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2005年7月

2005年7月31日 (日)

出版社の作り方

出版社を起こしてみたいという人はどれほどいるのだろうか。自身が零細なので魅力ある起業だと人に勧める自信はまったくないが「文化財」(国会図書館に献本するとこう書いた返事をくれる)を生む誇りが持てる初期投資も比較的少なく済む。しかも後述するように流通システムが独特で自前で構築しなくてもいいなど小資本の起業に向いているのは確かである。ということで私の頼りない経験からでも書けることを書いてみたい。

1)本は書店に貸して売る

ここでいう出版社(版元)とは自分の会社で作った単行本を全国有名書店に委託販売する形態をさす。雑誌に関しては別に雑誌コードという問題があるので今回は割愛するが雑誌コードの問題を除けば単行本と同じである。委託販売とは出版社をメーカーとみなした場合に書店=小売りに問屋(取次)を通して「売る」(買い切り)のではなく手早くいえば「貸す」販売方式で出版界では最もポピュラーな方式である。

書店は「借りた」本なので返せるという安心感から小出版社の本や名もない著者の作品でも案外と気楽に置いてくれる。一方の小出版社は「返る=返品」のリスクはあるにしても自前で大流通ルートを構築せずに全国有名書店に本を置いたり注文に応じたりできる。

2)「取次様」が物流と集金の両方を担う

ここで一番肝心なのは全国有名書店に人手を割かずにアクセスするためには前記の取次という問屋と取引契約を結ばなければならないという点である。書店は各々がどこかの取次の帳合(取引関係)にあるので取次を通さないで本を売るのは至難の技といえよう。

ただ置けないだけではない。実は取次は集金機能もあるのだ。全国に散った「貸した」本がどれだけ売れていくらになるという集計だけでも大変なのに集金となれば小出版社ではとても自力では不可能。集金できなければいうまでもなく商売は成り立たない。要するに取次は本を運ぶ(ついでに戻す)物流機能と集金など金融機能があるのだ。

ここで余談。物流と金融という他の業態ではあまり関係ない能力を合わせ持つ企業形態は珍しい。大手で例えれば日本通運と東京三菱銀行が一緒になっているような形態だ。あえていえば今話題の郵政3事業がそれに当たる。本格的に3事業が分割されたら多分日本で唯一の企業形態となる

3)取引コードの取り方

さて取次はまず大手の2社すなわち

トーハン

日本出版販売(日販)

がある。この2社(東日販)で感覚としてはほとんどの書店が網羅されている。両者の規模は互角といっていい。次いで

大阪屋

が関西を中心に一定の勢力がある。書店グループとしてはジュンク堂やブックファーストの各店舗の多くを押さえている。さらに

太洋社

栗田出版販売

中央社

などが続く。

よってまずは東日販と取引することだが案外とこれが難しい。近年の出版不況で取次は新規の取引を抑制する傾向にある。むろん大資本がついていたりキラーコンテンツを持ち合わせていれば別だが何という実績も資本もないまま取引を頼んでもなかなかウンとはいってくれない。そこでお勧めする方法は2つある。

一つはすでに取引をしている(つまり取引コードを持っている)出版社に依頼して発売はその出版社に任せるが発行は自分でリスクを負って行う方法である。自社の名前は奥付に「発行 何何」として明記する。このようにして出版実績を積んでから取次に談判に臨む方法だ。

もう一つは取引コードの取得を業務内容にしている会社に依頼する方法だ。だが中には口だけ達者で仕事をしてくれない不道徳な会社もある。私も苦労して取引コードを取った者だ。何か質問などあればお気軽に問い合わせてください。

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2005年7月30日 (土)

週刊少年ジャンプのいい加減さ

荒木飛呂彦の「スティール・ボール・ラン」が05年5月号(4月19日発売)から連載を再開した。喜ぶべきことであるが問題は掲載誌が『ウルトラジャンプ』であることだ。 04年11月を最後に本来は『週刊少年ジャンプ』で連載していた「スティール・ボール・ラン」が姿を消した。それ自体は最初から作者が公言してきた連載方法なので構わない。問題は何の音沙汰もないまま関連誌とはいえ『ウルトラジャンプ』に移ったことだ。私はまったく知らなかった。

「世紀末リーダー伝たけし!」の再開も本来の『週刊少年ジャンプ』ではなく『スーパージャンプ』で行った。この場合は作者の不祥事が不意の連載の中止につながったという経緯があるので『週刊少年ジャンプ』で再開しにくいというのはわかる。だが突然『スーパージャンプ』で05年6月から始めているというのは出版社の正しい姿勢であるか。

漫画誌、とくに『ウルトラジャンプ』『スーパージャンプ』あるいは『赤マルジャンプ』といった派生誌は

1)コンビニなどに置いていないことがある

2)本誌(この場合『週刊少年ジャンプ』)より圧倒的に刷り部数が少ない

3)足が速い

4)よっていったん平積み・面出しで売られても売り場からアッという間になくなる

という宿命をもつので派生誌での連載再開は懇切丁寧に本誌が行うべきである。現に「たけし」はワイド判の単行本で連載中止部分以降も描いた12巻が6月に発売されて以来アッという間に品切れに。当初は版元も重版をかけるつもりはなかったと書店からは聞いていたが現在各店で在庫されているのは何らかの対応を版元がしたのであろう。

『週刊少年ジャンプ』は漫画誌のランドマークである。だから「ハンターハンター」のように明らかな漫画家の怠慢を許してまで連載を続けさせたり意味不明の休載を認めては他に悪影響を及ぼす。「落ちた」ならば落ちたとはっきりさせてほしい。週刊ペースが大変なのはわかるが週刊誌はゆえに人員が多く割かれているし月刊誌ではほぼありえない「合併号」で一息つけるはず。

ついでにいえばストーリーとして完全に終わっているのにキャラクターが確立してしまったために人気もそこそこ以上という長期連載も適当に切り上げないとせっかくの有名漫画家が出版社に「適応障害」を起こして描かなくなったり「燃え尽き症候群」に誘ったりするのでご注意を。

集英社は私の会社のある千代田区神田神保町3丁目のすぐそこに相当の機能が引っ越してきた。本当に徒歩一分。更地からピカピカのビルを建てた。あのあたりの土地はバブルの頃に旧日債銀が買い集めて闇世界も含めていろいろ疑惑がある。それをゴッソリ手に入れて1から上物を作れるのだから集英社はもうかっているのだ。上記の問題くらいは解決してほしい

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2005年7月29日 (金)

サラリーマン増税の自業自得

全国で約6000万人のサラリーマンを狙い撃ちにする税制改革が進んでいる。政府税制調査会(石弘光会長)が6月に発表した内容だ。サラリーマンの必要経費とされた給与所得控除は見直しで現行3割から大幅に引き下げられ退職金への軽減課税を認める退職所得控除も厳格化。配偶者控除は事実上撤廃で扶養控除にもメスを入れる。

税を猛烈に単純化して一般的な式を求めるならば

(収入-各種控除)×税率

であるから(我ながら荒っぽい)各種控除が減れば大増税となる。

1)サラリーマンねらい打ちで仕方がない

サラリーマンは今よりずっと懐がさみしくなる。だが妻や子どもはそれに見合った生活のレベルダウンを認めまい。結果として自分の経費を切り詰めるしかないが不甲斐ない夫に妻が「愛妻弁当」を作ってくれるだろうか。仕方のないことだと私は断言する。現在の国と地方の借金は1000兆円を超えた。誰もはっきりいわないから私がいうが「絶対に返せない」金額である。預金封鎖か「国債はなかったことにした」宣言をすれば別だが財産権の侵害は明白だ。となれば先の大戦前から米国がやったような長期管理で解決を遠い未来に先送りするしかない。

そのためにはこれ以上の借金を増やさない必要がある。その点の話は簡単で歳出を削減して歳入を増やすしかない。逆にいえばそれができないから借金がふくれ上がったのである。歳入増には増税が欠かせない。それを何でサラリーマンだけが・・・・という不満を私は先ほど「仕方ない」といった。なぜか。

2)今日の事態を招いたのはサラリーマンである

今日の大借金はずいぶんと前から指摘されていた。歳出と歳入を決める予算は国会で話し合われる。国会は国会議員で構成される。細川護煕・羽田孜内閣を除いてこのところずっと自民党中心の運営が行われてきた。その彼らが決めた予算案である。そして最大のマンパワーであるサラリーマンがこれを認めてきたことは忘れてはならない。

無党派層の多くはサラリーマンだ。「無党派」などと格好つけて実は思考を停止して惰民と化し国政選挙を棄権したりサラリーマンの代表を国会に送りもしなかったのだから自業自得以前に不作為の罪である。罪はあがなわなくてはならない。

共産党員や創価学会員、ガチガチの労組員や特定郵便局長会などが汗水垂らして必死の選挙活動をして投票日には雨が降っても槍が降っても行く。そんな姿を「ドキュ」の典型とせせら笑っていた態度そのものが本当はずっと格好悪いのだ。

もっとも欠かさず投票に行くサラリーマンはここでは別格として除外しなければなるまい。そうした方はまことにお気の毒である。

3)「他に取るべきところ」など見当たらない

俗にトーゴーサンピンと不公平税制を批判する声がある。サラリーマンは10把握されるのに自営業者は5で農家は3で政治家は1という意味である。政治家の1は論外にしても「サラリーマンという取りやすい(源泉徴収される)ところから取るのではなく他に取るべきところから取れ」という主張が当てはまるとしたら自営業者や農家ということになる。でも彼らにそんな金があるのか。

商店街の商店主が「俺の代で店をたたむ」という話は聞いても脱サラして魚屋さんや八百屋さんを開こうという話は聞いたことがない。農家も同じで新規の営農を目指して農学部の人気がアップという話題など耳にしない。自営業や農家は衰退産業なのである。

サラリーマンの方よ。一度自営業というのをやってみるといい。そこは零細でも会社の機能がすべて必要である。会社組織にしていれば会計も営業も製作も仕入れも全部ある。ないのは人手と信用と知名度と知識と金だがこれが致命的だ。結果として訪れるのは最初は詐欺師ばかりである。どんどんと蓄財は消えて借金も使い果たし経営は零細のままというところから始まるのだ。

4)あるとすれば富裕層である

結局は富裕層や大もうけしている大企業から取り立てるしかない。何やら日本共産党みたいなことをいって恐縮だがないものはないのである。富裕層や大企業から「不当に」取り立てる、つまり所得税や法人税の累進税率を引き上げるとジャパニーズドリームの夢がなくなってやる気ある企業家の意欲を削ぐとの反論が大きいが彼らは独創部分は認めるにしても多くは日本という国の基盤や民族性などがあって成功している部分も大きいはずだから取り立てるべきだ。

年間の交通事故死者は約1万人といわれる。そんな走る凶器を作っているトップメーカのトヨタ自動車は年間1兆円の利益をあげている。丸々税として召し上げて交通遺児などの救済に当てればよかろう。

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2005年7月28日 (木)

高校野球なんて止めてしまえ

また高校野球が始まっている。夏の大会(選手権大会)は今年で87回目。化け物のように息の長いイベントである。昨日はNHKが総合と教育の2波を使って千葉と群馬の決勝を放送していた。
私は東京に住んでいる。千葉と群馬の優勝校などどうでもいい。しかし周知のように甲子園の本大会となると地域を限らず延々と試合が「みなさまのNHK」でたれ流される。山梨と熊本の代表校同士の試合は北海道でも見られるというか見させられるのである。
大げんかを演じてみせているNHKと朝日新聞だが高校野球に関してはズブズブの癒着関係といっていい。3000万世帯のすべてを全中(全国中継)で流す高校野球の夏の主催は朝日新聞だ。以下に私の思いを述べる

1)低レベルコンテンツでカネを取るな
NHKに受信料を払っている人がこんなバカらしいコンテンツをたれ流されて平気でいるのが不思議でならない。全国レベルでさえ高校野球のレベルはプロよりもずっと低い。そのプロ野球でさえスポーツ観戦の多様化で低視聴率が続いている。
レベルが低いからエラーも続出するしスクイズのような邪道も横行する。1塁にヘッドスライディングするのは駆け抜けるよりも明らかに遅くなるのに平然とやる。エラー表示がつかないだけの凡プレーは多いどころか満ち満ちている。そのこと自体は仕方がない。だってそれしかできないんだから。

問題はそれを美談に仕立て上げることである。大エラーを「固くなったんでしょうね」とかばい凡プレーを「惜しい!」と称賛さえする。NHK視聴者が暴動を起こさないのはこうした手練手管に丸め込まれているからであろう。ひきょう者だ。

2)教育の一環が笑わせる
高校野球は教育の一環だという。ならば「1票の格差」ならぬ「1校の格差」も取り上げてしかるべきだ。特に夏の大会である。20校に満たない参加校しかない県代表と神奈川県や大阪府の代表が同じ「1校」なのは世の中には不公平があるという教育を施しているに等しい。「世の中には不公平がある」自体は正しいのでそれをまともに教えているのかといえばそうではないから偽善のにおいがプンプンする。
強豪校ともなれば勉強そっちのけで野球漬けである。だいたい春の大会(選抜大会)と夏の大会は本大会こそ春夏の休みに収まっているが予選は時にはみ出している。学校を休んでまでして参加していい課外活動があっていいわけがない。

3)アマチュアリズムなどお笑いぐさ
もはやアマチュアリズムという言葉自体が時代遅れとなっているのに日本高等学校野球連盟(高野連)はかたくなにその姿勢を崩さない。プロ野球経験者の指導者採用はいくぶん緩和されたがまだまだハードルが高い。結果としてプロにも行けなかった人達が指導に当たる。確かに選手としてはパッとしなくても指導者としては優秀ということはあろう。だが高野連には日本サッカー協会のコーチライセンスのようなものがないので能力は測りがたい。
しかも高校野球にプロはいないのかというといるのである。教員でも何でもないのに監督を務めている「プロ」が。彼らに何らかの学校の役職などを与えて対価を払えば文字通りのプロである。

プロとアマの断絶の理由を1961年の柳川事件に求めるのはやさしい。だが協定を破ってプロ野球中日球団が契約した柳川福三内野手は日本生命所属。つまり社会人野球のことである。
高校野球に打ち込む球児(この言葉も気持ち悪いね)のうちプロが本気で食指を伸ばすのは年間ほんの数十人いればいい方だ。このピラミッドのトップの一つまみのために大多数の球児がプロレベルの指導を受けられないのはどうしたっておかしい。
4)それで新聞は売れるのか
実はこれが謎。地方紙はまだまだ予選から本大会までの経緯は紙読率の高いコンテンツであるらしい(それだけ地方紙がつまらんという証左でもあるが)。だが春の大会を主催している毎日新聞は、そのお陰で紙勢が伸びているかというと大いに疑問である。主催を降りてしまって読売のように「主催は朝日、紙面は毎日」の方向にいっても部数は変わらないんじゃないかな。選抜は選手権の前哨戦の趣があるし選抜される材料である秋の予選大会は誰も見向きもしてないんだから。

余談になるが地方支局の一大イベントが高校野球の地区予選である。毎日は朝日、読売と並んで国内ニュースを共同と時事から買わないから試合すべてを記者がカバーしなければならない。で、それが無意味かというと私の場合は実に有意義だった。何しろ毎日は朝読に比べて人もいないし共同・時事からの配信も受けられないにも関わらず同じ量の紙面を埋めねばならないからスコアブック付けながら写真を撮りながら応援席に行って雑感を取りながら時に特集記事を書きながら必ずテーブルとイニングと戦評は書く。人間技とは思えない活躍を予選の最初の頃など1球場で4試合もこなしたりする。高野連は夏の時の朝日には低姿勢だが春の毎日は構ってくれない。また高野連に助けを求めるのも毎日側が潔しとしない。
人は不思議なものでやれといわれるとできるようになる。この際に身につけた基本動作は新聞社を辞めてから猛烈に役立った。

ただしこれは記者個人のスキルが上がるといっただけで紙価を高らしめているかどうかとは全然別である。

5)改革は不可能だ
まず高野連トップの歴々を一掃しなければならないが爺さまは容易に辞めない。経歴も問題ありである。たいていは昔は強かったかもしれないが今は泡沫の弱小野球部しか持たない地元の古参有名校(公立が多い)の関係者が占めている。爺さまの40年以上前の感覚で運営されている。では強豪私立の関係者に高野連を運営させればいいかというと多分メチャクチャになってしまうから救いはない。

ついでにいうと応援スタイルも古めかしすぎる。やっている本人は懸命なのであろうが何十試合も取材していると大半がマニュアル通りである。流行を取り入れるタイミングまで横一線である。かといって斬新とされる応援風景はしばしば北朝鮮のマスゲームを連想させるような代物だ。

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2005年7月27日 (水)

福知山事故の車掌が自分だったら

『JRの秘密』『車掌の本音』などの著作で知られるJR中央線現役車掌の斎藤典雄さんが小誌に連載中の記事(05年6月号)に福知山線の事故車両に「もし私が担当だったら……」と想像する部分がある。抜粋してお伝えしよう。

鳥肌が立つ。恐ろしい。イヤだ、イヤだといっても、やっぱり考える。

車掌の仕事(役割)は3つある。

①列車の後方防護
②列車の状態監視
③車内秩序維持

中でも①が最も重要で、車掌は後方防護要員であるとまでいわれている。だから、最後部に乗務しているのだ。
後方防護(列車防護)とは、事故が起きた場合、後続列車を止めること(運転士負傷の場合は対向列車も)、すなわち、併発事故(2次災害)を起こさないようにするということである。

危険と感じたら(疑わしい時は)躊躇することなく非常ブレーキで止めることと、規則でも厳しく義務づけられている。
例えば、この事故同様、普段とは違う異常なほどのスピードが出ていたとする。車掌には速度を見る義務はないが、駅への進入時とかならまだしも、運転の途中の一瞬の出来事であり、運転士に「大丈夫ですか」と問い合わせするくらいが関の山だろうと思う。変だなと感じてもあれよあれよと同じ結果になったに違いない。それで、脱線してしまった。確認したら、まず直ちに防護無線を発報する。これで近隣の列車は全て止まる仕組みだ。

そして、指令に状況を報告する。もちろん、救急車、レスキュー隊の手配等要請もする。あとは、ひたすら人命救助にあたるだけである。……と頭では分かっているが、これほどの大事故だと、正直いって分からない。想像すらできない。
何もできずに、ただ茫然と立ちすくみ、そのうちだんだんと気が遠くなり、意識を失っているかもしれない。気がついたら病院かも。

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2005年7月26日 (火)

人妻はなぜ不倫に走るのか

その原因を探ってみようとの意図で3年がかりで該当者への取材を行った。出版を前提とした取材なので数多く断られたが12人が応じてくれた。困難の連続だったが取材を続けていくうちに共通点も見えてきた。

●「人妻」とも「不倫」とも本人は感じていない
まず「人妻」という用語である。広く使われるが実は妻である者が自分自身を、または他者が妻を「人妻」と呼ぶことはないとわかった。「人妻」という用語は現在では主に「性風俗の肩書き」として流通している。
また「不倫」「浮気」の状態にある妻はそうした自分の営みを純粋な「恋」と名乗る。「夫が私の浮気に気がついて」という言葉遣いはしても「私と○○さんの浮気はこうして始まった」とは語らない。あくまで「恋」が始まるのである。

●「人妻の激しいセックス願望が不倫に走らせる」もない
おもに男性側が築いたフィクションであるようだ。事実そうした告白は皆無に近い。取材対象者に横のつながりはないに等しかったから同じ心象の人だけを集めたわけでもないし、他の場面では旺盛にセックスを語るのでセックス自体を恥じ入っている様子もない。だから「激しいセックス願望が不倫に走らせる」は虚構である可能性がかぎりなく高い。

●本当の理由は夫とのコミュニケーション
逆に、異口同音に発せられたのは夫とのコミュニケーション不足である。妻が言葉にできない不安や不満を抱き、言葉にならないゆえに話されることはなく、話したとしても夫の解釈は要領を得ない。そのうちに会話をあきらめた妻――彼女らがつまずくこと必至の「恋」に向かっていく。夫婦のあり方を再発見しようと苦しんでいる妻たちの姿がそこにはあるように思えた。
それは、単刀直入にセックスにもいえることらしい。面白おかしい性描写で読者の興味を引く気は最初からなかったが。理由は編集方針というよりも、事実として面白おかしいものではないからである。

これらの聞き取りをまとめたのが小社から発行している『妻の恋』(大畑太郎・川上澄江著)である。

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2005年7月25日 (月)

指定暴力団の内訳

都道府県公安委員会は、暴力団対策法第3条の条件に該当する暴力団を指定暴力団として指定できる。 2004年6月現在の指定暴力団は、以下の24団体。左から彼らが自称する名称、出身母体、本拠地の順である。案外と一覧がないので作ってみた。

【関東】
稲川会 博徒(東京)→全国規模
住吉会 博徒で一部的屋(東京)→全国規模
松葉会 博徒(東京)
國粹会 博徒(東京)
極東会 的屋(東京)
双愛会 博徒(千葉)

【東海】
極東桜井總家連合会 的屋(静岡)

【関西】
東組 ?(大阪)
七代目酒梅組 博徒(大阪)
中野会 山口組より分裂(大阪)
五代目会津小鉄会 博徒(京都)
五代目山口組  港湾荷役(兵庫)→全国規模

【中国・四国】
三代目浅野組 博徒(岡山・広島)
五代目共政会 博徒(広島)
三代目侠道会 博徒(広島)
六代目合田一家 博徒(山口)
親和会 博徒(香川)

【九州】
二代目福博会 博徒(福岡)
四代目工藤會 博徒(福岡)
道仁会 博徒(福岡)
太州会 博徒(福岡)
四代目小桜一家 博徒(鹿児島)
三代目旭琉会 戦後(沖縄)
沖縄旭琉会 戦後(沖縄)

こうするといくつかの傾向がわかる。

①博徒系が圧倒的に多い
24団体のうち17団体を占める。的屋が次いで最大3。

②空白地帯がある
北海道と東北、甲信越、北陸にいない。実をいうと暴力団は全国にいるが指定暴力団というほどの規模ではない。なお沖縄の2団体は戦後のアメリカ占領下という特殊な環境によって誕生したとされ戦前には本土でいうような意味での暴力団はいなかったとされる

③山口組は独特である
もとは港湾荷役の労働者のまとめ役として登場した。ばくち打ちでも所場代稼ぎでもなく最初から共済組織の色彩が強かった。この辺が他の暴力団をしのいで日本一の規模にふくれあがった原動力かもしれない。逆にいうと博徒的つながりは近代経済ヤクザとして一定以上の発展をしようとするときに阻害する要因を含む何らかの可能性がある

④中国地方と福岡が異様に多い
とくに福岡は善い悪いは別にして統一できる力を持つ組がないために抗争が起こりやすい・・・・という話を西武本社から上がってきた毎日新聞の先輩から昔聞いたことがあった。

⑤なぜか指定の中野会
山口組から分裂して同組によって徹底的に叩かれているとうわさに聞いたが何故かビシッと指定されている。やはり「元山口組」の看板がそうさせているのか。

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2005年7月24日 (日)

最低資本金制度撤廃と1円起業

早ければ今年秋の国会で商法が改正されて「1円起業」が条件抜きにできるようになる。すでに03年に成立した中小企業挑戦支援法で「1円起業」は可能となったがあくまでも特例である。今秋の改正は特例を無条件にしようというものだ。

現在、株式会社の資本金は1000万円以上必要である。このハードルが高くて日本では起業家が育ちにくい。だから一挙に1円でもOKにしようという話だが過去の経緯を知る者は到底納得がいかない。

そもそも1990年の商法改正以前は株式会社は50万円あれば作れたのである。1円よりは高いが50万円という金額はさほど厳しいハードルではなかった。それを1000万円に引き上げたのが90年の商法改正である。当時の法制審議会の答申や法務省の主張によると最低資本金を株式会社は1000万円(法制審答申は2000万円)に引き上げる理由を

①50万円では名前だけの会社が増える

②株式会社は有限責任なので借金を負った場合の返済は資本金の範囲で済ませられる。50万円では債権者を保護できない

などと言っていた。そのために90年改正以前に50万円以上で株式会社を名乗っていた零細企業は5年間の経過措置の間に、それこそ死ぬる思いで約1000万円をかき集めたのである。そうしないと名刺から「株式会社」を消さねばならない。文字通り会社存亡の危機を招いた。

ところがマスコミはこうした零細企業の労苦をあざ笑った。例えば『朝日新聞』90年3月17日付社説「『会社』には何が必要なのか」には以下のようなことが書かれていた。

「最低資本金を引き上げ(中略)長い間の懸案を盛りこんだものだが、既存会社に大幅な経過措置を認めるなど、現実に妥協した中途半端な改正とならざるを得なかったのは残念」

「この不徹底な改正案でさえ、通産省や零細企業の間では反対の空気が強い、という。改正は中小企業全体の健全な発展という面では、明らかにプラスである」

要するに5年間の経過措置さえ生ぬるく零細企業の「反対の空気」などもってのほかというわけだ。そうした論調が総括されないまま2005年度からは一転して「1円でもいい」という。メチャクチャである。

先にあげた①②の問題がすでに解決済みというならば文句はない。だが現実は何も変わっていない。まず①は50万円でさえそうならば1円ならばもっと「名前だけの会社が増える」に決まっている。②も同様で1円の資本で債権者を救済できるわけがない。

いやいや。零細企業のほとんどが借金をする際には連帯保証人として個人名を代表者が連ねているから大丈夫だよとの声も聞こえるが反論にもならない。なぜかというと、

①個人での連帯責任は90年改正の前から慣行として行われていたし今でもそうである

②そもそも個人での連帯責任自体が「有限責任」の論理から外れている

からである。 90年改正の時に問題となった「節税目的のミニ資本金会社」は「1円起業」でドッと増えよう。何しろ消費税の最低ラインである1000万円に届かなければ益税となるからだ。現行では資本金自体が1000万円以上だからできないはずの節税が1円起業ならばできる。ナンセンスの極みだ。

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2005年7月23日 (土)

まだ動くPC98シリーズ

会社を始めてからまもなく編集・出版にもDTP(デスクトップ・パブリッシング)の波が押し寄せた。私もMacでデザインしたかったが創業当時の1990年頃は目が飛び出るほど高かった。それではせめてMS-DOS機のいいのをと数十万円をはたいて買ったのがNECのPC9801DAである。
すでにほとんどわが社でも使われていないが創業時代の名残として私の机の横に置かれている。後述するが時に思わぬ力を発揮することもある。

電源を入れるとMS-DOS3.30の表示が。ハードディスクはAとBにわかれていて合わせて60メガバイト。INTEL 486プロセッサー搭載。当時は「すげー」に一言だった環境だが今の汎用機と機能を比較すると逆の意味ですごい。たった15年でパソコンはとんでもない進歩を遂げたのだね。

フロッピーディスクドライバは2つついていてリムーバブルは当然FDのみ。USBなど想像の産物。時計をクリックしてみたら今は「105年」ときちんと2000年問題に引っかかっている。

当時はDOSのコマンドをたくさん覚えて動かしていたが(今は何の役にも立たない知識である)それが面倒くさいといろいろな閲覧ソフトが開発された。わが社のDAにはNEO driver2というのがインストールされている。こうしたソフトの開発会社はWindows登場と同時に消えてしまったのか別の変身を遂げたのか。罪作りだぞビルゲイツ。

アプリケーションには一太郎ver.5と松一太郎ver.6がワープロソフトとしてインストールされている。今では信じられないが当時の常識ではPC98と一太郎が標準化を成し遂げると信じて疑わなかった。一太郎ver.5を起動してみる。ATOKはさすがにバカだが一太郎本体自体は今とさほど操作性が変わらないように感じるのが怖い。ジャストシステムは誤ったのではなかろうか。そういえば当時はFDでアプリケーションも供給されていたね。

小社も一応は取材などを仕事とする情報産業だから通信ソフトも入っている。まいとーくV1.2が入れてあった。これでニフティサーブやPC-VANにつなげていたからすごいものがある。PC-VANはとっくに消滅。ニフティサーブも来年4月には運営を止める。隔世の感あり。
キャプテンシステムまで入れてある。当時はこれが今のインターネットみたいになる予定だったんだ。PCRバイリンガルなんてのも入れてあった。ノートンだってあるぞ。6.50だ。初期画面は青に白抜き文字というのがいじらしい。

それでもほんのたまに役立つことがある。FDのフォーマットは2HDは1.2で後は2DD。最近は読めなくなったパソコンも多いので高齢者が古い機種で打ってきたFDのデータを読む時に便利だ。ワープロ文書コンバートというソフトも同様。いまだにワープロ専用機の古いFDを資料として読まねばならない機会がある。これを使えばRUPOも書院も文豪もテキストファイルにできる。サンワードまでOK。ワープロ専用機の形式から別の専用機用に変換することもできるが最近は必要としたことがない。

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2005年7月22日 (金)

必勝ダイエット

ダイエットの企画を何本書いたか記憶がない。それほどニーズがある。一方で延々とニーズがあるということは決定的な必勝法はないとなるのかというとそうでもない。これまで専門家などに取材してきた内容をまとめると次のような方策に行き着く

1)過食をしない
いうまでもなく食べる量が使う量より多ければ太るわけだから使う分よりも食べ過ぎないことである。当たり前だ。
ただ原則があって

①必ず運動すること。食事療法だけでやせるのは単なる「衰える」にすぎない
②1日3食をきちんと。ドカ食いと間食はどちらも大敵

の2つを守る。これが案外と難しい

その上で①の運動だがこれまた原則がある

①ローインパクト運動であること。関節などに負担がかかるとけがをしたり運動が続けられなくなる
②やや汗ばむ程度の運動を長時間続けること
③体のできるだけ多くの部分を同時に動かすこと

が3原則である。
それに見合う運動は結果として次の2つである

1)階段をひたすら上り続ける。ジョギングは関節を痛める恐れがあるが階段昇りはひざを痛めない。上るだけ上って一番上に着いたらエレベーターで下りてくること

2)クロールでゆっくりとひたすら泳ぎ続ける。平泳ぎは股関節を痛める恐れがある

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2005年7月21日 (木)

福知山線事故は東日本では大丈夫か

いうまでもなく社員同士がいがみあっていては公共交通機関の乗客は安心してはいられない。ところが1987年の国鉄分割民営化以来、JR各社の労働組合は闘争を続けている。4月25日に発生して死者107人を数えたJR西日本管内の福知山(宝塚)線事故の背景にそれをみることはできないだろうか。

労組とは本来、労働者1人と経営者1人では前者の立場の方が圧倒的に弱いために、労働者の要望などを経営者に聞いてもらうために組合を作ることを許し(団結権)、その組合が団体として経営者と交渉する権利を法的に認め(団体交渉権)るといった合法的な存在だがJR労組は肝心の団結に問題がある。

現在、全国のJR各社および貨物など旧国鉄職員が加盟している組合は約6万人程度の「全日本鉄道労働組合総連合会」(JR総連)と「日本鉄道労働組合連合会」(JR連合)があり、ついで分割民営化以前は最大の組織だった日本国有鉄道労働組合(国労)が2万人程度で続く。他にもいくつかある。

分割民営化は結果的に当時あらゆる産業のなかで最も強力な組合の1つといわれた国労を弱体化させた。一方で運転士の所属していた国鉄動力車労働組合(動労)を中心に新しいJRの時代を経営者とも協力して作っていったのがJR総連の原型で国労以外の少数組合や国労の「断固反対」方針についていけなくなった国労組合員を吸収して一時は巨大な組織となった。

ところがやがてJR総連のなかに警察などの公安当局が「極左暴力集団」と認定している革マル派が混じっていることが問題となる。公正を期すために両者の言い分を併記するが、公安調査庁(法務省外局)の『内外情勢の回顧と展望』(1999年)にはJR総連傘下の「東日本旅客鉄道労働組合」(東労組)に「過激派組織」「多数が組合執行部役員に就任」と記述されている一方で東労組は事実関係を否定している。そんなことも影響したのか、JR総連から離れていく組合員もやがて増えてきて代わってJR連合が大きくなりはじめた。その結果現在ではJR総連とJR連合がほぼ拮抗(きっこう)する勢力となる。

こうした経緯があるために国労とJR総連は当初から激しく対立して今に至る。特にJR東日本ではJR総連傘下の東労組が最大勢力なので国労側が「国労組合員が東労組に比べて職場差別を受けている」と訴えている。ところが西日本では一転してJR総連傘下の「JR西日本労働組合」(西労)が圧倒的少数派でJR連合傘下の「西日本旅客鉄道労働組合」(西労組)が数的に優勢。そこで今度は「西労は西労組に比べて職場差別を受けている」と訴えるという構図が生じた。福知山線事故の運転手は西労組の、車掌は西労の所属だった。あの「日勤教育」はJR総連傘下の西労が主に叫んだ内容だ。

要するにJR総連の立場からいうと東日本では国労に「差別を受けている」と反発される立場であると同時に西日本では「差別されている」と訴える側にいるということになる。

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2005年7月20日 (水)

STAR WARSとSTAR TREK

何でもスタートレックのコアなファン(トレッキー)にいわせれば、スターウォーズなど目じゃないらしい。

もっとも「両方好き」という人もいるがスターウォーズからスタートレックに入っていったという話は聞いたことがない

その陰には「何で日本ではスタートレックがマイナーなんだ」という思いがあるようだ。たしかに1966年に放映以来、スタートレックは5シリーズのテレビ放映と10本の映画を送り出している。量的にはスターウォーズを圧倒している。第1シリーズは日本では「宇宙大作戦」のタイトルで放映されて人気もそこそこあった。

スタートレックは戦闘場面もそれなりであるが何といっても人類の抱える諸問題を宇宙の旅になぞらえている崇高さがファンには堪らないと同時にスターウォーズの浅はかさを嗤うと同時にわかってもらえない現状を嘆くとの心理が働く。
トレッキーがいうほど私はスタートレックが深淵だとは感じないが時折うならせる展開があるのは事実だ。アメリカのリベラルが作るとこうなるという臭さはあるにせよ。

一方のスターウォーズはルーカス自身が述べているように戦闘場面などに色濃く黒沢映画の、というよりチャンバラの要素が加わっている。その上にドカンとキリスト教的世界観がかぶさっているので日本人にはおあつらえ向きのシナリオに仕上がるのであろう。

実はわが零細出版社ではスターウォーズものは版権などがバカ高くて手が出せないがスタートレックならば便乗出版物を出せないかと打診をしてみたことがあった。フェレンギ人というビジネスを至上とする星人(民族ということにでもなろうか)が常に唱える「金もうけの秘訣」というのが面白くて版権の交渉をしてみたのだ。むろんスタートレックのイメージがカバーなどに使えなければ売れっないので、そうしたことも含めてである。
ごく初期の段階であきらめた。アメリカでのスタートレックの人気と価値は驚くほど高く、値段も同時に驚くほど高かったのである。対して日本では前述のように爆発的な人気はない。どうやら損することが確実となった。「金もうけの秘訣」を出版したら大損したなんて笑い話にもならない。

ただスタートレックが生み出した妄想というか空想というか、要するに遠い未来での科学のあり方とか独得の用語などはかなりのレベルである。今や未来は必ずそういうものが開発されると信じられているほど他の作品でもモチーフに使われている。そういう意味では偉大なのであろう。

ところで。私は戦闘シーン以外にスターウォーズが楽しめない。どうしたらいいのでしょうか

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2005年7月19日 (火)

道路公団は民営化でも生ぬるい

ここでの批判は先の中途半端な道路公団民営化についてではない。仮に非常に厳密な民営化を成し遂げたとしても国民のためにはならないということを声を大にしていいたい。公益を考えるならば答えは「公団を解体して道路をタダにする」しかない。何でこんな当たり前のことを皆は叫ばないのか不思議でならない。

首都高速道路の相次ぐ値上げに激怒して「500円通行」をたった1人で始めた和合秀典さんを取材したのは1987年だから既に20年近く前である。彼は当時一介の毎日新聞浦和支局記者に過ぎなかった私に滔々と弁じ立てた。「道路は本来はタダなんだ」と。

彼の運動は翌年1月の夕刊社会面に紹介できた。すでにその頃から有料高速道路の無駄づかい体質や子会社・孫会社への天下りなどは明らかになっていた。有料であるために輸送コストが高くついて日本全体の高コスト体質につながっているのも明らかであった。しかも公団は償還期限、つまり無料にすると満天下に公言した刻限が来ても守らずにズルズルと有料化を続けて今日に至っている。
ある会社が社員の動機付けのために給料をはずむならばいい。有料道路料金は何のインセンティヴにもならず、民営化してもせいぜい有料道路会社が潤う(その可能性もゼロに近いが)程度であろう。無料開放して物流コストを下げればどれだけ経済活性化に効果があることか。

和合さんの戦いはしばしば「お上を恐れぬはぐれ者」のような扱いを受けて紹介した張本人の一人である私は憤激している。彼の話によるといつぞやテレビ出演した時に猪瀬直樹さんから「私が和合さんを(テレビ局に)紹介したんだよ」とささやかれたそうだ(なおこの点は猪瀬さんには確認を取っていないので間違いであったら猪瀬さんには深くお詫びする)。だが道路公団民営化の過程で猪瀬さんは大きな位置を占めていながら民主党の出した「無料化案」(これも完全無料化には実に不十分な内容だったが)を実現性に欠けるとみなしていた。確かにあの時点での猪瀬さんの立場ではその判断もやむを得ない。
しかし、である。そもそも道路を遮ってカネを取るという行為は法の名前で明らかなように「特別措置」のはずである。

で、最後に和合さんが主催しているHPのURLを紹介しようとしたら何故か開かない。何かあったのか。後で電話してみることにしよう

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2005年7月18日 (月)

オリンピックから外れたラグビー

7月18日付『朝日新聞』によると「過去に実施された主な競技」のなかにラグビーが入っていた。そこで優勝国を調べてみると

1900年 フランス

1908年 オーストラリア

1920年 アメリカ

1924年 アメリカ

となっている。現在ラグビーが五輪競技でない理由は①体力の消耗度が激しい②すでにW杯がある、などが挙げられているが過去の歴史をみると案外とそうではないようだ。

広く知られているようにラグビーはサッカーW杯と同様にイギリスがイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドに分裂して独自のチームで戦う。だが五輪は国別対抗である。地域での主張も認められているが独立性の強い自治領などに限られる。どうやら20世紀初頭の五輪は「イングランド」としても参加できたようだが、この辺のもつれが母国イギリスのやる気を削いだのではないかと推測する。詳しい人がいたら教えて下さい。

そして最後のアメリカの連覇も気になる。当時のアメリカはサッカーから分化したラグビーがアメリカンフットボールに変化していく、または変化を遂げた時期であり、激突にともなうケガを防ぐためにラグビーではスローフォワードとして禁止される前パスを取り入れるなどの最中であった。要するにフットボールを目指す人材が今のように完全にアメフトに集中するというわけではなくラグビールールでも十分にやっていける人材がラグビー界はもとより新進のアメフト界にも多くいたはずだ。となると今日でいえばアメフトのスーパースターがラグビーに参加しているのと似たような状態となる。「もしアメフト選手がラグビーをやったら強いだろうな」とはよく聞かれるジョークだが、ある意味で1920年と24年はそうだったわけだ。

すると母国イギリスの4地域に加えてフランス、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドあたりは収まりがつくまい。そうした葛藤を経たと考えないとラグビーの五輪消滅は想像しにくい。もし24年以降も五輪にラグビーがあったら前記のようなアメフトのスターが参加するような光景が目撃できたのだろうか。見てみたかった。

アメリカが大リーガーを出さないのが五輪の野球消滅の大きな理由といわれる。だがかつてアメフトに属する選手まで五輪ラグビーに参加していて、それに嫌気した他の強豪国のクレームでラグビーが五輪から消えたとしたら大いなる皮肉といえよう

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2005年7月17日 (日)

福永法源被告の地裁判決

東京地方裁判所が宗教法人(解散)「法の華三法行」の元代表役員・福永法源被告に詐欺の罪で懲役12年を言い渡したという報道に接して、かつて福永被告のゴーストライターを務めた人物に長時間インタビューしたことを思い出した。その人物(仮にI氏とする)は元大手出版社の役員を務めた後に自分の版元を持って独立した。その頃からか福永被告にゴーストを依頼されたといっていた。
彼はすでに鬼籍にあるので改めて裏をとることができないために実名報道ができずに今日に至った。インタビューの後に福永被告が逮捕されてこちらの裏も取れないため名誉を毀損しない程度に(刑事被告人にも名誉はある)紹介したい。

I氏は福永被告が手がけていた雑誌の編集および単行本のゴーストに関わっていたという。福永被告は「天声」と称する神のお告げのようなものをもとに「足裏診断」と称する治療ないしは診断で難病が治るといって著書でさまざまな「奇跡」を紹介していた。I氏によると「足裏診断」そのものも含めてアイデアの多くはI氏を含むブレーンで考え出したという。対価は相当な高額であった。
ただしI氏によると福永被告がゴースト本によって権威づけられた振る舞いを天性のように振る舞う能力には大変たけていた。そのため彼の正体を知らない取り巻きは本物の神だと信じていたフシさえある。

雑誌の方ではこれまた権威付けのために多数の有名人が登場しI氏が橋渡しをした。ある著名な女性政治家は「あらいいわよ」と簡単に承諾して相当なカネを受け取ったという。その政治家のイメージとは正反対の振る舞いだったと演出したI氏自身が驚いていた。

多くの人は「権威があるから本が出る」と信じている。だから詐欺師は「本を出して権威を得る」という作戦を思いつく。実際に福永被告の信奉者は彼に突き飛ばされただけで「カメハメ波」状態で吹っ飛んでいったとI氏は言っていた。ある者に神性を見出して信じ込むと、その者の振る舞いが十倍にも二十倍にもなるという信じがたい事実は、小社で出版した「カルトにハマる11の動機」の著者であるオウム真理教古参教徒の加納氏が麻原彰晃被告にもあったと実体験から書いている。ちなみに加納氏がオウムに入信したきっかけも麻原著とされる本である。

ゴーストをやらないと生きていけないというライターの厳しい現実がこうしたいかがわしい人物に力を貸す。では出版界がけちっているかというとそうではない。いかがわしいどころか功なり名を遂げた人物の著書でさえゴーストである場合がしばしばだ。大新聞の書評がほめまくっていると大笑いしたくなることがある。「あんたがほめているのはゴーストだよ」と。
私はいつかこうした事実を白日の下にさらしたいと願っているが「この人のこの本はゴースト本だ」と指摘すると結果的に情報源をさらすことになるためにできない。ゴーストライターの名前は出版社内ではわかっているからだ。すると彼ら彼女らに次の仕事が来ない。かといってわが社が彼らに代わりの仕事を回す余力もない。くやしいことである。

ちなみに最高裁が定めた原則などにしたがった「引用」や口述筆記に加筆した作品は著作権法で著作物と認定されているれっきとした文化財でありゴースト本とはまったく異なることを最後に付記する。

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2005年7月16日 (土)

郵政民営化の出口問題

郵政事業のうち実に350兆円ともいわれる郵便貯金(郵貯)と簡易保険(簡保)の使われ方(出口)がいい加減である。具体的には特殊法人の事業などを支える財政投融資金(財投)に無駄金として流れていると批判するのが民営化賛成論者の主な言い分である。逆にいうと出口をふさいでしまえば民営化は不要となる。
確かに厳密にみていくと以前のような財投の仕組みではなくなっている。端的にわかりやすい文章が見あたらなかったのでこの際まとめておこう。

財投が税金の直接投入と違うのは、最終的に利息をつけて貯金した人に返却しなければならない点だ。そうしないと郵貯、簡保にお金を預けた人に返ってこないことになって暴れ出すに違いない。だから利息をつけて返却するためにはもうけなければならない。出口で「もうけ」とは正反対にムダ使いをしていれば将来返せなくなる。そこで財投改革を今世紀に入って断続的に行った。

1)財投改革の実態
【変更前】旧大蔵省(現在の財務省)資金運用部に預け、資金運用部が運用していた
                         ↓
【変更後】特殊法人自身が「財政投融資機関債(財投債)」という一種の金券を発行して自主的に集めることにした

「こうすれば内容のよくない特殊法人の財投債は買われなくなるため法人は努力して経営を改善するはずだ」というのが目的である。

ところがこの改革には抜け道がある。

a)業績のよくない特殊法人に政府保証債の発行を認める
b)政府自身が財投債を発行して資金を調達できる道を残した

この抜け道を使えば「A特殊法人」の業績自体は悪いので、そこが発行する金券を買っても損をする恐れがあって買わないが、バックに政府の保証がつけば安心して買えることになり経営改善の動機は消える。

2)特殊法人改革の実態
【変更前】特殊法人自体が無駄を生む吸血鬼のような存在だから、廃止したり民営化することで健全化する
                        ↓
【変更後】実際に廃止された特殊法人はほとんどなく道路公団の民営化も骨抜きで終わった。何よりも問題なのは「独立行政法人」という民営でも特殊法人でもない不思議な形態が多数生まれたことだ。一応経営の健全化や透明化は義務づけられているものの大臣の監督下にあるなど国のサポートが事実上ある。

しかも財投債のような金券発行も独立行政法人通則法の45条に「独立行政法人は、個別法に別段の定めがある場合を除くほか、長期借入金及び債券発行をすることができない」とある。裏を返せば「別段の定めがあ」れば発行できる。

出口はふさいだようでいて財投改革前と同じ、一種の偽装工作が取られたにすぎない。

3)運用上の縛り
「もうけ」を出すために民営化された郵貯や簡保は運用実績を出さなければならないが民間のようなノウハウがない上に途方もない縛りがある。国債の強制的な買い上げだ。
国債とは国(政府)が発行する債券で、一定の期間がたてば利息を付けて返す金券である。いわば国が保証した借金だが今現在、最大の買い手の1つが郵貯、簡保事業である。「郵政民営化の基本方針」では2007年に政府が100%株を持つ持ち株会社のもとで、いわば「半分民営化」を行い、2017年から完全民営化に踏み切るとしている。そして同方針では2017年までは郵貯、簡保事業は「国債市場への影響を考慮」せよと明記されているのだ。つまり今から10年以上は自由な判断ではなく国の方針として国債を買い続けることになる。
今でさえ途方もない借金を国債の形で買っているのに、さらに10年以上も買わなくてはならない。

もちろん国債が有利な投資であれば「もうけ」が出るから文句はない。不景気の時は地価や株価が下がるので、利息は小さくても国債は国の保証がついている分だけ安心であるとはいえる。しかし同時に不景気が続くからこそ国債に頼らざるを得ないともいえるのだ。
だから景気が回復すれば地価や株価が国債の利回りを上回る可能性が大きいので投資家の資金は国債から逃げていく。すると国債価格は下落し、危険な投資対象となるわけだ。

要するに国債が有利な投資である分には郵貯・簡保は安心できるが景気は上向かない。景気がよくなると国債は反落するから郵貯・簡保は経営危機に陥ることになる。

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2005年7月15日 (金)

月刊「記録」とは何か

そういえば自己紹介をしていなかった。

著者:荻 太

役職:株式会社アストラ代表取締役/月刊「記録」編集長

アストラは私が創業した出版社名。主にノンフィクションの単行本を出している。全国の書店で購読可能。月刊「記録」は1979年創刊のミニコミ誌で「弱者・少数者の立場」を編集方針とする。94年7月号から版元が小社に移って現代に至る。直販が主で書店では見かけないが書店で買うことはできる。

著者経歴 1962年生まれ。毎日新聞記者などを経て現在に至る

連絡先 株式会社アストラ

URL http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/

〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3-21英弘ビル2F

TEL03-3288-3946 FAX03-3288-3947

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2005年7月14日 (木)

喫煙はそんなに悪なのか

2004年に健康増進法が制定されて多数の人が利用する場所では完全に分煙するなど「たばこ」を取り巻く環境が厳しさを増している。そこまでいわれると何でそこまで毛虫のように嫌うのかと疑いたくもなる。
1)火事の原因
2003年の総務省消防庁の調べによると出火原因の第1位は「放火、放火の疑い」で24.8%、2位が「こんろ」で10.4%、3位がたばこで9.4%となる。火災10件のうち1件はたばこが原因だとすると確かに危険である。私も家で酔ったまま喫煙していてあわや全焼寸前というヒヤッとした経験もある。だから止めろといわれたら私ならば止める。
ただ見逃せないのは「放火、放火の疑い」の24.8%だ。原因の4分の1が放火という凶悪犯罪であるならばその動機を追及して根絶する方が後述するたばこの健康被害などより先の話であるはずだ。嫌煙運動からはそんな話を聞いたことがない
2)健康被害
たばこを吸う人と吸わない人にわけて調べてみたところ、吸う人の方が何%も○○病にかかる率が高かった・・・・という疫学的調査からたばこの被害はもはや当然視されている。だが疫学ですべてわかるわけではない。O157の原因にカイワレダイコンが挙げられた事件があったが、あれも疫学の立場であった。
ただし健康にいいとか悪い点がまったくないということはなかろう。問題はそれが自己責任の範囲に収まるかどうかである。今やたばこを吸っているだけで白い目で見られるので、それでも吸っている人はハンディを自ら背負い込んでいるのだから責任はいやが上にも果たしているといえよう。
3)受動喫煙
この害もまた2)と同じように当然視されて久しいが害の程度が他の因子に比べてどの程度多いのかはわからない。空気中には多数の有害物質が潜んでいる。とくに副流煙の被害の方が主流煙より大きいというのは暴論であろう。いくらたばこが憎くてもありえない議論はしない方がいい。
むしろここはたばこのにおいが嫌いな人への配慮という問題で考えるべきだ。私は喫煙者だが外食する時は禁煙席に行く。その方が食事自体を楽しめるからだ。
4)コミュニケーションの道具
私が学生の頃(1980年代)まではたばこは格好いいツールだった。へヴィメタのギタリストは喫煙しながら演奏していた。私が新聞記者を希望した大きな原因となった本田靖春の名著『警察回り』(新潮社刊)のハードカヴァーが手元にあるが表紙はなんとたばこの羅列である。
毎日の記者になってもたばこは欠かせなかった。とくに嫌なことを聞き出そうとしている取材対象者との間を持たせるのにたばこは不可欠だった。「煙の向こうに特ダネがある」とうそぶいた先輩もいた。
ところが最近の新聞社は編集局も分煙だそうである。私ぐらいの世代を下限として「たばこ部屋」に申し訳なさそうに集まっているという。若手はたばこ部屋を指して「あそこで人事が決まっている」などとうわさしているんだって。
それでいいんだろうかと素朴に思う。私だって「煙の向こうに特ダネがある」などと真面目に信じてはいなかった。でも皆が吸わなくなったから記者も・・・・というのはいいのだろうか。たばこがあれば間が持って告白してくれた取材対象者の真実を見逃すのではないか。
むろん一笑に付されるであろう。「時代は変わったのだ」と。だが何がどう変わったのかとか代わりの何かは必要なかったのかと疑問は消えない。
5)納税者なんだぞ
たばこ1本の6割以上が税である。270円のマイルドセブンを毎日1箱・365日吸うと年に約6万円も支払っていることになる。国と地方を合わせた総額は2兆円を超える大税収なのだ。とくに「3割自治」に悩む地方自治体の財源として地方たばこ税は住民税や固定資産税に次いで重要な位置にある。
たばこをなくすということはたばこ税をなくせといっているのと同じだ。だったら代替財源はどうするのかを提示してほしい。さらに税率を上げるという主張もできる。99%まで税率を上げたら1箱1万円になる。今の税率を維持するとしたら約2億4000箱売ればいい。喫煙者が約4000万人弱と見なせば年間6箱つまり2カ月で1箱を宝のように慈しんで吸う。結構クリアできそうな数字だし事実上禁煙状態に近くなるからこの案が一番合理的だと私は信じるがいかがか。
6)たばこを禁じた先例をみると
1649年に徳川幕府が出した「慶安の触書」には「たばこのミ間敷候。是ハ食にも成らず、結句以来煩ニ成ものニ候。其上隙もかけ代物も入、火の用心も悪候。万事に損成るものニ候事」とある。「米がすべて」の経済体制を守るためにたばこなどの商品作物を遠ざけようとした幕府の統制が強烈であった証拠とされる文言だ。
『健康帝国ナチス』(ロバート・N・プロクター著、草思社)によるとナチスと率いるヒトラーはたばこ害を徹底的に追放する禁煙政策を進めたという。ヒトラー独自の健康や清潔に関する美意識がたばこを不道徳や退廃の要因とした可能性は確かにあるが、ファシズムがたばこを嫌ったという点は揺るがない。
言い逃れのできないちょっとした悪徳をトリミングして「これでもか」とばかりに袋だたきにする。嫌煙自体は私は認めるが、これがきっかけにそうした方向が各方面に現れるのを恐れる。たばこの煙を追放した結果が息苦しい社会ではしゃれにもならない。

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2005年7月13日 (水)

靖国合祀A級戦犯の内訳

靖国神社にはA級戦犯が合祀、つまり一緒に祭られている。A級戦犯こそ中国大陸をかつて侵略した主要なメンバーであり、そこに侵略した日本の首相がお参りにいくのは許せない--ぐいと単純化すれば中国の小泉首相靖国神社参拝への反発はこんなところだ。
そこまで言われると合祀されたA級戦犯は中国で何をしたか気になる。
一般に中国への侵略とは1931年の満州事変から1945年の敗戦までの「十五年戦争」をさす。この間の首相は若槻礼次郎、犬養毅、斉藤実、岡田啓介、広田弘毅、林銑十郎、近衛文麿、平沼騏一郎、阿部信行、米内光政、東条英機、小磯国昭、鈴木貫太郎の13人で敗戦までに死去した犬養、斉藤、林と戦犯容疑者の指名を受けて自殺した近衛をのぞく9人が差し当たって「十五年戦争の日本側のトップ」となる。そのうち満州事変の拡大を止めようとして果たせなかった若槻、軍部に襲撃された岡田、親英米派で陸軍と対立した米内、組閣自体が終戦を密かな目的としていた鈴木はおとがめなしだったので残りは5人、うち首相としての力量が非常に弱かった阿部がからくも見逃されてA級戦犯に指定された首相経験者は広田、平沼、東条、小磯の4人となる。
ところが靖国に合祀されているA級戦犯は14人。彼らの中国での行いを順にみていこう。
【パターン1】東京裁判で死刑となった人
1)東条英機・・・・35年に当時の日本の中国での植民地である関東州を預かる関東軍の指揮官を務めた。その後も陸軍の中心にい続けて41年には首相に就任。陸軍のツートップである陸軍大臣と参謀総長を兼任し44年の総辞職まで独裁的体制を敷いた。この経歴では中国に敵とみなされても仕方ない
2)広田弘毅・・・・日中戦争では外交官のトップである外務大臣として強硬だった。ただ彼は軍人ではないし政治家とも言い難い。日独防共協定締結や軍部大臣現役武官制復活も問題視されたが中国にことさら憎まれる理由は薄く死刑になったことさえ同情する声がある。
3)板垣征四郎・・・・日本が中国北東部に作り上げた満州国建国の中心人物の一人。中国は一貫して満州国を認めず侵略行為としてきた。ただ彼よりも上位にあって満州国を作った石原完爾が「おとがめなし」だったのとはバランスを欠くとの声もある
4)木村兵太郎・・・中国との関連は主に1940年に就任した関東軍参謀長ぐらい。東南アジアの現ミャンマーでの行為が大きな問題とされた
5)土肥原賢二・・・・満州国のトップに旧清朝の皇帝だった溥儀を連れてきたり満州と隣接する華北を中国から分断する華北工作で知られる
6)松井石根・・・・中支那方面軍司令官として中国の首都(当時)南京を攻撃し占領した。その時に発生したのが南京事件である。A級戦犯が裁かれた東京裁判では「南京大虐殺」として大きな衝撃を与えて責任を問われた
7)武藤章・・・・中国との直接の関わりは見出しにくい。対米戦争での責任追及だったとみられる
【パターン2】判決が「終身禁固」で服役中に死亡
8)梅津美治郎・・・・中国との関わりは関東軍の総司令官を務めたことぐらい。敗戦時の参謀総長
9)小磯国昭・・・・首相の際は中国戦線も太平洋戦線も崩壊寸前で当事者能力さえ疑わしい
10)平沼騏一郎・・・・首相在任中はもっぱら対ソ連戦(ノモンハン事件)に追われ独ソ不可侵条約で方向を見失って崩壊。ソ連の敵とはいえても中国との関係は今ひとつ
11)白鳥敏夫・・・外交官でイタリアを日独伊三国同盟に引き入れることに尽力したが中国との関係は希薄
【パターン3】「禁固20年」で服役中に死亡
12)東郷茂徳・・・・外交官で中国との関係は希薄。東条内閣の外務大臣で対米戦争を避けられなかった点が問題視された
【パターン4】判決前に死亡
13)永野修身・・・・海軍の有力者として対米開戦の音頭をとったが中国との関係は希薄
14)松岡洋右・・・・満州国の承認に至らなかった国際連盟から脱退した時の首席全権。35年から39年まで関東軍が守る南満州鉄道株式会社総裁。問題視されたのはその後に就任した外相時代に取った対米強硬路線である

こうやってみるとA級戦犯は次の
1)すべてに問題がある・・・・東条
2)対米戦争の引き金を引いた=日独伊枢軸に動いた・・・・広田、武藤、白鳥、東郷、永野、松岡
3)対米戦争の政治的・軍事的責任・・・・梅津、小磯
4)その他の失態・・・・平沼、木村
5)主に中国戦線での責任・・・・板垣、土肥原、松井

中国が東条以外に怒る戦犯となると5)の3人ということになる。ただ板垣は前述のように「おとがめなし」の石原とのバランスの問題がある。土肥原の工作は失敗した。すると南京事件の当事者であった松井となるが彼の日常の言動や事件における当事者能力を考えると中国国民一丸となって憎むほどではない可能性が被害者感情を十分に勘案した上でもある。
となると「靖国参拝A級戦犯問題」とは要するに「東条問題」である。東条は明らかに日中戦争の当事者であり権力を掌握した上で国際法を無視した「戦陣訓」を作成して過剰に兵士を締め付けて蛮行の動機を作りもした。
もはや靖国問題は日中問題であるから首相が参拝しないと外国に屈する形になる。私は靖国参拝には反対だが外国の圧力に屈する外交も見たくない。ならば問題を「A級戦犯合祀」から東条問題へと置き換えて議論したらどうだろうか

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2005年7月12日 (火)

ママでも金

柔道の谷亮子選手が妊娠のために世界選手権出場を辞退した

何で辞退するのだろうか。そのまま出ていれば相手選手も怖くて技がかけられないはず。山下vsラシュワン戦の故事にも明らかだ。そうなれば「妊婦でも金」だったのに

それにしてもこの人は永遠に言い続そうだ。「初孫でも金」「金婚式でも金」・・・・それを全部かなえたりして

広く知られるように五輪最年長の金メダリストは第5回ストックホルム大会のオスカー・スパーン。スウェーデン人で射撃の選手だったが64歳での栄冠だった

谷は1975年9月生まれ。2006年2月ごろ生まれた子どもが27歳で孫を生んだとしたら58歳。2003年12月が入籍だったから金婚式は2053年となって78歳。「金婚式でも金」を達成すればスパーンの記録も塗り替える

何か応援しているような文章になってしまったが逆だって!

ところで浦沢直樹は谷がYAWARAちゃんもどきになりきっているのを許しているんですかね

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