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2005年9月11日 (日)

郵政民営化は現代の天皇機関説問題

郵政民営化関連法案を読み終えた。我ながらバカらしいと思ったが読んだ。感想を一言でいうと異様に複雑なのに内容が空虚。こんなもののために総選挙をやるのかと脱力感さえ感じる。
というよりも誰か通読して一貫性を持たせる努力をしたのか疑問を感じる。ただ単に「真ん中」と書けばいいところを「真ん中より右とする。ただし適宜左に向けて圧力を加える」みたいにボケとツッコミを一緒くたにしたような奇妙な文が並んでいる。用語にも不統一がある。私が編集を任されたら相当に赤を入れたい。

何より読んで不思議だったのは「この法案に反対した人はどういうつもりだったのか」という素朴な疑問。いろいろと解釈はできるが大方のところこの法案が通っても郵政は実質的な民営化にはならない。今より大きく変わるのは名前だけである。「郵便局が地方からなくなる」云々も様々な方法で回避できる。逆に様々な方法を用いても回避できない場合も考えられるが、それは現在の公社でも同じことである。変わらないならば何故反対したのかがわからない。同様に賛成した人の理由もわからない。

すでに今年から日本は人口減少に入ったと報道されている。2017年の完全民営化の時点ではその度合いは一層加速しているであろう。その時に過疎地の郵便局がどうこうという議論が必要だろうか。過疎地自体がなくなっている可能性の方が高い。

意外と知られていないが「世襲公務員」などと悪名高い地方の特定郵便局長も最近は跡継ぎがいないという問題をすでに抱えている。渡切費などのメリットが薄れたこともあるがいくら事実上「世襲」できるにしても田舎の特定郵便局長に収まって一生を終えるなんてゴメンだという人がドンドン増えているのだ。
親父が60歳で特定郵便局長を定年になったとする。25歳で息子をもうけたとしたらこの時点で35歳だ。ニートにでもなっていない限り何らかの職に就いて10年以上経っている。結婚して家族がいる可能性も高い。そこにいきなり故郷とはいえ田舎の郵便局長を継ぐかというとNOと答える人が現時点で相当数いるのだ。だって開業医でさえ田舎(都会ですら)で跡継ぎがいなくて『日本医事新報』などに縁談募集をする時代なのだ。

都会に雨後のタケノコのように増殖している特定郵便局は実は隠れ天下りが多いから淘汰されよう。その意味だけはあると思ったが公明党の反対で都会の郵便局も減らさないと政府が答えているから世話がない。

分社化され株式会社となった郵便貯金会社と簡易保険会社(法案の正式名は違うがこの方がわかりやすいのでこう表記する)の持ち株会社は2017年までに全株を放出するが買い戻してもいいし郵便貯金会社も簡易保険会社も持ち合ってもいいという条文はまさに「真ん中より右とする。ただし適宜左に向けて圧力を加える」に等しい。

あのさあ。純粋民営の株式会社ならばどこの株を買おうが売ろうが証券取引法や商法などの定めに反しない限り自由でしょう。それをわざわざ持ち合ってもいいという文言を加えると「持ち合う」と意思表示したとしか読めない。でも「放出」だともいう。支離滅裂だが要するに2017年までに「完全民営化」から「持ち株会社100%所有の実質一体化」まで自在に選択できるという正式には「郵政民営化から実質公社化まで選択可能法案」なのである。

だから郵政民営化に反対の人が賛成してもいいし反対してもいい。逆に郵政民営化に賛成の人が賛成してもいいし反対してもいい。そういう内容なのである。これを通してどうするの。逆に通らなかったらどうだっていうのか。

結論。まったくの空騒ぎである。人は空騒ぎに熱狂できるのかというと少なくとも日本人にはそうする才(?)があるらしい。1935年に起きた美濃部達吉の天皇機関説問題が代表的だ。すでに定着していた説に「天皇は天皇であって機関ではなく全部であるから機関ではない・・・・」などとすでに笑い飛ばされていた説が亡霊のごとく復活して果てしない空騒ぎの末に「国体明徴声明」を政府が出すに至った。さらに1回目の明徴声明は明徴性に欠ける云々の枝葉末節の論議が「国体を揺るがす」大問題として沸騰した始末である。
この頃から天皇自身が顔を赤らめてしまうような馬鹿馬鹿しい神格化を皆が先を争って始めた。今から振り返ると生産性がまったくない営為に上から下まで狂奔したのである。

以前に小泉首相のマインドコントロールを受けると段々と頭が悪くなってくるような気がするといったことを書いた。空騒ぎが空騒ぎを生む果てしなく空虚な時間を無意味な議論と熱狂で埋め尽くす気は私には毛頭ない。取るに足らぬ私の人生でさえそれに割くのはもったいないと確信する。でもきっと続くんだろうなあ。今日は衆議院議員総選挙の投開票日。

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コメント

そうか、今日は衆院選。ちょっと争点を考えてみようかな。郵政民営化ってそんなにみんなが望んで゜いることなのか?小泉さんによると民営化すると無駄がはぶけて、税収が増えて国の借金も減るんだって?この深刻な財政赤字は小泉さんの在任中に減るどころかさらに増えたんだけど、その財政赤字をなんとかしないことには、少子高齢化で破綻しそうな年金問題の解決もないんだって。だから民間にできることは民間に任せて、サービスの中身を良くして、法人税などをとって税収をあげればいいんだって。ふーんそうかなるほどね。パチパチ、拍手なんてね。でも本当にそんな単純なものなのかな。今の郵政公社は黒字で、無駄な公務員はなくせなんて言うけれど、その郵政職員の給料に国の税金なんて1円も使われていない。それどころか国庫納付金だってある。もちろん法人税はないけれど。郵政職員の所得税等はもちろんある。諸外国はどうかって言えば、アメリカも含めてほとんど郵政は公共性のゆえに公有なのだ。ニュージーランドは小泉改革と同じことをやろうとしたが、過疎地などに廃止される郵便局が増え、都市部以外の住民の不満が高まり、また国営に戻そうかなんてなってるって言う。つまり小泉改革の失敗を見るような例だ。それからドイツは成功例のように言われるが、その実態はドイツポストは海外部門への進出で黒字になっているだけで成功とは言えないという。それなら日本の郵政民営化っていったい何やってことになる。過疎地の郵便局はなくさない。基金も設けるなんていうけれど。民間になった郵政会社は黒字になって初めて、小泉の言う税収となるんやろ。株主にも配当をあげれるんやろ。自分が経営者になったとして考えてみれば、完全民営化後の株主総会で株主に解任されないよう、ちゃんと利益をあげなくてはならない。儲からない局はお荷物として切り捨てていくのはニュージーランドのように切り捨てていくのは目に見えている。基金なんてそれを十分なほど設けるとすれば、そこから税収をあげて国庫をみたすという小泉の目的からして矛盾するし、だから法案には郵便局をなくさないという法的担保は実はどこにもない。減った分の一部はコンビニなどに委託するというが、ぼくの今の勤務場所から一番近いコンビニまで二時間近くかかるように、日本全国そんなところはいたるところにある。それにフランチャイズ制のコンビニは本部だけが儲かるシステムで個々の店は、立地条件等で盛衰が激しく、つぶれる店も多く、そもそも過疎地には向いていなく、たくさんある都会ではなるほど利便性があがる面もあるけれど、過疎地等の田舎の住民はきりすてられてしまう。またコンビニ等の片手間の業務で郵便局のすべてのサービスをカバーできるものでもない。国鉄の民営化で地方路線が次々に廃止となって過疎地等と都市との落差が大きくなり、また利潤追求一本やりの体質を生んで、今年は何年か前の事故の反省が口先だけだったことを証明するごとく福知山線の大事故を生んでしまったような弊害を生んだことを思い出させられる。およそ、資本主義社会での公的部門はそもそも、不採算部門を受け持つからこそ公共的役目を果たしていたのだ。国鉄も実は、その赤字によってこそ公共性が守られ、都市部と過疎地の落差を埋め、その必要な赤字によって社会全体を支えていたのだ。それが今度は道路公団まで民営化されるという。たしかに資本主義にかこまれた公的部門は汚職や権益や無駄といったことも生まれやすくそこをつかれた形だが、これではこんご儲かるところしか道路をつくらなくなってしまう。そうすると過密地帯と過密地帯をつなぐような道路しかできなくなり、ますます都市と都市との間ばかりが便利となって、都市は過密化し、公害やごみ問題や地価高騰や都市問題は深刻化することとなる。結果はたとえば先日、東京では豪雨で水害が襲ったが、地下の貯水施設が未完成で被害が防げなかったというが、この未完成の理由も地価も高騰し用地買収が思うようにいかなかったからという。そのように都市の過密化も道路やその他の交通も都市にばかり集中して都市ばかり利便性が増すこととの悪循環になってしまう。これも市場原理にのみまかせればそうなってしまうのだ。いっぽう道路公団は民営化されてしまえば、儲からない過疎地なんかへの投資なんか株主にも納得されず、結局、過疎地はますます不便になり、そんなところに住めない、雇用もないとみんな都市へと出てしまうことになる。結局、過疎地のコミュニティは崩れ、過密地はますます過密となって都市問題、過疎地はますますさびれてコミュニティ破壊でどちらも住みにくくなってしまう。郵政改革も同じことだ。郵便局も道路も鉄道もコンビにも就職口もない過疎地はますますコミュニティが破壊されていくことに結果しよう。そして郵便貯金等の国民の資金はアメリカのはげたかファンドや国内の金融資本のターゲットになっていくんだろうな。まあ個人的には「みずほ」の株主だからその株価が上がっていいけれど、庶民の公平な立場からすると郵政「改革」とやらはおかしいと言わざるをえないね。それにその小泉改革の影にかくれて、民主的で平和的な憲法、まさにそれがあったからこそ日本は戦後平和の中で復興することができたと思うけれど、その憲法が変えられようとしていることとか、年金・雇用その他大きな問題が見えなくさせられているような気がしてならない。そのことも大きな問題だろう。そんなことを考えて今日の投票には行こうかな。

投稿: K・IKGY | 2005年9月11日 (日) 03時52分

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