきだとなる。

バカげてないか。何もかも。

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2005年12月 5日 (月)

日本政策投資銀行は潰すに限る

日本政策投資銀行(政策投資銀)民営化の報を聞き最初は目が点になり、やがて笑い転げ、最後は鬱になった。

政策投資銀は1999年に日本開発銀行(開銀)が北海道東北開発公庫を事実上吸収して成立した。
その開銀は1951年に復興金融金庫(復金)の後釜として設立された。
復金は1946年に誕生した政府全額出資する政府系金融機関だが敗戦直後の政府に出資の余裕があるはずもなく大半を復興金融債券(復金債)に頼った。
その性格上、政府側の意向が融資には強く反映して芦田均、西尾末広ら政府要人の逮捕につながった昭和電工事件を引き起こすと同時に復金債の約70%を日本銀行に引受けさせたために大インフレを現出させGHQの怒りを買ってデトロイト銀行ドッジ頭取の招聘となる。まあ政官業の癒着と無駄遣いの大先輩であったわけだ。

それを51年に継承したのが開銀だった。資金源の多くは旧大蔵省資金運用部からの借入れ、すなわち郵便貯金(郵貯)や社会保険料である。それで民間金融機関よりも長く低い金利で国家政策に沿った産業の開発や経済発展に役立つ企業などに融資するのを役割とした。
その時点で同根でもある日本興業銀行(興銀)など長期信用銀行とバッティングしていたが委細構わず存在し、高度成長で市中金融機関が十分に役割を果たせるようになると当初の目的とは違うような分野にまで融資を始めた。
本当はこの時点で役割を終えていた機関であるが旧大蔵の有力な天下り先でもあって生き延びる。
1990年頃のバブル経済崩壊後は危ない大企業への支えとなるなど当初目的とは違うまでも何やら新たな役割を見つけつつあるような喧伝をした。
だがその実は苫小牧東部大規模工業基地(苫東)やむつ小川原開発のような無駄な国家プロジェクトに出資して瀕死となった北海道東北開発公庫を救済して政策投資銀に衣替え?したように、要するに国民の公的資金で国家プロジェクトの大ミスを救済しただけであった。

復金から政策投資銀に至る「国家規模でのプロジェクトを長期で支える」銀行の実態はインフレなどの経済混乱で国民の財産を脅かし、財投資金の無駄遣いを無節操に続け、途中からは民業を圧迫し、無駄なプロジェクトを脳死のまま延命させた挙げ句に国民負担を強いた愚の骨頂の連打の歴史である。

民営化したとしてすでに資金運用部からの借入れがなくなった今では最大の資金調達方法となっている財投機関債は買われるのであろうか。政府保証はもちろんなし。現在でも保証なしで売ってはいるが資本金が全額政府出資となっているから消化できている可能性が高い。
それが民営化されて、いわばお上のお墨付きがなくなったうえに「政策性が高いにも関わらず民間金融機関だけでは支援することが難しいプロジェクトに対して、長期資金の融資や出資などの支援を行」う(同行HPより)方針を貫いたならば、つまり民間金融機関も尻込みする苫東みたいなプロジェクトに長期で貸すリスクを犯す銀行の財投機関債をホイホイ買う人がおいそれといるとは到底思えない。

しかも同行は本店・支店・事務所合わせて全国でたった19ヶ所しかないのだ。市中銀行と同様の資金調達が認められ職員が総出で自転車で預金獲得に奔走してもたかが知れている。
いや政策投資銀の行員が「自転車で預金獲得」などするはずがない。開銀時代に取材したが彼らのプライドはそりゃあもう天高くそびえていた。日銀と旧大蔵にはかなわないが興銀よりも上だとね。こうした「上から2番目」といった位置でのプライドは一番よりも鼻持ちならない。劣等感と優越感がない交ぜになっている分だけ強烈に自己主張するのだ。
そこを何とか改めたとしても今度は民業の圧迫との課題が避けられない。どうしたって不要なのである。

すでに憂慮されているように財投機関債も売れず自転車にも乗れない政策投資銀が資金調達できるとすれば民営化された新郵便貯金会社であろう。あっちはカネだけあって投融資のノウハウがゼロだから。
でも両者が合体したら何のための改革だったのか意味不明となる。仲介の資金運用部がなくなるだけで郵貯資金が政策投資銀に流れて「民間金融機関だけでは支援することが難しいプロジェクト」に使われるならば郵政民営化前と同じ構図だ。ということは同じ結果になる。でもそれしか方法は思い浮かばない。
大笑いだが鬱になる気分もわかってもらえよう。

復金から約60年。国民のカネを無駄にするシステムは言葉だけ変えて不死身である。何で皆怒らないのだ。

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2005年12月 4日 (日)

官庁の「恣意的な情報操作と漏えい」とO157

朝日新聞の中山堯編集委員のコラム「一筆啓上」に以下のような記載があった。

田中真紀子前外相を追放し、鈴木宗男代議士を議員辞職の瀬戸際まで追いつめたものは、外務省の恣意(しい)的な情報操作と漏えいにあったのは、国民の目にも明々白々です。自分たちに都合の悪い機密費情報などは隠しに隠し、組織の益に適する情報は垂れ流すというのが官庁の体質であることも分かりました。
http://mytown.asahi.com/

その鈴木宗男衆議院議員の取材を小誌は11月29日に行った。鈴木議員は現在、この外務省の体質と戦っているが報道した側の権力に対する自省をこのように読むのは珍しい。「恣意的な情報操作と漏えい」は今も絶え間なく続いている。その例を大阪府堺市で1996年に発生した病原性大腸菌O157による集団食中毒事件(患者約6000人)でみよう。

事件は同府羽曳野市のカイワレ大根業者が自身の出荷したカイワレ大根が食中毒の「原因食材」と旧厚生省(現在の厚生労働省)に事実上断定され、名誉を傷つけられたとして国に損害賠償を求めた訴訟を大阪地方裁判所に起こした。判決は02年3月15日に出され、裁判長は名誉毀損を認めて国に慰謝料などを支払うよう命じた。
事件当初、小誌は原告に取材して「スケープゴートとして名指しされた部分もあるのではないか」と発言していた。だが報道は当事者である原告の意見に耳を貸さずにカイワレ犯人説に突っ走った。同じことはいつでも起こりうる。ではなぜ報道は誤るか。この裁判から権力を情報源にするといかに危険かを検証しよう

①緊急性・必要性のない発表も金看板になってしまう
食中毒が騒ぎになったのは96年7月10日ごろで、菅直人厚生大臣(当時)が中間発表を公表したのは8月7日だった。
発表は「原因食材の推定」として「カイワレダイコンを原因と断定できないが、その可能性も否定できない」とし、判決は公表の目的自体は正当としたものの、大臣が会見するほどの緊急性、必要性は判決は認なかった。
生命をも脅かす事件が発生した場合、「疑わしい」の段階でもすみやかに公表すべきだというのはわかる。しかし、「断定できないが」「否定できない」という内容を国民がどう理解するかといった問題をメディアは軽視してはならない。
たとえばテストである人がカンニングをしたらしいとの噂が広まったときに、先生(大臣)自らが「Aさんとは断定できないが、その可能性も否定できない」と発言したら、物言いの正確さ以前の、「先生がAさんかもしれないって言ったよ」という報道が、Aさん=カンニングという図式を作り上げてしまう危険性がある。

②専門家の発言だから検証抜きで書いていいわけでもない
最終報告では、会見に同席した疫学の専門家であるS氏が「状況証拠を積み重ねると、100%とは言えないが、95%くらいは間違いない」と発言した。これを判決は「相当性を欠く」とした。
2点を考察しよう。
まずは「100%ではなく95%」という発言内容だ。5%及ばないということがどの程度決定的なのか。
たとえば手術を受けるとして、成功する可能性は「100%ではなく95%」といわれたら、足らない5%が気になって仕方がない。印象としては五分五分に近いかもしれない。
カイワレの場合は生命に関わるという点で手術の例とほぼ同じく「5%が気になって仕方がない」可能性がきわめて高い。だから数字さえ示せば最も正確で客観的だとする「客観報道」の前提は疑わしい

次に発言者が疫学の専門家だった点だ。疫学はこの場合、食中毒の発生原因を生活環境との関連から見出す学問といえよう。原因と結果を見出すための有力な学問であることは間違いないが、事件の全容を解明するには他の考察も不可欠である。
言い換えれば疫学的見地からの判断にすぎないともいえる。この辺の限界がきちんと伝えたとは到底いえない。大多数の素人は「疫学の限界」という概念さえなかったであろう。

③「名指ししない名指し」の手法
たしかに最終報告に、原告である羽曳野市のカイワレ業者の名はないが、生産施設は一ヶ所とした上で原因食材は、特定の生産施設から出荷されたカイワレが最も可能性が高いとした。当時の状況からして、「特定の生産施設」が原告を指すことは疑いないと裁判所も判断する。

確かに公表された内容を厳密に読み込めば原告への名誉毀損には当たらないかもしれないが、実際にはそうは読まれず、報道されず、受け止められもしなかった。報道は受け止められ方まで慎重に吟味する必要があるのだ。
カイワレの場合は旧厚生省側の「恣意的な情報操作と漏えい」を感じはしない。それでも名誉を毀損した。ましてやそれがあったならばとゾッとする。

最大の疑念は今に経るも原因がわからないという点から生じる。そもそも大腸菌は動物の腸管や、そこから排出される糞便などに存在し、植物のカイワレ自体に常在しているとは考えにくい。したがって仮にカイワレが何らかの原因になったとしても(それさえ断定はされていないが)、本質的な原因は他にあったことはほぼ間違いない。でなければ事件は発生しない。そしてそれがいまだにわからない。大問題じゃあないか。

もし、本質的な原因がある程度想像できていながら、それを公表することがためらわれたため、あったとしても仲介しただけの可能性が高いカイワレをあたかも犯人のように言い立てたとしたら、報告書の言い回しは、むしろカイワレ犯人説をほのめかすための手段であったと疑おうと思えば疑える。だとしたら「恣意的な情報操作と漏えい」である。
報告書を厳密に読むという姿勢が多くの国民になかったから起こった事件ともいえるが官庁の報告書を国民1人1人が丹念に読み込めるならばメディアはいらない。
事件が起こったときには重要な書類の一部をかいつまんで片寄って解釈して大騒ぎし、騒ぎが静まれば原因究明さえどうでもよくなるという情緒的な対応では、メディア不信は高まる一方だ。鈴木議員は闘おうとしている。マスコミはどうなのだ。

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2005年12月 3日 (土)

ココログが混み合って困ってる

こんなことを書いてもつまらないと控えていたが最近では一番困っているので駄文をお許し願いたい。

このブログを管理しているココログが異様に重いのである。管理画面を開くところからアップ(保存)終了までスムーズにいっても30分近くかかる場合があるのだ。
単に時間がかかるならば別の仕事をしていればいいのだが、いきなり「混み合っています」画面になったり「接続できません」が出てきたりする。するとやり直しだ。二度も三度もトライしているとゆうに1時間を数えたりする。
こうなるとちゃんとアップできているかどうか心配なので確認しようと再び管理画面に行ったりココログを表示する。するとアップの途中で「混み合っています」画面になったからやり直したのに、最初のが何故かアップ終了になっていて同じ原稿が並んでいる場合がある。
読者諸賢には意味不明であろうし気持ちも悪いから最初のを削除しようとするとまたえらい時間がかかるのだ。そんなこんなが数日続いている。この原稿もどうなることやら。

「混み合っています」「接続できません」で中断する危険があるとなると他の仕事を平行して待つというのが意外とできない。イライラして画面をにらみつけることになる。甚だしくなると画面に足を突っ込んでやりたくなる。

私が新入りの時に何かでてんてこ舞いしていてデスクからのポケベル(そんな時代だった)の呼び出しを放っておいて叱られたことがあった。私が「仕事が忙しくて」と言い訳したらデスク(もしかしたら3席だったかも)から「電話1本かけられないほど忙しいってことがあるか」と難詰されて答えられず悔しい思いをした。叱った相手も忘れたがシチュエーションだけを鮮明に覚えている。
その日から私は「仕事が忙しい」との断りを決して口にしないと誓った。だがそれなりではあるからこの睨めっこ時間はおしいといえばおしい。そもそもココログや主催するニフティも仕事でやっている有償のサービスであるから「接続できません」はないだろう。

サイバー空間で憶面もなく「混み合っています」画面を出す神経にもあきれる。混み合うとはアナログの発想であろう。どう詰め込んでも乗れなくなったらバスは混み合って乗れなくなる。倉庫のキャパを超えた返品が押し寄せると出版社は頭を抱えることになる。それが混み合うという状態だ。
デジタルテクノロジーはそうでないからデジタルなはずではないのか。時間と空間を超えて、正確にいえば時間を過去にはさかのぼれないまでもリアルタイムで情報の行き来ができるからデジタルなのである。
なのに在庫でうめいている出版社のような表示を出すは恥知らずである。それこそ「仕事が忙しい」といえば許されるとの発想であろう。
空いている時間とやらをせめて教えてもらいたい。

むろんココログやニフティがわざとやっているとは考えていない。「混み合ってい」るという言葉に近い状況が起きているのはウソではあるまい。だがあなた方はプロであろうよ。ユーザーが画面に足を突っ込みたくなるような状況を作ってはなるまい。

私はネチズンとはいえない。ココログを使っているのも単にパソコン通信のニフティサーブ時代からニフティのユーザーで他のサービスがどうかを比較検討しているわけではない。だから知らないのだがこうした憶面もない言い様や恥知らずな遅滞はネチズンでは常識なのか。だとしたら畑違いの批判をしたことになる。
それともやっぱり異常なのか。異常だとしてそれはココログだけの問題なのか。むしろココログはまだマシなんて事態があったりするか。

蛇足ついでに。最近エログッズを売る英文のHPからスパムトラバがやってくる。みつける度に削除しているが時間によってはこれがまた時間がかかるのだ。
それにしても・・・・このブログを読んでいる方にエログッズを売りつけようとの発想がわからない。沙汰の限りである。何かのソフトを使って当たるを幸いとトラバをかけているのか。全然知らないのだがそんなことなのか。
スパムであってもよく読まれているブログにトラバした方が費用対効果があるような気がするが同報機能すなわち時空を超えたサイバー空間だからこそ当ブログのようなコアなページまで引っかけてロスがないわけだ。スパムの方がよほど上手にデジタルの特性を使ってるぞ。本末転倒だ。
おっと。スパムを誉めている風になってしまった。違う違う。怒っている。迷惑である。やめなさい。

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2005年12月 2日 (金)

天皇家の男系を守る方法

「男系を守れ」との声が案外と多いのには驚いた。ならばその方法を具体的に考えてみよう。
ただし関係する人物の人権を考慮しないとの前提を付しておく。なぜならばどうしても人権侵害になるからである。もっとも人権侵害を前提にしないと男系を保てないということは男系を主張する者にはいっておく。したがって私の本意ではないことも。
なお皇室典範の改正部分は最低限で解釈によってはより広範囲の改正が必要になる点もご理解いただきたい。

1)戦後に皇籍離脱をした男系男子を皇太子殿下の次世代の皇太子とする

皇室典範9条と15条を改正して養子として迎える。最大の問題はそれで「国民の総意」が得られるかだ。現に皇族として生まれ育った内親王が何人もいるなかでの行いである。
しかも1人の男系男子を皇太子にしても解決にはならない。内親王の宮家設立を認めない現行の皇室典範のままだとしたら皇族は天皇家だけになってしまうから後が心配すぎる。といって12条を改正して内親王に宮家を継がせたからといって男系が維持できるわけでもない。
単に問題を先送りするだけだ。先送りの方法としてはドラスチックすぎるともいえよう。といいつつ、やるなら今すぐでないといけないとの矛盾がある。該当する男子は現在3人ほど。幼ないうちに皇族に復帰すればまだ何とかなる。

2)愛子内親王の結婚相手(皇婿)を戦後に皇籍離脱をした男系男子とする

皇室典範1条を改正して愛子内親王が女帝として即位し、その男子で皇統を継ごうというアイデアの持ち主が唱えそうだ。
ただ内親王の宮家設立を認めなければ皇族は天皇家だけになるとの問題からは逃れられない。愛子内親王と皇婿の間に男子が生まれなければアウトである。12条を改正して内親王の宮家を認めても女系になるという点は1)と同じ。
皇婿を皇族とするならば5条以下も手直しする必要があろう。

3)愛子内親王以外の内親王と戦後に皇籍離脱をした男系男子を結婚させて宮家とする

皇室典範12条を変える。戦後多くの宮家が皇籍を離脱させられたが、それでも天皇家以外に秩父、高松、常陸、三笠、秋篠、高円、桂の7宮家(順不同)が通算して存在したか存在している。数は決して少なくはない。それでも現在の皇太子殿下の次世代に当たる男子は生まれなかった。
何か原因があるのか単なる偶然かはわからない。だが戦後の通算7宮家と天皇家の8家をもってしてもかなわなかった男系の跡継ぎを望むならば現在の内親王すべてに3)のような手法を用いても決してやりすぎではない。むろんその部分の皇室典範は改正しなければならない。
問題はそう都合よく運ぶのかである。現在の内親王のご年齢と皇籍離脱をした男系男子の年齢とを付け合わせていくと(さすがに具体名は勘弁。いくら人権には配慮しないといってもとても書けない)かなりの無理がある。
仮にできたとしても問題は残る。そこで男子が誕生したとしても現在の皇太子殿下の次の次の世代ということになる。すると皇太子殿下の次は誰にするかがわからない。それとも幼帝を認めるか。

4)側室制度を認める
皇室典範の「嫡出」をどうとらえるか。ここでも戦後8家もありながら男系男子が続かなかったとの問題を無視できない。具体的には皇太子殿下に側室を認めたとしても、それで男子が授かるとは限らないから1)と2)のところで紹介したのと同じような問題先送りの方法にすぎない。
男系維持の方法としては3)よりも確率が低い。いくら男は何歳でも子どもを作る能力があり得るといっても現在の皇族で現実的なのは皇太子殿下を除けば秋篠宮殿下しかいない。
だったらお2人に側室を何人もつけるしかない。それこそ「国民の総意」を得るのは、ある意味1)よりも難しかろう。

1)から4)までをいろいろと組み合わせる
何が何だかわからなくなる。

1)を除くと原則的に現在の皇族を最大限尊重した方法である。それがかなわないならばいっそのこと皇室典範をガラッと変えて戦後に皇籍を離脱した宮家自体を復活させるしかあるまい。

伏見、閑院、山階、北白川、梨本、久邇、東伏見、竹田、賀陽、朝香、東久邇の旧11宮家で現在まで男系の当主が残っているのは伏見、北白川、梨本、久邇、竹田、賀陽、朝香、東久邇の8宮家。
さらに旧宮家からの男系の養子を迎えないと断絶しそうな前3家を除いた久邇、竹田、賀陽、朝香、東久邇の5宮家を復活させる。すべて伏見宮の系統であるから宗家は養子を得ても残す必要があるというならば6宮家である。

伏見宮の歴史は古い。南北朝時代の1348年に北朝3代として即位した崇光天皇を祖とし、第1皇子栄仁親王を初代とする宮家だ。約650年前にさかのぼる淵源をたどって「古すぎる」という批判がまず大きい。そこまでして男系を見つけてきてどうする、とね。
ただし伏見宮家からは15世紀初頭に102代後花園天皇が即位していて、以後118代後桃園天皇まで続いた。しかも119代光格天皇から今上天皇まで続く系統も閑院宮すなわち伏見宮系統なので102代以降125代の今上まで広い意味では伏見宮系ともいえなくもない。
何といっても伏見宮系のたくましさが頼りになる気もする。奈良時代の称徳天皇の薨去後に後を継いだ天智系と同じ役割が期待できる。
閑院宮系は光格帝即位以来、現在まで225年続いてきたわけだから私の生きているうちに「政権交代」を見てもみたい。なかには一度も皇族にならないまま人生を終えた方もいるから追号のようなことも考えなくては。祭祀の継承も難問だ。近いところでは有栖川宮廃絶の際の・・・・

・・・・って私は何でこんなマニアックなことを書いているのだ。何だか「伏見宮家を復活させよ」みたいなタイトルの文章になってしまっているぞ。系図やら史料やらを引っ張り出すと史学科生の時分に戻ってしまう。でもせっかく書いたからアップしちゃおう。おしまい。

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2005年12月 1日 (木)

生活保護費を政争の具にするな

いわゆる「三位一体の改革」とやらで生活保護費の国負担を削減をもくろんでいた厚生労働省の担当者よ。対象から最後に外された。ガッカリしているようだが本当はよかったようなものだ。あなた方は人殺しになるところだったのだよ。
官邸から課せられた5040億円の削減ノルマを達成するには生活保護費しかないと報道されてきた。本当にそれしかないとは到底信じられなかった(事実としてそうでなかった)が百歩譲ってそうだとしたら断固拒否すればよかったのである。それを官邸の一存で「断念」というからアベコベだ。
朝日訴訟以来、生活保護の問題はさまざまに論議されてきた。それらはまだまだ解決していない。それを放り出して保護費を現在の4分の3から2分の1に減らして基準設定は都道府県や市に任せるから厚労省は事務委任つまり「頼むぜ」の一言だけにするとの発想はあまりにも弱者をないがしろにしていた。

現在の受給者がどれほどの思いで生活保護を受けているのか知らないわけではあるまい。いや知らないか。国と地方といったって結局は定年まで身分保障されている公務員同士だから受給者に転落する者の悲哀などわかるまい。
机の上に100円玉を並べて今日は何に使って何をあきらめようかと悩んでいる人。福祉事務所からの心ない「調査」で身も凍る思いを味わっている人。「あの人は生保なんだって」との近隣の白い目にさらされて文句一ついえない人。働きたくて働きたくて仕方ないのに職がない人。だから他に頼るものがないので忸怩たる気持ちで人生をひっそりと過ごしている人。やけ酒さえ取り消しの対象になるのではと煽れない人。もう気の毒で気の毒で涙が出てくる。

生活保護受給者は何もせずにヌクヌクやっているとの非難は根強くある。少数そうした人はいるかもしれない。ただヌクヌクやれるほどの金額ではそもそもない。甚だしきは保険料など何も支払っていないと誤解している人がワンサカいる点である。
国民年金の受給額と生保の額を比較して云々する人もいる。しかしお互いに貧乏なのだから相手を非難するより前に制度自体の矛盾を突くべきであろう。
例えば生保の8種類のうち医療扶助はいったい誰が最終的に懐に収めているのか。本来はそうしたところにメスが入れられるべきである。

基準設定権が都道府県や市に移動していたら今より一層厳しい調査となったはずだ。予定されていた財源委譲と今後の高齢化の進展を合わせて考えれば明らかだ。朝日訴訟の昔に戻ってしまうぞ。住宅扶助のすべてが委譲されれば現在でもしばしば起こる賃貸アパート暮らしの人の「調査」が厳しくなるに決まっている。

だいたい今でさえ生活保護を受けてしかるべき境遇にありながら受けられない人が多数いるのだ。身体などに障害がなければ、否、多少あったにしても失業者の場合は65歳以上でないと受給は困難である。どんな合理的な理由があって就職活動の失敗例など具体的なデータがあってもダメである。
1960年代頃からの高度成長で都会に出てきて建築・土木作業で生計を立てていた当時の若者で高齢化を理由に職を失っている人が多数いる。彼らは単純作業しか経験がないので他に職を求めるのは難しい。
その彼らを安価な労働力として高度成長はあり得た。そうした人が65歳までどうやって生きていけというのか。山谷に行けって?あそこの宿泊代は今いくらか知っていてそんな冷酷な口をきいているのか。
今日あるを支えた労働者が使い捨てられた。それは資本主義の原則として仕方がないかもしれないし自己責任でもある。ただ文字通り捨てててはいけない。国家が国民の生命を守るのは定義であるからだ。

ホームレスの多くは上記のような建築・土木作業員だった。なかには相当高度な熟練労働者もいる。彼らでさえ職はない。そして多くが生活保護受給を望んでいないのが小誌の調べですでにわかっている。
「生保で養われるほどオレは落ちぶれてはいない」という矜持がある者や、逆にいったん生保を受けたがあまりの仕打ちにホームレスの方がまし!との結論に達した者もいる。

要するに生活保護制度はつらい思いで受給している大半の受給者と受給を望んでも年齢制限に引っかかってカスミを食って衰えていく者と矜持を胸にホームレスになってさえ受けまいとする者があって成り立っているのだ。これで近代国家なのだろうか。憲法が保障する生存権はどこにあるのだろうか。
怖いお兄さん達が背景にあるとみられる組織がこうした問題点を逆手に取って1ヶ所の住民票のありかにホームレスをギューギュー詰めに集めて生活保護費をむしり取るような事件も起きている。

削減反対の地方6団体は強行するならば06年4月から受給申請の受付をしないとの方針で押した。
削減反対自体は私は正しいと地方6団体を支持するが受給申請を受け付けないといった発言は結局ここまでいえば妥協や撤退が成立するだろうとの読みがあったにせよ、すべきではなかった。身代金目的誘拐のようで不道徳だからだ。万一強行されていたらどうなる?今度は地方が人殺しの汚名をかぶることになった。

それにしても生活保護という最低限の安全網を政争の具とするなど寒々とした光景だ。弱い者は死ねというはジャングルの掟を思い出せというに等しい。人もしょせん野性動物の一種だから弱肉強食だと。それは真理ではあろうが「それを言っちゃあオシマイ」である。「私たちは獣だ」と認めたら人として生まれた意義はどうなってしまうのだ。

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