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2005年9月12日 (月)

民主党に贈る河上丈太郎晩年の姿

この記事をUPしている段階で当選・当確(当確はNHKによる)は自民267人で民主90人。民主は改選前を大幅に下回ることが確実となった。

私は小選挙区は民主党候補に、比例代表も民主党に入れた。だが投票所で手が震えた。まるで自民党に入れるような気分であった。
とにかく自民党はもう勘弁という人にはわかってもらえると思うが対抗できそうな反対党候補に取りあえず入れるものである。旧日本社会党でも共産党でも無所属でも、もし野党ならば手が震えまくっても公明でも、であった。最近では民主党がその役割を担っていた。

今度の選挙を自民大勝・圧勝とするであろう。小泉首相の鮮やかな政略が奏功したといおう。それは正しい。だがそれ以上に民主党の一人負けであった。本気で今回は棄権しようとさえ思った。常々棄権者を「惰民」と罵っている当の私自身が、である。そこを鼓舞して投票所に行き、勇気を振り絞って、下品きわまる表現を許していただければ人混みでパンツを下ろすぐらいの覚悟で、震える手で民主と書いた。「蟷螂の斧。蟷螂の斧」と自分を励ましつつ。

最近このブログを読み始めて下さっている読者諸賢にはぜひ8月10日と28日および翌日の記事を読んでいただきたい。私はこのいきさつで民主党に愛想が尽きた。正直いって涙が出るほどくやしかった。小誌は文字通り小さな雑誌であるが大政党から小政党に至るまでこんな仕打ちを受けたのは初めてだったからだ。現に同時期に同様の申し込みしたが他に取材を拒否する政党はなかった。「こんな(民主党のような)政党が二大政党になって政権を取ることがありうるのだろうか」と真から疑った。そして今回の選挙で痛打を食らった。

「有権者の絶妙なバランス感覚」などという常套句を私は使う気はない。やはりこれだけ自民党を勝たせる国民はあまり使いたくない言葉ではあるが「民度が低い」としかいいようがない。だが今回だけは民主ではなく自民に入れた人の気持ちがわかる気がする。
もちろん有権者のほとんどが小誌の体験したような仕打ちを民主党から受けたわけではない。むしろ甘い言葉を受けていたはずだ。だが天網恢々疎にして洩らさずである。内側に隠し持っている傲慢な体質は何となくわかるものである。

私はマスコミが書くような小泉首相による「郵政民営化に賛成か反対か」の土俵に有権者の大半が乗ったとは思わない。むしろ岡田克也民主党代表の「政権を取れなければ代表に止まるつもりはない」という言葉も案外と真剣に受けとめていた気がする。ならば民主党に政権を取らせるか否かと判断を迫られた。郵政の賛否の裏側に確実にあったもう一つの選択であった。そして民主よりは自民の方がましだと判断した。残念ながらその判断を間違っているといえる材料が私にはない。

もっと直裁にいおう。私は民主党の大敗に「ざまあみろ」と言いたい気分を隠しきれない。直裁じゃないか。あなた方は自分が掲げた大義の説明を乞う小さな雑誌を足蹴にした。首相が仕掛けてきた「郵政民営化に賛成か反対か」の土俵に最初から乗って戦う気概もなかった。代わりに「日本をあきらめない」という妙なフレーズを唱えはじめた。
「・・・・しない」という表現は雑誌の特集などを考える際に編集者が「今月は何もないなあ」と行き詰まった際に「失敗しないダイエット」のように使う。本当は「成功するダイエット方法」の方が引きがあるのはわかっているが材料がないと補集合をかき集めればでっち上げられる「・・・・しない」で急場をしのぐ。
あなた方には「政権担当能力」「政権準備政党」なる「成功する」看板があったんじゃないの!「・・・・しない」は現状維持ができれば、つまり「失敗しないダイエット」は試みても太りさえしなければ、つまりやせなくても構わない程度の材料で構成できる。あなた方はそんな無責任な表現の主語に「日本」を選んだのだ。

マックス・ヴェーバーは『職業としての政治』で「情熱」「責任感」「判断力」を政治家の資質として「とくに重要」と挙げた(脇圭平訳 岩波文庫)。そのうち1つでも「日本をあきらめない」から感じ取ることができるとでもいうのか。

でも。それでも私は民主党に投票した。本当に死ぬ思いで支持した。負けて気づいてほしいことがたくさんある。気づいてくれるといちるの望みを託してもいる。それを自民に期待できないことだけは確実なので。どうか「地に塩」のような政党になってほしい。

民主党の皆さん。あなた方が毛虫のように嫌っている「抵抗野党」「何でも反対」の旧日本社会党のエピソードを最後に述べよう。小誌1996年3月号で取り上げた55年の社会党再統一に大きな役割を担った河上丈太郎の話である。話してくれたのは子で衆議院議員も務めた河上民雄さんだ。

「実は(父の丈太郎が)死ぬ前の数年前、一段と精力的に全国遊説を行っていた。社会党の行く末を案じての切迫感が最晩年の父を駆り立てたのだろう。最近の社会党のように、まるで党が不滅であるかのように信じて疑わない様子であるのとは大きく違う。不滅のものなどない。常に訴え続けなければ滅びてしまう。父はそう考えたのだと思う」

まだ野党のくせに与党になった後のことを夢想していた「政権準備政党」よ。あなた方は「抵抗野党」社会党幹部だった河上丈太郎を笑えるか。

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コメント

私も同じ行動をした。無意味な行為になると分かっていながら。それでも民主党が分裂してしまったらより悪くなる。ちょうど良い機会と捉えて、労組との関係の明確化、協力してくれるブレーンの充実、NPOグループとの関係強化など再出発することだ。

投稿: 遊水地 | 2005年9月12日 (月) 19時46分

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