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2005年9月15日 (木)

本当に靖国に英霊はいるのか(上)

改めて読んでみると我ながら総選挙関連ばかり最近書いていたと気づかされる。本来の私は政治のような新聞界でいうところの「硬派」は得意ではない。よほど焦っていたのだろう。カレンダーをみるとすでに9月も半ばに差し掛かっている。
政界は肝を抜かれたような形で郵政民営化関連法案は可決しよう。で、その後はどうなるかというと忘れちゃいけないのが首相の靖国参拝である。9月半ばということは今年は後3ヶ月半しか残っていない。その間に小泉首相は参拝するはずである。
えっ、正月に行ったって? それは去年。8月13日に行ったのは01年のこと。デジャヴしそうだが今年は行っていない。

その件に関して当ブログは8月5日に「靖国に行きたい小泉首相への助言」を述べた。うち「『A級戦犯を呼び出さない』と明言する」は割合と評判がよかったので過去の小誌の記事を2日に分けて詳報する。03年1月号の「究極の謎に挑戦 靖国に『英霊』はいるのか」という記事である。
文中で「私」と出てくるのは小誌編集部の奥津裕美。連載陣に加わるまでは「ヤ」の字も知らなかった20代前半の若者である。

【以下本文】

 それはふとした、しかし非常に根源的な疑問だった。「もし靖国神社に英霊がいなかったらどうなるのか」だ。何しろ目に見えない存在なのだから、いない可能性もあるわけだ。
 いなかったら大変だ。靖国神社護持派は、その根拠を失ってしまう。もっと深刻なのは批判派だ。そこが大きな鳥居があるだけの空間だとしたら、国家護持や要人の参拝を批判する根拠がなくなる。政教分離以前に、英霊なき靖国は宗教法人なのかという問題だって出てくるだろう。
 とくにA級戦犯の英霊が眠っているのかどうかは大問題だ。1986年8月14日に「公式参拝」を見送ると発表した後藤田正晴官房長官は、「昨年夏の公式参拝は、A級戦犯への礼拝ではないかとの批判を近隣諸国に生んだので」と語っている。ならばA級戦犯が実際にいるのかどうかはどうしても確かめねばなるまい。
 問題は、それを科学的に実証する方法がないことだ。なぜならば霊という存在があることを前提にした議論自体が超常的だからだ。超常現象はそれがわかるとする人に調べてもらうしかない。そこでメディアでも活躍中の霊能者のA先生にお願いした。
 誤解されると嫌なのであらかじめはっきりさせておくが、編集部は大まじめである。霊能者に依頼する以外の方法はどう考えてもなかったからである。A先生も決死の覚悟だ。霊能者にとって「靖国に英霊がいるか否か」というテーマは途方もなく重いそうである。

●編集部による公式参拝
 年の瀬も押し迫った12月某日、無理を言ってお願いしたA先生と編集部メンバー3人は、北風吹きすさぶ中、靖国神社へと出発したのだった。
 「参拝する時は、真ん中を歩いてはいけません。端を歩きましょう」
 靖国の大鳥居に向かう歩道橋の上、先生はおごそかにつぶやいた。どうやら神社参拝の作法らしい。不思議に思ってたずねてみると、先生は霊視のみならず、神社関係にもかなり詳しい方だったのである。しかも先生の叔父様に当たる方が靖国神社に合祀されており、今回、本殿での参拝まで行い、英霊とのコンタクトを取っていただけるという。
 小誌実働部隊のほぼ全員が正式に参拝するとなれば、これぞ『記録』の“公式参拝”ではないか。唯一の30代である古参編集部員にその旨をたずねると、「玉串料は先生がお支払いするので、編集部としての公式参拝ではない。私的参拝である」と、笑いもなく答えるではないか。

 私的・公的はともかく、正式な作法に則った参拝をすべく、私たちは行動を開始した。「参拝は鳥居から始まるんじゃない、歩道橋から始まるんだ」と、踊る大捜査線風に言ってみたが、そう、歩道橋から参拝は始まっていたのだ。先生の注意に従って、私たちがミミズのように一列になって歩いたのは言うまでもない。
 鳥居をくぐるときは、一礼して入る。大村益次郎像を越え、休憩所を横目に見ながら第二鳥居へ差し掛かったとき「ここからは無駄話をやめましょう」と先生からお言葉が。穏やかな先生の表情が、徐々に引き締まってくるのがわかる。
 それなのに古参編集部員は、取材ノートをブラブラさせ、「ノートはしまってくださいね」と先生から優しく注意されていた。

 第二鳥居を潜り、すぐ左手にある大手水舎で手と口を清める。もちろん作法もバッチリ教わった。
  「柄杓に水を汲み、左掌に水を掛け、次に右掌に水を掛ける。口を漱ぐときは、柄杓に口をつけてはいけません。左掌で水を受けてから口をゆすぎます。最後に、柄杓を立てて柄を洗います」
 知らなかった! 神社へはよく行くが、正しい手水のやり方なんて聞いたことさえない。口の漱ぎ方まであったとは。手を拭き、神門の前でまた一礼。更に奥へ進むと中門鳥居があり、また一礼。そこを抜けると拝殿だ。
 何はともあれ、拝殿でまず参拝。ここでも作法がある。まずコートやマフラーを外し、賽銭箱に賽銭を入れる。先生によれば、「賽銭は2枚、4枚と2で割れる数がいいと言いますが、気持ちで結構です。賽銭は願いを託すものなので、5円玉一枚というのはちょっと……」とのこと。私も奮発。10円玉2枚を賽銭箱を投げ入れる。拝礼は、二拝二拍手一拝。見よう見まねで礼儀を尽くした。

 さて、いよいよ昇殿参拝のために祭儀所へ。美しい巫女さんに迎えられ座敷に通された。所定の用紙を先生が書き込み、しばらくすると宮司が登場。改めて手と口を清め、祓所でお祓いをしてもらい、いざ本殿へ。
 中央には、大きな鏡とカブやリンゴなどの神饌が置かれている。その鏡の前に正座をすると、外から小鳥のさえずりが聞こえてきた。そして神主による祝詞の奏上が始まる。深く息を吐いた先生がゆっくりと頭を垂れ、お辞儀をしていた。
 祝詞が終わり玉串を納めた後、二礼二拍手一礼して黙祷し、その後に廊下で神酒をいただいた。飲む際には、本殿に向かって「頂くゼ」という感じで挨拶した後に飲んでみる。もともと神と会った後の祭りを儀式化したものらしいから、威勢が良いに越したことはないだろう。中味は至って普通の辛口の日本酒だ。とはいえ昼間から飲めるのはありがたい。

 さて、祭儀所を出てすぐ、英霊との遭遇について先生にたずねてみた。
  「本殿に上がる前と、本殿から出てきたときに、『Aちゃん』と呼びかけられました。英霊の叔父様でした。ご遺族の方の中には、英霊が呼びかける声を聞き取れる人も多いのではないでしょうか」
 う~ん、やっぱり英霊はいるらしい。

以下は明日。A先生は本文にもあるようにテレビでもおなじみの人で本当は実名で出てもらいたかったが断られた。霊能者にとって靖国を実名で語ることは生命にさえ関わるんだって。

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