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2005年10月26日 (水)

ハンセン病補償法訴訟判決と光田健輔

日本の植民地時代に強制隔離された韓国と台湾のハンセン病施設入所者がハンセン病補償法に基づく補償を求めた裁判の地裁判決が05年10月25日に出た。台湾訴訟では原告側勝訴、韓国訴訟では原告側請求の棄却と判断がわかれたが敗戦の1945年8月15日までの旧植民地でのハンセン病患者はなぜそうした扱いを受けたのかを改めて振り返る。

強制隔離・監禁・断種・・・・。ハンセン病患者が歩んだ苦難の歴史は日本で考えられて旧植民地でも実施された。なぜハンセン病患者にこれほどむごい対応をしてきたかを考えるに当たって光田健輔(1876~1964)の名を忘れてはならない。

かつて「らい病」と呼ばれたハンセン病は「死の病」とみなされ、強制隔離政策が採用された。その中心となったのが光田である。彼は「救らいの父」とも呼ばれたハンセン病の専門家で、生涯をハンセン病に費やした学究だった。
彼はそれまで原因不明の奇病とされていたハンセン病をらい菌による伝染病と規定した。最先端の学説を取り入れ、さらに詳細な検討を加えた結果、彼はハンセン病を「強い伝染病」とみなし、強制隔離を推進する立場を取った。

ここで重要なのは、光田は決して悪意ではなく、むしろハンセン病に全人生をかけた学究だったという点である。いいかえれば強制隔離・監禁・断種といった非人道的行為は、純粋な悪意によって生まれたわけではないのだ。ハンセン病国家賠償訴訟熊本地裁判決(2001年5月)を「正義に満ちた歴史的判決」とする「ハンセン病資料館」の紹介でも「らいに明け、らいに暮れた光田健輔の足跡は是とするも非とするも、日本のらいの歴史の中で一つの時代を画した生涯であり、その時代的背景を見ずして語ることはできない」とされた。
今回の訴訟を提起した台湾と韓国の元患者は日本本土以外のハンセン病患者をも救おうと考えた光田の「善意」が生んだ悲劇ともいえる。そこに植民地支配特有の日本人職員による差別に基づく暴力を受けるなど非人道的な扱いを受けた。そして敗戦で日本が撤退すると同時に台湾と韓国の療養所に入っていた人も放り出されることになる。

さらに続きがある。光田の「強い伝染病」説は戦後完全に否定され、日本の厚生省(現在の厚生労働省)は1964年の「らいの現状に対する考え方」を発表し、らい菌の伝染力はきわめて微弱と認めた。同時に47年のハンセン病特効薬「プロミン」の国内導入開始以来、55年代ごろまでには特効薬の「国内外での評価が確定的なものにな」った(熊本地裁判決文)。「きわめて弱い伝染力」と「治る」ということが明らかになったのだ。

この頃に韓国と台湾は日本統治の残滓ともいえる強制隔離政策が廃止された。ただその後も漫然と政策を続けた日本と同様に次のような新たな偏見を患者・元患者に残すことになる。

「きわめて弱い伝染力」と「治る」の見解発表は、ハンセン病への偏見を正すという「善意」に基づくものであろう。ただしこの解釈が問題となる。
まず「きわめて弱い伝染力」という言葉が、「弱いとはいえ伝染するのだ」というニュアンスとなった。ハンセン病はらい菌そのものの毒作用で発病するのではなく、それに感受性をもつ人が発病する。また、「治った」という状態も、身体から菌がいっさいなくなったという状態を意味するわけではない。これは何もハンセン病に限ったことではなく、現在の結核なども同様である。それらの知識がないまま「伝染する」だけが一人歩きした。
そして「治る」である。この結論は、結果的にハンセン病に対する無関心を呼び起こした。「滅多にかからず、治る病気」ならば私には関係がないと多くが考え、やがて重大な差別を受けた患者・元患者の存在すら忘れられていった。
その結果、「隔離規定の違憲性は、遅くとも昭和35(1960)年には、明白になっていた」(熊本地裁判決文)にも関わらず、隔離を容認したらい予防法は日本では1996年のらい予防法廃止法の成立まで存続したのである。

要するに光田健輔の存在も「きわめて弱い伝染力」と「治る」という見解も、ハンセン病患者への悪意が前提にはなってはいない。にも関わらず恐るべき人権侵害をもたらした。そしてとくに「治る」とされてからの無関心が人権侵害を隠してしまったのである。

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