サッカー報道の紋切り口調
いうまでもなく「サッカーは11人でやる」スポーツである。一応のポジションが決められているが、いったん試合が始まれば、ゴールキーパー(GK)を除いて、すべての選手が敵ゴールを目指し、同時に味方のゴールを守る。
改めて何故こんな当たり前のことをいうかというと、サッカー報道ではしばしば、「点取り屋」「司令塔」「守備の壁」「守護神」などというポジションに合わせた専業の仕事があるかのように伝えられるからだ。
まず「点取り屋」は主にフォワード(FW)に冠せられ、十年一日のようにその能力が不十分な日本のFWをしばしば「決定力不足」などと嘆いている。たしかに一人で局面を打開してしまうようなスーパーFWはまれにいるが、むしろいない方が世界レベルでも珍しくない。
そうしたチームではFWが点をとりやすいような展開を11人全員でいかに作るのかが中心テーマであって、その責任をFWの個人的な能力の問題にするのは「サッカーは11人でやる」という原則を忘れた伝え方である。シュートを放つまでの11人全員の動きが決定力を生み出すのであり、今の日本代表が「決定力不足」だとすれば、そこに問題がある。
「司令塔」とは一般にオフェンシブなミッドフィールダー(MF)の中心にいて、後続からの配球を受けて前線に効果的な球出しをする役割を担う選手を指し、日本代表では専ら中田英寿選手に冠せられてきた。しかし、少なくとも1990年代に入ってからのトップレベルのサッカーシーンでは、一人の「司令塔」がゲームの全般を組み立てるという図式は過去のものになりつつある。
「守備の壁」はディフェンス(DF)の中心で、敵の来襲を食い止める役割を担う選手を意味し、「アジアの壁」「世界の壁」などと俗称されている。「守護神」はほぼGKを意味する。トルシエ前日本代表監督の時のDFの「フラット3」に関する弱点指摘の際に「フラット3」が破られるとピンチに陥るという下らない解説が流布した。今のジーコ監督になっても4バックだ3バックだと騒ぎ立てる。
DFが守備に大きな責任を持つのはいうまでもない。しかしサッカーは「DFだけが守備を担当する」のではなく危うい局面を事前に11人全員が察知し、必要とあれば極端にいえば「10バック+GK」で守るスポーツである。それが臨機応変にできないことを課題とすべきだ。
つまり、日本のサッカー報道は、
攻撃では「司令塔」がゲームを作って「キラーパス」とやらを「点取り屋」に配球してゴールする
守備では「壁」が芸術的にクリアし、それでもダメなときは「守護神」が「ファインセーブ」する
といった、まるで将棋の駒のように役割が分担されていて、それぞれの役割をみごとに果たすスポーツという切り口が常套で、観戦者もその論理でみている場合が多いが、「サッカーは11人でやる」大原則に照らせばそんなサッカーは現実には存在しないのだからナンセンス。
おそらくこうした報道の仕方はプロ野球報道をアナロジーにして発生したのであろう。だが野球とサッカーはプレースタイルが全然違う。Jリーグ発足当時、多くの視聴者が「サッカーは攻守の切替が早い」と、主にそれまで国民的スポーツだったプロ野球と比較して感想をもらしていた。この辺の感覚がいまだに抜けきっていないようだ。サッカーは「攻守の切替が早い」というよりは「攻守の区別がない」スポーツで、それを野球的に分析してみても意味のない行為となる。そこが何年たっても変わらない。私は密かに「キャプテン翼症候群」と呼んでいる。
相も変わらぬ「ジーコジャパン」なる呼称もプロ野球のアナロジーであろう。やれ「オレ竜」だの「長嶋ジャパン」だの。サッカーと野球では試合中に「采配」が介入できる度合いが違う。そもそも裁量が大きいとされる野球でさえ監督がプレーしている訳ではない。大リーグで「トーレヤンキース」などと呼ばわることはない。「長嶋ジャパン」に至っては本大会に本人は病気療養中で不在。にも関わらず「長嶋ジャパン」だというからオカルトだ。日本風オカルトが外国人に通用するはずもなく結果は無惨な3位であった。野球でさえ変な呼称なのにサッカーに当てはめるのは不当とさえいえる。
スポーツ取材に関して私はかつてベテランのスポーツ記者から「ボールを追うな」と教えられた。現在どこにボールがあるかを追っかけるのではなく、最初はある1人の選手をずっと見つめ続けながら、ついでにボールのありかを確認するという手法である。そうすると、選手が試合の各局面でいかに11人の1人として機能しているか、ないしは機能していないかがわかる。それを繰り返すうちに全体の把握ができるようになる、と。もっともテレビ観戦では、カメラ自体がボールを追ってしまうので大変不満である。
大リーグや欧州サッカーの中継を観ていて本当にうまいなと感じ入ることがある。そこにボールが来て決定的な瞬間になることを予測していたような絵を何種類もの角度から収めてあるのだ。「ボールを追うな」を叩き込まれた手練れによる特ダネ映像であろう。振り返って日本ではボールを追っているはずなのに決定的な場面を撮り落としている場合さえある。
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