●ホームレス自らを語る 第33回 気後れする性格が災いして/磯部さん(仮名・42歳)
子どもの頃からおとなしくて、気後れする性格で、人前に出たり、人とうまくやっていくことが苦手なんです。よくイジメに遭って、暴力を振るわれたりもしました。ですから、学校が嫌いでね。小学生の頃から、義務教育の中学校を終えたら、高校には進まないで働こうと決めていました。
それで中学校を卒業して働くようになりました。といっても、オヤジが工務店を経営していたんで、そこに入って手伝うようになっただけですけどね。その工務店には常雇いの社員が4人いましたから、その町では大きいほうだったと思います。仕事はやはり公共工事が中心でした。
私が生まれたのは昭和41(1966)年、静岡県のF市です。兄弟は男ばかりの3人兄弟で、私が末っ子でした。学校ではイジメられっ子でしたが、オヤジが工務店を経営していたから、生活は裕福なほうでした。夏休みと冬休みは家族旅行に行くのが恒例で、両親と私たち兄弟の家族5人で、北海道や沖縄に行きました。
ところが、私が17歳のとき、オヤジの会社が倒産してしまいます。オヤジが運転資金用にマチキン(町金融)から借金をしていて、それが返せなくなったからです。相手がマチキンですから、何をされるかわからないというんで、家族5人でこっそり夜逃げをしてきました。ほんとうに深夜に5人で逃げ出してきたんです。
逃げた先は東京です。それで小さな家を借りて家族で住んで、オヤジ以下、子どもたち3人で、それぞれ働きに出ました。私はコンクリート打設用のポンプ車を、建築や土木の現場に貸し出す会社で働きました。こういう会社は我々も現場まで行って、打設用パイプの組み立てや、作業終了後の撤去作業をします。パイプは鉄製ですから重くてね。とくに、コンクリート打設後のパイプは、中にコンクリートが詰まっていて、さらに重くなっています。それを急いで担ぎ上げて垂直に立てて、コンクリートが固まる前に流し出さないといけないんです。それが重労働で大変でしたね。
私がその会社で働くようになって3年目に、会社が不渡りを出して倒産してしまいます。あと少しでバブル経済に突入するという直前の倒産で、運のない話です。
それからの私は上野の手配師から仕事をもらって、働くようになりました。ようするに日雇いの作業員ですね。建物の解体や土工の仕事が多かったです。
その頃、2人の兄は家を出て独立し、私だけが両親といっしょに住んでいました。その両親が毎日のようにケンカをするようになって、そのとばっちりが私にもくるんで、たまらなくなって私も家を出ました。当時、東京都の日雇い作業者用の寮というのがあって、そこに入れました。1日2食の賄い付きで、無料という好条件でした。
それで日雇い作業で稼いだ金は、両親の生活費に全額を渡しました。兄たちは面倒をみようとしないし、無収入の両親を放っておくわけにもいきませんからね。多い月で20万円を超えることもありましたが、平均すると月18万円くらいは渡せたんじゃないでしょうか。
結婚はしませんでした。この性格ですから、女の人といっしょに暮らすなんて気詰まりで、考えただけでも息苦しくなりますからね。わりと早い時期から、結婚はしないと決めていました。
あれは私が22か、23歳のときでした。ある晩、突然、激しい腹痛に襲われましてね。七転八倒するような痛みで、救急車で病院に運び込まれました。病名は急性胃炎。原因はストレスでした。寮での集団生活、稼いだ金の全額を両親に渡してしまうことがストレスになっていたようです。
病院には2ヵ月間入っていました。退院してから、また日雇い作業に復帰しました。こんどは稼いだ金は両親に渡さないで、自分で貯金して管理をするようにしました。寮も出て、ドヤ(簡易宿泊所)を利用するようになりました。
ところが、それから2年もしないで、バブル(経済)が弾けてしまいました。途端に、日雇いの働き口も少なくなり、みんなで争って奪い合うようになりました。私はそういう争いは苦手ですから、手配師のところには行かないようになったんです。
そうすると、ドヤに泊まるカネもないですから、自然にホームレスになっていました。昼間はこの浜町公園(中央区)に来て、ボンヤリと景色を見たりしてしています。夜は近くの地下道に段ボールで小さな小屋をつくって寝ています。こんな生活がもう10年以上続いていますね。
食べるものですか? この先にあるコンビニが賞味期限切れの食品を、ビニール袋に入れて出してくれるんで、それをもらってきて食べています。ただ、難点は毎日出るとは決まっていなくて、もらえない日もあるんです。まあ、贅沢はいえませんが。
こうなったのも、私の気後れして人前に出たり、人と争そうことのできない性格に原因があったと思います。ただ、私もまだ42歳ですから、このままでいいとは思っていません。早く何とかしないといけないと考えているんです。
といっても、この不況で仕事はないし、うっかり手配師の口車にのせらると、タコ部屋(暴力飯場)に送られたりしますからね。最近の手配師には信用できないのが多いんです。ここから脱出するにはどうすればいいのか、その方法がわからないんですよ。(神戸幸夫)
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