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2005年11月22日 (火)

oasisを聴きにいった

というわけでoasisを観て聴いてきました。
原宿の代々木競技場第一体育館は最上階まで立錐の余地なし。若い人が多いが中には私と同世代以上の女性で中高生ぐらいの子ども連れも目立った。イケてるものへの順応性は男性より女性が高いと実感。何となくライブに連れてきたのをきっかけに娘もoasisのトリコにしてやろうとたくらむ母がいる。素晴らしい。

ライブ終了後に第一に痛感したのは強烈な現役感である。すでに玉座にあってなお新曲を出し、それが大ヒットしてコンサートを行っている旬のバリバリでしか出せない現役感だ。子どももファンにとたくらめるのもそれが大きい。
今年出した6枚目のアルバムDon't Believe the Truthからもバンバン繰り出してくる。最初の頃に最新アルバムからシングルカットして大ヒットしたLylaなどを当たり前のように演奏できるのが懐メロバンドとの決定的な違いである。

Liam Gallagherのボーカルはアルバムで聴くのと同様のハスキーさだったが倍音の幅が予想よりは小さかった。そのせいか輻輳すると表現してもよさそうな韻が俳句の体言止めに近い余韻を残す。
そこにかぶさるようにして焦りとも感じられる素早いボーカルが畳み込まれるので破壊と創造を一手に引き受けた空間を燃え上がる炎のごとくに作り上げる。Liamその人のボーカルはアコースティック片手で出てきても不思議ではないほど素朴なロックンローラーだが楽曲がそれを許さない。
Noel Gallagherは確かにギター演奏をする両腕だけがJimmy PageのJohn Lennonという趣がないでもない。本人も十分に意識しているのだろうから。でも彼らの音楽はLed ZeppelinやThe Beatlsに影響を受けただけでもない。AerosmithやThe Pink Floydの音をそこに感じる人もいるだろう。

だがそうした分析は基本的に誤っているのだ。さまざまな先達がさまざまに表現してきた道の延長線上にある現在「ブリットポップ」と呼ばれる音楽の頂点に君臨する彼らは過去にどんな影響を受けていても、もはや彼らの音なのである。

予想通り飛んだり跳ねたりギターを燃やしたり壊したりはしない。それであれだけノリノリの空間を作り上げる。観客も懐古に酔ってはいない。懐古系は必要以上にノッたり逆にしんみりしたりするが、そうした素振りはほとんどなかった。客も現役なのだ。

ライブそのものはずっとハイテンションで進む。改めてoasisの曲は短いと思った。この辺は日本のポップスも真似してしかるべきであろう。無意味に大作ぶるのは格好悪い。キリッと締まった楽曲を次々と繰り出す。往年のアリのボクシングスタイルのように。
大技で決めにいくなどという衒いもなければ必要もない。これもまた現役のなせる技。陳腐な言い方だが外連がないのである。
中盤以降のWonderwallの演奏当たりから一挙にラストに近づいていく。ずっと立っていたのを忘れるかのような快調なテンポで終了。アンコール後は4曲。やっぱりDon't Look Back In Angerの盛り上がりはすごかった。まあ非の打ちどころのない名曲だからね。女の子は皆サリーになっちゃうのさ。
と言っておきながらファンには罵倒されそうだが、この曲のボーカルがNoelの方だったとはうかつにも知らなかった。締めはThe WhoのMy GenerationをLiamが歌ったが、これはどうしたってWhoの曲だからな。ちなみにギターのNoelは腕を回したりはしません。

「止め椀」のような曲があるというのが現役バリバリながら既にoasisがスーパースターである証拠ともいえると同時に悪くいえば今後の暗い予兆を感じざるを得ない。おそらくDon't Look Back In Angerを超える曲は作れないだろうとの予感だ。
The Carsをふと思い出した。大半はRic Ocasekのボーカルだったが最大のヒット曲であるDriveはBenjamin Orrだったなあ。

なお観客がしばしばNoelを「兄貴ー」と呼ばわっていたが、あれは止めにしないか。甲子園球場で金本を応援しているんじゃないんだから。だいたい属性で呼ばれたと気づいたら、つまり「ANIKIとはLiamの兄という意味ですよ」と誰かNoelに注進したらキレてしまうかも知れないぞ。だいたいキレるのも彼らの芸のうちだから。その点は談志を扱うように扱わなきゃね。

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