朝日新聞の謝罪と鬼熊事件
「もし記者が3人が集まれば」という話
「朝日が3人集まれば人事の話。読売は女の話。毎日は給料の話。産経は転職の話。共同は組合の話。時事は3人集まらない」というオチが付いてたなあ確か。
ある意味言い当て妙である。人事の話が筆頭に来る社会といえば何といっても官僚組織だが朝日はそれに近い。無謬性というのを信じているフシがある。彼らは自らを「朝日人」というのだよ。毎日もいろいろ問題はあるが少なくとも自らを「毎日人」などと自尊することはない。旧石器人骨じゃあるまいし。
取材現場で間違いを犯さないなんてことはないのだ。そもそも速報性と信頼性を両立させるのは本来的に矛盾しているのだから。だから無謬を押し通そうとすると高慢になるか下手を突かれてうろたえるかになってしまう。
2005年8月に朝日は2回謝罪した。1回目はNHKの番組についての朝日新聞の記事に関して自民党の国会議員やNHKの松尾元放送総局長への取材記録(おそらくは録音テープ)が月刊『現代』に掲載されたことで
「社内調査の結果、記者が取材した内容を整理した資料が社外に流出したと考えざるを得ない。信義に反するもので痛切に責任を感じている」と謝罪するとともに、関係者を近く処分することを明らかにした。
ええっ。となると本田雅和記者は「処分」されちゃうのかな。彼は私の知る限り「極左記者」(クレジット・バイ・週刊新潮)でも何でもなく上司にぶつかっても自説を主張する硬骨漢である。むしろ官僚社会の朝日では傍系だと思う。NHKと朝日が上記記事をめぐってドンパチしていた頃に心配になって一度だけ彼の携帯電話にかけてみた。
「大丈夫ですか」「大丈夫です」
この程度の会話だったが、とりあえず携帯がつながる程度に自由だったという点でホッとした。
取材記録が外部にもれて問題だという。その根拠は広く知られているように04年夏に東京慈恵会医科大学の補助金流用疑惑の取材で、記者が取材対象者との約束に反して無断録音したものを第三者に渡し、その記者が退社処分となった際に、朝日独自の規定として「取材内容の録音は相手の了解を得るのが原則」との見解を掲載したことによる。仮にそうだったとして考える。「録音は相手の了解を得る」など愚の骨頂だ。
録音を大新聞の記者が行うようになったのはいつ頃からだろうか。おそらく1990年代であろう。それまでは新聞記者は主にメモで済ませていた。録音機器の発達や軽量化、普遍化で使われるのが当たり前となった時代に符合する。メモももちろん裁判の証拠になり得るがこれだけ録音が普遍化するとやはり弱い。それを自ら縛ってどうするんだ朝日人。
本田記者が録音をしていたのか、月刊『現代』の記事がそれに基づくのかはわからない。仮にそうだったとしても記者は会社のバカげた内規を無視しただけの話で「処分」の代わりに「録音は相手の了解を得る」の撤回が先であろう。
朝日人よ。新聞記者なんてネタを取るためなら本来は何でもするものじゃあなかったか。少なくとも私はそう教わった。朝日は違うのか。
1925年といえば戦前である。今よりずっと言論統制が厳しかった時代に「鬼熊事件」は発生した。「鬼熊」こと岩淵熊治郎(当時35)が愛人や恋敵を殺したり放火した上さらに残りの恨みある者の命をねらって約40日間千葉県内に潜伏した。朝日は鬼熊の旧主を東京日日(現在の毎日)は鬼熊の旧知の者をそれぞれネタ元に追跡する。
当時の東日の記者で当事者でもあった坂本斉一記者の文章によると約40日の逃避行の末「鬼熊が自決する」との情報を旧知の者から仕入れて「自殺する2・3時間前に引き合わせて下さい」と頼む。
「この特ダネを内報、本社も愕然としたが、また大きな期待に(中略)欣然(中略)自殺の速報の電話打合せもぬかりなく、本社社会部は正副部長が(中略)徹夜勤務」であった。
その後もいくらかの、というよりアッと驚く大波乱もあったものの記者は鬼熊の自殺の一部始終と直前インタビューをものにして坂本記者は
「熊最期の急便を派した。本社特派員は総出動の活躍となった。(中略)東日陣三昼夜ぶっつづけ徹夜の活動はこうして遂に特ダネ戦の栄冠をかち得たのである」と結ぶ。
どう読んでも坂本記者らは罪を犯している。逃亡中の殺人犯の居場所を知りながら警察にも伝えず自殺直前の取材をして自殺の実況中継までいているのだ。これを社を挙げて「欣然」と行った。記者魂とはそんなもんだったのだ。私の如きそこから脱走した元二等兵に言われたくもなかろうが・・・・。
そして2つ目の謝罪が30日に出された。総選挙をめぐる新党結成報道で「虚偽のメモ」があったとする謝罪である。現時点でわからないことが多い。特に
「記者は(田中康夫長野県知事が参加した)車座集会の取材に行ったが(ここで行うべき知事への事実確認を怠った。その理由は)宿直勤務のため集会の終わる前に取材を切り上げ」たという点だ。
28歳といえば通常の採用試験で合格したならば本社に上がる直前の年齢だ。県政キャップかキャップは本社を踏んだ記者で本人はサブキャップか。それぐらいの位置にいる。宿直勤務ということは夜勤ではなく泊まりである。ならば夜勤にギリギリまで引っ張ってもらえばいい。未明をすぎても車座集会とやらが続いていたとは思えない。泊まりが実質的な体制に入る降版時間(午前1時半頃)まで続いていたのかいな。
しかも朝日の「調査内容」によると取材は政治部からの要請だという。これは総局・支局にとっての一大事だ。キャップクラスが知事に記事内容を「当て」にいく時間を「宿直勤務」を優先して切り上げるとは到底思えない。だいたい記事が上がるまでデスクや支局長はギンギラギンになっていそうな「特ダネ」なのだ。支局長なんて泊まりローテに入っちゃいないんだろうから存分に当ててこられたはずである。不可解だ。続報を待とう。
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