« 本当に靖国に英霊はいるのか(上) | トップページ | 朝日新聞「検証 虚偽メモ問題」を検証 »

2005年9月16日 (金)

本当に靖国に英霊はいるのか(下)

●英霊は常駐していない!?
 さらに霊能者のA先生は続けた。
  「通常の神社では、天からシャワーのように御霊が降ってきてサッパリします。でも、ここでは地からゆかりのある御霊が上がってくる感じですね。下から暖かい気が、どんどんのぼってきました。あと、本殿に巫女さんのような女性が見えましたよ。英霊をお世話する女神のような存在でしょうか。
 それにしても参拝したら、朝からの肩こりがスッキリ抜けました。すごいですね」と、先生はニッコリ。

 しかし私は気になった。約246万余柱の英霊を、どうして先生は見ないのだろうか? 大量の英霊が神社を走り回っている図を、私は期待していたのだが……。
  「いや、簡単に説明すれば、靖国神社は玄関なんですよ。幽界にいる英霊が、参拝の声に応えて神社まで降りてきてくれるんです。もちろん自ら降り来てくださる英霊もいらっしゃるとは思いますが」

 なんと、英霊は24時間、靖国神社に常駐しているわけではないのだ。つまり呼ばなければ、東條英機や板垣征四郎などのA級戦犯は出てこないのである。
 これは大変な発見である。A級戦犯が合祀されているという理由で諸外国から参拝が批判されている点について、たとえば参拝した首相などの要人は「A級戦犯の英霊はお呼びしていませんから」といえばいいということになる。だが、そうするとなぜA級戦犯の英霊を呼ばなかったのかとか、だったらいったい誰を呼んだのかとか、オレの親父をなぜ呼んでくれなかったのかという新たな問題が発生する可能性もある。

 こんな難問に果敢に取り組んでいる私をよそに、一行は招魂斎庭があった駐車場へ。この招魂斎庭、英霊を神祭として本殿に合祀する前に、心霊を迎え入れる招魂式を実施した場所だという。そんな聖なる場所を駐車場にするなんてけしからん、と一部メディアに批判された場でもある。
 私も何となく罰当たりな行為だと思っていたが、先生は「問題ありません」と頷いた。
  「ログハウスが手狭になり、新しいログハウスを建設しても、普通、誰も文句を言わないでしょう。いきなり昔の施設を壊したならともかく、きちんとお祓いをしていますし、神様も怒っていないようです」
 どうやら怒ったのは、人間だけだったらしい。

●千鳥ヶ淵戦没者墓苑との意外な関係
 さて、靖国神社を出て千鳥ヶ淵戦没者墓苑へと向かった。第2次世界大戦で亡くなり、遺骨が収集されたものの、氏名の特定ができなかったり、引き取り手がいない無名戦士の遺骨を納めている場所である。
 門をくぐった途端、先生が深呼吸をした。やや顔をしかめ、目をつぶる。靖国に入ったときとは違う緊張感が漂っていた。納骨施設が視界に入ってくると、先生がボソッと一言。
  「ヘタにさわれない」
 普段は何かを感じることが少ない私でも、入った瞬間体が怠くなり下半身が重くなった。だからといって、足腰が疲れている訳ではありません。
 4人で献花し、門に向かって歩き出すと、今度は先生が首を振り始めた。
  「重い……。個別に霊がいるような状況じゃありません。エネルギーの集合体が、ドーンとある感じです。近づけませんでした」

 首を左右に振りながら、先生は言った。
  「ここは4時閉門で正解だわ。夜は来ない方が良いですよ。どうなっても知りませんから」
 先生、怖すぎます! 夜、トイレに行けません……。
  「足元から下に吸われるような感じがしませんでした? あくまでも私個人の意見ですが、千鳥ヶ淵は霊的にもう少しちゃんとした方が良いかもしれません。あらゆる宗教者が慰霊のために訪れるようになれば、霊も喜ぶと思います。
 ただ靖国も千鳥ヶ淵も、両方必要な施設なんです。千鳥ヶ淵は荒ぶる御霊であふれ、靖国はそれを鎮める『招魂社』。その2つのバランスが大切ですから」
 そうだったのか! 靖国と千鳥ヶ淵の関係はいろいろと議論されてきたが、こうした新解釈も可能なのである。

 先生の肩の痛みを払うためにも、再度、靖国神社をお参りすることになった。道々、先生から霊媒師から見た靖国神社像について教えてもらう。
  「政府や上の論理は、国威のために戦死者を利用し、『祀るから安心して天に昇ってくれ』という考え方。遺族や現場の倫理は、『死んだのだからせめて神に祀ってくれ』というものでした。どちらが正しいではなく、そういう考え方、思いがあるということでしょう。
 ただ靖国神社は、荒ぶる霊をしずめています。A級戦犯などが処刑された池袋で幽霊が目撃されるのは、死者に怒りがあるからでしょう。靖国神社がなければ、誰が荒ぶる霊を諫めるのでしょうか」
 靖国問題の根幹を解決すべく組まれた取材は、左右両陣営に加え、「英霊の主張」という新たな座標軸を発見することとなった。

ここからは筆者(月刊「記録」編集長)と奥津裕美による総括である。

要するに靖国神社とは祇園社や北野神社がかつて果たした「魂鎮め」の役割を果たすとみなすことができる。すなわち怨念を持つ御霊を靖国や千鳥ヶ淵に封じ込めるとともに和霊となるよう儀式をとりおこなうと。考えてみれば人神を祀る風習は東アジアではかなりみられる習俗である。
だから「人はみな死んだら神様仏様になるという日本ならではの思想は中国人にはわからない」などという平板な物言いで片づけるのではなく以下のように説明したらどうか。

1)戦地で死んだ将兵や処刑された戦犯はいずれも多少の差はあれ怨念を抱いて死ぬ
2)日本兵や戦犯の怨念は中韓の国民にとっても侵略者のそれだから恐るべき存在である
3)したがってそれらを社(やしろ)に封じ込めて鎮める儀式を適宜行うのは有意義である
4)関羽のように怨みを抱いた武将が祀られる例は中国にもみられる
5)関帝廟の主神が武神から財神に、北野神社のそれが雷神から学問の神になったように時を経るごとに当初の目的が薄れて祈りの形式だけが残って主神の意味も再定義されることは日中にみられる。靖国はその過程にあって現に財神の意味合いをすでに持ちつつある。あの辺の会社(わが社もそう)は商売繁盛を靖国に祈ったりするのだ

|

« 本当に靖国に英霊はいるのか(上) | トップページ | 朝日新聞「検証 虚偽メモ問題」を検証 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 本当に靖国に英霊はいるのか(下):

« 本当に靖国に英霊はいるのか(上) | トップページ | 朝日新聞「検証 虚偽メモ問題」を検証 »