『吉原 泡の園』第71回/廉恥心が消えたI君
焼肉屋で行われた盛大なI君歓迎会が終わると、下っ端ボーイは寮に向かう。幸いにも新S店の寮は吉原の中にあった。こうした酒を飲んだ後は近いほうがいい。
店の幹部連中はというと、高級車で目黒のマンションにお帰りの人、三ノ輪周辺のマンションに帰る人など住まいのレベルは段違い。僕はミニバイクで店から10分程の場所にオンボロアパートを借りたが、その日は酒を飲んでいたので、タクシーを利用して帰宅した。やっと買ったミニバイクは店の駐車場に止めておいた。
今までさんざん二人部屋で生活してきたので、どんなにボロい部屋でも、自分ひとりの部屋は嬉しい。プライベートがあるというのがたまらなかった。家賃2万8000円で共同風呂、トイレ、キッチンである。部屋は4畳くらいで窓はピタリと閉まらない。隙間風どころか数センチは完全に開いている。もともと何かの工場だったらしく、そこを中国人の家主が手作りでリフォームして、一軒家をいくつもの部屋にしきったのだ。1階は完全に物置だけの場所で、2階に上る階段は一段一段の幅がかなり違った。トイレスペースも手作りで、木で作られたスペースを白いペンキで塗った簡素なものだった。床からは怪しいキノコが生えていた。
部屋と部屋の壁もいい加減で、かなり薄いベニヤ板のため、声や音が筒抜け。1階入り口部分も、大家が独自に編み出したひとりで勝手に閉まるドアが付いていたが、閉まったドアの隙間が10センチはあり、ネズミ、猫など入り放題。実際、2階に上がる階段でネズミを目撃したこともある。1階入り口には猫の糞がドカンと置いてあったりしたし。まあ、かなりひどいものだった。
もしかしたら“ドヤ”と呼ばれる簡易旅館の方が快適かもしれない。それでも日払いではなく月々の家賃で済むし、なにより自分の部屋の鍵を持てたことが嬉しかったのだ。吉原の寮にいると、それほどの感覚に陥る。
そんな場所に慶応ボーイのI君が住むのは、到底無理のように思えたが、その予感はすぐに現実のものとなった。
寮生活といえば「高校野球の選手などが、寮生活をしながら・・・」などと格好の良い想像をしがちだが、吉原ボーイの寮生活はそんな甘いもんじゃない。看守のいない刑務所暮らし。そんな感じだ。
I君歓迎会の翌日。ミニバイクを店の駐車場に置いてきてしまった僕は、タクシーで店に向かった。11時30分、I君がまだ店に来ない。昨夜の飲み過ぎて起きられないのか? と心配になった。
鬼主任が怒鳴った。
「おいマル、Iのこと起こしてきてくれ」
I君の部屋に着くと、鍵がかかっていた。ドンドンとドアを叩くが反応がない。熟睡中なのかな、あきらめて店に戻ると、もう1人の新主任Sさんが携帯電話に電話をし始めた。
プルルルル~。
結局留守電にメッセージを残し、仕事開始の時間になった。
開始してから数時間たったころ、新主任Sさんが電話すると繋がったらしく、何か話していた。話が終わり、電話を切った。
「今日I君休みたいんだってさ」
嫌な予感に僕も番号を教わり電話してみた。
「ああ、マルさんですか」
電話をするとすぐに繋がった。
「休みって、具合悪いのですか?」
「いいえ、今横浜にいます。実は借金取りが実家に来たと連絡がありまして、それで横浜に居ます」
「いつから仕事に戻るの?」
「・・・」
「ねえ、いつからなの」
「実は警察に逆探を依頼しまして、やってもらうことになりました。ですのでいつ復帰できるかわかりません」
何だかもう終わりだと思った。しばらく様子を見てからの復帰だと言っていたが、横浜に帰る際、寮の部屋の鍵を閉め、その鍵を持ったまま横浜に帰っていった。誰も合鍵をもっておらず、その間に面接に来て働くことになった人も、寮に入りたくても鍵を壊すしかなかった。
I君の適当な態度に切れた新主任Sさんは。
「もうあいつは首だ!」
そう怒鳴った。
I君はもう二度と吉原に姿を現さなかった。こうして元慶応ボーイの吉原ボーイ生活はあっけなく幕を閉じたのだった。(イッセイ遊児)
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