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2005年11月

2005年11月30日 (水)

西村真悟と栄一と共謀罪

民主党の西村真悟衆議院議員が自分の法律事務所にかつて勤めていた元職員の「示談屋」活動を、そうと知りながら弁護士の名義を使わせていたとして弁護士法27条「非弁護士との提携の禁止」違反容疑で大阪地検特捜部と大阪府警に逮捕された。同法77条によると「2年以下の懲役又は百万円以下の罰金」である。
ずいぶんとチンケな罪で捕まったものだ。最近は強制わいせつ罪や覚せい剤取締法違反など政治家にあるまじき?罪での逮捕が相次いだが西村容疑者もその1人に加わった。
これで贈賄で逮捕される議員が出てきたらダウンサイジングも究極となろう。乞うご期待。

普通はこの程度だと弁護士会が抗議することもしばしばだが今回はまったく音なし。お前なんか弁護士仲間じゃないとも言いたげだ。

形式犯とも言えなくはない逮捕に大阪地検特捜部と府警警備部(つまり公安)というコワモテが乗り出したのはなぜか。当初西村議員が拉致議連との絡みで疑いを全否定していたので特捜がトサカに来てしまったか。
むしろ本筋は組織的犯罪等処罰法違反にあろう。元職員は右翼くずれで既に同法の「犯罪収益の隠匿」容疑で逮捕されている。
同法は2000年に施行され「犯罪収益の隠匿」に対応する西村容疑者への容疑は「犯罪収益の収受」となる。3年以下の懲役もしくは罰金だ。弁護士法違反容疑よりも重い。

報道で読む限りでは「犯罪収益の収受」は確実なようだ。不可解なのは飛ぶ心配のないホシである西村容疑者をなぜパクったかだ。前述のように否定していたのでトサカにきた特捜が「証拠隠滅の恐れあり」としたか。まあそう取れば取れなくもない。
でも組織的犯罪等処罰法で国会議員をやりたかった動機にきな臭さを感じもする。それは同法改正で先の国会でも話題となった共謀罪の存在だ。バッジをパクっておけば同法の意義も浸透するとの計算はないか。
といって西村容疑者を擁護する気にはまったくなれない。交通事故などでの「示談屋」など振り込め詐欺のそれと変わらないほど悪質で人の弱みにつけ込む悪党だからだ。そんな男から上納金を納めさせていたのだから弁解の余地はあるまい。
検察や公安にこの上ないごちそうを与えてしまった、というか自らごちそうになってしまった脇の甘さは度しがたい。

それにしてもねえ。西村容疑者はずいぶんと苦労して弁護士資格を手にしている。父は民社党2代委員長の西村栄一。1浪して京都大学法学部に進学。意外と優秀なお坊っちゃまなのだ。だが卒業後神戸市役所勤務などを経て司法試験突破は34歳。1993年に衆議院議員に初当選するまで約8年間は弁護士だった。
ただし弁護士は弁護士法30条の規定により国会議員と兼務できる。苦労して得た資格がもったいなかったのかなあ。にしても非弁活動に手を貸したらどうなるかぐらい、それこそ弁護士だからわかって当然のはず。

彼は右翼的で過激な言動で注目された。それに賛同する者も意外といて2005年8月15日午前10時18分には「日本真悟の会」約800人を連れて靖国神社にやってきた。
小誌取材班によると当初は「何者だ」と殺到しかけたが西村議員とわかると「何だ西村か」と潮の引くように報道陣は離れていったという。
つまりそうしたポジションなのだ。過激な言動、熱狂的な一部のファン、なるべく交流を避けたいとする大多数。そうしたなかで西村容疑者は一種の孤立感を深め、より過激になり、より熱狂的ファンを信じるようになったのかもしれない。「示談屋」の元職員もその1人だったのでは。

彼の言動は父・栄一の思想と相当に重なる。3男だった真悟容疑者は父が44歳の時に誕生し真悟容疑者23歳の時に父が没している。
栄一といえば1953年、右派社会党時代に吉田茂首相に「バカヤロー」と言わせて衆議院を解散させた張本人であり1960年の民主社会党(後の民社党)結成に参加して67年から2代委員長を務めた。戦前は社会民衆党や社会大衆党に籍を置いた。
要するに片山・芦田政権以外ほぼ一貫して野党ではあったのだ。ただ社会民衆党、社会大衆党は時代がそうであったといえばオシマイだが満州事変を肯定し、2.26事件を賛美し、日中戦争を肯定した。一方で反共では一貫していたし庶民の党ではあろうとした。
西村委員長時代の民社党も出て行った先の社会党やようやく台頭してきた公明党と激しくやり合いつつも一方で共闘関係を組もうともした。

外交面ではタカ派、内政面では庶民重視の反共、ポジションは野党といったところが父子ともに似ている。とくに先の大戦の驚くほどの賛美の姿勢は社会民衆党、社会大衆党のそれを想起せざるを得ない。遅くに生まれ早くに失った父の生き方を追いたかったのではないか。
ただし父が政局において寝業師的な一定の存在感を発揮したのに対し子の扱いは道化師じみていた。大東亜共栄圏への夢は父にとっては良くも悪くも同時代のリアルな課題であったに対して子のそれは空想と父への憧憬の域を出ていない。
反共も子の時代にはテーマとして政局を揺るがすほどではなくなった。彼はソ連崩壊後に国会議員になっているのだ。
まあ「残念」といったところかな。

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2005年11月29日 (火)

首相の大相撲パフォーマンスをネチネチ分析

小泉純一郎首相が大相撲で年間勝利数、年間優勝回数、連続優勝回数で新記録を作った横綱朝青龍に内閣総理大臣杯を渡すパフォーマンスをみて感動してしまった。
「コイズミ」と聞くだけで最近では嫌悪感を抱く私が、である。何なんだとビデオを見返して時間を計ってみた。
パフォーマンスは以下のように展開される

1)土俵下から一礼して土俵中心にまで歩み寄って「表彰状」と言い出すまで・・・・7秒
2)表彰状を読み上げる時間・・・・26秒
3)表彰状の最後にある「内閣総理大臣 小泉純一郎」と言い終わってから場内の大拍手を浴びて黙っている時間・・・・6秒
4)「新記録!大記録!みごとだ!おめでとう」と笑顔で絶叫する時間・・・・4秒
5)絶叫後から賞状を渡すまで・・・・7秒
6)自ら重たい内閣総理大臣杯を抱えてよろけながらも朝青龍に渡すまで・・・・8秒

「首相動静」によるとこの日、福岡国際センターで観戦を始めたのは4時44分から。北の湖理事長と会って去るのが5時23分。通算して約40分の滞在だった。
賞状と杯を渡した時の姿はすっかり白髪となったなかで首筋あたりにわずかに残る薄い黒色と連続する類似色のスーツと目立ちはしないが一体感のある出で立ちである。

つくづく上手いものだと驚嘆した。授与に立ち会った理由として年初に朝青龍と年6場所を制覇したら行くと約束していたと首相は記者団に語った。6場所制覇は前日に確定している。もし千秋楽にまでもつれ込んだら朝青龍が優勝を逃す危険性もあった。だからこそ絶対に確実なこの日は断じて来るべきだったのだ。
1)から6)までの動作もいちいち感心する。

1)の7秒でまず観客の拍手を集める。
2)は本来の表彰の趣旨から考えれば最も大切な場面だが単調な読み上げでもある。そこに26秒かけてもニュースではカットされるか一部を映されてナレーションをかぶせられるに違いない。

そこで4)の絶叫パフォーマンスを加えた。案の定ここの部分は何度も報道された。たった4秒しかないのだから手短なニュースでもすべて映す。というかカットしようがない。
そのために重要なのが3)のポーズである。大拍手の間に「新記録!・・・・」と言ってもマイクはきれいに拾えない。だから6秒も待った。

「新記録!大記録!みごとだ!おめでとう」は変な並びである。「新記録!大記録!」は何をさしているのかわからない。冒頭で紹介したように該当する記録は3つあるからだ。
「みごとだ」との言い方は目上から目下に、上司から部下にかけるねぎらいである。ここで首相はさりげなく「新記録!大記録!」と称えている当の本人よりも自分は上位にあると民草に知らしめる。
しかしそれで終わると何やら威張っている様となるから最後に「おめでとう」と付け加えているわけだ。
さらに念の入ったことに6)の8秒がある。重い杯を持ち上げてまで渡そうとする真摯さ。軽々と受け取る力人との腕力の差を満場に示して敬意を持っているを示す神妙さ。コイズミという人物の凄さ・深さ・真面目さをちょうど1分で遺憾なく伝えきるわけだ。

サウンドバイトという言葉は元々は1990年代のクリントン大統領時代頃から主にメディア用語として使われるようになったと記憶する。映像メディアが新聞の見出しのごとく政治家の言葉の主要部分を数秒で片づけてしまう手法だ。
ところがクリントン大統領はメディア側がやっていた引用や要約を自分のものとして発信した。つまり自らが短い言葉で殺し文句を連発し始めたのだ。政治家自身が見出し以上の言葉を発しないから特にテレビメディアはそれを丸ごと使うしかない。
大宅映一が喝破したようにテレビは時間的制約がある以上、人に十分な情報を与えることはかなわず、必ず愚かにする。しかしサウンドバイトで逆手を取ると制約のなかでも数秒だけは絵と音が必要になるので、そこだけを埋めてやればメディアは大喜びというわけだ。
なかには怪しい演出と見抜く者がいても絵と音を埋める作業をしないと成立しないので流すしかない。

ただ小泉首相の場合は単なるサウンドバイトではない。衣装、ポーズ(間)、カットされる可能性のある絵での動きなどがすべてセットなのである。
殺し文句が短くわかりやすくなければならないとしたら「新記録!大記録!みごとだ!おめでとう」は前者は満たしていても後者は前述のように満たしていない。補足の言葉が10倍ぐらい必要である。その点では蕪村あたりの俳諧に近い。

首相が音楽や観劇に通じているから上手いというのは疑問である。事実レーガン元大統領は俳優やアナウンス出身でありうながらサウンドバイトにはほど遠かった。
むしろ政治の師匠である福田赳夫から学んだか。「昭和元禄」「狂乱物価」「天の声」「全治3年」「人命は地球より重い」などの名文句を得意とした彼の側近にあって言葉の繰り出し方を覚えたのかもしれない。ただし師匠は民草への直接訴求は下手だったのでそこは補った。
となると福田がかなわなかった人物である田中角栄や、その角栄を追い落とした立花隆が小泉打倒の参考になる。角栄の人気は人柄にあった。「地に塩」風のそれである。野党第一党の民主党にも自民党の首相後継候補とされる数人にもみごとなほど見当たらない。
となると立花隆みたいにネチネチ・ゴリゴリと攻め立てるといい。クリントンがそうだったようにサウンドバイトは守りには通じないから。
その能力がある政治家は菅直人衆議院議員である。首相自ら唯一の失言と認める「大したことはない」発言は彼がネチネチやって引き出した。菅氏の政敵に対する挑発は実に意地悪く芸術の域にさえある。しかし彼は今や逼塞状態にある。

実は私がこのブログでやろうとしているのもネチネチである。今の潮流とまったく合わない手法であるからやるのだ。内閣総理大臣杯を渡すパフォーマンスだけをとらえてネチネチとこんな文章を書いてやる。
どうせ誰も読んではくれまい。時代がそうなのだから。だからやるのだ。断じてね。

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2005年11月28日 (月)

「姉歯物件」購入者に同情すべきか

むろん同情の余地はある。ただなあ・・・・。個々の事情もさまざまで本当に気の毒な方もいらっしゃるだろうし、基本的には被害者だから「欲の皮vs化けの皮」のせめぎ合いとまでは言わないけれど・・・・
最初に懺悔から。フリーランスで仕事をやっていた頃に首都圏郊外を拠点とする分譲住宅販売会社からPR誌の取材・執筆の仕事を受けた。
取材といってもその会社が指定する「不動産の専門家」のインタビューが中心だ。

取材対象者は同じであれば違う場合もあったが口をそろえていうのは「今が底」だった。「地価も下げ止まり建築費用も安く調達できるようになった。金利も低い。これだけの好条件がそろえば必ず住宅取得価格は上昇に転じる」というような内容である。
しかし「今が底」原稿が掲載された翌月にはさらに下がっていった。郊外は特にである。そこでその事実を踏まえて同じ取材をすると「だからこそ、今が底」という話になるのだ。
結果として読者を欺いてしまった。
この論理に問題があるのは現に地価が下がっている理由を追求せずに「下がるはずがない地価がここまで下がったから上昇に転じるはずだ」というトートロジーの変形版だった点であろう。「金利が低い」も同様で低下した理由を動機にすり替えていたわけだ。

1級建築士が耐震構造計算における強度を偽装していた問題で真っ先に思いついたのは「まさか!」であった。ただ「まさかそんなことが起こるなんて」のまさかではない。
先のような原稿を書いていた頃に私は関連してかなりの不動産・住宅建築・販売の取材をしていたが多くはかなり怪しげであった。
むろん良心的な会社もあるに違いない。でも私自身が「今が底」インタビューを書き綴っていたように手抜き工事やら劣化した資材の使用やら建築確認のすり抜け方までさまざまなうわさ話を聞いた。石綿をブンブン吹き付ける現場もみた。
だから先述のまさかは「まさかそんなことがバレるなんて」である。1人の1級建築士だけが起こした特殊な不祥事で止まっているはずがない。現場で聞いた感触では大なり小なり他にもあるはずである。

「姉歯物件」の被害に遭った人達は何故事前に十分に調べなかったのか不思議である。私が取材した頃はそうでもなかったが現在は廉価で調べてくれる建築士や団体が多数あるのだから購入前に調べるのが普通であろう。
そう思ってこの1週間ほど最近分譲住宅(戸建て・マンションとも)を購入した人に聞き取りをし始めたところ驚いたことに現在1人も事前調査をした人がいない。これが2つ目の「まさか」である。
よくいわれることだが庶民にとって住宅の購入は生涯で最も高い買い物であろう。バーゲンの安物から少しでも良い品を選ぶ時には目を血走らせ、皿のようにして漁るのに人生最高値の買い物を不見転でするは不可解の極みである。

何よりも「まさか」なのは大半がキャッシュではなくローン、しかも超長期のローンを組んで取得している点だ。30年なんてザラだ。こんなことに驚いていることに驚いている人がいることにまた驚く。
30歳の人が30年ローンを組むと60歳となる。いかな年月か。1975年から今年まで何があったで想像しよう。ソ連はその間になくなってしまった。CarpentersやOlivia Newton-Johnがアイドルだった。ホリエモンは幼児だった。都市銀行・長期信用銀行が20近くあった。東京メトロに冷房はなかった。すぐにでも固定相場制に戻れるとまだ思っていた。バブルが来て去った。日本社会党が野党第一党だった。王貞治と野村克也が現役だった。朝青龍もタイゾーも生まれていない。

30年前に30年後の今を予測するのが困難なように30年後など誰にもわからない。それをローンで約束するなど私には信じられない。というか怖くてできない。

しかも金利が低位にあるとはいえローン分がキャッシュでポンと買うよりウンと高くつくのは当然である。それで潤う輩を30年間安心させるだけである。

現在、特に東京都心部で地価上昇の分譲住宅の価格高騰がみられる。仕掛けにファンドがあるのは明らかである。奴らの自作自演に踊らされてはならない。
ここに石油で大もうけした輩が便乗しよう。原油高は買う者を苦しめたが売る者はもうけたのである。原油でもうけるタイプは金転がしぐらいしか頭に浮かぶまい。よって自らファンドになるか既存のファンドに融通する。
だから短期的には価格は上昇するし庶民は焦る。でもそれが彼らの狙い。高値と見るや売り抜けてババをつかむのは「不見転長期ローン庶民」である。そんな環境下で安い物件があること自体が本来は不自然である。欠陥があった方が論理的にはつじつまが合う。

特定市街化区域農地の宅地並課税も徐々に威力を発揮していくだろう。驚くべきことに税を払って赤字経営をしている農家は現在でも半数近くはある。ただ代替わりで相続税と分割相続と跡継ぎ不足が絡めば放棄を一斉に後押しよう。
その上で人口減少が重なるから将来的に(30年ローンは将来だろう)価格の高騰が続くはずはないのだ。何を焦るのか。

住めればいいじゃん!立って半畳寝て1畳。そういうと「お前は独身だから」と反論されそうだが私はこれまで誰一人として結婚を勧めた覚えはない。
だから勝手に結婚して勝手に子どもをつくって勝手に「一国一城の主」(笑)にならねばと気負って将来の子どもの成長を考えて広めのマンションを買うものの「主」本人の将来は大丈夫だと勝手に決め込んで30年もの支払いを約束してローン会社をもうけさせる人の気持ちはわからなくても責められる筋合いはない。
ましてや公的資金での救済など断固反対である。だったら新潟県中越地震の被災者を救ってやれよ。民間と民間の問題であって水俣病患者とチッソの時とは全然違う。誰も彼も甘えるのはいい加減にするといい。

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2005年11月27日 (日)

総合学習こそ学力低下を救う

2002年度から実施された小学校の学習指導要領、通称「ゆとりの教育」が否定された。学力低下などの問題を起こすからだそうな。でもそれでよかったのか。

この改定の象徴的な問題として「円周率が3.14ではなく約3として教えられる」が挙げられた。しかし私はそんなに重大な問題とは思えない。
そもそも円周率は現在では500億ケタ以上があることがわかっていて、3.14自体が省略されたものにすぎないし小数点以下を「約」とするのは常識的でもある。
だいたい円周率は一般にπという記号で計算されるので小数点以下があるという以上に細かい数値をやみくもに覚えても仕方がないのだ。
実際に役立つか否かという観点に立っても、設計など精密な作業では3.14で計算はしないわけで、3.14もまた役立たない。日常生活というところまで下ろして考えても、そもそも円周の長さを計算する場面などほとんどない。それは台形の面積などを教えないという批判にもいえる。

真に問題なのは、学校の授業時間数の大幅削減の代わりに導入される「総合的な学習の時間」(総合学習)が意義なしとされた点だ。実は似たような試みは戦前や終戦直後にもあったが、やはり「学力を低下させる」という理由などで次第にみられなくなった歴史がある。
だから02年以降の試みに対して「学力を低下させる」という批判が出たのはむしろ必然なのである。

総合学習とは何か。理念は明確で、「子どもが自ら考え主体的に判断し、表現したり行動できる資質や能力の育成を重視」する「新学力観」に基づく。それは「個性」「多様性」を重視し、児童・生徒の主体的な取り組みを求める。そのためには討論などの要素も取り入れよと指示した。
実は私は総合学習の味方である。理念自体には全面的に賛成なのだが問題は具体的な方法だ。「個性」を伸ばすために「主体的な取り組み」をさせる具体的なシステムである。これは難しい。なぜならば究極的に「主体的な取り組み」をめざすならば、教育者は不要だという矛盾があるからだ。
また「個性」とは個々に違うから個性であり、個別の指導が不可欠であり、個性とは誰にも似ていないから個性なのだから、誰かが「こうしなさい」と教え、それを踏襲した時点で個性ではなくなるという矛盾もある。
加えて公教育は文部科学省の学習指導要領というガイドラインに原則として縛られるので真の総合教育を行うだけの能力と発想があっても実施できないという可能性が否定できなかったし実際にそうした声もある。

こうした難問を乗り越えて総合学習が成功すれば「学力を低下させる」元凶どころか、既存の教科にも一層主体的に取り組む子ども達が増えていく希望の星となったはずだ。それを簡単に葬り去った。懸命に取り組んで一定の成果を出したり真剣に模索した教師の努力は何だったのかといいたい。

だいたい学力低下とは何だ。「ゆとり」の反対は「詰め込み」である。私の世代はいわゆる現代化カリキュラム全盛で去年まで中学1年生で教えていた科目を小学校6年で教えるといった難化一辺倒であった。現在では高校数学ⅢCの領域になっている指数・対数関数を数1(現在の数ⅠA)で教えていた。
その結果何が起こったか。猛烈な数の落ちこぼれである。学校にいる時間の大半は授業である。その多くがサッパリわからない児童・生徒が続出したのである。
私とて例外ではなかった。私はいわゆる「10で神童」の類で小学生ぐらいまではまったく勉強しなくても成績優秀であったが余勢を駆って秀才が集う国立大学附属中学に進んだらもういけない。成績は急降下である。高校に進んでからはつまらないのでサボりまくっていた。青山学院大学に合格したのは奇跡だ。いまだに深く感謝している。おそらく10代前半までの勢いが何とかかんとか残っていたお陰であろう。
それでも私はまだ「10で神童」だったからよかった。小学校のクラスの半分近くはすでに落ちこぼれ気味になっていたのだ。あれを再現すればいいとは決してならない。

学力低下を嘆くのは教師や大学の教授に多い。おいおい人のせいにするなよ。児童・生徒に教育を授けている当事者は誰だ。「分数のわからない大学生」を批判する大学教授よ。その学生に入学の許可を与えているのはどこか。あなた方は誰の出資で生活できているのだ。
この際極論を正論のごとくいおう。分数がわからなくたっていいじゃないか。私はさすがに分数はわかるが上記のように成績不振のまま大学生になったという点では同じだ。そこで面白いことが1つでも2つでも見つかれば十分なのである。
そしてそのきっかけになり得たのが総合学習だった。

大学生に問うといい。彼らが悩んでいることの1つに自分探しがある。就職時のエントリーシートに何を書けばいいかわからないというのだ。まさに総合学習が目指した「自ら考え主体的に判断し、表現したり行動できる資質や能力」の欠如である。
今は高度成長期のように「ふつう」であれば中流の生活が保証されるわけではない。「ふつう」は勝利ではなく敗北を意味する概念になった。そこから脱するには自分一人で局面を打開する姿勢が必要である。
ところが学力低下を悩む向きは現代化カリキュラム思想という高度成長期の概念を持ち出してきた。時代錯誤も甚だしい。
ノスタルジアを自分で楽しむ分には構わないが若者に押し付けるなど以ての外である。

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2005年11月26日 (土)

オカルトと左翼が結合する怖さ

10月30日に「もしかして小泉首相は左翼か」と書いた。昨日は「首相の靖国観の正体はオカルト」と推察した。
アップした後で怖くなってきた。左翼とオカルトの合体といえば我々が歴史を振り返るとすぐに見つけることができる。1930年代から敗戦までの「あの時代」だ。

「あの時代」は左翼ではなくて右翼でしょうとの指摘は当然である。私がいいたいのは思想信条としての左翼ではない。鉄の規律、民主集中制度、前衛党、一点突破・全面展開、軍事強化といった現象・形式としての左傾化である。社会主義を名乗っていた国家の政策ともいえる。
1930年代の軍部とくに陸軍には明らかにソ連軍に憧れる風潮があった。かの国は五ヶ年計画を成功させ強大な生産力と軍事力を誇っていた。関東軍の仮想敵はソ連であったがゆえに研究も進み、そのノウハウを導入しようと試みてきた。陸軍将校とりわけ統制派の感覚に近い。
それと結びついたりシンパシーを寄せていた革新右翼は日本国家社会党の赤松克麿のように原点は左翼の国家社会主義者、今でいうところのネオコンを思わせる。

近衛文麿もまた河上肇に師事するなど根っこに左翼があるにはある。新体制運動が統制派(武藤章など)の「一国一党」的感覚に結果として近かった。「一国一党」とプロレタリアート独裁は奇妙に符合する。
近衛のイメージした新体制が大政翼賛会で結実したわけではなさそうだが(結成式で近衛の言動があまりに素っ気なかったので)翼賛会が政党も含む何もかもを包含した何かであり、スローガン通りの「下意上達」であればやはりプロレタリアート独裁を感じさせるし実態としての「上意下達」は形式としての民主集中制度を思わせる。

これらのいわば左翼的右翼(変な言葉だがそうとしか表現できない)はマルクス主義を排撃しつつも根っこに持ち、独裁的性格であり、社会主義の母国ソ連を敵視しつつも憧れてもいた。満州事変の手口は一点突破・全面展開の極致であった。1937年からの日中戦争は発端こそ謎だが近衛政権の対応および陸軍の展開はそうであったとの分析ができる。
1930年代後半の戦時統制経済政策は計画経済ときわめてよく似ているとは多くの識者が指摘している通りだ。

一方で新体制運動を左翼的だと批判して2.26事件後の処置で壊滅するまで統制派と対立していた皇道派と気脈を通じるなどしていた観念右翼はどうかというと、これはもうオカルトである。
北一輝の思想遍歴の初期が社会主義であったのはよく知られている。大川周明は論理と激情がない交ぜになった「これぞオカルト」の体現者であり、気に入らない自由主義者をボロカスにしていた蓑田胸喜は狂死している。井上日召は元来が僧侶であるからオカルトに走って何らおかしくない。
彼らが目指したものも個々によって違いはあるものの(その違いが本人にとっては何より重要だったようだが)たいていは空想的な域を出ない。
人を顔で判断するのも何だが北、大川、蓑田などの顔写真を見るだにオカルティックでもある。

大川や北が関連したとされる三月事件や十月事件のパートナーであった橋本欣五郎が影響を受けたケマル・パシャは英雄であると同時に独裁者でもあった。桜会の設立趣意書を読む限りでは空想的発想以上の現実性を感じない。
陸士・陸大という当時の超エリートがどうしてこんな幼稚な発想に至るのか不可解である。これは橋本に限らず当時の軍エリートの多くに当てはまる。
その原因の一つが観念右翼のオカルティックな主張にあるのではないか。オウム真理教の取材で痛感したのだがエリートは答えがほしい。正解をいち早く答えることでエリートはエリートと認められてきたからだ。
しかし「未来への正しい答え」は未来がどうなるか誰にもわからないがゆえに出しようがない。そこに「私は何でも知っている」ような風貌と言説を唱える麻原の如きが現れるとコロッとだまされてしまうのである。
皇道派を自壊させた2.26事件も首謀者の尋問書などを読む限り信じがたいほど幼稚で拙劣な「作戦」であった。これで何らかの成果を挙げられると信じたならばオカルトとしか言いようがない。

そして何よりも怖いのは観念右翼と革新右翼、皇道派と統制派は激しく憎しみ合いながらも結果として昭和天皇を御本人が赤面されるほどに持ち上げてオカルトと独裁が結合した非論理的なシステムを作り上げて軍拡、軍事侵攻に狂奔して最終的にはボロ負けしたという点では皆が共犯だという点だ。
わが国は今、この時の失敗を繰り返そうとしている最中なのかもしれない。なぜいけないかというと社会主義国の政策は結果的にほぼすべて失敗したし、オカルトは本質的にバカげているからだ。失敗とバカを組み合わせた価値観を推進すればダメになること請け合いだ。

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2005年11月25日 (金)

首相の靖国観の正体はオカルト

ずっと気になっているのは何故小泉純一郎首相が意地になって靖国に参拝するかである。
周知の通り彼は首相になる以前に靖国参拝に熱心であった形跡がない。
3度の自民党総裁選挙の最後に郵政民営化などとともに公約したに過ぎない。それも日本遺族会の票ほしさとか対立する橋本龍太郎候補の蹴落としに少しでも役立ちそうだとの動機であったと思われる。
だから純粋な復古的軍国思想の持ち主とは信じられない。大勲位などとは決定的に違う。

しかも8月15日参拝は一度も成し遂げていない。国債発行を30兆円までに抑えるといった公約ともども反古にはしているのである。にも関わらず参拝は欠かさない。それが近隣関係に摩擦を生じるのは先刻承知の上で。

となるともっと素直に考えてみたらどうだろうか。靖国神社は神社であるからお参りするところである。数多ある神社からある一つを選び取る場合に多くの人は御利益のありそうなところとする。
すると小泉首相は「靖国神社は自分に御利益がある」と信じて疑わずに、いわばかついでいる(ジンクス)のではないか。

今や独裁者然としている小泉首相だが3度の総裁選はいずれも惨敗が予想されていた。前2回は文字通り敗北し2001年4月のそれも橋本候補圧倒的優位が伝えられていた。当時小社は鎌田慧著『くたばれ!自民党』を出版してまもなかったが総裁選後は帯の文章を「また橋龍か」に変えようと企画していたほどである。
厚生大臣以外には自ら民営化を唱える郵政大臣の経験しかなく党の要職にも就いていない。頼みの森派も領袖が首相でありながら失態続きで辞任した後の総裁選だったからアテにはならない。

そこで小泉候補はゲリラ戦を余儀なくされた。持論の郵政民営化を引っさげ、過去の首相が尻込みした靖国参拝を口にし、自らを「変人」と名付けて科学技術庁長官を務めた時点で「大臣の器にあらず」の烙印を押されていた田中真紀子衆議院議員を味方に付け「そこに予備選の投票権がある自民党員はいないよ」と揶揄されながら無意味としか思えなかった街頭演説を繰り返していた。
彼はドン・キホーテが好きだと最近発言したがまさに地を行く滑稽さだった。落選していれば当時かなりの笑いの種にできたほどに。

ところが何を間違ったか予備選で大勝して本戦を待つまでもなく首相の座が転がり込んできたのである。

私はこの事実に最も驚いたのは小泉候補自身だったと確信する。最初の立候補の時に当て馬に使われて惨敗した相手に勝ったのである。思いつきでムチャクチャやったら上手くいったのである。ただの「上手くいく」ではない。宰相の座を得たのだ。
組織でいえば役員でさえない、せいぜい部長クラスが会社の外で絶叫していたら社長に選ばれてしまったというに近い。

信じがたいことが起こった時に人は人智を超えた神秘的な力が自らに味方したと感じる。そして小泉候補の公約の中で「神秘的な力」を持つ存在はただ一つ。靖国神社だった。
こう考えると納得がいかないか。つまり小泉首相は英霊も先の戦争もA級戦犯合祀も政教分離もどうでもいいのである。祭神が英霊でもダイコンでも馬の骨でも構わないのだ。ただただ靖国神社の神様が俺を勝たせてくれた。それ以外に勝てる要素はないじゃあないかとの結論に達したのではないか。
たまたまある神社に立ち寄った直後に信じられない幸運が訪れたら神も仏も信じない私だって何をさておいても時を選んでその神社をお参りするであろう。その幸運が首相の座だったら総てのバッシングをもろともせずに向かう。

もう1つの祭神だった真紀子氏を切ってからはなおさらであろう。ちなみに小泉首相が女性候補を好むをさまざまに取りざたする向きもあるが私はこの伝にすぎないと確信する。要するに真紀子氏の代わりが欲しいだけだ。

自民党の派閥政治は散々批判されてきた。しかし派閥を養い、兵隊を増やして総裁の座を射止めるという手法に「神頼み」の入り込む隙はない。小泉総裁の誕生は数は力から神頼みへと首相の絶対的価値観を転換させた。数合わせからオカルトに変わった。オカルトに染まった人物を説得するのは不可能に近い。

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2005年11月24日 (木)

祝日の無意味さをめった切り

今日(11月23日)は勤労感謝の日であった。うかつにもまったく知らずに出社した私は何だ。何が悲しくての勤労感謝なのだ。法律では「勤労を尊び、 生産を祝い、 国民互いに感謝しあう」日だそうな。もともとは戦前の新嘗祭である。皇室祭祀を無理矢理祝日にしたわけだ。
「勤労を尊ぶ」というが誰が誰を尊ぶのかわからない。「国民互いに感謝しあう」ということはお互いに誉めまくる日ということか。だとしてもそんな風景は見たこともない。現に私は一度も誰にも感謝されたことがない。「生産を祝い」はブラックジョークか。出版社における生産とは在庫である。あれを祝うのか?

勤労感謝の日に限らず日本は祝祭日が多い。合計で15日+1日だ(+1日については後述)。たぶん世界一多いのではないか。有給休暇を任意で取れず、お休みまでお上に決めてもらって一斉に休まないと気がすまないとは情けない国民性である。
そもそも15日+1日の休みそれぞれに休んで祝うほどの意義があるのだろうか。年初から順に追っていくと次のようになる。なおハッピーマンデー(この言葉も何とかならんか)で月曜日に移動する日も取りあえず本来の日付で紹介する

◎1月1日 元日・・・・戦前の四方拝。ここから3日間は休む通例になっている。出版社にとっては年末進行という苛酷なスケジュールを作る元凶

◎1月15日 成人の日・・・・荒れ狂う若者を無理矢理式典に参加させる浪費を官民挙げて行う日。20歳以外の人が祝う必然性なし

◎2月11日 建国記念の日・・・・戦前の紀元節。記紀の初代神武天皇即位日の「辛酉年正月元日」。どうやら太陽暦に置き換えると紀元前660年2月11日になるらしいが、そんな計算はでっち上げ。神武帝即位自体は既に神話にすぎないと広く知られているが換算もでっち上げということは意外と知られていない

◎春分日 春分の日・・・・戦前の春季皇霊祭。農業的な意味合いでの暦法がすたれた今日では何が面白くて昼と夜との長さがほぼ同じになる日を敢えて祝うか不明

◎4月29日 昭和の日・・・・昭和天皇の誕生日で昭和戦前の天長節。実は明治維新後の天皇で今上を除く3人のうち大正天皇の誕生日(12月25日)だけ戦後は祝日になっていない。これって差別じゃないの

◎5月 3日 憲法記念日・・・・日本国憲法の施行日。まあこれは祝う価値があるでしょう。ただ制定日ではなく施行日にしたのには無理矢理感あり。その理由は後ほど

◎5月 4日 みどりの日・・・・季節の中で一番緑が萌える日・・・・ではもちろんない。5月は3日と5日が休みで「どうせならば4日も休んじゃえ」との不純な動機のみで作られた。当初は「国民の休日」という意味不明な祝日にふさわしい?名がついていた。本来は4月29日の昭和天皇誕生日が薨去によって「みどりの日」となったが、それを昭和の日に書き換えたので移動?してきた。無意味の極み

◎5月5日 こどもの日・・・・宮中宴会の「端午の節会」の日。習俗としては男の子の初節供であるから男子長男のみの祭りであるはずだ。それを次男以降および女子にまで広げて「子どもの日」とは大げさな。3月3日の桃の節会は祓いの人形と女子の遊びとが関連づけられて主に女の子の初節供(雛祭り)となっているから少なくともこちらも祝日にしないと男女差別である

◎7月20日 海の日・・・・「1876年に明治天皇が東北に巡幸した時に軍艦以外の船で初めて航海して横浜港に着いた日」だって。覚えましたか? こんな程度で休んでいたら365日すべて祝日になる。「7月にも祝日を作ろう」との魂胆ありあり

◎9月15日 敬老の日・・・・日本書紀や続日本紀の片言から無理矢理(この言葉を使うのは何度目だ)にこの日が高齢者を敬うにふさわしいと決めた。由来すら謎の祝日で高齢社会に維持する理由もわからない

◎秋分日 秋分の日・・・・戦前の秋季皇霊祭。意味のなさの説明は春分の日と同じ

◎10月10日 体育の日・・・・1964年の東京五輪開会の日。なぜオリンピックが開かれた日に毎年休まねばならぬのだ

◎11月3日 文化の日・・・・戦前の明治節(制定時は天長節)。何で大正天皇だけが・・・・は昭和の日と同じ。なお憲法記念日のところで書いたことだが制定日はこの日だ。どうやら明治節を吉日としてわざわざ選んだらしいが祝日をもうけることまでは考えていなかったのだね

◎11月23日 勤労感謝の日・・・・冒頭に説明

◎12月23日 天皇誕生日・・・・今上天皇の誕生日。国民統合の象徴の生誕日だから祝うのに異論はない。ただ大正天皇だけを・・・・はある。出版社にとっては元旦と並んで年末進行を加速させる元凶ではある。畏れ多いことだがお隠れになった後の扱いを案じもする。ハゼの日とか魚の日なんてしないでよ

そして+1の「国民の休日」である。敬老の日がハッピーマンデーで月曜日に移動して秋分日が水曜日になると火曜も休んでしまえ!という改正祝日法が03年にひっそりと制定された結果生じる。最初の年は2009年だ。究極の理解不能祝日である。だって何の祝意もない祝日って言語矛盾しないか

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2005年11月23日 (水)

朝青龍は雷電を名乗れ

大相撲の横綱朝青龍がメチャクチャ強い。このままいくと史上初の7連覇はもとより年間最多勝の更新も視野に入ってくる。
と同時に「強すぎてつまらない」との声も上がっている。現に九州場所の入りはガラガラだ。強い弱いは勝負事では後者が悪いに決まっているのに朝青龍のせいにするのはナンセンスである。

私はこうした中傷の裏に島国根性が潜んでいると確信している。朝青龍がモンゴル人で日本人ではないから思い入れができないというような。
島国根性は私にとって最大の敵である。もうこれ以上嫌いな存在はないというぐらいに憎んでいる。それが何故でいかにして日本をダメにしているかはいずれまとめて書くが朝青龍はふやけた巨体が鈍くぶつかり合うだけだった大相撲にスピードと切れ味を吹き込んだ英雄である。
同じような能力でアメリカ大リーグで活躍するイチロー選手を日本人は右代表のように称えているではないか。これまた島国根性爆発である。彼は日本のプロ野球オリックス球団にいた時は7年連続首位打者という想像を絶する大記録を打ち立てていたのだが日本人はそれに値する評価を彼に与えたか。イチローを日本の誇りと持ち上げる人よ。そういうアンタのような人ばかりの島国に愛想が尽きて彼は出て行ったのだよ。

話がそれた。朝青龍が強すぎてつまらないとの誹謗中傷感情(差別とさえ呼べる)を島国根性が身に染みている日本人から拭うのはむつかしい。ならば「強すぎてつまらない」と口が裂けてもいわせない方法を考えるのである。

しこ名を変えて雷電を名乗ったらどうか

18世紀後半から19世紀初頭にかけて活躍した雷電為右衛門は254勝10敗、勝率0.962。優勝は27回である。同じ相手に負けたのはただ1人だけ(2敗)。幕末から明治にかけて活躍した雷電震右衛門は最後は病に苦しんだが、それ以前の幕内成績は勝率0.954で優勝5回である。
朝青龍は今年85勝5敗である(九州場所10日目終了時点)。勝率は0.941。仮に全勝優勝したとしても0.944だから「雷電為右衛門の通算勝率よりも低い」のである。雷電を名乗りながら年間で5つも負けてはいけないということになる。
雷電は2人とも間違いなく日本人である。とくに為右衛門は江戸のスーパースターだった。その人よりも弱いのに「強すぎる」とはいえまい。朝青龍改め雷電は14勝1敗で優勝しても「雷電の名を辱めてしまいました」と言えるのである。彼がそう口にした以上は誰も陰口を叩くことができない。

問題は襲名が可能かという点だ。彼が所属する高砂部屋には確かに朝潮太郎という5代を数える「止め名」があるにはある。だが最近の4代、5代はいずれも大男で朝青龍とはタイプが違う。4代は横綱だが得意の「鶏追い作法」は太くて長い手で小兵の初代若乃花を苦しめたという。むしろ琴欧州に近い。

雷電為右衛門は浦風部屋出身。雷電震右衛門は千賀ノ浦部屋の所属で引退後の年寄名は阿武松。現在の一門でみると浦風は立浪・伊勢ヶ浜連合、千賀ノ浦は出羽海、阿武松は二所ノ関である。確かに高砂一門ではないが皆バラバラだ。つまり雷電を「止め名」としている一門はないのだから名乗ってもいいはずである。

歌舞伎の世界では大名跡の坂田藤十郎を75歳の中村鴈治郎が無謀にも?年末年始に襲名する。3世没後231年ぶりの4代目だ。あの坂田藤十郎を名乗ってもいいならば雷電だっていいはずである。愚かなる島国根性を打ち破るためにも是非英断してもらいたい

※記録などは小島貞二著『大相撲名力士100選』(秋田書店)に拠った

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2005年11月22日 (火)

oasisを聴きにいった

というわけでoasisを観て聴いてきました。
原宿の代々木競技場第一体育館は最上階まで立錐の余地なし。若い人が多いが中には私と同世代以上の女性で中高生ぐらいの子ども連れも目立った。イケてるものへの順応性は男性より女性が高いと実感。何となくライブに連れてきたのをきっかけに娘もoasisのトリコにしてやろうとたくらむ母がいる。素晴らしい。

ライブ終了後に第一に痛感したのは強烈な現役感である。すでに玉座にあってなお新曲を出し、それが大ヒットしてコンサートを行っている旬のバリバリでしか出せない現役感だ。子どももファンにとたくらめるのもそれが大きい。
今年出した6枚目のアルバムDon't Believe the Truthからもバンバン繰り出してくる。最初の頃に最新アルバムからシングルカットして大ヒットしたLylaなどを当たり前のように演奏できるのが懐メロバンドとの決定的な違いである。

Liam Gallagherのボーカルはアルバムで聴くのと同様のハスキーさだったが倍音の幅が予想よりは小さかった。そのせいか輻輳すると表現してもよさそうな韻が俳句の体言止めに近い余韻を残す。
そこにかぶさるようにして焦りとも感じられる素早いボーカルが畳み込まれるので破壊と創造を一手に引き受けた空間を燃え上がる炎のごとくに作り上げる。Liamその人のボーカルはアコースティック片手で出てきても不思議ではないほど素朴なロックンローラーだが楽曲がそれを許さない。
Noel Gallagherは確かにギター演奏をする両腕だけがJimmy PageのJohn Lennonという趣がないでもない。本人も十分に意識しているのだろうから。でも彼らの音楽はLed ZeppelinやThe Beatlsに影響を受けただけでもない。AerosmithやThe Pink Floydの音をそこに感じる人もいるだろう。

だがそうした分析は基本的に誤っているのだ。さまざまな先達がさまざまに表現してきた道の延長線上にある現在「ブリットポップ」と呼ばれる音楽の頂点に君臨する彼らは過去にどんな影響を受けていても、もはや彼らの音なのである。

予想通り飛んだり跳ねたりギターを燃やしたり壊したりはしない。それであれだけノリノリの空間を作り上げる。観客も懐古に酔ってはいない。懐古系は必要以上にノッたり逆にしんみりしたりするが、そうした素振りはほとんどなかった。客も現役なのだ。

ライブそのものはずっとハイテンションで進む。改めてoasisの曲は短いと思った。この辺は日本のポップスも真似してしかるべきであろう。無意味に大作ぶるのは格好悪い。キリッと締まった楽曲を次々と繰り出す。往年のアリのボクシングスタイルのように。
大技で決めにいくなどという衒いもなければ必要もない。これもまた現役のなせる技。陳腐な言い方だが外連がないのである。
中盤以降のWonderwallの演奏当たりから一挙にラストに近づいていく。ずっと立っていたのを忘れるかのような快調なテンポで終了。アンコール後は4曲。やっぱりDon't Look Back In Angerの盛り上がりはすごかった。まあ非の打ちどころのない名曲だからね。女の子は皆サリーになっちゃうのさ。
と言っておきながらファンには罵倒されそうだが、この曲のボーカルがNoelの方だったとはうかつにも知らなかった。締めはThe WhoのMy GenerationをLiamが歌ったが、これはどうしたってWhoの曲だからな。ちなみにギターのNoelは腕を回したりはしません。

「止め椀」のような曲があるというのが現役バリバリながら既にoasisがスーパースターである証拠ともいえると同時に悪くいえば今後の暗い予兆を感じざるを得ない。おそらくDon't Look Back In Angerを超える曲は作れないだろうとの予感だ。
The Carsをふと思い出した。大半はRic Ocasekのボーカルだったが最大のヒット曲であるDriveはBenjamin Orrだったなあ。

なお観客がしばしばNoelを「兄貴ー」と呼ばわっていたが、あれは止めにしないか。甲子園球場で金本を応援しているんじゃないんだから。だいたい属性で呼ばれたと気づいたら、つまり「ANIKIとはLiamの兄という意味ですよ」と誰かNoelに注進したらキレてしまうかも知れないぞ。だいたいキレるのも彼らの芸のうちだから。その点は談志を扱うように扱わなきゃね。

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2005年11月21日 (月)

Oasis来日とBeatlesの今日的意味

THE Billboard BOOKS OF NUMBER ONE HITS(英字誌)で改めてThe BeatlesのBillboard1位曲の数と週を調べてみた。

1964年2月のI Want to Hold Your Handに始まって70年7月のThe Long and Winding Road/For You Blueまで20曲がトップを獲得。通算59週に及ぶ。約7.5年だから年に2.7曲、約8週(つまり約2ヶ月)を占める。60年代後半は1年12ヶ月のうち6分の1はBeatlesが1位であったわけだ。

やっぱり凄いわ。

私は別段Beatlesが好きではない。同時代ではないし上手いとも感じない。事実として楽器の演奏がうまいとの評価を大ファン以外から聞いたこともない。ポールのベースの技量だけは当時の水準はいっているであろうが。
でも数字をみるとやはり圧倒される。何より驚くのは全20曲を私はすべて知っている点だ。ファンでもないのにいつの間にか20曲も覚えている洋楽など他には考えられない。
BillboardのNO.1はおおむねPOPである。問題作やヘヴィ・メタはまず獲得できない。要するにBeatlesはPOPだということだ。だが同時にROCKであるのも疑いない。明らかにアイドルでもあった。
つまりBeatles最大の功績はROCKという1ジャンルをアイドル性と普遍性を持たせることに成功した点にあろう。単なる成功ではなく7年半にわたって飽きることなくヒット曲を弾丸のように発し続けたことで、その座をガッチリと築いてしまった。

そう考えると一般に短いとされる約8年の活動期間も、それが限界だったと解釈できる。こうした稀な成功はそう長続きするはずがない。ファンもそうでない者も遂に人気をなくしたBeatlesをみることなく終えられた。小林秀雄的にいえば消え去った者は美しさを失わなくてすむということか。

次にBeatles台風が吹き荒れた64年から70年の間に対抗したバンドや個人を数えてみた。最大の対抗馬はThe Supremesで12曲ものBillboardNO.1を送り出している。Beatlesの20曲といい勝負だ。ただ1位であり続ける期間が決定的に短い。通算で22週。1曲当たり約2週でBeatlesの約3週と比べて見劣りがする。
メンバーの印象もかなり違う。Beatlesの4人はファンでない私でさえスラスラ言えてしまう。これまたいつの間にか刷り込まれているわけだ。ところがSupremesはDiana Ross以外の名が浮かばない。

3位はThe Rolling Stonesで5曲がNO.1の通算13週。さすがに食い込んでくるね。あらゆる意味でBeatlesと比較される彼らだが全盛期でもいい勝負をやっていた。ただ互角にはほど遠い。その分だけ長く解散せずに今日までやって来られたともいえる。
ファンにとってはどちらが幸せか。もっともバンドとしてのRolling Stonesの寿命は驚異的であり、その点に関してはBeatlesをしのいでいるといえる。

しかし改めて思う。Beatlesのいた時代はSupremesやStonesの時代でもあったわけだ。30年以上も経って「やっぱり凄いわ」と感嘆せざるを得ない音楽シーンがそこにはあった。その最後の時期にあたる69年にはWoodstockもあった。
似たような場面をあえて探せばLIVE AIDやWe Are the Worldを頂点とした80年代のMTV時代か。だが牽引したMICHAEL JACKSONがBeatlesやSupremesに匹敵する今日的意味があったかというと疑問で主人公はむしろMTVというシステム自体だったといえよう。
その後の90年代は新旧の音楽シーンがぶつかり合う混乱と模索の時期だった。Billboard自身もチャートを分割するなどの模索に入った。その結論は21世紀になっても出ていない。

カギを握るアーチストは何人かいるにはいる。なかでもBeatlesが生み出したアイドル兼ROCK兼音楽シーンの覇者という椅子をU2から奪ったOasisは観察に値するであろう。21日夜、彼らを聴きに行ってくる。
でもOasisでさえデビューから10年以上経つ。そう考えるとBeatlesは短かったんだな。

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2005年11月20日 (日)

町田市の女子高生殺害事件に想う

私がまだ中高生だった頃である。同じクラスに評判の美少女がいた。ある時彼女が私の家のごく近くに引っ越してきた。
私の家から学校までは2キロ弱である。たいていは徒歩で通ったが荒天時などはバスをしばしば使った。その日もバスで帰った。彼女も同じバスに乗っていた。当然といえば当然だ。そして同じバス停で降りた。当たり前である。すると彼女は小走りに駆け去ったのである。
しばらくして私が彼女を追い回しているとのうわさが校内に広まった。冗談ではない。前述のように彼女が私の家のごく近くに引っ越してきたのであって逆ではない。逆であったとしても追い回した事実などない。
これでも新聞部の部長として校内世論を牛耳って?いた私である。頭にきたから彼女を糾弾する記事を書いてばらまいてやろうかとも思った。かわいいからって何を勘違いしてやがるってね。

しかし実行に移す寸前に考え直して止めた。気になった点があったからである。

一番気になったのはうわさの出所がわからなかったことだ。私が彼女の引っ越しを知ったのもまた事実によってではなく校内のうわさからであった。それほど彼女の動向は注目されていたのである。一方で私の住処などわずかばかりの友人以外は誰も興味がない。したがって彼女が私の居住地を知らずに勘違いした可能性がある。
私は気づかなかったが彼女はバスで帰るたびに私が乗り込んでくるのを認識した。何しろ同じクラスだから同じタイミングで帰る可能性も高いわけである。
また彼女自身がうわさを振りまいたか否かはわからない。直接問いただそうとも考えたが彼女自身が何らかの表現で私につけ回された風のことを誰かに言ったのは確実だ。聞けばそう答えざるを得ないだろう。だがそれは悪意か。前述のように知らなかったのかもしれないし単なる雑感を聞きとがめた第三者が針小棒大に脚色した可能性もある。
問いただせば恐らく彼女は泣くであろう。その図は私を一層窮地に追いやると同時に彼女にも悪い気がした。したがって真相は今もってわからない。

ずっと前のこんな思い出を再び呼び覚ましたのは社会人になってからだった。新聞社を辞めてしばらくは雑誌や広告のインタビューで芸能人を多く担当した。ただ私は芸能マスコミにはまったく興味がないので頼まれ仕事ばかりをこなしていたのだが。
それでも数をこなすと親しくなる人や相性の合う人も出てくるもので取材後の雑談や後日の個人的な食事などの場で彼女たちの苦労話を聞く経験もした。

そこでわかったのは美しい女性というのは私の如き醜い男性には想像もつかないほど子どもの頃から気を使い、恐い思いもしてきたということである。

彼女たちは今は芸能人だから美しさを商売にしている。だから何をされても私は同情しない。しかしデビュー前もそうだったとしたら、いささか同情の余地はあるか。ただし「美しいがゆえの悲劇」というのは、そうでない者にはなかなか純粋に同情できないところがある。あんたも結構いい気になっていたんじゃあないのと混ぜっ返したくもなる。しかしよくよく聞くとそうも言っていられない怖い目に遭ってはいるのだ。大なり小なり。

その時に例のバス停から駆け去った同級生を思い出した。私は知らずとも彼女は私が再三同じバスに乗り込んでくるのを恐怖と感じたのかもしれない。常に好奇の目にさらされている美人は危ない目に何度かすれ違っているから警戒心も人一倍強かろう。

知り合った芸能人とくだけてくると私が話し、彼女らの多くが笑う話がある。私は社会人になってこれまでの間に都心部の6年間木造アパートの1階に住んでいた。夏はパンツ1枚で部屋をうろつき回って寝る。洗濯物は容赦なく干す。何の思いも抱かずにそうしてきた。すると彼女らは「うらやましい」というのだ。
何しろパンツ1枚の姿を見られてこちらに困る要素は何もない。むしろ見た方が気の毒である。下着を干したとて誰一人盗む者はいない。無価値以上に有害物質でさえあるからだ。ところが美女の場合は正反対なのである。
要するに醜く生まれ育った私の如き人物は注目されなくてうらやましいと彼女らは言いたいわけだ。ムッと来ないわけではない。だが口ぶりは本気なのである。

そんなことがあって私は実は「自由」を手にしているのだと悟った。追いかけ回されることもなく怖がる必要もなく覗かれて失うものもない。倒錯ではなく半ば本気である。

東京都町田市の高校1年生の女子が同級生の男子に殺された事件を面白おかしく報道している。なかには女子の美少女ぶりをことさらに強調しているものもある。マスコミレベルでは誰も明言こそしないが「いい気になっていたんじゃないの?」との揶揄が早くも聞こえてきた。だが美しく育った女性は「いい気」にならなくても危険を背負うのはわかってあげなければならない。特に私のようにモテたという経験のない者は。
と同時に犯行に至った少年の心理もさまざまに報道されている。もちろん残虐極まる犯行には怒りしか覚えない。しかし美しい女性の振るまいは悪気が全くなくとも、あるいは本人は何もしていなくても回りが増幅して、鋭いトゲとなってモテない男の心を刺す危険があるのである。
狂気に走る前に大人である我々が何かしてあげられなかったかと頭を抱えると同時に先天的な美醜を生み出した「神」とやらの真意を疑う。何よりも同じ構図は日本中にあることを憂う。

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2005年11月19日 (土)

「新しい歴史教科書」騒動のくだらなさ

扶桑社版の中学校検定教科書『新しい歴史教科書』(西尾幹二代表執筆者)をめぐる賛否両論の論争について何かを述べなければならないと思いつつ、これまで触れずにきた。
というのも、私が何かを指摘する以前に賛否両陣営から洪水のような指摘が日々報道され、その多くが私の気づいた点と一致していて、改めて指摘する必要がなかったからだ。

ただ一点だけ賛否両陣営とも無視している点がある。それは「教えられる立場」の実情をまったく顧みていないことだ。

「新しい歴史教科書」は中学だが、中学・高校の日本史といえば、大半の生徒は、「定期試験があるから」「受験に出るから」やるというのが主な動機だ。
もし試験に出るという事実がなければ、大半の生徒はほとんど覚えようとはしないはず。否、試験に出たとしても、一夜漬けや駆け込み勉強で切り抜けようとする場合が多い。教科書を作成するなど、歴史教育を考える上で最も憂慮すべきは本来この点である。

受験でいうならば中高一貫教育の学校や、東京都の場合ならば3教科での高校受験を選択した生徒に日本史は関係ない科目である。また受験科目にあったり、定期試験で出される場合も、その大半は一問一答などの「客観テスト」形式であり、賛否両陣営ともども問題視している指摘の大半は答えを導き出す何のきっかけにもならないので、熱い論争は試験や受験という現実そのものを生きている中学生には無価値である。
要するに試験のためだけの歴史教育になっている現状を改めなければ当事者の生徒にとっては何の意味もない論争だといいたいのだ。

この問題が最初に起きた2001年の朝日新聞8月22日の「天声人語」に以下のような記述があった。

(前略)戊辰戦争については10人中2人だけが「聞いたことがある」と答えた。(中略)インターネットを使って国公立大学の大学生から聞いた結果だとして、ある人から教えていただいた

「戊辰戦争」は、どんな傾向の教科書でも必ず掲載されている非常に有名な出来事だ。にも関わらずこの記事が正しければ、その用語を「聞いたことがある」が5人に1人しかいないのである。
戊辰戦争の内容を知らないというのではなく、聞いたことさえないとする人が、一定の知的水準にあるとみられる「国公立大学の大学生」でさえ80%を占める現実には慄然とさせられる。
本来、聞いたことがないはずはない。なぜならば学校では必ず教えていて、特に受験に日本史を選んだ人は知らずに済むはずがない用語だから。

賛否両陣営に問う。教育を受ける側にいる中学生から、この教科書問題の論点を、どちらの側でもいいから、切実感をもって受け入れられたと確信できる何かがあったか。それがないとすれば生徒というまさに教育を受ける主役を無視した空理空論である。
私は史学科の出身である上に歴史に基づく取材をかなりしてきたので高等学校の教科書に載っている事項のほとんどをそらんじている。別に自慢でも何でもなくわずかな特技を磨くことで生きる糧を得ているに過ぎない。
その背景をもとに調べたことがある。私は日本史で受験をして早稲田や慶應義塾のような難関校に進んだ多くの大学生を知っているが受験で覚えたことの大半は忘れている。そりゃあそうだ。あんな瑣末で日常に役立たない知識を覚えていても仕方がない。「天声人語」の指摘はほぼ事実であろう。
つまり日本史という科目は私のような史学科に進むといった自殺行為(文学部の男性は自虐を込めて自らの進路をそう呼ぶ)をしでかす者以外は、トップレベルの入試問題を解けるだけの暗記をいったんした者でさえ合格後は蜃気楼のように消えていくのだ。事実さえも忘れる。だから賛否両陣営が争っている解釈や認識など最初から問題にならない。

もうお里が知れているので卑しい言葉を使おう。必死で論争している方々よ。あなた方のやっていることは中高生の頭のはるか上を通り過ぎている自慰行為だ。

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2005年11月18日 (金)

9条改正は「45歳」でかわせ

10月28日に発表された自民党新憲法草案の第9条2項の4「自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める」が徴兵制度をねらっているのは確実である。

私はこの11月で43歳になった。45歳まで後2年である。

何の関係があるかって? 大ありなんですよ。
徴兵は戦前にならえば満20歳の全員(戦前は男子のみ)の検査に加えて召集による兵役がある。戦前の兵役法は1943年の改正で上限年齢を満45歳とした。
43年といえば敗色が漂い始めた頃である。それでさえ45歳を上限とした。つまり私はもう少しで兵隊に取られないですむのである。今後どんな戦争をするかはわからないが、まあ3年後ぐらいまでは1943年より切羽つまることもあるまい。逃げ切り間近というわけだ。ハハハハハ。
この計算は私とタメで軍事オタクの前原誠司民主党代表も当然しているだろうな。

では誰が戦場に赴くかというと私よりずっと下の世代となろう。募兵制の現在の自衛隊でではまかなえなくなれば必ず徴兵するが「若者から」との原則は変わるまい(でないと負ける)。後輩よ。お国のために頑張ってくれたまえ。靖国が待ってるよ。

さて自民党の草案なのだが9条1項は変えないから「国際紛争を解決する手段として」の戦争はしない。つまり戦前のような植民地拡大の侵略戦争を露骨にやることはまずない。

改正する2項の1は「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保する」「自衛軍」とある。現在の日本国の領土=我が国の「平和と独立」を脅かす、つまり戦前でさえもやらなかった本土決戦の時は自衛軍が出てくるわけだ。
何の心配もない。この国に攻めてくるアホはいない。何しろ米軍がいるからな。そして私は2年後以降は確実にそこで命を長らえる。万一攻めてくるアホがいたら「自衛軍」も何もなく私でさえ戦わなければ明白なので結局心配しても仕方がない。

2項の3によると「自衛軍」は「国際的に協調して行われる活動」も「行うことができる」とある。イラク戦争は国連の決議なしに行われたが日本は自衛隊を出した。ということは「国際的に協調」とは国連決議の有無に関わらずアメリカがやるといったら該当する「活動」であろう。
戦後例外的に激しく出兵してきたアメリカ。平均して3年に1回はどっかに首を突っ込んだアメリカ。それと一緒に見知らぬ土地で若者は徴兵されて死んでいくわけだ。
ある意味でこの事態は戦前以上にひどくはないか。戦前の特に「15年戦争」は少なくとも主観的には多くの日本人は「自存自衛」と思っていた。もちろん戦場とされた地域の、とくに民間人にとっての日本兵は自衛どころか悪鬼であったに違いない。
だが日本兵は「先達が血で築き上げた成果を守るのだ」という動機付けができた。それが「国際的に協調して行われる活動」でも持てるか。イラクやイランや北朝鮮に米軍とともに戦って死んだからといって何を守り何を得たとなるか。
北朝鮮に日の丸持って日本の軍隊が来たら金正日体制を憎んでいる庶民も、餓死寸前の若者も、寝たきりの高齢者でさえ将軍様のもとに団結して戦うであろう。あそこは忘れられた大日本帝国であるから、大日本帝国の末期のごとくに抵抗するであろう。
みーんな犬死にである。靖国の英霊のように少なくとも国のために死んだという思いさえ持てないであろうから。アメリカのために死んだとして何だというのだ。もっとももうすぐ45歳の私には関係ないが。

何でこんな自分勝手で冷淡な物言いをするかというと9.11で自民党を勝たせたのは多くは若者と彼らの親でもあるオバハン達であるからだ。
草案2項の2には「内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍」とある。その「内閣総理大臣」は純ちゃんだ!と熱狂した当事者であるから「最高指揮権者」の指揮の下で死んでもいいという選択をしたわけだよね。だったら死んでらっしゃい。私は小泉首相の下で軍人として見知らぬ土地で何のモチベーションもなく殺されたり殺すのはゴメンである。でも支持した人は違うのだ。
憲法改正は究極の「改革」で同時に自民党の党是である。だからそうなったとて同情しない。私は役立たずの45歳以上として安全なこのこの国で見守るのみである。

米国国防総省などの統計によると米軍の約4割は貧困層という。小泉「改革」はこの貧困層をドンドン作り上げてきた。とくに若年失業者は増えていて就業していても不安定なフリーターが多い。「貧困=若者」の図式はできた。後は「若者=兵隊」を作れば完成だ。20代で小泉自民党に入れた方々よ。そういうことなのだよ。

同時に中高年の賃下げやリストラも小泉時代にドンドン進んだ。その妻の座にあるオバハンのうち自民に入れた方々よ。あなたには不甲斐なく写っている夫に代わって溺愛している我が子を戦場に送ろうとしている党を勝たせたのだよ。

などと書いたら懲罰召集されたりして。ヤバイ。自民党ゴリゴリの実力者の方々よ。上記は冗談だととらえて下さい。私は戦場では年老いていて何の役にも立ちません。

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2005年11月17日 (木)

戦慄のベタ記事-民主党大丈夫?-

朝日新聞05年11月16日付朝刊「政治・総合」面のベタ記事によると

「民主党は15日の常任幹事会で、党の広報・メディア戦略を一元化して強化する『広報戦略本部』の新設」

に動き出したという。「総選挙の大敗を踏まえた措置」で「来月16、17日両日」に開く「定期党大会」で「正式決定」するそうな。

私は心底驚き、あきれ、かつ慄然とした。

このブログをずっと読んで下さっている人は私のこの感情の発露を聞いてニヤリとなさるであろう。もっともそんな奇特な方は世界で5人ぐらいしかいらっしゃらないだろうから改めて紹介させていただくと8月10日と28日および翌日の記事である。もしよかったら読んでみて下さい。
この時の取材で民主党は絶対にダメだと痛感した。これで選挙に勝ったら奇跡であると。自民大勝を首相自らは「奇跡」と呼んだが9.11で民主が勝ったとしても私にとっては奇跡であった。どちらかというと後者の方が驚いたに違いない。それほど民主党の態度には腹が立った。

このベタ記事で死ぬほど感じた点がいくつかある。

①党の広報・メディア戦略を一元化していなかった
一元化も何も最初から一元化しているもんだろう普通。大きな組織の関係者に尋ねると誰もがたいてい「広報を通してくれ」という。それはそれで問題だが一元化が組織に都合のいいのは明らかだ。
何しろ代表も前代表も郵便物ではコンタクトできず、党の広報機能を担う様子であった「役員」とかいう人はもう(再び書く気もしない。すいませんが過去の記事を読んで下さい)・・・・。
あれは一元化していなかったのか。ということは民主党の広報は多元化していたのか。なるほどそれならわかる。代表が党の看板として打ち出した言葉が「役員」(だいたい「役員」って何?)が説明しないという事態が起きた理由もね。

②「広報戦略本部」とは何だ
ただし小誌が聞いたのは「広報・メディア戦略」などという大げさなことではなかった。繰り返すが代表の掲げた看板の説明である。小誌は『記録』という名のタイトルである。なぜ『記録』というタイトルを付けたのですかという質問をされたのと同じである。それを答えられなかったか答えなかったのだ。
単に「広報」といわずに「広報戦略本部」と大仰に構えるところが気になる。何だか「政権準備政党」に近いメンタリティーがありませんか?
「戦略」とは具体的に何をさすのか。その下には戦術や戦法があるはずだが「広報戦法」「広報戦術」をイメージしての「戦略」なのか。だいたい戦術・戦法が何かもわからん。この質問を「広報戦略本部」が正式に出来たら真っ先にしてみよう。結果はどうなるかって? そりゃあもう・・・・そうなる予感。何なら読者諸賢も試してみたらいかがですか。電話一本ですから。

③総選挙の大敗を踏まえた措置って本当?
遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い。大敗するずっと前から菅直人事務所のポストから郵便物はあふれ返っていたのだ。
小誌に取材を拒否した時点で「回りきれていない」のは明らかだった。松下政経塾では遅くてもいいのかも知れぬが政党はスピードも大切でしょう。「あの○○」と呼ばれていた武部勤幹事長でさえ刺客を何日でそろえたか数えてみた?
11月15日は「総選挙の大敗」から数えて2ヶ月を越えている。誰でもできる引き算だ。「一元化」なんて1日もあれば出来るでしょう。一元化しているものを分けるのは大変だろうけど。
しかもさらに1ヶ月後の「定期党大会」で「正式決定」するのそうだ。決定後もいろいろあるから正式に動き出すのは来年になる可能性が高い。それまで多元化でいくわけか。
だいたい「総選挙の大敗」という大事件を「踏まえた措置」を「定期」の「大会」まで先延ばしする神経がわからん。

といろいろ噛みついた。ただ9月12日の記事にも書いたが私は民主党に頑張ってもらいたい側にいる。何といったって自民はバツなのだ。それに対抗できる勢力は「大敗」したとはいえ民主党しかない。零細企業主の私からみると負けてなお鷹揚に構えているような気がしてならないのだ。公党にこうした書きようをするのは僭越かつ失礼だと感じる慎みぐらいはもっているつもりだけれども激しい言葉を吐かないとわかってもらえそうもない不安が拭えない。
取材を拒否されて怒っているのに応援している竹中直人の芸みたいな醜態をさらしてさえも私はこんな記事を書いている。頼むよ民主党。あなた方は今、大ピンチなんですよ。巨大化したライオンに襲われつつあるのですよ。いやすでに襲われているのですよ。

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2005年11月16日 (水)

後藤田正晴と旧首相官邸

私が初めて首相官邸に行ったのは新人研修の時だった。迎えてくれたのは第三次中曽根内閣で再任された後藤田正晴官房長官。今年9月に亡くなられた「カミソリ」長官である。
その官邸(以下「旧官邸」)は02年に今の首相官邸(同「現官邸」)に引っ越すまで1928年末から実に74年間使われてきた。

現官邸は2階(一部3階)建ての旧官邸に対して地上5階、地下1階建てとなり、広さは約2・5倍。磁気カードの所有者のみが首相執務室までたどり着けるという厳密なチェック体制が取られ、カードチェックも複数回行われる。身分証明カードだけで執務室までぶら下がれた旧官邸の時代は終わった。

その点で旧官邸は前述のように「ぶら下がり」で肉声を得るスペースがあった。

1階の正面出入り口から2階にある首相執務室にたどり着くには狭い階段を上がっていった。赤じゅうたんが敷き詰められた階段はまず5段あり、その後踊り場のような部分が数歩分ある。さらに12段の階段を上った左側に首相執務室があった。記者にとってはこの階段こそ首相のナマの声を聞く最大の取材場だった。
首相が執務室で記者に応対することはまずない。だからこの階段で記者は待ち伏せ、あるいは連れ立ち、ぶら下がって首相の一挙手一投足を70年以上ウオッチしてきた。いわば日本一重要な話がされた階段だといっていい。
現官邸に移っても小泉首相はテレビの効用をわきまえているので声を聞くことはできる。しかしその義務はないから首相が代われば主の肉声が聞けなくなってもおかしくはない。

どちらの官邸も首相執務室に加えて閣議室、官房長官および副長官の執務室といった、事務を取り扱う機能がある点は同じだ。だから現官邸と比べると旧官邸はどうしても狭く感じる。
まず廊下が狭い、というか細い。それが迷路のように各部屋を走り回っていて、相当熟達しないと迷ってしまうような仕組みになっている。これはテロリストなどから首相を守るためにわざとそうしたという説から、単に当時の洋風建築の模倣の結果に過ぎないという説までさまざまあったが真相は不明。
竣工当時の設計者である旧大蔵省営繕管財局が何を考えていたのか。結構調べたが決定的な資料がない。ご存じの方がいらっしゃったら是非お教え下さい。

旧官邸が首相の住まいである公邸として装いも新たに登場したのが今年4月。2・26事件など血なまぐさい事件のあった場所でもあるので幽霊が出るなどといううわさもあった。それでも解体せずに公邸としたのは70年以上にも渡る官邸としての歴史を評価したのであろう。
ただ幽霊が出る系の話はやっぱり付きまとうなあと妙に感じ入ったのが今年10月に小泉首相が公邸(旧官邸)の庭で麻薬キノコ(ヒカゲシビレタケ)を見つけたというニュースであった。おお恐い。

話を戻そう。毎日新聞の新人記者を相手に後藤田長官は「君たちはいつも労働時間短縮だとか過酷な労働を強いるべきではないなどと書いているが君たち自身はどうなんだ」という話を延々と聞かせてくれた。私は妙なことを気にする政治家だなと不思議の感に打たれた。

新聞記者は自らはメチャクチャ働きながら紙面には「労働時間短縮を」などと書くのはおかしいと言っているのだがピンと来なかった。
しかし謎はすぐに解ける。研修を終えて配属されて「なるほど」と理解した。それでも別の疑問が残った。後藤田長官は揶揄しただけだったのか新人の将来を心配しての話だったのか。
政治記者がメチャクチャ働くのは取材対象の政治家がメチャクチャ動くからでもある。その代表的存在が後藤田長官だった。私が官邸で話を聞いた時点で彼はすでに70歳を越えていたことに今さらながら気づいて驚く。
記者を東奔西走させている70代の爺さまが20代の新人記者の身体を気遣うということはあり得るのであろうか。彼は警察官僚でもあったから社会部系の記者の夜回り朝回りも十分に知っていたであろうに。
そのことを問う機会はついに訪れなかった。

警察官僚出身なのに選挙違反をやらかし、エリートなのに叩き上げの金権田中角栄の懐刀となり、タカ派の代表的存在である中曽根康弘内閣に加わりながら外交や防衛面では強いハト派指向を隠さなかった後藤田正晴。新人研修の話も二重三重の含みがあったのかも知れない。
でも似合っていたなあ。「政府首脳」である官房長官らしい雰囲気を漂わせていた。当時は毎日の新人あたりは「自民党なんてくそ食らえ」風の精神構造が強かったが研修後に「案外と格好いいものだな」との感想が出た。政治家は「二重三重の含み」があるぐらいでちょうどいい。そして背景にあった旧官邸の鬱然としたたたずまいが鏡写しに広がる。

ハイテクな現官邸とワンフレーズの首相と「チルドレン」「イエスマン」国会議員とタカ派むき出しの「ラストサムライ」のイケメン官房長官。時代は大きく変わったのだ。

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2005年11月15日 (火)

同時多発テロで失った欧州の「ジェノバの自信」

2001年9月11日の米国同時多発テロで何もかも変わってしまったとよくいわれる。アメリカには同情が殺到してアメリカは報復を決意してアフガニスタン戦争へ。それでも終わらずイラクに出兵しようとして「ちょっと待て」とフランスなど欧州勢が止めに入ったにも関わらずに強行。
ほんのわずかの死者で撤兵したソマリアに比較しても2000人以上のアメリカ兵が死んでなおイラクに居続けるのは同時多発テロの後遺症がいまだに癒えないということであろう。

そこで思い出そうとふと考えた。「何もかも変わってしまった」テロ事件の直前の世界はどうだったのかと。

直前の国際関係で最大の話題は7月のジェノバ・サミットだった。ここでは深刻化する地球温暖化防止のため、1997年に採択された先進国に温室ガスの排出削減を義務づける「京都議定書」の批准をめぐってアメリカと欧州が激しく対立した。
去る3月に離脱を表明していたアメリカに欧州は批准を迫っていた。欧州がアメリカとの正面衝突も辞さない強硬姿勢は「アメリカべったり」のわが国民を驚かせたものだ。背景には欧州の逆襲とでもいうべき拡大EU(欧州連合)の存在があった。

思えば第二次世界大戦終了後の欧州はミジメだった。20世紀初頭まで世界は英国を頂点とした欧州の世紀であったのに2度の世界大戦の主舞台となって、いわば自滅した形で、第二次大戦後、欧州は事実上の世界一の座を米国とソ連に譲ってしまった。
以後、ソ連と東ヨーロッパ、米国と西ヨーロッパという軍事ブロックが出来上がり、分断されたまま1990年代を迎えた。
そこでソ連の崩壊という事態に直面し、必然的に東西ヨーロッパの軍事的対立も和らいだ。ソ連の崩壊は「米ソ冷戦の終了」という強いイメージを世界中の人に与えた。

「欧州の逆襲」はここからだ。93年にはEU(欧州連合)が発足し、99年からは単一通貨「ユーロ」が発行され、同時多発テロ直前では政治的にも統合もあと一歩という空気がみなぎっていた。
その時点でEUのめざす規模は、質量ともに日本人一般が想像するよりはるかに大きかった。質の点ではすでに加盟していた15ヶ国だけで名目GDP(国内総生産)はトップのアメリカと肩を並べていた。
量も見逃せない。それ以降に加盟を予定していた28ヶ国が本当の連合体となれば、人口は約5億人とアメリカの2倍となり、世界でも1位の中国、2位のインドに次ぐ多さとなる。もちろんGDPは世界一。「小さな国ばかり」の印象も払拭され、面積も世界7位に食い込んでくる。
唯一の超大国であるアメリカも拡大EUの完成は、その座を揺るがす存在と脅威を感じているはずだった。それが京都議定書への対応の違いに直接の関係があったかどうかはわからない。ただ背景に両者のつばぜり合いがあったのは間違いなかった。

ところが同時多発テロはイギリスをアメリカ側に引き寄せてしまった。さらにイスラームへの警戒心を欧州に呼び起こしてトルコ加盟問題やオランダの内政混乱を育んだ。
EUは自然と独仏「枢軸」の色彩を深め、その「枢軸」さえドイツはシュレーダー首相が敗北し、フランスの国民投票も「EUにNON」の方向に傾いてしまって再び分裂の遠心力がかかっている。平等を国是とするフランスにもイスラームへの不安が極めて抑制的ではあるが確実に力を増している。
9.11で「何もかも変わってしまった」のはアメリカだけではなかった。

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2005年11月14日 (月)

コリアンという呼び方への不審

石原慎太郎東京都都知事が「支那」「三国人」といった言葉を使ったのは基本的に不穏当だと私も思う。ただ「言い換えれば済むのか」という問題提起には意味があった。ただし石原知事の場合は「言い換えなければどうなるのか」には答えていないが。

ここで私が考えたいのは「朝鮮人」という呼称である。韓国(大韓民国)と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に生まれた圧倒的多数の民族を指すと同時に様々な理由で戦前から日本に住んでいる在日の同一民族をもさす言葉だ。
「朝鮮」とは韓国と北朝鮮のある地域を示す用語でもある。日本が国号であると同時に地域を示す言葉でもあるから我々が日本人と呼ばれて何の問題もないように韓国と北朝鮮の民を朝鮮人と呼んで何の差し支えもないし寡聞にして両国からその用語を使ったことに不快感を示された記憶もない。
その点で「支那」に不快感を表明する中国とは違う。
古朝鮮(とくに衛氏朝鮮は存在が確実視されている)の時代から国号にも地域名にも自ら朝鮮と名乗り、李朝も同様であった。現在でも北朝鮮は国号に使用している。本来は何の問題もない。

ただし日本の側に「朝鮮人」という言葉を使いにくいとの意見がある。それは歴史に由来しよう

①いわゆる「日帝36年」すなわち日本の朝鮮半島の植民地支配時に支配階級として乗り込んだ日本人がそこに住まう人々を呼んだ「朝鮮人」に込められた侮蔑的ニュアンス
②同じく「日帝36年」時に日本国内の日本人が朝鮮半島の民に込めた同様のニュアンス
③戦前の在日朝鮮人を「鮮人」などの蔑称で呼ばわった名残り
④1945年以降の在日朝鮮人に対するあからさまな差別の際に使用した「朝鮮人」のニュアンス

などが問題の根源にあるようだ。
三国人も元々は戦争の当事者である連合国軍の者でも敗戦国の日本人もない日本の旧植民地出身者への呼称といった説が有力で在日朝鮮人も含まれるわけだが「三国人」の一部が戦後の混乱期に騒動を起こしたことから次第に蔑称化した(異説あり)。

以上のような過去から日本側から「朝鮮人」との言葉を控えたいとの気持ちが最近さまざまな書き換えで表明されるようになった。一番目立つのは「コリアン」である。言うまでもなく朝鮮人の英語通称であるKoreaから考え出された。
Koreaは高麗王朝に由来する。高麗も長く続いた王朝であるし服属させたモンゴル帝国が世界最大の版図を誇ったから世界中にその名が知れ渡ったのもおかしくはない。だからといって日本語で「コリアン」とするのは妙な使い方だ。
例えばアメリカ人のことは「アメリカ人」と表記するのが一般で「アメリカン」とはいわない。他の国も同様である。ならば「コリアン」ではなく「コリア人」とすべきだ。
ここで問題なのは朝鮮人は自らは朝鮮人と呼ばれていいと考えているのに英訳の「コリアン」でさえない「コリア人」なる日本語をでっち上げるのは妙だという点だ。だから使わないのだろう。

人によっては韓国人を使う。李朝は1897年から国号に「大韓帝国」を使用して外交文書でも略して「韓国」と使った。大韓帝国は1910年の日韓併合まで続く。だからいいと。
ただし大韓帝国時代に生まれた人は95歳以上である。その頃に日本に渡った子孫を在日韓国人と言わば言えるが「日帝36年」以降はどうかとなる。
しかも周知のように今や韓国といえば朝鮮半島南部にある大韓民国を指すのが自明だ。だから大韓民国人を「韓国人」というのは正しい。しかし北朝鮮の民には使えまい。

深刻なのは在日朝鮮人である。現在は韓国と北朝鮮が分立しているので1945年以降の来日者のうち韓国出身者を在日韓国人と呼ぶのはいい。だが戦前からの在日朝鮮人とその子孫はどうするか。
民団(在日本大韓民国民団)所属者を韓国人と呼ぶ例もあるが朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)所属者はどうするのか。現在は北朝鮮の域にある地域で生まれたかその子孫で韓国籍を持つ者の場合は? 逆の場合は?

やはりかつての経緯は経緯として我々はきちんと朝鮮人と呼ぶべきであろう。その言葉を蔑視したのは他ならぬ日本人なのだから。ただしそのいきさつは忘れてはならない。その民族が民族名として誇っている名を妙に書き換えるは結局は形を変えた差別になる。
むろん朝鮮人自身が「日本人にそう呼ばれるのは嫌だ」と表明したら別である。どの民族に限らず彼らが嫌がる名称を使うのは失礼であるからだ。

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2005年11月13日 (日)

特養で知った本当にある怖い話

特別養護老人ホームの取材(ルポ形式)というのは記者ならば誰もが1度はやるのではないか。私も初めて経験して以来「これはすごい」と何度か取材した経験がある。
小誌1994年11月号「お年寄りの自立とは何だろう」

http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/kiroku/back_namber/199411.html

は小誌の大畑太郎が駆け出しの頃の記事である。ここでは私自身のビックリ仰天話を述べたい。

1)「お婆ちゃん。またブツブツ言っている」の正体
その女性高齢者はほとんど起き上がったり立ち上がったりせず、たいていは寝たきりで過ごしていた。他者との会話も不可能である。そしてずうっとブツブツ何かを唱えているのである。食事の時も就寝時間でも聞こえるか聞こえないかの低い声でいつもいつも途切れることはない。
彼女はすでに家族が面会に来ても誰だかわからないほどになっていた。そのことが既に中年に差し掛かっていた娘さんにはつらいことらしく涙ぐむのが常であった。それでも孫を連れてきては話しかける。看護師もかいがいしく声をかける。しかし反応はなくブツブツブツが続く。

「お婆ちゃん。またブツブツ言っているのね」という看護師だか介護士だかの声を私はなぜか聞きとがめた。そして耳をそっと彼女の口に近づけてみた。最初のうちは何だかわからなかったが、やがてあるフレーズではないかと疑いを持ち始める。「もしや」と胸騒ぎして自分の記憶をたどりつつ何度も聞き続けた。

そしてその正体を確信し心の底から恐怖した。
繰り返すが彼女は娘の顔さえ忘れて会話もできない。ところがたった一つだけ唱えていたブツブツは、最後に残ったたった一つの記憶だったのだ。

それは教育勅語だった。
私は大学で日本史学を学んでいたので戦後生まれながら教育勅語の概要は暗記していた。だが看護・介護する人は若くて当然知らない。「朕惟フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ・・・・」を抑揚なく低い声で延々と繰り返したのだ。
強制奉読の際の独特の抑揚こそ消えていたが内容は紛れもなくそうであった。
教育の持つ刷り込みの恐ろしさや、戦前はまだこんなところにも残っているのだという感懐に襲われた

2)優しい家族
その男性高齢者にはいつも笑顔の訪問者がいた。男性高齢者はもはや人の顔を識別できない程であったが訪問者のことはわかるらしく、しきりに固有名詞の呼び捨てで語りかけていた。内容は支離滅裂で私にはサッパリわからないが訪問者はニコニコと聞き、温かな雰囲気が回りを囲んでいた。
帰り際に「お父様ですか」と聞くと訪問者は違うという。親族かと問うとそれも違うというではないか。では何者かと質問を進めたら何と何者でもないという。ずっと以前に同じ施設を訪問した時に(その理由を訪問者は明かさなかった)その男性高齢者が私も聞いた息子とおぼしき固有名詞で呼びかけられて以来、時間が許す限り訪ねることにしているという。つまり赤の他人だったのだ。

もっと不思議なのは調べた限りでは男性高齢者には男子はいないようなのだ。子どもでもない固有名詞で呼ぶ高齢者と赤の他人なのにそれを求めて何の見返りもなく訪ねる訪問者。そんな関係を何と名付けるべきか。

3)人生は五分と五分
重度の認知症になっても性格は存在する。大人しくたたずんでいるばかりの人もあればワンフレーズとワンパターンを繰り返す人もいる。その男性高齢者はヒマさえあれば怒鳴り散らして廊下など公共スペースで騒いだり寝転がったりする「問題児」であった。
ある日、その人が顔にあざを作っているのを見た。どうせ暴れた結果のケガであろうと見過ごしていたが治った頃に別の場所に青あざや打ち身を設けている。不思議になってしばらく見張っていると、どうやら公共スペースの隅の方で「ヤキ」を入れられているのだった。誰がそうしていたかはこの際秘匿するとしよう。

問題はその人物の過去である。できる限り調べてみたら何と元高級官僚で官庁のかなり上位まで上り詰めたエリートだったのだ。しかも当時を知る者によれば彼は現役時代から大変尊大であったという。
私の知る限り、彼には一度も見舞いが来なかった。誰も来ないのである。そして認知症となっても尊大さは変わらない。変わったのはかつては平伏していた相手に今やヤキを入れられてる点である。
私はつくづく人生は五分と五分だと痛感した。

4)ヌシの本当の姿
特養に勤めている全員がヌシと認めている女性がいた。かれこれ10年もそこにいるのだという。年の割りには押し出しがよくてこよりのようなものを作るのが得意だった。
皆が寝静まった頃、彼女は私に話しかけてきた。言葉は清明である。態度もシャンとしている。とても認知症には思えないのでそう問うたら「違う」と明言した。その後にいくらかの会話をしたが記憶力などすべての点で素人の私でもわかるくらい「健常」であった。ただ足に少々の身体障害を持つのを除けば。

彼女もまた誰も訪ねては来ない。しかし身寄りはあるらしい。その身寄りと施設との間に何らかの関係があるらしく彼女は認知症でもないのに特養に居続けている。寂しくないかと聞いたら「ここで私は必要とされている」と答えた。確かに千差万別の動きをする入居者の交通整理のようなことを彼女は甲斐甲斐しく務めてはいた。
時に彼女は看護師などが詰めている泊まり部屋にまでやってきては四方山話をしていく。驚いたことに勤めている側からさまざなな相談が持ちかけられるともいう。

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2005年11月12日 (土)

和泉元彌とセッチーは偉い!

プロレスの「ハッスル・マニア2005」が11月3日、横浜アリーナで開催されて狂言の和泉元彌が初めてリングに上がった。鈴木健想を「空中元彌チョップ」とやらで倒したというから驚きである。母の節子さんが率いる「セッチー鬼瓦軍団」が脇を固めたとか。健想の妻の浩子も加勢して大いに盛り上がったという。

私は元彌氏がこれをもって「墜ちた」とは決して思わない。「セッチー」こと節子さんには拍手を送りたい。

さて02年。「和泉元彌」に関わる「スキャンダル」は連日報道されていた。勝手に二十世宗家を名乗ったとか、ドタキャンだのダブルブッキングがどうだとかとあたかも社会的関心事のように騒いだ。
私はその背景に「セッチー」という「ですぎた女」をよってたかってバッシングしてやろうとのいじめの構図を感じた。ジェラシーや、それを叩く快感を隠して、もっともらしい解釈を加えて叩きに叩く構図はワイドショーの得意とするところ。「セッチー」の前には和歌山の毒物カレー入り事件の林真須美被告や「サッチー」こと野村沙知代元プロ野球監督夫人と続いていた。
たしかに林被告は当時、凶悪事件の容疑者で、その後逮捕、起訴されたので、報道する一定の価値があったのは認める。野村夫人も01年12月6日に脱税容疑で逮捕されたので、それを指弾するのがいけないとはいわないし、ニュースバリューもあるのはわかる。

しかしその間にプライバシー侵害としかいいようのないウソか誠かわからない情報を、これでもかとたれ流して視聴率が上がったという話を聞くにつれてメディアを介した集団リンチに近いのではと感じた。
このような批判はワイドショーの制作側にもある程度伝わっていたようで、野村夫人の場合には、彼女が旧新進党の国会議員の名簿搭載者として立候補しており、場合によっては繰り上げ当選の可能性がある「公人」だとの言い訳がされていが語るに落ちたとはこのこと。
野村夫人が「公人候補者」ゆえに、何時間もプライバシーも含めて批判されるべきだとしたら、文字通りの「公人」には何十時間もさいてあらゆることを批判すべきだ。小泉首相など1日中批判していないと釣り合いがとれない。

しかも「セッチー」はどこから迫っても「公人」ではなく犯罪の容疑者でもない。そのような人物がなぜバッシングされるようになったのか。
「和泉元彌」の名が広く知られるようになったのは、01年のNHK大河ドラマ「北条時宗」で主役を演じてからだ。節子さんは、主役に決まったと発表された00年末に元彌氏が務めた紅白歌合戦の発表に付き添うなどして、「あれは誰だ」と密かに注目された。
そして翌年2月に元彌氏とタレントの羽野晶紀さんとの「熱愛」が明らかとなり(後に結婚)、節子さんが猛反対しているとか、嫁としての「鬼の心得」を述べたりといった報道がさかんになされた。

ところが、肝心の「北条時宗」は大河ドラマとしては人気薄で終わり、この年から02年初めにかけては小泉・真紀子人気や米国同時多発テロ、年末の野村夫人逮捕、鈴木宗男問題など有名国会議員の不祥事と相次いで「大ネタ」があったので、「和泉元彌」話はチョコチョコ報道されるにとどまっていた。でもその間に、少しずつ、でも確実に「セッチー」の否定的なイメージは視聴者に浸透していった。そして大騒ぎとなる。
ではあの騒ぎは騒ぐだけの価値があったのかを考えよう

1)ドタキャン・ダブルブッキングがそんなに問題なのか
一般常識としてはもちろんいけないが、それで信用を落とすのはあくまでも和泉側なので、第三者がワーワー騒ぐ必要はない。それによって被害を受けた人が我慢できないならば損害賠償請求をすればいいだけのこと。それが頻発すれば報じる価値があるかもしれぬが、そんな状況ではなく、また仮に民事裁判の被告になったとしても、それを実名で報じるにあたっては慎重さが求められるのは報道の大原則である。
節子さんのマネジメントが稚拙であるとの批判もあるが、伝統芸能は狂言に限らず、能や文楽、また比較的大規模な歌舞伎でさえ、世間が思っているほどもうかる職種ではなく、小規模なマネジメントでやっている。だからプロレスにだって出るのだ。
「おめでとうございます」で知られた太神楽の海老一染之介・染太郎師匠は、あれだけの有名人でありながら、マネジメントは本人でやっていた。そのことを芸能マスコミが知らないとしたら勉強不足だし、知っていて批判をするならば、せめて伝統芸能の経営の実情ぐらいは併せて報じないとフェアではない。

2)長時間かけて報じる価値のある出来事か
たしかに元彌氏や節子さんが公人ではなく、刑事被告人になる可能性がなくても、社会に重大な影響を与える人物であり行動だと報道する側が判断すれば、独自の判断に基づく報道はあってしかるべきである。で、どんな判断があったか。視聴率が上がる以外に何かあるのか。

3)和泉流の内紛が大ニュースなのか
報道では、元彌氏が勝手に「二十世宗家」を名乗り、それを商標登録したことが問題だとされているが、別に犯罪でも不法行為でもない。和泉流に内紛があるのは事実のようだが、それは和泉流の内部でどう解釈するかというだけの話で、それ以上ではない。おそらく元彌氏と対立している側の認識もそうであろう。
だいたい狂言という伝統芸能を、ワイドショーはこれまで今回の騒動の何百分の一かでも時間をさいて紹介したことがあったか。
和泉流ということならば、1994年に当代一流の人気を誇る野村萬斎が「萬斎」を襲名したときに、「萬斎」は五世野村万蔵の隠居名であり、本来ならば現在活躍中の七世万蔵(現在は野村萬)に継ぐ資格があり、七世万蔵の弟である万作の子である今の萬斎が継ぐのはおかしいとの意見があった。
当時は狂言界の一部で深刻な話題となったはずだが、たいして騒がれなかった。当然である。騒ぐ方がおかしいのだから。その時には「セッチー」役がいなかったからワイドショーは騒がなかったのだ。

4)母親が息子の結婚に反対してはいけないのか
どのような思想をもっていようと自由だし、表現の自由も憲法で保障されている。あえていえば憲法24条の「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」の精神にそむいているということにでもなるか。
でも「両性の合意」によって元彌氏と晶紀さんは実際には結婚したから、それほど糾弾されるいわれはない。後は家族の、つまりプライバシーの問題である。
それに、俳優の梅宮辰夫氏がタレントである娘の結婚に反対の発言をしていた頃、ワイドショーはずいぶん好意的に取り上げた。父親が成人した娘を心配すると好意的で、母親が成人した息子を心配するのは否定的というアンバランスの裏側に「男尊女卑」という封建道徳がある。

5)マスコミの自作自演の「狂言」ではないのか
私は「狂言」(仕組んで偽る)を演じているのはマスコミ自身ではないかと疑う。節子さんを出演させて何かと話を引き出しているのも、ダブルブッキングを追い掛けて騒動に仕立てているのもマスコミ自身。
岐阜から東京までの「ダブルブッキング」で、和泉側がヘリコプターや飛行機などを約300万円かけて移動したなどと、その異常ぶりを報道したワイドショーが使用した報道用ヘリや車、殺到した「報道陣」の人件費などはいくらかかったのか。
マスコミ自身が大騒ぎして、その様子を「大騒ぎが起きている」と報道する行為は「仕組んで偽る」そのもの。この意味での「狂言」師はどうやら和泉側ではなく、ワイドショー側にいらっしゃるようだ。

かくして和泉親子はダーティイメージに消えたかに思われた。しかし男尊女卑やしっとしっと心からなるバッシングを肥やしにして「セッチー」は「鬼瓦軍団」と化して逆襲に出た。考えてみれば「ハッスル」も「空中元彌チョップ」も皆虚構(偽り)の世界だ。鈴木健想とまともに闘って勝てるわけがない。そこを舞台にして「仕組んだ」のだから和泉元彌は立派な狂言師である。

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2005年11月11日 (金)

次の生け贄は自治労だ

http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/6579655誰も心配してちゃあいないが・・・・
自治労(全日本自治団体労働組合)よ。あなた方はライオンと平蔵に狙われている。いったん標的にされたが最後、あなた方は郵政職員と同じ運命をたどる。
いくら言い繕っても国民の大半はあなた方の主張に耳を貸さない。「逝ってよし」の判断を下すであろう。
そうなって気づいても遅い。ロシア革命のクラークのような運命をたどるのだ。

政府(主に財務省)は財政再建のもとでサラリーマン大増税を企てている。これは実現するに違いない。国民が自民党を大勝させたツケであるから自業自得ではある。
ただ政府もいきなり大増税というメスをギラつかせて患者を怖がらせたりキレさせたりはしない。その前に麻酔を打つ。総額30兆円ともいわれる地方公務員の人件費は生け贄にはもってこいである。

地方にいけばいくほど「産業」は公務員と土建しかない・・・・それが数年前の私の感想であった。
その後、土建も青息吐息になっている。後は惨憺たる状況だ。年金生活者は長く続く超低金利政策にあえぎ、若者は去り、商店街はシャッターを下ろし、農家は自由化と後継者不足に力を落とす。
そのなかで地方公務員だけが「国家公務員準拠」の給与を受け、総務省の調査などによれば更に上乗せされている。そこに『週刊文春』などの「ヒマすぎる」キャンペーンや大阪市の「ヤミ手当」問題などが露呈した。

このところ総務省の動きが活発である。さまざまな調査を行っては地方公務員の給与が優遇されていることを明らかにしている。その上で「見直す方向」を打ち出した。そこの大臣に平蔵が就任した。

歩き出している言葉は以下の通りである

・年収は約800万円
・公務員の約4分の3は地方公務員
・人件費は年間約30兆円
・警察官を除いて地方公務員はヒマすぎる
・無駄遣いやヤミ手当がある
・厚生年金よりも手厚い共済年金に加入している
・地方公務員法27条以下でリストラはおろか降任さえ滅多にない身分保障がある
・市役所や町村役場の採用は不透明である

いずれも事実か「当たらずといえども遠からず」の部分がある。

森永卓郎著の『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)が売れる時代を生きるサラリーマンにとって、こうした指摘は腹が立つに違いない。

消費税を現行5%から10%以上に上げるという案も出ている。消費税1%は約2兆円に相当するから5%上がれば10兆円歳入が増える。
そんなものは公務員の30兆円を20兆円に、つまり3分の2に減らせば済むじゃないか。それでも年収は500万円をはるかに超える。先にそうしろという声を受けて、というか先にそうすると平蔵が吠えたら、もうどうにも止まらない。

そうなってから、いや日本の公務員は人口比では先進国では少ない方だとか、これまでも人事院勧告が凍結されるなどの目に遭ってきたとか、警察官を除く地方公務員の総数は減少傾向にあるとか、労働基本権が制約されている代償としての身分保障だとか、いろいろと正しいことをいっても誰も聞く耳は持つまい。国民の怒りの矛先は間違いなく抵抗する自治労に向かう。
怒りの正体が国民のねたみやうっ屈を逆手に取った政府の策謀だったとしても、民主党の支持母体を弱体化させる自民党の画策だったとしても関係ない。決壊したダムのように自治労批判が世を覆って地方公務員は血祭りにあげられるであろう。
そうなることは先の総選挙でよーくわかった。日本人はひどい目に遭うと、原因を作った張本人への反発ではなくて生け贄への攻撃に向かうのだ。

自治労よ。まずあなた方は危機感を持たなければならない。国民は怒りのエネルギーをため込みつつあるどころか爆発寸前なのだ。

私は最近、地方税を支払いに行った時に役所は私の書類上の不備から「また修正して書類をお送りしますから出直してきて下さい」といわれた。
私は払わないというならばともかく払いに来たのだからサッサとこの場で修正しろ。「お送りします」といったって、その郵送代も税金なのだと食い下がったら上司が出てきて「わかりました」といい、たったの10分で片が付いた。そういうところを皆が見ているのだ。

自治労よ。ともかく不都合な部分も含めてすべて情報を公開しなさい。それから首長と一体化したナアナアアは止めなさい。ヒマならばドイツのように「もっとやりがいのある仕事をよこせ」と叫びなさい。せめてコンビニのアルバイト店員ほどの迅速さは持ちなさい。労働基本権と引き替えに人事院制度を見直す案を承諾しなさい。今のままだとどうせ使えない争議権をもらうぐらいならば安住していたいとの思惑に見えて仕方がない。そしてダラ幹を追放しなさい。
偉そうな命令形で述べた。だが私は主権者であなた方は公僕だから偉いのだ。

本心を言えば私は労働組合に頑張ってほしいのだ。その私でさえ少しでも揺さぶられれば「地方公務員の給料を半分にしろ」「役立たず公務員を片っ端からクビにしろ」というアジテーションに乗りかねない状態にある。

中学校の公民の教科書を最近読んだ。家計から国や地方公共団体への納税は公共サービスの形で再配分されると書いてあった。その担い手が地方公共団体ならば地方公務員である。それを減らしたりやる気を削ぐのは本来の形でいえば国民の損害なのだが誰もそんな簡単な理屈さえ通らない時代になっている。

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2005年11月10日 (木)

9条改憲を阻止する珍方法

戦後一貫して護憲を唱えてきた人の意見は傾聴に値する。ただしこうした人の多くは高齢または高齢の域に差し掛かっており、それ以下の世代は憲法学者や左翼など一部を除くと多数が改憲派になっているのは事実だ。
憲法改正論議における「護憲」を9条改正に賛成か反対かと今問えばどうだろうか。先の自民党案ぐらいならば結構きわどい勝負になりそうな気がする。1項は変えないからね。さすが約60年間与党第一党であり続けるモンスター政党だけのことはある。「大勲位だーっ」みたいな改憲だと国民もさすがに引くということが生理的にわかっているようだ。

護憲=9条を守るといっても自衛隊はすでにあって久しい。40代の私の世代になると生まれた時から存在していた。自衛隊創設は1954年だから現在51歳の人までは同じ条件だ。
2項の「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と自衛隊が相容れない存在であることは知っている。厳密にいえば誰もが違憲だとわかっている。でもそれが生まれた時から続いている状態となると「違憲だ」の訴えは案外とむなしい。
むしろあるものはあるのだから違憲状態を解消するには9条の方を変えればいいという気にもなる。自主憲法制定を党是としてきた党を約60年間与党第一党に選んできたのは国民ではないか。

私はどちらかというと護憲である。ただしアメリカ軍がわが国から出て行ってくれるならば自国軍を持ってもいい、つまり改憲してもいいとも思う。これがわかってもらえないんだ。
たいてい護憲の人は日米安保条約反対で改憲の人は安保保持なのである。でも前者だと丸裸になってしまうし後者だと純粋に独立国としてみっともない。護憲で安保保持(今の状態)か改憲で安保破棄というのが正しいと信じるのだが賛否いずれも反応皆無となる。私は自分のどこが間違っているのかサッパリわからない。
ともあれ今や護憲の方が弱いようだから持論に関わらず護憲を貫く方法を考えてみよう。ただし今までのやり方ではダメだ。もう飽き飽きしているからだ。やるからにはアッと驚く方法を考えようよ。

1)日本共産党が改憲に回る
一種のほめ殺し作戦である。「護憲=共産党=少数派」という連鎖を断ち切るのだ。共産党は頭のいい人が多いから(固い人も多いという難点もあるが)何か理屈をつけて独自に改憲賛成を訴えたらどうか。
自民党は動揺すると思うよ。それ以上に連立与党の公明党の支持母体である創価学会に激震が走る。彼らは対抗上護憲を鮮明にせざるを得ない。かくして改憲は葬り去られる。仮に発議されても「自共共同発議」では国民投票で否決されよう。
そんなの無理だという共産党の皆様。ここは革命的に目的を遂げましょうよ。アイデアはレーニンの「勉強せよ!勉強せよ!勉強せよ!」の精神で思いついて下さい。

2)アメリカに改憲を反対させる
そもそもアメリカに押し付けられたというのが改憲論の根っこにあるのだから「日本が今になってアメリカに押し付けられた憲法は嫌だって吠えてるよ」と「たきつけ」(クレジット・バイ・貴乃花親方)を米国民にするのだ。
あるいは「在日米軍を追い出すために自国軍を再興したがっているらしいよ」でもいい。そしてそっと言い添えるのだ。「いざ日本軍が復活すると結構強いってことはご存じですよね」と。
何やらご注進ジャーナリズムとやらがあると聞く。それを中国や韓国にしても改憲派の勢いを増すだけ。日本の改憲派は「改憲しても安保保持」に意気地なしだからアメリカに上手にご注進すればいい。

3)中国に9条改憲を賛成させる
中韓の反対は前述のように逆効果だから逆に賛成してもらうのだ。「ぜひ改憲して国軍を作って下さい。そして自国軍で自国を守る『ふつうの国』になって在日米軍を追い出しましょう。代わりに我が人民解放軍とともに東アジアの安全保障をアメリカの手から取り返しましょう」と胡錦濤さんに言ってもらえばいいのだ。
ご注進ジャーナリズムが本当にあるならば、それぐらいの芸は見せてよ。「白い猫でも黒い猫でも、ネズミをとるのが良い猫だ」と国家指導者が発言した国である。日本の9条改正阻止のためには裏をかいた方がいい。白(反対)といえば逆効果だが黒(賛成)といえばネズミ(改憲阻止)がとれますよ、とね。

4)9条にノーベル平和賞をもらう
ノーベル賞は人および団体に与える賞だが、その辺は何とかして(無責任!)平和賞を与えてもらうのだ。そもそも平和賞自体が政治的な色彩が強いし、9条を文字通り読めばこれほど露骨?に平和を訴えている憲法の条文もそうはないであろうから。
日本人はノーベル賞とオリンピックには弱い。それは何もかも打ちひしがれた戦後に曙光を与えた湯川秀樹博士の受賞を淵源とする。そして湯川といえば平和運動でも知られている。ああそういえばとの連想が情緒的に日本人をおおうに違いない。

5)自衛官の家族会を作って反対してもらう
自衛官がもろもろの制約で政治的発言や行動は難しいが家族は別。特定郵便局長の「大樹」みたいなのを組織するのだ。
自衛官の本音は「オレはイラクになんか行きたくない」だと思うよ。実際にそんな声は多く聞いてきた。防衛大学校卒業者は別にして一般の自衛官はいろいろな資格も得られるし、公務員で安定しているし、どうせ戦争もないし・・・・との動機で入隊しているのだ。家族も同様である。
夫や父の仕事は専守防衛だったはずなのに、日本自体は外国から全然攻めてきていないのに紛争地域に放り込まれるなんて本心では嫌に決まっている。

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2005年11月 9日 (水)

NHK記者放火事件への疑問

NHKの2年生支局記者が放火で逮捕! とんでもない事件だ。と同時に県警記者クラブでは殿様のような存在であるNHK記者が何でまた放火などというバカげたことをやったのか不可解である。

だいたい事件自体が不思議だらけだ。問題の連続放火は4月23日から5月15日にかけてJR大津市駅周辺で起きた11件もの不審火である。うち8件が集中した15日の後に大津署は任意で問題の笠松裕史記者(24歳)から事情聴取していた。笠松記者は容疑を否認したというが心証は真っ黒であったようだ。

逮捕容疑となった事件は6月5日午前1時ごろ、岸和田市磯上町の建築現場で、段ボール箱に火を付け、家屋を焼損しようとした疑い。
産経新聞によると「(笠松記者は)病気を理由に同市の実家に帰って一時入院しており、捜査員が実家付近を警戒中だった」。また朝日新聞によると「(同記者の)周辺を調べていた滋賀県警の捜査員が見つけ、すぐに消し止めたという」。2紙を合わせ読むと笠松家を警察は張り込んでいて「段ボール箱に火を付け」る瞬間まで尾行していたとなる。でなくては「すぐに消し止め」られるわけがない。だから逮捕容疑は非現住建造物放火未遂。でも逮捕は11月に入ってである。実に奇妙ではないか。

考えられるのは
①滋賀県警または大津署ないしは滋賀、大阪両府県警の合同捜査本部の捜査に重大な瑕疵があった
②NHKが何らかの介入を捜査に及ぼした
ぐらいしかない。どちらにしても大問題である。

もし①だとしたら現在の情報では何か予想をするのは難しい。6月5日の事件は捜査員が現認している可能性が高いから、そこで現行犯逮捕でよかったはずだ。
②というのも考えにくいなあ。ただ犯罪が放火というのが気になる。6月5日の件は非現住建造物放火未遂でいいとして容疑を認める供述を始めているとされる11件の不審火がすべて笠松容疑者によるとなると民家が全焼している事件も含まれるから現住建造物放火の既遂犯で常習ということになる。おそらく裏付けが取れ次第に再逮捕となろう。

刑法108条【現住建造物等放火】
放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する

要するに殺人罪に匹敵する大罪なのである。死傷者がいるかどうかは情状の問題で罪自体は逃れ得ない。
おそらくカッとなって人を殺してしまった記者というのは過去にいるだろうが火を付けて回った記者というのは聞いたことがない。しかも県警記者クラブ所属記者である。たぶん警察もNHKもあまりに突拍子もない重大犯罪、言い換えれば全国紙や全国にネットワークを持つ放送局の記者がやるはずもない「想定外」の事態に警察、NHKともにあっけに取られて時間をかけたということなのではないか。

むろんNHKがもみ消そうとしたと疑えなくもない。ただ交通違反の反則切符をもみ消したり、酒気帯びや路駐を見逃すのとはわけが違う。えっ? 記者はそうしてもらえるのかって? お前も経験があるのかって? ワハハハハ。そんなことはいいじゃないか。ないない。あったとしても昔の話。今はきっとないよ。だいたい放火とは比較にならない。いくらNHK様といえども無理であろうし「もみ消せないものか」と一瞬考えたとしても「もみ消そう」と本気で動くとは思えない。そこまで腐っていたらお仕舞いだ。

動機として紹介されている内容も謎だらけ。「仕事でのストレスがあった」「(交際していた女性との)別れ話で落ち込んでいた」「悩んでいた」「胃が痛い。酒の量も増えてきたし眠れない」「仕事を辞めたい」という内容が書かれていたが入社2年目の記者がそれらを体験しない方がどうかしているというモノばかり。
えっ? お前も女性関係で悩んだかって? ワハハハハ。そんなこともいいじゃないか。何しろデート中でも呼びだされるのが県警詰めの宿命だからね。

大部屋の県警記者クラブで他社が見ている前で先輩に怒鳴られて直立不動で目に涙を浮かべていたとか、「警察が教えてくれない」と報告したら先輩が「それを調べてくるのがお前の仕事だろ」と罵声を浴びせることもあったとかの報道もあった。
だがこれをもって先輩やNHKの体質を云々するは変である。記者クラブ内で先輩がキレる光景はむしろ日常である。私など野球場でいきなり理由もなく先輩に顔面を殴られたぞ。それとも今はそうじゃあなくなっているのかな。
「それを調べてくるのがお前の仕事だろ」も発表モノに頼るなとの真っ当な諭しであろう。それで辞めるというならば分かるが火を付けるというのは飛びすぎている。

どうしても捨てきれないのは「自作自演」説である。放火でうっぷん晴らしをしたいだけならば、そそくさと隠れるように逃げるはずだ。NHK幹部らの会見では笠松容疑者本人から「火事があって今取材している」との電話があったことや、警察の覚知よりも早く大津放送局の当直記者に発生を連絡していたことも認めた。
犯罪者には隠そうという気持ちと「私がやった」と満天下に知らしめたいという一種の功名心がない交ぜになっていることがある。後者を刺激して特ダネを取るのもまた記者の腕なのだが、笠松容疑者の場合もそうだったのか。それとも一歩踏み込んで「自作自演」だったのか。
「自作自演」だとしたら最悪の「ねつ造」よりもさらに悪い。NHK幹部が見極めたかったのは実はそこではないかという気もする。記者が「自作自演」で火を付けて回っていて、それを放送していたとしたら目も当てられない。朝日新聞長野総局の事件の比ではない。

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2005年11月 8日 (火)

改憲論議と被害者感情

31ヵ国語に訳された第9条が染め抜かれているスカーフ、憲法理念で解くクロスワードパズル、黒色で書かれた両手が9条の「9」を包むデザインの「ピースインバッジ」、9条の第2項が印刷された土佐和紙のカード、条文に作曲・・・・。小誌1994年8月号特集「日本国憲法へのラブレター」http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/kiroku/back_namber/199408.html
を改めて読むと9条に寄せられた改正派には「偏愛」とも感じられる思いがあるのを思い知らされる。

戦後60年、自民党結党50年。そして来年は日本国憲法制定60周年となり憲法改正の声が高まっている。ただ「日本国憲法改正に賛成か反対か」との問いは愚問だ。例えばガシガシの共和主義者は1条を改正して天皇をなくそうと主張するから「改正に賛成」にカウントされてしまう。憲法のどこをどう改正するのを「賛成か反対か」と問わなければ意味がない。
その点で自民党が9条改正を明確に意図した案を持ち出してきたのは良くも悪くも画期的ではあった。1項は変えずに2項を改めるか。意外の感が否めない。

私が仮に先に愚問とした「日本国憲法改正に賛成か反対か」と問われれば賛成である。理由は単純で現憲法は私の爺さま以上の世代が作ったものだから(押し着せであろうと何であろうと)私は私の世代の憲法を作ってみたいだけだ。爺さま以上の世代はボロ負け戦争をやった世代でもあるからどうも信頼できない。
とは言ってみたものの学齢がタメの前原誠司衆議院議員が民主党代表になってみて改めて「オレたちの世代の・・・・」みたいな期待をかける気にはなれない。何となく彼は我が世代のスタンダードではない気がするからだ。かく言う自分も同じようなものだが。

問題は現在の80歳ぐらいから60歳ぐらいのボロ負け戦争の責任はないが(幼少だったので)戦争の惨禍を目の当たりにした世代の意見である。私はそうした世代の意見をしばしば銭湯で聞いている。おおむねは「あんな悲惨な目には二度と遭いたくない」である。その背景はほとんど被害者意識である。
身内や友人が死んだ。食糧にも事欠いた。死屍累々の光景を見たなどである。そういえば私の父も昔似たようなことを言っていた。「ひどい目に遭った。オレたち昭和1ケタは恵まれない世代だ」なんてね。

あの戦争をやらかした責任者は誰かということはこれまで散々に書いてきた。ただ今となっては戦後60年も経つので国民の大多数に責任はない。厳密にいえば鬼籍に入った爺さま以上の世代も戦前は国民主権ではなかったので軍部の突出を止める法的な権力を持たなかったし婆さま以上の女性は選挙権さえなかった。それを「一億総懺悔」でお前らも悪いと言われても納得がいくまい。まして戦後生まれはなおさらである。

日本の加害責任は1980年頃から盛んにいわれ始めた。国家として日本が加害責任があるというのは正しい。ただオレにはないぞと当時は若者だった私は反発を覚えた。中国や韓国の同世代にそのテーマで詰め寄られた時にも言った。「私は1962年生まれ。戦争は45年に終わった。私にどんな責任があるのか」と。今の言葉で言えばウザいとは思ったがヤバイとは感じなかった。
その時に日本の誰または何に加害責任があるかという点と不戦の誓いとは分けて考えた方がいいと確信した。今や戦時を知る世代でさえ当時は幼少だった。彼らは明らかに被害者であろう。そして日本が確実に復興に向かった1955年(経済が戦前の水準に戻った年)以降の出生者は被害者でも加害者でもない。戦時を知る者が腹の底から戦争反対と感じるのは主に被害者感情によってである。そんな思いをしたくはないと後の世代は語り継がれながら感じてきた。空襲を受けたり徴兵されるなぞ真っ平だと。

現在20歳の若者が両親30歳の時に生まれたとすればちょうど1955年生まれの頃となる。これから成人を迎える世代の親は前述のように被害者でも加害者でもない世代となる。私の世代もまもなく馬群に埋もれることになる。その時に語るべき戦争体験があるとしたらやはり芋の蔓で糊口をしのいだだの、グラマンヘルキャットに機銃掃射されそうになっただのといった若者から数えれば祖父母の戦争被害体験しかあるまい。やがてそれさえも聞いていない世代が親になっていく。
しかし被害感情は日本に対して中韓で根強くいまだに残るように日本でも残るであろう。そしてそれこそが善い悪いは別にして不戦の誓いを立てる最も有効な手段であると思えてならないのだ。

日本人が被害者ズラしているのを変だと中韓の人が訝しがるのは当然である。日本人のなかにも加害責任を声高に叫ぶ人がいる。それは決して間違ってはいない。これでも私は一般よりは日本の加害責任を考えている方だと思う。それでも前述のように正面から「お前も加害者だ」と言われたら「何を」と反発してしまう。
今の若者ならばなおさらであろう。「首相の靖国参拝なんてとんでもない」と主張する大学生の多くから「でもそれをアレコレいう中韓の態度は腹が立つ」という声を私は実際に聞いている。このような大学生は本来は護憲の陣営に誘い込めるのだ。
何でもいいじゃないか。とにかく戦争反対に持ちこめば被害者感情だろうが何だろうが。どんな理由があってもやってはならないのだからどんな理由でもいいのだ。それが被害者感情でも。

その上で何度でも書くが加害責任を含むボロ負け責任は誰または何に負わせるべきかは真剣に冷静に別途に議論すべきである。こう書くと「逃げるのか」と言われるのが嫌だから、これまた何度でも書くが指摘しておく。
個人として近衛文麿と東条英機は絶対に悪い。そして無答責の君主を「大元帥」と見なしてしまった無責任な法体系の空白が悪い。そしてそれらを戦後自主的に裁いていないという一点で我々にも責任がある。
戦後に生を受けた世代は国民主権を生きている。だから今度あのような惨禍を招いたら本当に一億総懺悔をしなければならない。未成年者を除く全員がA級戦犯である。それを心して憲法改正はなされるべきである。

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2005年11月 7日 (月)

アル・パチーノ主演の「ヴェニスの商人」

新宿の高島屋内にあるテアトルタイムズスクエアで10月29日から上映中の「ヴェニスの商人」を観てきた。映画上の主人公はシャイロックでアル・パチーノが演じる。

シェークスピアは約400年前の劇作家である。その作品が約400年後に彼が知りもしなかってであろう極東の島国で映画として上映される。むむと唸らざるを得ない。
特に時事問題を中心にノンフィクションを出版するとアッという間に「腐る」という事態が生じる。書き上げた時点では最新でも刻々と変化する情勢には未来を予測できない人間が対応できるわけもなく陳腐化がたちまち始まるのだ。
だがシェークスピア作品は時空を越えて普遍的なメッセージを与える能力がある。腐らないのだ。これはフィクションのゆえか。いや作品の力だと認めざるを得ない。

訳あって松岡和子訳(ちくま文庫)を最近読んだばかりなので「ヴェニスの商人」を一段と興味深く観ることができた。ダビッドのような新古典主義様式を思わせる映像が美しい。

アル・パチーノといえば『リチャード三世』をモチーフにした「リチャードを探して」というドキュメンタリーを1996年に監督・主演しているが私は『リチャード三世』の原作が大好きなので出来れば劇中劇になっていた『リチャード三世』そのものをパチーノに演じきってほしかった。それほど彼のリチャード三世は格好よかった。今回は思い切りのシェークスピア原作の映画化だから期待した。
やはりシャイロックの扱いがどうかに注目が集まる。彼を作品中の何と見なすかはずっと議論になってきた。
パチーノは「抑圧への反抗」を役柄に込めたというが見事に表現されている。ただ見逃せないのは「商人は儲けていればいいんだ」という倫理の問題。タイトル名からの主人公はアントーニオだが彼と金貸しのシャイロックを含めて「儲けていればいいんだ」を越えた時から悲劇が始まる。
アントーニオがバッサーニオに金を貸すためにシャイロックと証文を結んだのは「友情」(原作では同性愛も示唆するが映画ではキスシーン1回に止めていた)であった。シャイロックは「復讐」「正義」をやがて振り回す。

ある大金持ちに取材した時に「復讐は金にならない」と聞いた。ルサンチマンを抱えるなど以ての外でそんなものは捨てておけと。正義に至っては最悪で商人は「逆らわず従わず」が鉄則である。案の定シャイロックは財産を没収された。
村上某よ。あんたが何のルサンチマンを抱いているか知らないが「正義」をあなたが公で口にする以上はシャイロックの運命が待っていると覚悟されたい。
なお話は脇にそれるがシャイロックがしきりに訴える「Bond(証文)は(自由都市ヴェニスでは)絶対だ」との正義だ。Bondと聞くと私は反射的にGovernment bond つまり国債を思い出してしまう。国の借金だ。この契約を絶対だと唱えても暴落などの局面で「正義」はシャイロックの考えていたような方向に進むかというと難しい。やはり「ヴェニスの商人」は問題劇である。

映画での注目点はアントーニオの貿易船の成り行きが最後までハッキリしないまま終わらせたところにある。この発想は面白かった。彼はシャイロックが敗北したから何かを得たというわけではない。
救ったはずのバッサーニオは全知全能に近いポーシャとの茶番劇の末に寝室に消えて一人たたずむ。その姿は最後に魚撃ちをしているシャイロックと変わらない。ここに金貸しも含めた広い意味での商人の孤独をみる。カネを求める人生とは孤独なのである。
反対にバッサーニオはカネを借りて鉛の箱を開けてと儲けなど度外視した行動で裕福な相続人であるポーシャを得る。その行動は親友のアントーニオに途方もない迷惑をかけただけでなくポーシャにも尽力させる。でも嫌われずに成功する。
そういう奴は確かにいる。だからといって皆が皆バッサーニオのように振る舞えば同じような結果が出るとは限らない。むしろ失敗する危険性の方が高い。

苦言をていするならばジェシカとロレンゾーの恋という重要な伏線があまり効果的でなかったことか。これが強く絡んでくるとパチーノの迫真の演技の背景をより深読みできるだけに残念だ。もっとも上映時間を考えるとここをカットするしかないというのもわからぬではないが逆に原作を読んでいない人には意味不明になる恐れもある

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2005年11月 6日 (日)

有望な投資先は

いきなり居直るようだが何に投資したら得なのだろうか。投資の前提を以下の通りとして考える。

1)現在は基本的にデフレ下の不景気であり、モノやサービスの値段が上がるトレンドには至っていない
2)不景気が今後長期間続く可能性もあれば、それを吹き飛ばすためのインフレ(物価高)政策が取られる可能性もある
3)米国の経済成長もかげりが生じてきた

では、一般に有望とされる投資先を吟味してみる

1)預貯金
デフレ下ではモノやサービスの値段が下がるので、相対的に預貯金の価値は上がる。ただ、一方で金利が低いので利息というリターンはあまり期待できない。1000万円を越えたらペイオフがあり決済性預金にすれば金利ゼロ。何より恐ろしいのは1946年の金融緊急措置令のような預金封鎖がありうること。逆にインフレ政策に転じ、それが予想を超えた水準になれば、預貯金の価値は一挙に減じる
2)株式
現在、株式市況は非常に低い水準にあるとされる。一般に「得をする」とは安く買って高く売ることなので、今が買い時という見方ができよう。村上某の戦略である。
しかし株式は当然ながら上下するし、さらに現状は日本の景気に対する先行きが不透明なので、さらに下がるリスクも当然ある。自分が信じていたり愛着を感じる企業の銘柄を買うという行為は本来のあり方であって理解できるが、だから値上がりするとは限らない。
村上某のような自作自演に近い株価引き上げ策ができる人はともかく提灯をつけているだけの人はたいてい高値づかみをする。言い換えればそうであるからこそ村上某のような人にカネを預けるのだ。しかし村上某は貧乏人のなけなしを助けるつもりはない
3)土地
一部地域はようやく下げ止まってきたが、バブル崩壊後のデフレ基調の大きな原因は「土地が必ず値上がりする」という神話の崩壊にあったことを忘れてはならない。現状で値上がりが確実視できる土地はそんなにはない。少なくともデフレ基調はまだ続くと考える人に投資する理由はほとんど見当たらない。
逆にインフレに転じれば有望な投資先として復活する可能性はあるが、土地の供給はすでに過剰であり、インフレ下でもさして値上がりしないという説もある。今は大都市圏のマンションなどでバブルっぱい動きもあるが既に供給過剰との説もある。
4)ドル
世界の事実上の基軸通貨だから、日本の不景気が続いても、逆にインフレになっても、円安に振れれば為替差益が得られるという意味で一見最も有望な投資先といえそうだが、ことはそう簡単ではない。
米国の経済に不透明感が出てきたのも理由の一つだが、それ以前から、ドルは基軸通貨ゆえに米国内に流通する以上に刷られてきた。
一般に量が増えるほど1つ当たりの価値は減じるので、ドルは長らく刷りすぎによる下落圧力にさらされている。それと米国経済の先行きがどうリンクするかによってはドルの下落も十分に考えられる。円とドルの関係は非常に微妙なもので、単に日本経済は米国より悪いからドル高円安になるとは限らないし現にドル安基調になってもきた。
5)金
かつて通貨価値の基準(金本位制)となっていた貴金属なので信用はおけるが、同時に1930年代に世界の通貨価値の基準の役割を担えなくなった存在でもある。したがって、他の投機的な商品よりは安心だという以上の保証はない。株式と同様に下落するリスクは常にある。その上に以前にも書いたように日本の金はドル建てだ。したがってドルでの資産形成と同様のリスクを二重に背負う。さらに預貯金やドルと違って、保存場所に事故があったときのリカバーが難しい
6)ギャンブル
論外

ということで何もかも危険である。楽してもうけることはできないのだ。当たり前か。
なんて偉そうに書いている私だが、こうした記事を書く動機が「楽してもうける方法はないか」であったことも告白しておこう。
ならば何に投資すれば有望か。端的にいえば有望だと信じる存在が何かである。私の場合は結局は「自分」という答えにしかならない。さあ美味しいものを食べにいこう

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2005年11月 5日 (土)

今の中国は元王朝を目指すのか

モンゴル帝国(中国の国号は元)の時期を除いて中国が東、正確には太平洋岸(日本海や東シナ海も広義の太平洋とする)より東に興味を自発的に向けた時期が同国史上果たしてどれだけあったか。

その長い歴史で漢民族が注意・注目したのは第一に「北」であった。匈奴の昔から最近の中ソ対立まで北は漢民族を脅かしてきた。女真族がいた東北部も広い意味での「北」といえよう。

それがあったが故に次の注目点が「西」すなわち西域となる。北方遊牧民族を牽制するために軍事上・経済上の影響力を及ぼしておかなければならなかった。現在のチベット問題や新疆ウイグル自治区などはその延長線上にあろう。そこ自体に野心があるというよりはそこを押さえておかないと危険だという意味で重要な地域のようだ。

一方で黄河中下流域の「中原」に発した漢民族の活動は次第に「南」へと下がっていく。ベトナムを断続的に「北属」(中国従属)させてきたがこの当たりが南限となる。
15世紀初頭の鄭和の南海大遠征は何のための行為だったかよくわからない面も多々あるが「南」に興味をもったがゆえと判断するのは構うまい。

「東」といえば朝鮮半島がある。古代において漢の武帝が干渉したり唐が新羅と結んで勢力を拡大したが半島をやがて手にした新羅から唐勢力は追われる。16世紀末の豊臣秀吉の朝鮮出兵で当時の李氏朝鮮(李朝)は明に来援を乞うて応じたが自発的かどうか疑問は残る。ただ17世紀前半に清が攻勢に出て事実上服属する。

いずれにせよ朝鮮半島は中国と地続きであるので太平洋岸より先の興味にはならない。

では台湾はどうか。大陸の政権が台湾を朝貢国(小琉球)ではなく明確な版図として意識したのは明の遺臣鄭成功(国姓爺)が1661年に台湾に上陸して「反清復明」を唱えて日本にも協力を求め始めたころからだ。清朝からすれば亡命政権ができたようなもので放っておくわけにはいかず成功から数えて3代22年の83年に康熙帝が版図に組み込んだ。
もしこのことがなければ台湾は文字通り小琉球のまま近代を迎えたかも知れない。というのも1873年に日清修好条規批准書交換のため清に赴いた副島種臣全権使節団が71年に琉球島民が台湾先住民に殺害された問題も交渉したが、清側の反応は台湾先住民は法律の外(化外の地)と表現しているからである。
現在の台湾との緊張はいうまでもなく大陸の正統政権だった蒋介石の国民政府が中華人民共和国に追われる形で移ってきたためである。大陸政権の正統性を揺るがすからつぶさざるを得ないとのニュアンスが強くて目の色を変えた領土的野心とは違う気がする。

日本本土に領土的野心をもった形跡は元朝を除いてほとんどない。文献史学では古事記・日本書紀が甚だ史料として心もとないために7世紀頃までの日本の姿は中国の史書に主に頼るのだが日本についての記載はわずかである上に素っ気ない。有名な魏志倭人伝はかなりの分量こそあるが信じるに足るレベルが記紀と同じくらいというのが痛い。
有名な倭の五王の遣使、遣隋使、遣唐使、日宋貿易、日明貿易は主に日本側のアプローチであった。日明貿易が日本の朝貢形式を取った点をどう考えるかとの議論もあるが日本側が実利を取ったと考えるのが適当であろう。部下が折り詰めを持って上司宅に来れば、上司はもてなした上にみやげを渡す。そのみやげは部下が持ってきた折り詰め以上の品でなくてはいけない・・・・といった感じかな。
だいたい明と清は海禁政策をとっていたのだから太平洋に強い野心があったとは思えない。海禁を破ったのはアヘン戦争を勝利したイギリスだった。以後は日本を含む帝国主義的列強が中国に乗り込む突端として東岸は意識されたが中国側が自発的に興味を持ったわけではない。
いわゆる日中15年戦争の最中ですら蒋介石は海の向こうの日本より対共産党に熱心(消極抗日・積極反共)だった。

ここに漢民族に流れている日本への思いがあろう。長い歴史のなかで東岸よりも向こうのアンタの国には何の迷惑もかけてこなかった。攻めてきたのはアンタの方じゃないか、と。

では日本人の最近の中国への警戒ぶりは何だ。この分野で伝統芸を披露する文藝春秋の『諸君!』創刊から36年(すごく続いているんだね)。今ぐらい中国の太平洋への興味が警戒心として日本人に受け止められている時代はない。
すると太平洋に興味をもった中国史唯一の例外である「元」に今の中華人民共和国はなろうとしている・・・・そういう感じなのか。そういえば元は今の中国が北朝鮮に影響を及ぼしているように高麗を服属させていたしなあ。
元寇を仕掛けてきたクビライは始祖チンギス=ハンの孫世代である。諸説あろうが現代の中国の指導者も毛沢東から数えればそれくらいだ。草原の民から中国を征服した先祖の末であるクビライは一転して強い海洋国家政策をとった。元寇もその一つである。異形の中国王朝といっていい。
ところが史上最大最強国家といわれたモンゴル帝国の中心的存在である元は中国の王朝としては97年と短命に終わる。ちなみに中華人民共和国建国から今年で56年だ。

海洋への武断政策だった元寇は思わぬ副作用を生む。大激戦地だった鷹島に拠っていた水軍松浦党は壊滅的打撃を受けたが、その後は一転して倭寇として中朝沿海部を荒らし回る。元を追って明を建国した太祖洪武帝が取締りを要求したほどだ。
松浦党にしてみれば元寇は「向こうから来て打撃を与えられるならば同じことをこっちから向こうに仕掛ければいいじゃん」との学習機会だったのだ。日本はそういう学習をして突如暴力的になる。中国は伝統的に太平洋を意識せずに大国を維持してきたのだからむやみに突出しない方がいい。

ありていにいえば慣れぬことは止めたがいい。潜水艦なぞウロウロさせない方がいいよ。自衛隊は軍としては甚だ不完全だが対潜哨戒能力は例外的に高いから偶発的な戦闘から面倒なことになるを私は望まない。中国だって「何の迷惑もかけてこなかった」との大義名分を失うのは得策ではなかろう。

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2005年11月 4日 (金)

A級戦犯否定論と天皇の戦争責任論

A級戦犯が合祀されている靖国神社への首相参拝に賛成する人がだいたい言いそうなことは以下の通りである。

①1941年からの大東亜戦争は自存自衛の戦争であった

②1946年から始まった極東国際軍事裁判によってA級戦犯の認定および審理・判決に至ったが、これは勝者による事後法での裁きであり罪刑法定主義の原則に照らして問題点は多い

③1951年のサンフランシスコ平和条約11条の「極東国際軍事裁判」「を受諾」は刑の執行を認めたのであって、それ以上でもそれ以下でもない。その上にサンフランシスコ講和会議に中国も韓国も招待されていない

④1952年から53年にかけての「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」など一連の国会決議によってA級戦犯は国内では犯罪者ではなくなった

⑤1953年の改正遺族援護法が全会一致で可決成立。戦犯遺族にも遺族年金などの支給が認められた。これはそれまでの戦没者と戦犯に差がないとみなしたに等しい

⑥人は死刑または獄死以上の償いをすることはできない。そうなったA級戦犯にさらに何らかの追い打ちをかけるような行為は非人道的である

⑦靖国神社は神道であって日本固有の宗教形式である。多くの英霊の「窓口」として機能しているのだから靖国参拝イコールA級戦犯への参拝ではない。固有の宗教形式ゆえに外国が理解できなくても仕方がない

よって中国や韓国はつべこべ言うなというわけである。
議論がかみ合わないのはこの①から⑥にかけての賛成論者の主張に対して反対論者が反論して収拾がつかなくなるのも大きい。そこで私個人としては違和感もあるが、あえて①から⑥をすべて認めたとしよう。

すると途方もなく大きな疑問が発生する。ではあの戦争の責任は誰が取るべきか、と。

「大東亜戦争は自存自衛」といっても当時は内地と呼ばれていた今の日本国領土が当時脅かされていたわけではない。1910年の韓国併合条約で植民地化した朝鮮半島や1933年に「建国」した満州国や37年から始まった日中戦争で一時的に獲得していた中国領、さらには40年以降に進駐したフランス領インドシナが脅かされていたのである。とくに仏印進駐はアメリカの経済制裁を招いて日本の反米意識を一挙に煽った。
要するに「自存自衛」しようとしたのは帝国主義的な拡大政策で獲得していった支配地を失いたくないという意味である。

ここでも大いに賛成派に譲歩しよう。それは当時の列強がどこでもやっていたことだという説に賛同しようではないか。だから「帝国主義的拡大を阻止する動きを止めるのは自存自衛だ」という論理も認めよう。それでそれは成功したのか。ボロ負けしたではないか。
「大東亜戦争」末期には文字通りの日本本土の自存自衛を考えなくてはならなくなった。事態をそこまで悪化させたものは誰だ。これはハッキリさせねばならない。

要するに帝国主義的膨張を遂げようとした日本の帝国主義的意味での自存自衛という論理を認めたとしても、それが他の帝国主義的列強によって阻止、反撃、喪失されたならば「汚れ同士」といっては酷にせよ、要するに同じような思想でぶつかり合ったのだから良い悪いの度合いも同じだ。
だったらやっぱり勝った者が偉くて負けた方が悪いであろう。だって元来そうした論理構成で押しくらまんじゅうしてたんだから。フランスを見よ。いつのまにか「戦勝5大国」に紛れ込んでいる。国家の指導者たるはかくあれとの見本だ。

そこで賛成者の論理②から⑤である。これは要するにA級戦犯は悪くないというに等しい。靖国はA級戦犯を昭和殉難者とする。被害者だと。だったら加害者は誰なんだ。東京裁判の「共同謀議」論は私でさえ無理があると思う。さあすべて認めた。賛成派よ。ならば先の大戦をボロ負けさせた張本人の名を挙げてみよ。

「昭和天皇」ということになってしまうんだよ! いいのかそれで。賛成派よ。私は靖国参拝問題がこじれて本来の当事国であったアメリカがにわかに興味を持ってそう言いだしかねないのを密かに恐れている。

私は昭和天皇を戦争犯罪者とも責任者とも思っていない。大日本帝国憲法3条を君主無答責規定とみなす説に賛成だからだ。あるとすれば11条の統帥権独立原則と、そこから引いた軍人勅諭の「大元帥」規定であろう。無答責であるべき君主が大元帥でもあった。そこから戦争責任を問うことは可能である。

だが極東国際軍事裁判はアメリカがオーストラリアの反対を振り切って昭和天皇を訴追しなかった。上記の戦前の法体系から生じるすき間を君主無答責の側に最初から重点を置いて進めた。法体系自体の問題点を最初から封じれば無理のある論理が出ざるを得ない。結果として「共同謀議」がまかり通ってしまった。その結果としてのA級戦犯の断罪となった。誰かが責任を取らない限りは示しがつかなかったのは明白だからだ。

同裁判のパル裁判官が示した「戦争における個人責任否定」論を支持する者も多い。だが「個人」が問われなければ大日本帝国全体が悪いとなる。するとこんな国は亡くしちゃえとなりかねなかった。

その意味で靖国合祀のA級戦犯は被害者の側面を持つのは事実だ。だが彼ら以外に適当な責任者はいなかった(見逃された怪しい人物もいるが)。賛成派は「ない」「ない」論議はするが「では真の責任者は誰(または何)であるか」の「ある」論議をしない。現にしないまま今日に至る。その不作為がA級戦犯をずっと悪者にし続けなくてはならない理由の1つであると気づいていないのではないか。

ただし私は以前にも書いたが東条英機には戦争責任があると信じる。あとは裁判前に自殺した近衛文麿だ。

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2005年11月 3日 (木)

女系天皇はどうして問題なのか

女系天皇を認めるかどうかで様々な議論がわき起こっている。一方で身近な問題として国民が受け止めているとも言い難い。天皇の皇位継承を考える上で一番のポイントである。

なぜかというと日本国憲法1条に「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあるのだから皇室典範を改正して男系ではない女系女性天皇または女系男性天皇を認めるとの「国民の総意」があれば何の問題も起きないわけだ。

世論調査の結果などを見ると公式な「国民の総意」を得る方法が実施されれば「女性天皇」までは大半が支持しそうだ。ただ「女系」となると大半が????であろう。「天皇家は初代からずっと男系だった」といわれても「ふーん」程度の認識に違いない。
ところで現実問題として「国民の総意」はいかに集約するのか。皇位の継承は皇室典範が定めていて現在の皇室典範は1つの法律であり、法律は「唯一の立法機関」である国会が改廃する。国会議員は国民の選挙で選ばれる。となると国会の審議と決定が「国民の総意」となると考えるのが合理的だ。

問題は「男系」でないと何が何でもダメなのかということだ。「男系」にこだわる人はいわゆる「万世一系」を持ち出す。ただ「一系」の方は多くの識者が指摘しているように疑問も大きい。

まず初代から9代までの天皇は実存が疑問視されている。10代以降も崇神朝と応神朝、継体天皇の出自、安閑・宣化朝と欽明朝の並立説など古代史に「一系」を揺るがす疑問が出されている。

そこまでいかなくても「一系」とは何親等までを事実上指すのかという問題もある。女帝(男系女子)から男系男子にわたった例でもある奈良時代の称徳天皇から次の光仁天皇までは8親等以上の開きがある。しかも62歳での即位だ。「曾祖父の祖父が同じでその曾孫」が親戚でないとはいわないけど・・・・

今上天皇の直接の祖先は閑院宮家出身の光格天皇(119代)であるが直系の東山天皇(113代)の曾孫に当たり直前の後桃園天皇(118代)とは7親等も離れている。
光格天皇といえば父の閑院宮典仁親王に太上天皇(上皇)の尊号を贈ろうと幕府と交渉したが「君臣の別」の大義名分で押し切られた「尊号一件」の当事者でもある。先帝と大きく親等が離れていながら即位は認められた一方で単なる尊号贈与は認められない。かと思うと宇多天皇のようにいったん源氏を名乗って臣籍降下(今でいうなら皇籍離脱)した後に皇位についた例もある。融通無碍なのだ。

さらに両統迭立期を淵源とする南北朝問題がある。持明院統-北朝最後で南北朝合一時の後小松天皇(100代)と大覚寺統-南朝最後で(後南朝史はここでは除く)合一で後小松天皇に神器を譲った後亀山天皇とは共通の祖である後嵯峨天皇から数えて後小松天皇は8代後で亀山天皇は6代後である。ここに「正閏問題」がかぶってくるからややこしい。

いやいやいかに遠い親戚でも男系が守られていればいいのだ。古代史の問題は反論もあって断絶したとの確たる証拠もないと「万世一系」擁護派はいうかもしれない。では本当に男系が途絶えたことはないのか。

父は天皇ということになっているが実は・・・・という例で有名なのは鳥羽天皇1子の崇徳天皇である。彼の実の父は祖父の白河上皇(法皇)だとの説が有力だ。確かに倫理的にはともかく万世一系は途切れてはいない。ただこの話は、だからこそ表沙汰になり得たともいえるのだ。皇統に皇族以外の男性の遺伝子が紛れたことはないと絶対に言い切れるか。明治維新まで長らく「禁裏様」「内裏様」と呼ばれて密室で過ごしてきた天皇家に起こりえないことと断言できるか。証明は恐らく不可能である。

考えてみれば遺伝子(主に性染色体)で万世一系を論じるのもナンセンスか。メンデルが世に出る19世紀半ばまでに性染色体がどうこうという議論が日本で起きたとの話を私は知らない。にもかかわらず皇室はずっと前から存続していた。だからナンセンスなのである。
ナンセンスを承知で考えてもY遺伝子絶対論は不可解である。現在の内親王は当たり前だが女性だからY染色体を持たない。だからといって父親の遺伝をまったく受けてないというのは極論だ。性染色体に限っていっても女性は父母両方に由来するXX染色体を持つ。その上で性染色体だけで遺伝のすべてを語るのはバカげているとの常識がある。

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2005年11月 2日 (水)

イエスマン 迷いなし

11月1日の朝毎読三大紙(この言い方はまだ残っているのか?)の第三次(ワープロ変換したら最初に「大惨事」と出てきた)小泉改造内閣の自民党三役と閣僚の「横顔」を読み比べてみた。
朝日は実績や事実を元に当たり障りのない見出し。読売は性格を中心にしたご祝儀的論調。そして毎日は意外と皮肉っぽい。
例えば留任した武部勤幹事長である。

◎朝日・・・・首相に忠誠、選挙大勝ち
◎毎日・・・・イエスマン 迷いなし
◎読売・・・・自称「偉大なイエスマン」

毎日の「イエスマン 迷いなし」はかなり笑える。見出しだけ読んだら何も考えないで突っ走るイノシシの如き人物としか感じない。「首相の忠臣というこれまでにない幹事長像を実現させた」という注釈も皮肉めいている。民主主義の時代に「臣」として評価を上げた?わけか。
毎日では久間総務会長が「初の多数決断行で信頼」、中川秀直政調会長が「寝業師、粘り強い交渉」とあった。要するに自民党三役は全会一致が原則の総務会で「初の多数決断行」をした総務会長と「寝業師」と迷いのないイエスマンで構成されているということになる。ヒデー三役だな。

閣僚の方はどうであろうか

●竹中平蔵総務・郵政民営化担当大臣
◎朝日・・・・構造改革の旗振り役
◎毎日・・・・「ポスト郵政」でも旗振り
◎読売・・・・小泉改革の象徴的存在

要するにこの人は小泉首相の掲げる改革の旗を振る人物だとの認識が三紙に共通している。火消しのまとい持ちといったポジションなんだね。火を付けて回っているけど

●谷垣禎一財務大臣
◎朝日・・・・再任前に首相から活
◎毎日・・・・入閣5回、手堅い実務派
◎読売・・・・政策通、積極性求める声も

入閣を5回もしながら積極性を求める声もあり首相から活を入れられている・・・・つなげるとこうなる。ダメ人間との印象を受けそうだけれども逆ギレして大増税など言い出さないでほしい。それを積極性とはいわない。蛮勇という。

●安部晋三官房長官
◎朝日・・・・「ポスト小泉」一番人気
◎毎日・・・・北朝鮮に強硬な姿勢
◎読売・・・・1番人気、政策能力は未知数

意外なのは朝日がご祝儀的な書き方をしているに対して読売が「政策能力は未知数」と意外に冷たい点。やっぱり朝日には「あのこと」が響いているのかなあ

●小池百合子環境大臣etc
◎朝日・・・・流れ見極め 勘に定評
◎毎日・・・・「刺客」1号、大勝の象徴
◎読売・・・・「クールビズ」の立役者

何となく新聞記者から嫌われてそう。だって3紙ともバカげたことで評価されている人物と評しているから。流れを見極めて渡り歩き、そこに小泉首相がいたので「これだ」と「勘」を発揮し「クールビズ」で浮かれて、それだけじゃないわよと「刺客」1号となって総選挙の「大勝」につなげた。

●麻生太郎外務大臣
◎朝日・・・・歯に衣着せぬ異端児
◎毎日・・・・実績が問われる1年に
◎読売・・・・「九州男児らしい硬骨漢」の評

この人も記者から嫌われていそうだ。「異端児」は冷たいな。毎日は「高みの見物」風に構えている。読売は「九州男児」と「硬骨漢」という2つの偉大なステレオタイプを並べて何となくお茶を濁した感じ

●中馬弘毅規制改革・行革担当大臣
◎朝日・・・・当選9回、待望の入閣
◎毎日・・・・ハト派、分権に力を注ぐ
◎読売・・・・ライフワークは「都市政策」

三紙とも「どうでもいいわ」的な見出し。朝日は単に事実を述べただけ。毎読の記述も「ふーん」ってなもの。そうか、だから9回も当選していて入閣できなかったんだ。人生いろいろ。閣僚もいろいろ

●沓掛哲男国家公安委員会・防災担当大臣
◎朝日・・・・元技官、地域整備に力
◎毎日・・・・公共事業などで活躍
◎読売・・・・黙々と仕事 信頼厚く

三紙合わせると土建国家ニッポンここにありきの官僚上がりとなる。「元技官」で「地域整備」「公共事業などで」「黙々と仕事」してきたわけだ。まだこんな人がいるんですね

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2005年11月 1日 (火)

バカ騒ぎテレビの電波を止めろ

05年10月31日夕方に第3次小泉改造内閣の閣僚名簿が発表された。その日の民放地上波(東京キー局)のニュースとワイドショーのタイトルを並べてみた。ニュースとワイドショーをごちゃ混ぜにしたのは変わらないからだ。それはタイトルを見てもらえればわかる。

●日本テレビ
「ズームインSUPER」
内閣改造仰天人事は
「情報ツウ」
小泉シスターズ宴会に独占潜入
「プラス1緊急特報」
小泉新内閣今日誕生生中継!サプライズはあるか?①ポスト小泉注目の安部氏に密着!②小泉チルドレン議員片山・猪口氏入閣は?③どうなる小池環境相

●TBSテレビ
「みのもんたの朝ズバッ!」
小泉サプライズ組閣①女性・民間人起用は②後継者レースの行方▽野田聖子決意の離党
「イブニング5」
今日、小泉内閣改造!ポスト小泉候補の処遇は?サプライズ人事はあるのか?…徹底分析

●フジテレビ
「めざましテレビ」
全力予想きょう改造。ポスト小泉はだれだ
「とくダネ!」
小泉政権の決断①生き延びる…離党勧告に野田聖子氏苦悩会見②きょう組閣注目ポスト意外人選も独自予想
「スーパーニュース」
注目速報!小泉流人事改造内閣サプライズは▽後継候補&マドンナ達緊張の一日を完全取材

●テレビ朝日
「やじうまプラス」
きょう注目内閣改造サプライズ情報大分析▽聖子氏処分深刻決意
「モーニング 拡大SP」
①造反組に大量処分!!野田氏離党へ&佐藤氏お国入りで本格始動…岐阜“政権交代”密着&夫処分に真紀子節が②今日内閣改造で人事サプライズ再び!?小泉チルドレンの入閣は!?麻垣康三は
「スクランブル 速報!!」
内閣改造①改革継承へ仰天人事は!?小泉総理の決断②小池百合子氏に週末密着③マドンナの行方
「Jチャンネル 速報」
総理最後?の内閣改造 “小泉流”サプライズ新閣僚はこんな人たち▽小池百合子氏の処遇は 新人マドンナの入閣は▽“麻垣康三”後継候補4人衆は重要ポストか

こういうのを「愚の骨頂」という。主なキーワードは「サプライズ」「マドンナ」「小泉チルドレン」「ポスト小泉」の4つ。裏筋を固めるための道具として「野田聖子」が使われている。

民放よ。あなた方はよくもまあ憶面もなく「サプライズ」「マドンナ」「小泉チルドレン」なんて言葉が使えるね。恥を知らないのかね。パンツを降ろして歩いても平気だと言っているに等しいということがわかっているの? わからない? じゃあ教えてあげよう。

サプライズとは小泉首相が世間の耳目を惹くために時折見せる下世話な手段である。そんなことにサプライズしている時点でアホなのに、この様子では本気でサプライズを待ちこがれているようだ。

マドンナとはそもそも何だ。自民党の主だった女性議員を意味するとしたら「女性=マドンナ=珍しい」というオッサンくさいステレオタイプに喜々としているのである。これまた小泉首相の下世話な手法ではあるがサプライズより一層民放側が期待している点で救いがたい。

小泉チルドレンに至ってはため息すら出ない。そりゃあ26歳の新人もいるが多くは分別ある中年以上だよ。それをチルドレンと表現して平気の平左。チルドレンには「親のいうことに何でもしたがう」との意が込められていよう。だったら大層危険な傾向ではないか。せめて「小泉ユーゲント」ぐらいの皮肉を込めろよ。

アホな民放がアホな騒ぎ立てをしたのに対して改造は「サプライズ」はなく「マドンナ」「小泉チルドレン」は留任の小池百合子環境大臣以外は猪口邦子議員が軽量職に就いたぐらい。当の小泉首相にからかわれているから絶望的だ。

「情報ツウ」の「小泉シスターズ」に至っては怒りさえ覚える。国会議員をオウムシスターズ並みに扱う愚かさ・・・・まさか壮絶な皮肉なの?だったら称賛に価するが・・・・そんなわけはあるまい

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