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2005年11月25日 (金)

首相の靖国観の正体はオカルト

ずっと気になっているのは何故小泉純一郎首相が意地になって靖国に参拝するかである。
周知の通り彼は首相になる以前に靖国参拝に熱心であった形跡がない。
3度の自民党総裁選挙の最後に郵政民営化などとともに公約したに過ぎない。それも日本遺族会の票ほしさとか対立する橋本龍太郎候補の蹴落としに少しでも役立ちそうだとの動機であったと思われる。
だから純粋な復古的軍国思想の持ち主とは信じられない。大勲位などとは決定的に違う。

しかも8月15日参拝は一度も成し遂げていない。国債発行を30兆円までに抑えるといった公約ともども反古にはしているのである。にも関わらず参拝は欠かさない。それが近隣関係に摩擦を生じるのは先刻承知の上で。

となるともっと素直に考えてみたらどうだろうか。靖国神社は神社であるからお参りするところである。数多ある神社からある一つを選び取る場合に多くの人は御利益のありそうなところとする。
すると小泉首相は「靖国神社は自分に御利益がある」と信じて疑わずに、いわばかついでいる(ジンクス)のではないか。

今や独裁者然としている小泉首相だが3度の総裁選はいずれも惨敗が予想されていた。前2回は文字通り敗北し2001年4月のそれも橋本候補圧倒的優位が伝えられていた。当時小社は鎌田慧著『くたばれ!自民党』を出版してまもなかったが総裁選後は帯の文章を「また橋龍か」に変えようと企画していたほどである。
厚生大臣以外には自ら民営化を唱える郵政大臣の経験しかなく党の要職にも就いていない。頼みの森派も領袖が首相でありながら失態続きで辞任した後の総裁選だったからアテにはならない。

そこで小泉候補はゲリラ戦を余儀なくされた。持論の郵政民営化を引っさげ、過去の首相が尻込みした靖国参拝を口にし、自らを「変人」と名付けて科学技術庁長官を務めた時点で「大臣の器にあらず」の烙印を押されていた田中真紀子衆議院議員を味方に付け「そこに予備選の投票権がある自民党員はいないよ」と揶揄されながら無意味としか思えなかった街頭演説を繰り返していた。
彼はドン・キホーテが好きだと最近発言したがまさに地を行く滑稽さだった。落選していれば当時かなりの笑いの種にできたほどに。

ところが何を間違ったか予備選で大勝して本戦を待つまでもなく首相の座が転がり込んできたのである。

私はこの事実に最も驚いたのは小泉候補自身だったと確信する。最初の立候補の時に当て馬に使われて惨敗した相手に勝ったのである。思いつきでムチャクチャやったら上手くいったのである。ただの「上手くいく」ではない。宰相の座を得たのだ。
組織でいえば役員でさえない、せいぜい部長クラスが会社の外で絶叫していたら社長に選ばれてしまったというに近い。

信じがたいことが起こった時に人は人智を超えた神秘的な力が自らに味方したと感じる。そして小泉候補の公約の中で「神秘的な力」を持つ存在はただ一つ。靖国神社だった。
こう考えると納得がいかないか。つまり小泉首相は英霊も先の戦争もA級戦犯合祀も政教分離もどうでもいいのである。祭神が英霊でもダイコンでも馬の骨でも構わないのだ。ただただ靖国神社の神様が俺を勝たせてくれた。それ以外に勝てる要素はないじゃあないかとの結論に達したのではないか。
たまたまある神社に立ち寄った直後に信じられない幸運が訪れたら神も仏も信じない私だって何をさておいても時を選んでその神社をお参りするであろう。その幸運が首相の座だったら総てのバッシングをもろともせずに向かう。

もう1つの祭神だった真紀子氏を切ってからはなおさらであろう。ちなみに小泉首相が女性候補を好むをさまざまに取りざたする向きもあるが私はこの伝にすぎないと確信する。要するに真紀子氏の代わりが欲しいだけだ。

自民党の派閥政治は散々批判されてきた。しかし派閥を養い、兵隊を増やして総裁の座を射止めるという手法に「神頼み」の入り込む隙はない。小泉総裁の誕生は数は力から神頼みへと首相の絶対的価値観を転換させた。数合わせからオカルトに変わった。オカルトに染まった人物を説得するのは不可能に近い。

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